江戸市中に赤面疱瘡発生――大岡忠相の報告を受け、吉宗は決断を下します。
発症者を養生所に収容し、猿の肝を集める。なんとしても抑制するぞ!と即断即決。
戸惑うのは医師の小川笙船です。
猿の肝を薬にせよと聞かされますが、得体の知れないものを患者に飲ませてよいかどうか……。
逡巡していると、吉宗がキッパリ言い切ります。
「責めは私が負う!」
小川の心理的な負担を軽くするリーダーシップよ。
なんと理想的な姿でしょうか。
功は周囲の力によるもので、罪は己にあり――何かあったら即座に責任を取ることができるからこそ、人の上に立つ力量があるのです。
いざというときに「どうする?」とオロオロしたり、「自分は悪くない、周囲のせいだ」と言い募る者にリーダーの資格などありません。
吉宗は「これは赤面との戦だ!」と決意を固め、不眠不休で挑むのでした。
猿の肝が効くのか?
赤面の患者を前にして、治療を始める小川。
実に頼り甲斐のある姿ですし、このドラマは女性のハスキーボイスも魅力です。
冨永愛さんを筆頭に、低く落ち着いた声で語る。
といっても無理をしているわけではなく、自然に語っているように見える。
女性の声には「黄色い声」と侮蔑を含む言い方もあります。信頼しにくいとも言われますが、果たして何がそうさせるのか。
確かに声帯の違いはあります。ただし、それ以上に「かわいい女の声」として、キーの高い、幼い声質が社会から求められているからではないか、と気付かされる作品です。
採薬使は猿の肝を求めて漁師の村へ向かい、屋敷の配置を知る大岡忠相は養生場所の確保をテキパキと指示する。
そうこうするうちに、治療にあたっていた小川は、猿の肝が効いていることに気づきます。
いつもなら死ぬタイミングの赤面患者が生き延びている、というのです。
報告を聞いた吉宗は安堵し、確実に薬の確保をするよう、指令を出します。
そのころ水野進吉は、村で猿の肝を集めていました。
村の猟師たちは、熊の胆みたいに高く買ってくれることを期待しています。
熊胆、あるいはクマノイなどと呼ばれるクマの胆嚢は、東洋医学では伝統的に最高の薬剤とされていて、マタギや猟師はそこから利益を得ていたものです。
猿の肝が第二の熊の肝となれば、猟師も薬種問屋もビジネスチャンス!
そりゃ皆笑顔になりますね。しかし……。
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村人総出で作業をしていると、突然、若い少年が膝をついて倒れます。
首には、赤い出来物……赤面疱瘡の症状でした。
江戸の養生所でも、一時改善していた患者の病状が再び悪化しています。
知らせを聞き、吉宗は苛立ちます。
負けは負けじゃ
江戸城へ、進吉が目通りに来ました。
吉宗を待ってる間、画面に映し出された後ろ姿、背筋がピンと伸びていて美しいですねー。
今の日本人は、畳の上で背筋を伸ばして正座する機会はめったにありません。それが、ここまで凛としているとはお見事。
しかし、進吉の報告は非常に厳しいものでした。
自らを手討ちにして欲しいと訴えながら、村で赤面が発生してしまったことを告げにきます。
猿の肝が効いていたのではなく、単に奥地であったから無縁だった――彼はそう悟ったのです。
こうなると、医療体制が整っていないあの村は大打撃を受けるでしょう。酷いことになりました。
吉宗は背を向け「去れ」とだけ言います。自分に厳しく、周囲に寛大。ゆえに今さら彼を手討ちにはできません。
それにしても、適材適所としか言いようがない配役です。
堀田真由さん、仲里依紗さん、冨永愛さんを入れ替えたら、こうもしっくり来なかったでしょう。
それと同じく、福士蒼汰さん、山本耕史さん、中島裕翔さんの役を入れ替えても、ここまでフィットしない。
中島裕翔さんを見ているとハッとさせられることがあります。歌舞伎の「夏祭浪花鑑」のチラシを見た時のことを思い出します。
江戸時代の町人って、格子柄や縞模様のシンプルな着物を着ています。
あっさりしているのに、これがものすごく格好いい。
かつてはおじいちゃんのものとして古臭い象徴だったけれども、今となっては一周回ってむしろカッコいい。見たことのない新鮮な魅力があるんでしょうね。
『鬼滅の刃』は炭治郎はじめ、シンプルで伝統的な柄を着ています。それがものすごく受けている。工夫をすればむしろ斬新で良いものとして受け入れられる。
こんなに地味で、シンプルで、それでいてよく見ると工夫の凝らされた縞模様――中島裕翔さんならできると見抜き、それに本人も応じて着こなす。素晴らしいではありませんか。
かくして赤面疱瘡との戦いは負け戦として終わりました。
加納久通は、患者を一か所に集めたことで以前ほどではないと報告するものの、吉宗は苦い顔で言います。
「負けは負けじゃ……」
吉宗は春日局の懸念を思い出し、久通に尋ねます。この先、何をすべきかと。
「滅びぬ道とやらは、どこにあるのじゃ」
辛くても、前を見据える吉宗。負けてもなお理想的なリーダーシップを見せてきます。
人の上に立つ者は、言い訳より前に、負けを認めねばなりません。
そして負けたことにうろたえず、どうすれば挽回できるか、前を見る。吉宗にはそれができます。
馬上で決意を固める姿は、まさしく名君でしょう。
吉宗と進吉が生み出す新しき世
吉宗が、小川と進吉の目通りを許しています。
いったい何事なのか。
小川は骸の検分を願い出ました。
死体を切り刻むとなれば恐れや迷信が出ます。そうした葛藤を乗り越え、医学の進歩と己の矜持のために言い切る覚悟は見事。
進吉は、田嶋屋の蔵にあった古い蘭学書を見せました。
どうやら異国の薬草を記した書物のようで、彼は薬種問屋としてそこまで調べてみたいと提案します。
鎖国を乗り越え、異国に目を向ける――凄まじいことを言い出しました。吉宗編のテーマも見えてきます。
家光と有功。綱吉と右衛門佐。あれは恋愛を軸にして話を進めていきました。
吉宗と祐之進は、君臣関係になった。この男女の場合、知識の交流で新たな世を生み出す、とスケールが大きくなりました。
大岡忠相は納得した顔なのに、加納久通はちょっと悔しそうな目を見せます。
柳沢吉保とは違い、恋愛感情はない。ただ、我こそは上様にとって一番の忠臣でありたいという思いが強いのでしょう。
吉宗は決断します――男子に限り、蘭学を学ぶことを許すと。そして骸の検視も許します。
これが歴史が動く瞬間といえます。
東西の医学レベル
東西で文明進化の差がついたのが、中世から近代の間とされています。
清朝、朝鮮王朝、江戸時代の間です。
実は、戦国時代あたりまではそこまで差がなく、ヨーロッパだって医者はハーブ頼りでした。
それが西洋では「17世紀科学革命」が起き、東洋を大きくリードしていきます。海禁政策をとっていた東アジアはここで遅れを取ってしまった。
といっても完全に塞いでいたわけではなく、外を見る穴は空いていて、吉宗が大きく穴を開けていくのです。
吉宗は杉下に、男への蘭学解禁を打ち明けます。
女に解禁しないのは、「男がいないこと」を外国に知らせぬため。
杉下は、その進吉の大奥への出入りを許可してはどうかと提案します。右筆部屋にも蘭学書があるのだとか。
かくして裃をつけ、出世したとわかる杉下が進吉を迎えます。風間俊介さんは和装でもきっちりした武士や学者の服装がお似合いですね。
相手の進吉が、死んだはずの祐之進であるとわかり、感激する杉下。眉間に皺がより、顔がくしゃくしゃとして、感極まって抱き合い泣き出します。
その様子を久通から聞き、「それは重畳」と喜ぶ吉宗。
こうして蘭学を取り入れ、医学が発展したとのナレーションが入ります。
日本の「漢方」とは、蘭学も取り入れられています。だからこそ杉田玄白の『解体新書』もある。
幕末には進歩的な藩は、種痘を取り入れ、天然痘予防をしておりました。本作のシーズン2では、そうした医療の進歩も描かれることでしょう。
さすが『JIN-仁-』のドラマ化を成功させた森下佳子さんの脚本です。
東洋医学描写が素晴らしい。徹底して調べ、プロットに入れ込む。そういうこだわりと誠意があふれた脚本です。
NHKは東洋医療考証くらいできます。してもらわねば困ります。 といっても、やる気がなければそれまで。
このドラマは本気も本気なので、隙がなく、実に素晴らしい。
なぜ、赤面との戦が敗れたのか?
東洋医学は患者の抵抗力や体力を回復し、持っている力で治すことを重視します。生活習慣病や回復には有効です。
しかし、病気の根本的な原因の除去はできません。
そこに壁がある。
東洋医学最高の手段でも、どうしても越えられない。できる範囲で最善は尽くしました。
この先は、未来に託しましょう。
吉宗には三人の姫がいた
そして7年後――吉宗には三人の娘がいました。
長女:家重
二女:宗武
三女:小夜姫
かわいらしく聡明そうな妹に比べて、長女はぎこちない。
毅然として「面をあげよ」と声を掛けた吉宗の顔に、かすかに動揺が走ります。
家臣の松平乗邑が、二女である宗武こそ後継に相応しいと推挙してきました。
家重が将軍となっては混乱が生じると諫言しているのです。諸事混乱がある中だからこそ、英明な宗武を勧めている。
しかし、吉宗は長生きすると返し、「はい」とも「いいえ」とも答えません。政治的駆け引きが実にうまい。
そして加納久通が入ってきて、このやりとりを腹に収め、横目で見ています。何か秘めた顔です。
久通が手にしているのは、大岡忠相が調べた市中の物価でした。顔こそ見せない彼女ですが、史実準拠で素晴らしい才能を発揮しているようです。
その本題が終わると、声音に不機嫌そうなものを滲ませつつ、乗邑の提案を切り出す久通。
世継ぎについて吉宗から話を振られ、家臣が口を挟むものではないと返しています。
彼女が苛立っている理由も見えてきます。
家臣如きが世継ぎを決められると思うなぞ笑止千万――このあたりでしょう。
そんな美学があるからか、世継ぎは誰にすべきかと問われ、口を挟むべきではないと突っぱねる久通でした。
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家重の小姓たち
小姓頭・大岡忠光がやってきました。
彼女は小姓のお仕着せを身につけています。
男女逆転となると、史実上の制定はされていない。それを時代考証しつつ作り上げるところに、本作の巧みさがあります。
忠光は、家重付きの小姓が気鬱になり、代わりの者が欲しいと訴え出てきました。
真面目な忠光は、己の監督不足を詫び、吉宗も「誰がよいか……」と悩んでいると、久通が龍(たつ)を推挙します。
久通はかつて大岡忠相も推挙しました。
こういう強い推挙ルートを持つ家臣となると、便宜を図って欲しいと賄賂を贈るような不届者もいます。そういう物を受け取らない清廉潔白さゆえに久通は信頼されているのでしょう。
そして田沼龍が新たな小姓となります。
田沼家はさほど名門でもない。それを推挙する久通は、彼女の気質を見抜いているはず。
では、ここで龍が見たものは……?
若い男にしなだれかかり、酒を飲み、口を吸う――まさしくバカ殿としか言いようがない家重の乱れ切った姿です。
驚きつつも、じっと目の前の景色を掴もうとしている。彼女なりに何か推察しているように見えます。
龍は将棋を指している家重に呼ばれました。
「ひばい」を持ってくるようにおうせつかるのですが、それは「火鉢」のこと。龍が理解できずにいると、「たあげ!(たわけ)」と叫び、将棋の駒をひっくり返して家重はさってゆきます。
家重はこのあと、金平糖を食べたいと言います。
龍があわてて持っていくと、無造作にひっくり返す。
ちなみに、江戸城では甘いものをたくさん食べます。
この時代は、多くの国や文化圏で「砂糖=財産」という認識。ゆえに権力者は甘いものが大好きです。
そりゃもう食べるので、日本各地にお殿様が絶賛したお菓子が残りました。
そうした事情を踏まえると、金平糖バッシャーン!は勿体無いを超えている。今なら高級酒を瓶ごとぶち割るような暴挙ですね。
小姓も、そりゃ気鬱になりますわ。
龍が金平糖を拾っていると、通りかかった家重の妹・宗武が手伝ってくれた上に、姉上のことで苦労をかけると労ってくれる。宗武を推す声もあがるわけです。
このあと、家重と将棋を指していた大岡忠光が、龍に替わるよう頼み、席を立ちます。
龍はあまりに奇想天外な家重の一手に、圧倒されてしまう。
それにしても、所作指導や考証が素晴らしいです。
本作では、打掛を身につけ、和装特有の足捌きで畳や廊下を歩く場面が多い。これがスムーズにできている。
将棋を指す場面は、ちゃんと指導をしないと、ああもピシッとできません。
しかも徳川家重役の三浦透子さんは、所作を踏まえたうえで崩すという超絶技巧をせねばならないのです。素晴らしい!
龍は家重の聡明さを、将棋から悟りました。
大岡忠光はそのために将棋の相手をさせたのです。龍なら理解できるだろうと。
龍は泣いてしまいます。あれほど賢いお方が、愚かと思われていることの苦しみを想像しているのです。まるで閉じ込められているかのようだと、そこまで理解を示したのでした。
大岡忠光が吉宗にこのことを報告すると、吉宗も感心します。
我慢強く聡明だと龍を褒め、上様にとっての加納様のようになって欲しいと語る大岡忠光。
するとその吉宗と久通は目を見交わします。あわてる大岡忠光に、吉宗は「家重が跡を継ぐことを理解しているのか?」と聞きます。
「賢いお方ゆえにわかっているはずです」
龍は家重の将棋の腕前に感心し、政治を行えば何手先でも見通せると言います。
しかし家重は、自分には政治など無理だとすっかり諦めた様子。
将軍など務まらぬ。そう甘いものではないのだ、と。
後継のことに口を出すなぞ不遜ゆえに
新年を迎え、姫が三人並びます。
妹の宗武と千夜姫の二人が礼儀正しく挨拶する中、どもってしまって何もできない家す。
乗邑は、宗武は『論語』をそらんじ、漢詩も学んでいると言います。
吉宗が、自分は漢詩は知らぬが、春を読んだ詩が印象的だったと言うと……。
絶句 杜甫
江は碧(みどり)にして 鳥逾(いよいよ)白く
川の水は青く透き通り、その上で鳥はますます白さが際立つ
山靑くして 花然えんと欲す
山の新緑は鮮やかで その中で花は燃えるように咲き誇る
今春 看(みすみす)又過ぐ
今年の春もまた過ぎ去ってゆく
何れの日か 是(これ)れ帰る年ぞ
いつになれば、私は故郷に帰れるのだろう
すらすらと誦じる宗武に、吉宗はそんなものをよく覚えられると感心しています。
実際の吉宗もそうですが、実学は好きでも教養の類に興味は薄い。
吉宗は、将棋の腕をあげたそうだなと家重にも声をかけます。しかし彼女は固まったまま何も反応できない。
一体どうしたのか。大岡忠光が異変を察知し、家重を下がらせます。
すると、そこには粗相のあとが……。
険しい顔をする吉宗です。
家重は己を恥じて泣くばかり。食事の膳すら拒み、死んだ方がいいと泣きじゃくる。
「私のような役立たずにできるのは死ぬことだけだ!」
そう嘆く家重に対し、宗武を推す乗邑が、この失点を見逃すわけもない。お下のことも満足にできぬと、吉宗に世継ぎ再考を促します。
さらに乗邑は「私利私欲ではない」とも言い切ります。
宗武側近となって政治権力を得たいわけではないと弁明している。これを見る久通の目が氷のように冷たいことよ。
さらに乗邑は、そもそも家重にとって「将軍になるのは幸せなのか?」と、吉宗の親心を刺激するように問いかけます。
すると今度は久通が、急に早い口調で問い詰め始めました。
宗武にとって、将軍になるのは幸せなのか?
なぜそう思うのか?
宗武がなりたがっているのか?
そう言ったのか?
そう頼んだのか?
嫡子でないものを家臣が担ぎ出すのは謀反である!と、らんらんと目を光らせ迫る。
徳川のことを考えてだと乗邑が言うと、上様が徳川のことを考えていないのかと返し、不遜の極みだと断言する。
お世継問題はどうやら久通を刺激しまくるようですね。
吉宗がからかうように「(乗邑は)チビっておったのではないか」と言うと、久通は、幼い頃のことを話し始めます。
このとき、久道は確信したのです。己のことより家臣のことを思うこの方こそ、上に立つべくしてお生まれになった方だと。
そして世継ぎについて、久通が意見を述べます。
家重でも、宗武でも、千夜姫でもいい。周りの者に報いたい、天下万民のために報いたい。そのために上に立ち、命をかけよう――そう思う者を選べばよいのだと。
「この国を滅ぼさぬために」
「久通……」
そう語り合う君臣。
感動的な場面なのですが、それゆえにか、久通の矛盾が見えてきます。
久通は自分自身が天命を受けたように、吉宗こそ上に立つべきだと判断した。
それなのに、同じことを乗邑がすると怒る。そんなことは許さないと強硬な態度をとる。
天命を読み解く者は己一人である――そんな強烈な自負心を感じます。
そして彼女は、自分が選んだ吉宗こそ正しいのだと、証明するために忠義を尽くしているように思えるのです。
柳沢吉保とは異なる、一歩進んだ強烈な忠誠心が見えてきました。
磨き抜かれた珠のように美しいようで、どこかおそろしい。そんな心を持つ久通です。
生きて役立ちたいのだろう?
吉宗は杉下から、宗武の伝言を聞いています。
世継ぎになる重荷ゆえに粗相してしまい、酒色に溺れている。そんな家重を理解して欲しいと。
杉下は、宗武にも心を寄せます。自分の方が優れているのに後継になれないことが不満なのだろうと。
するとそこへ大騒ぎしながら、龍が上様に目通りしたいとやってきます。
吉宗が一括し、龍と面会。
杉下が即座に立ち去る、その折り目正しさが素晴らしい。
龍は家重に面会して欲しいと訴えます。
今回のことで気落ちし、己のようなものはおらぬほうがよい、役立たずだから死んだ方がいいと悩んでいるのです。
母を心から敬う家重に、声をかけるだけでも救われると訴える龍。
吉宗は考えています。
酒を飲んでいる家重が龍を呼ぶと、代わりに吉宗が入ってきました。
対面する母と娘。将棋盤に向かいます。
吉宗は家重の強さに驚いています。家重は得意げな顔をした後、モゴモゴと謝ります。
「謝るな! 勝負ごとに親も子もあるか!」
吉宗は、家重をバカだと思ったことはないと言います。そのあかしはこの将棋盤見事な手だと吉宗も見抜いています。
しかし、その秀でた頭でも世の困りごとは片付かないと語る吉宗。
米の値。物の値。不作や天災。赤面。
吉宗も手を打つが、失敗することもしばしばだと打ち明けるように語りかける。
「己の無力と向き合わされ、投げ出すことも許されず、時として世の恨みまで買う。将軍とは、まことのところさような役回りじゃ。耐えられるか、家重。それでも人の役に立ちたいと思えるか?」
「わ……私には政などとてもできませぬ!」
「それはまことの思いか!」
役立たずなら死にたいと思っていた。それは裏返せば生きるならば人の役に立ちたいということ――吉宗はそうひっくり返して見せました。
心の奥底では人の役に立ち、それを己の生きる意味とすることを求めているのではないか?
そう問われると、家重は杜甫の「絶句」を暗唱して見せます。
わかっていたけれど、みっともなくて声も上げられなかったのだと。
そんな意気地なしだと自嘲しながらも、こう問いかけます。
「それでも……そんな私でもできますか? 誰かの役に立つことが」
吉宗は立ち上がり、そっと家重を抱きしめます。
「跡を頼めるか? 家重」
泣きじゃくる家重。控える小姓も涙がこぼれます。
こうして家重が将軍職を継ぐことになったのでした。
名君とは何か?政治が成熟した時代へ
今回は吉宗がいかに理想の主君であるか、それがわかった回でした。
家光は、大奥の始まり。個人の心情を消化せねば前に進めない。
綱吉は、君主として理想の政治を実践しようとしつつ、挫折する様が描かれました。
吉宗は、いよいよ名君としての政治実現へ大きく踏み出します。
赤面疱瘡との戦は負けたとはいえ、リーダーシップがいかに優れているか、キビキビと描かれました。
歴史ものというのは、理想の名君を見る喜びもあります。
スケールが大きく、立派な名君でした。
その背中にいる加納久通が、実に重要な役割を果たしています。
儒教倫理が定着する時代
主君は器量で選んではいけない。これが泰平の世の証といえます。
戦国乱世ならば、器量で選んでこそ当然です。そういう例はいくらでもある。
しかし、平和な時代にそういうことをすると火種になって世の中が定まらないから、どうにかしなければなりません。
そこで東洋で出てくるのが、儒教倫理になります。
長幼の序を固め、年長者が跡を継ぐことを絶対視するようにするのです。
綱吉は儒教倫理を教養として学んでいました。『論語』をよく引用していましたね。
実学を好む吉宗の場合、暗唱はせずに浸透に尽くします。親孝行のものを表彰し、親不孝者は処罰することで、儒教倫理を民にまで浸透させたのです。
それなのに、自分の後継者を定めるうえでルールを破ってはなりません。将軍家こそ手本を示すべく、家重を世継ぎに定めたという見方もできます。
もちろん、吉宗は我が子を愛してはいたことでしょう。
しかしそれだけでもありません。
この見方を突き詰めてゆくと、それを素知らぬ顔で破っていそうな人物も見えてきます。
加納久通です。
儒教倫理が極まると、家臣が主君の力量だのなんだの、吟味するというのは不遜の極みです。
久通が乗邑をチクチクと責めた倫理がこれにあたります。主は主だ、黙って忠義を尽くせと。
それなのに、久通は吉宗の器量を絶賛している。
自分こそが人の上に立つ者を見抜けるのだと、確信をこめて語っています。
久通は奥深い。名君の隣には名臣がいる。我こそは無双の名臣だという自負が、彼女を光らせていて凄まじいものがある。
貫地谷しほりさんの魅力を全て引き出す圧巻の展開でした。
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幕末編の予習もできる
家臣が主君の器量を吟味するとは何事か!――そんな倫理が幕末には崩れてゆきます。
13代徳川家定の後、次の将軍は誰にするのかと幕府は揉めました(将軍継嗣問題)。
慶喜を推した「一橋派」は、その後の明治維新で勝者になった者がいることから、高く評価されます。
しかし、そういう先見の明は、実は乏しい。
一橋派の松平春嶽は慶喜に振り回され、推したことを悔やんでおります。
結果的に、一橋派の中心にいた水戸徳川家が幕府終焉の引き金を引いたと、幕臣たちは嘆いたものでした。
そしてもう一点。
徳川慶福(家茂)よりも、慶喜を推した方が大名は意見を通し易いという利点もありました。
乗邑は「私利私欲のために後継を推すわけではない」と弁明しておりました。このことを頭の隅にでも入れておきましょう。
一橋派には、自分たちの意見を通したいという思惑もあったのです。それがどこまでこの作品で描かれるかはわかりませんが、楽しみにしています。
多様性を認めてこそ、成熟した泰平の世
泰平の世とは、多様性を尊重することもできます。
乱世に家重のような者がいれば、即座に権力のポジションから排除されてしまうことは想像に難くないでしょう。
合理性を求めて、貧しい者や不自由な者を排除する社会というのは、結局のところ成熟した泰平の世とは言えません。
前回、小川笙船の言葉で貧乏人の切り捨てを反省した吉宗。
そして今度は多様性を認めることに向き合います。
家重はただの問題がある人ではなく、理解されないのだとこの作品は丁寧に描きます。
そのことが本人にとってどれほど悲しく辛いのか。
龍の言葉と涙で語りました。
本作は、見る側にも問いかけてきます。
あなたが理解できずに嘲笑っている相手は、理解できないだけで、実は聡明なのではないか? その苦しみを理解しているのか?
そう投げかけてくるのです。
『大奥』吉宗編は、豊かな世界を目指すことへの問いかけにあふれています。
多様性を受容してこそ世界はよりよいものとなるのではないか?
そう真摯に問いかけてくるのです。
そんな吉宗編も次で最終回。結末を見届けたいと思います。
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【参考】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link)








