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【ドラマ大奥医療編 感想レビュー第14回】
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男なぞ、増やしてどうするのじゃ?
島津出身の茂姫は、活発な女性です。
母の操り人形だと無気力な家斉に、何かしてみたいことはないか?と迫る。
「人痘かのぅ」
そう口にした瞬間、家斉の目に光が宿りました。
無気力なだけではない。何かが眠っていただけで、ようやく目覚めた。
国中の男に人痘を施す。男の労働力が増えれば、女も楽になる。そう語る夫を、励ます茂姫。
家斉の善良性は、男を増やして女を踏みつけにするという復讐心ではなく、女にとってもよいことだと考えているところです。
それを喜んで聞く茂姫にも、信頼感があります。愛情深い夫婦ですね。
とはいえ、人痘については曖昧な記憶しかなく、茂姫に促され、家斉は『没日録』を手に取ります。
目標を決めてからは顔色もよくなっているようです。
しかし、そんな彼が目にしたのは墨塗りばかりの記録でした。
家斉はまだまだ治済の支配下にいるため、まっすぐ母のところへ。すると治済は定信のせいにします。定信の甥が人痘で死んだものだから、怒ってそうしたのだろうと。
意を決した家斉は、人痘の再開を母に提言。
その瞬間、治済の瞳の奥に鋭い光が宿ります。
「……男が」
家斉が人痘接種のもたらす恩恵を説くと、治済は被せるように否定する。
「男が政を語るのではないわ!」
国中の男に人痘など、どれだけ手間と金がかかるか?
家斉が生き延びて将軍の座につけたのも、人痘接種が限られていたからだ! 皆が受けては意味がない!
そう己の策を全て語り尽くすけれど、これも治済の限界点かもしれない。
治済のおかげだということにして恩着せがましく人痘を広めれば、悪名を打ち消し、名声を得られるはずなのにその考えには至らない。
彼女は確かに邪悪ではある。しかし、出しぬくことはできるかもしれない。
すると治済は、男性嫌悪をむき出しにします。
男など、女の助けがなければ生まれてくることもできない出来損ないだ!
出てきたら出てきたで、働きもせず、子を産むこともできず、できることは乱暴と種付けだけ!
「そんなクズを盛大に増やしてどうしろと言うのじゃ!」
治済に逆らえない家斉は頭を下げるしかありません。もう二度と申しませぬと平伏するのみ……。
この治済の言葉は、相当刺さるものがあります。それというのも、生物学的に見ればなかなか当てはまるものだから。
生殖のために着飾り、美しくあろうとするのは、生き物の世界ではメスよりむしろオス。種付けをしたら、それだけで力尽きてオスが死ぬ種も多い。
ライオンのハーレムでは、メスがせっせと餌をとる。
もしも単性生殖が実現するのであれば、優先されるのはメス――そう思える要素は多いのです。
ヒトは、オスが優先されるその例外的な種といえる。
穀物を育て、財産を蓄えてゆく。それを奪い合う争いが起こる。そんな戦いの中で、頼りになるのは力の強いオスだった。
オスの多い集団は強くなる。宗教、道徳、財産、政治……叡智を駆使し、男性優位社会を作り上げてゆき、今に至る、と。
なぜヒトは男性優位なのか?
身も蓋もない言い方をすれば、戦争をするうえで兵士は男が向いているからということにもなり得る。渋沢栄一もそういう趣旨のことを言い残していましたっけ。
『大奥』でも、吉宗が赤面撲滅を誓う背景に、海外からの侵略に対抗できないからという理由づけがありました。
戦争で有利だから男を大事にしろということが、真だとすれば? それって究極の男性差別にもなるのでは?
そんなところまで考えさせる『大奥』。
男性の存在意義を見出すところへ、シーズン2では向かっているようにも思えます。
家斉と治済の問答は、男と女の戦いでもある。存在意義を貶められた家斉は、さあ、どう反証するのか?
怪物にとっては、死んだ子のことを考えても無意味
いきなり躓いてしまった家斉は、松方から御台の懐妊を聞きます。
さらにはお志賀の方も子ができたとのこと。
松方は「子作りだけしていればいい」という旨をサラリと言い、生殖能力しか期待されない家斉の悲しみを感じます。
この報告に幕閣はアタフタしております。これはもう怪談だと……。
神輿を担ぐ祭りの場面が入ります。現代まで残っているおなじみの祭りも、江戸後期に始まったものが多く、それを見物する家斉と茂姫。
茂姫は同じく懐妊した志賀を気遣っています。この「お志賀」という名の将軍側室は、11代家斉と13代家定にいるため、なかなか面倒なことになっております。
茂姫と志賀、二人の対比が実にいいですね。どこか凛然としている茂姫に対し、志賀はひたすら愛くるしい。
お腹の子が動いた、として二人が笑い合う姿には、ギスギスした女同士の争いなどなく、家斉も微笑んで見守っています。
敬之助というまだ幼い男の子が、ここで家斉に甘えてきます。母はお宇多の方。
御台があたたかく見守るため、和やかな雰囲気になっていると志賀が微笑む。
と、同時に注目したいのが、子どものご機嫌とりに甘いお菓子が使われていることでしょう。
和やかな雰囲気を冷え込ませるのが、治済です。
敬之助が「おばばさま〜!」とよだれを垂らしつつ近づくと、「竹千代」と声をかけ、周囲が一気に凍りつく。というのも、竹千代は昨年亡くなっていたのです。
そう指摘されてようやく思い出す治済は「子はよく死ぬから大袈裟に騒がぬことだ」とおさめ、その場を立ち去ります。
孫の死すら忘れる治済――その場に残された者たちは当惑しながらも、茂姫は「挨拶をし忘れた」として治済のもとへ向かいます。
この場面は不穏さが詰まっています。
目を離した隙に、敬之助の姿も見えなくなっていた。
そして茂姫が見たのは、敬之助の喉元を踏みつける治済の姿です。
愕然としながら思わず身を隠す茂姫。彼女には危機感を察知し、対処する力があります。
治済が去っていくと、敬之助が泣き声をあげました。
一体あれは何だったのか……。
その後、茂姫のもとに「敬之助が食あたりで急死した」という報告が届きます。
もしも茂姫が鈍感であるか、保身のために真相から目を逸らしていたら、治済と敬之助の死は結びつかないかもしれない。
しかし彼女は賢く、何かを守る気持ちのある女性です。化物相手に戦う運命が、この優しい女性に近づいています。
源内が遺していたもの
そのころ江戸の市中では、黒木の帰りを待つ妻子と仲間たちがいました。
るいという妻が、青史郎という赤ん坊を抱いています。青沼から名前をとったのでしょう。
伊兵衛と杉田玄白が、黒木の留守を守る妻を支えているようです。
それにしても、この杉田玄白はいい。小松和重さんは医者の服装が実によく似合っていて、理想的な玄白ですね。
では黒木は何をしているのか?
かつての源内のように、日本中を歩き回り、軽い赤面の探索をしていました。東北地方の出羽国にいるようです。
水を飲んでいる黒木に何かが当たり、彼がそれを拾うと「源」の文字がついた竹とんぼでした。
これをどこで手に入れたのか?
慌てて尋ねると、持ち主である少女の母が「源内にもらった」と答えます。
黒木は源内の書付を見せられ、どうしてこれがあるのかと尋ねます。
源内はかつてこの村に来て、妊婦に人痘接種の手順を教え、書付を残していました。
源内は人でなく、赤面の熊でもいいと言い残していました。黒木はハッとします。
果たして源内の言いつけは結果を残せるのか……。
黒木は村人の話を聞き、村の中を見て、驚きの状況を目撃します。若い男たちが元気に暮らす姿があったのです。
源内の想いは、志は、きちんと残されていたのです。
甘い毒
妊娠中だった茂姫と志賀は、それぞれ子を産み、数年が経過しました。
子どもたちは仲良く遊んでいます。
総姫と敦之助は、どちらも甘いもの、南蛮菓子が大好きなのだとか。志賀は茂姫が贈ったちまきも総姫が一人でぺろりと食べたと言います。
「ちまき?」
茂姫は、何かひっかかったようです。贈った覚えがないのでしょうか。
愛くるしい総姫が、熱を出してしまいました。茂姫は風邪の流行を確認。このあたりに彼女の慎重さが見えてきます。
と、そこへやってきた治済が「志賀には気をつけろ」と吹き込んできます。
志賀は茂姫に嫉妬している。生活レベルが違うのに堂々と見せつけるなんて、志賀にとってはどうなのか?と煽るのです。
ゲスなWebトゥーン広告のような煽り方ですね。
見せつけていないと動揺する茂姫。さらに治済は、茂姫はフランクすぎてかえって反感を買っているとも言います。
「難しいわね、特別な立場って」
甘ったるく同情心を見せつける治済に対して、茂姫は困惑しています。このあと、彼女はこうつぶやきます。
「嫌味だったのかしら、私……」
彼女のちょっとムッとした顔からは、「そんなわけないのでは?」という疑念も感じるというか、治済の言葉を素直に信じていないようにも感じる。
すると志賀から贈り物が届きます。
カステラでした。
茂姫はやっぱり志賀は嫉妬していないと安心しています。
慎重な彼女にできた心の隙と申しましょうか。志賀を信じたい気持ちが、警戒心を緩めてしまったのかもしれない。
敦之助も近寄ってきて、カステラを欲しがります。
すると今度は、総姫急死の一報が届きます。
茂姫が志賀のもとへ行くと、彼女はこう返します。
姫を亡くした今、お腹ではなく、ただの側室へ格下げとなった。もはやこれ以上のご厚意は過ぎたこと。
茂姫はそんな悲しいことを言って欲しくはないと返すものの、志賀は茂姫の幸せそうな姿を見たくないと返します。
すべて治済の思惑通りに話が進んでゆく。人と人との関係にヒビを入れ、一体何がしたいのか。
茂姫はそう言われても、自分が悪かったと反省しています。
そしてまた志賀からカステラが届く。
吉野という侍女は縁起でもないと嫌がるものの、茂姫は深読みをしてしまいます。
志賀はきっと現実を受け止めらないのだろう。
そして三日をあげずに届くカステラを食べ続けました。
無邪気にカステラを食べる敦之助の姿がおそろしい。
敦之助が咳き込み始めました。
灰谷という御典医は風邪だと誤魔化し、薬湯を渡します。しかしこれでは助かるわけもなく、敦之助も亡くなりました。
呆然としている茂姫は、ネズミの死骸に目を止めます。
カステラを食べて死んでいる――これは一体どういうことか?
彼女の中で、ようやく点と点がつながりました。
「お志賀ァ!」
怒り、叫び、望み通り敦之助も亡くなった!と志賀に向かって叫ぶ茂姫。
志賀は困惑しています。
カステラを口に押し込めようとする茂姫。
目を泳がせつつ、カステラなど贈っていないと言う志賀。
「そなた以外、誰が送るというのじゃ!」
こう叫んだあと、何かを悟ったかのような、茂姫の凄絶な顔。唖然とした志賀の顔。
まるで渓斎英泉の美人画ではありませんか。
浮世絵って表情を見事に映し取っていると、このドラマを見ていると思えます。
茂姫の中で渦巻く不信感と違和感が絡み合い、この悪虐非道は誰の仕業か、全ては噛み合いました。
全て思惑通りだと微笑む治済は、月岡芳年の描く地獄太夫のようだ。
背後に髑髏の群れが踊っているようです。
毒を盛るのが甘いお菓子というのも、実はポイントでしょう。
自然界の甘いものには毒が含まれていないことが多い。カロリーも高く、ヒトは好んで食べてきた。
幕末の幕臣は、ヨーロッパで食べ物に悪戦苦闘する中で、甘いお菓子や果物は問題なかった。
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ヒトという生物の特色で、甘いものは好きだし、警戒心なく食べる――なんて悪魔的な毒の使い方でしょう。
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