赤面疱瘡対策として、田沼時代に進められた人痘接種。
その恩恵を受けて長生きした徳川家斉が、11代将軍として鈴の廊下を歩いてゆきます。
美女三千人が侍る場所を進む家斉の側には、母・治済の姿もあります。
今週もまた不穏な空気が流れています。
なぜ大奥には美女が三千人もいるのか?
「なぜ大奥には三千人もの美女がいるのか?」
そんな素朴な疑問はあると思います。
実際には三千人もいなかった――という指摘もあり、そもそも“三千人”というのは白居易『長恨歌』由来とされています。
後宮の佳麗三千人
三千の寵愛一身に在り
この手の決まり文句と実数が一致しないことは珍しくなく、四天王といいながら五人以上いるとか、八百八町だの八百八橋とか、“とにかく数が多い”というものだと飲み込んでおきましょう。
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そんな大奥で、男女逆転という意外性が描かれたのがシーズン1でした。
シーズン2でその構造が再び逆転すると、かえってさまざまな問題が浮かんできます。
幕府の悩みも様変わりすることになった――そう静かに告げられる中、話は始まります。
家斉は房事過多ゆえに腎虚である
久々に就任した男の将軍・徳川家斉は、どこか虚な目をしています。
赤ん坊の声が聞こえてきて「また生まれたか」と淡々と口にする。
背後を歩む一橋治済は、家斉にさらに女を選ぶように迫り、紅唇を歪ませる。
この場面だけでも、地獄のような様相を呈しています。
家斉の顔を見た瞬間、小川笙船ならば「これは腎虚ですな」とでも診断を下すことでしょう。
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顔色がやや黄ばんで見えます。血虚(貧血)だと蒼白い。虚弱体質というよりも、精力の使い過ぎで頭が常にボーッとしている表情でしょうか。
原作に似ているだけでなく、江戸後期の風刺画に出てきそうなリアリズムが満ち溢れていて、中村蒼さんの再現度が圧巻。
腎虚とは「房事過多」――要するに性行為のしすぎでエネルギー不足となるという意味です。
後宮美女三千人というけれども、たとえ皇帝であっても房事過多となれば止められる。生命力や判断力が低下してしまい、為政者として腑抜けになるのを避けるためです。
東洋医学では、酒色の不摂生は戒められるものでした。
渋沢栄一とその妻のやりとりから【儒教には性的規範がない】なんて誤解も日本では広まりましたが、そんなはずはありません。
東洋の君主は酒色に溺れないことが基本なのです。「英雄色を好む」という言い訳が通じるのは、政治能力を保てればの話。
そこを踏まえると、もうこの時点で母の治済が邪悪だとわかります。
すでに子は大勢いる。そのうえで目が虚になるほど房事に励む我が子を止めぬどころか、むしろ煽っている。寿命を縮めることがわかっていながらそうしている。
まさに我が子を種馬扱いする鬼畜の所業です。
子沢山は大問題だ!
徳川家斉には「オットセイ将軍」という不名誉なあだ名があります。
オットセイが実際に子沢山というよりは、腎虚の特効薬に用いられるからであり、愛飲していたからこそ、そう呼ばれている。
むろん海外からの輸入品で、お値段は高くつきます。
それにしても家斉を演じるのって、相当大変だと思います。
オットセイ将軍の印象が強く、江戸時代もののポルノ映画の題材にも選ばれたりする。タイトルも露骨です。
『色情大名』
『エロ将軍と二十一人の愛妾』
本作『大奥』では、色に溺れた様子ではなく、むしろ残酷な性虐待として描いているところが、時代と価値観の転換点を感じさせますね。
家斉の子沢山は、幕府内にも弊害を生じさせます。
「たった5年で11人!」
そう驚愕し、治済に詰め寄るのは生真面目な松平定信。
世継ぎ以外はそれなりの家に送り出さねばならない。その婚礼費用がかかる。これでは破産してしまうと焦っています。
博物館や歴史記念館などには、地元姫君の婚礼道具が展示されていることがしばしばありますね。
貝合わせセットだけでもどれだけお金がかかったことか。あの豪華さを思い出しつつ、話を追っていきましょう。
定信の抗議に、治済はこう返します。
「私は将軍の母。あなたはただの老中に過ぎない」
唖然とした定信が、吉宗公の孫としてともに正しき政道を天下に示すのではなかったか!と叫びますが、もはや後の祭り。
治済は定信の言葉遣いをやんわりたしなめつつ、金がないならどこかから都合するのが仕事だといいます。
そして吉宗公の孫として恥じぬよう努めを果たせと言い放ち、その場から去ってゆきました。
庶民の暮らしを見ぬ公方様
怒りが収まらない定信は、金平糖を食べている家斉のもとに乗り込んでいきます。
母の治済は、定信を老中と見下したものの、息子の家斉は「はいっ!」と応じてしまう。
誰が真の権力者なのか。態度でわかりますね。
定信がテキパキと財政逼迫についてまくし立てると、うんざりした顔をしてしまう家斉。
この場面は示唆的で重要かもしれません。
吉宗編では、怒り立ち上がる民衆の姿が映されました。
しかし、ここではそうした様子が見えてこない。幕閣は知識として財政難を理解しているけれども、どれほど実感が伴っているのか。
シーズン1では家光も、吉宗も、民衆の暮らしぶりを直に見る機会がありました。
それと比較してどうでしょう。
甘い菓子をつまみつつ、ウンザリした顔をするこの公方様は、地に足がついていません。
ただし、救いはあり、彼自身も問題を把握していて、実は房事にそう乗り気でもない。
東洋医学の腎虚は迷信でもないのです。性行為は体への負荷が大きく、頓死のリスクもあります。
財政難という名目があれば、苦行と化した房事を断ってもよい。家斉としてはそうなってもおかしくはありません。
ただし、それも母の許可を得ねばならず、治済は、定信が私たちの血筋を絶やしたいのだと言い出します。
そう言われても「え?」と返す家斉の鈍感さよ。治済はそんな我が子の無知を笑い飛ばします。あの家はいつかは将軍を輩出したいと思っているのだから、当たり前なのだと。
この家斉の種馬問題に、何か嫌なものが影を落としてきましたね。
徳川の血筋問題である――家康があれほど子沢山であったにも関わらず、家光時代にはおぼつかなくなり、分家から世継ぎを迎えてどうにかしてきた将軍の血統。
その血統由来の権力闘争が煮詰まり、政治は後回しになってゆきます。
そんな中で家斉は、治済と定信という、吉宗の孫二人に挟まれて身動きができなくなっています。
幕府を喰らい尽くす“怪物”
治済はさらにとんでもないことを定信につきつけます。
大御所になりたい――。
大御所とは、そもそもが隠居した将軍のことだと定信が反論。
日本史ならではの話が出てきましたね。
上皇と天皇。
太閤と関白。
そして大御所と公方。
日本では、こうした二元政治が特色であり、他国ではさほど多くはありません。
政治が二分されて混乱しますし、なまじ地位を認めたらそれにふさわしい行事だの衣食住だの求めてくる。
定信は断固として止めようとします。そもそも何を言っているのかと。
特例を求めてくる治済。
実はそこまで大御所という呼び名が欲しいわけではないのかも、と思えます。ルール違反をぬけぬけと持ち出し、困る相手の顔が見たい。そんな邪悪な欲求を感じます。
それでも定信は要求を跳ね除け、さしものこの怪物も怯んだようで、どうなることやら……と、思ったら結果はすぐに出ました。
老中を罷免されてしまったのです。
家斉はそう言い渡すと、さらにこう来ました。
「我が母を侮ることは、私を侮ること……」
定信は、家斉が自分の心から言っているわけではないと見抜き、そこを果敢に指摘します。
うつむいてしまう家斉。
「母を怒らせても、よいことは一つもない」
怯えながらそう語る家斉。ため息をつきながら苦笑の定信は、この裁定を受け入れるしかないと返します。
そのうえで、一つ忠告を残します。
「このままではいつか、上様もこの国も、あの方に滅ぼされまするぞ!」
この定信の言葉は、幕末編にまたリフレインします。一橋家のことを忘れないでおきましょう。
屠殺される猟犬
「馬鹿なのかしらね、越中は。何度、物言いでしくじればわかるのやら。もう、徳川にはいらぬ人物かもしれぬの」
治済が呆れた様子で語る、その先にいるのは彼女の懐刀といえる武女です。
ふてぶてしいはずの武女が、すっかり怯えている様子。
猛犬が怯え、目をうるませ、今にもキャンキャンと鳴き出しそうな姿にも見えます。
「の?」
治済が笑顔でそう促すと、武女の顔からは一切の気力が尽きたように見えます。
もうそれだけは勘弁して欲しいと、身を伏せて頼み込む武女。
それは隠居願いか?と返す治済。
尼寺に籠り、口をつぐんでいるから、もう殺生だけはしたくないと懇願します。
治済は、人というより、猟犬を惜しむように語ります。
梅毒持ちの男を使い、平賀源内を襲わせた。
御典医を使い、家治と家基を毒殺した。
その手管を褒めています。
むろん指示を出したのは治済自身であり、己の策謀に酔いしれつつ、相手に責任を転嫁するような、邪悪な物言いです。
治済が大事にするものは、獲物を狩る猟犬だけ。それができぬとなれば、どうするのか?
致し方ないと言う主人を前に、武女は怯えた犬の目になっています。
それを見る治済は、この恐怖を楽しんでいます。
鳴き声を楽しみつつ屠殺する。そんな喜びが治済にはあります。
ここで思い出したいのが、シーズン1の加納久通のこと。
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彼女も主君のために、将軍となるうえでの邪魔者を手にかけてきました。
それでも久通はサッパリとした顔でそのことを告げられた。
武女と大きく違うのは、久通には「名君を生み出したい」という志があった。その志を遂げるために、謀略に手を染めた。数人の血で、大勢の民を救った。
そんな邪悪なトロッコ問題のような思考回路が組み立てられました。
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しかし、武女は?
血を流した意味などない。ただただ悪事は虚無へ呑まれてゆく。その虚しさが彼女を殺したのでしょう。
家斉の封じられた記憶
果たして武女は死んだと、家斉は、治済の口から聞かされます。
病死だと言われ、家斉の脳裏に断片的な記憶が蘇ってきました。
まだ家斉が幼いころ、武女の前に、治済が茶碗を置いて飲ませたことを。
これはミステリでもよくある描写です。
人はあまりに辛い記憶があると、蓋をして生きていくことがある。それが何かのはずみで蘇る。治済はそのことを甘くみたのでしょう。
そう閨で考え込む家斉の隣には、御台所の茂姫がいます。
家斉は断片的な記憶をたどっています。幼い頃、家斉が怪我をしたとき、母が笑って茶を勧めたのだと……記憶はそこで途切れてしまいます。
茂姫は、武女の代わりに総取締がくるまで、私が大奥で皆が仲良く過ごせるようにつとめると微笑みます。
島津からやってきた御台
元の名前が篤姫というこの茂姫は、島津重豪の娘にあたります。
幕末へ向かう道すじを考えるうえで重要ですね。
茂姫と家斉は幼くして婚約を交わしていました。それが家基の死により家斉に将軍の座が回ってくると、困ったことになります。
徳川将軍が、大名家、ましてや西国の外様である島津から御台所を迎えるなんて、想定外の事態です。
彼女の父である島津重豪はともかくパワフルで、幕府相手に一歩も退こうとしない。やむなく島津出身の御台所が生まれたことになります。
予想外の結果とはいえ、島津はこれで外様大名でありながら将軍と縁戚という特別な地位を獲得。
そうなれば地位にふさわしいセレブライフにしたい。しかも重豪は蘭癖(蘭学好き)であるため、金がどんどん出ていく。
ただでさえ石高を上方申請していて苦しい薩摩藩の財政は、ますます傾いていきます。
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そんな薩摩藩が収入源として目をつけたのが黒糖です。
近世以降、人類は効率的な甘味の大量摂取に目覚めました。
サトウキビ栽培はそのニーズに一致。
しかし成長して背の高いサトウキビを収穫するのは重労働であり、負担は相当なものです。
穀物の代わりにはならない。おまけに収穫したら搾取される。サトウキビ栽培とは、奴隷貿易の象徴とも言える重労働でした。
中南米のプランテーションの話だけではありません。薩摩藩が奄美大島で展開した「黒糖地獄」も、こうした搾取の一環だったのです。
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そうして得られた魅惑の黒糖はどこへ?
その答えも、今回は出てきます。
男なぞ、増やしてどうするのじゃ?
島津出身の茂姫は、活発な女性です。
母の操り人形だと無気力な家斉に、何かしてみたいことはないか?と迫る。
「人痘かのぅ」
そう口にした瞬間、家斉の目に光が宿りました。
無気力なだけではない。何かが眠っていただけで、ようやく目覚めた。
国中の男に人痘を施す。男の労働力が増えれば、女も楽になる。そう語る夫を、励ます茂姫。
家斉の善良性は、男を増やして女を踏みつけにするという復讐心ではなく、女にとってもよいことだと考えているところです。
それを喜んで聞く茂姫にも、信頼感があります。愛情深い夫婦ですね。
とはいえ、人痘については曖昧な記憶しかなく、茂姫に促され、家斉は『没日録』を手に取ります。
目標を決めてからは顔色もよくなっているようです。
しかし、そんな彼が目にしたのは墨塗りばかりの記録でした。
家斉はまだまだ治済の支配下にいるため、まっすぐ母のところへ。すると治済は定信のせいにします。定信の甥が人痘で死んだものだから、怒ってそうしたのだろうと。
意を決した家斉は、人痘の再開を母に提言。
その瞬間、治済の瞳の奥に鋭い光が宿ります。
「……男が」
家斉が人痘接種のもたらす恩恵を説くと、治済は被せるように否定する。
「男が政を語るのではないわ!」
国中の男に人痘など、どれだけ手間と金がかかるか?
家斉が生き延びて将軍の座につけたのも、人痘接種が限られていたからだ! 皆が受けては意味がない!
そう己の策を全て語り尽くすけれど、これも治済の限界点かもしれない。
治済のおかげだということにして恩着せがましく人痘を広めれば、悪名を打ち消し、名声を得られるはずなのにその考えには至らない。
彼女は確かに邪悪ではある。しかし、出しぬくことはできるかもしれない。
すると治済は、男性嫌悪をむき出しにします。
男など、女の助けがなければ生まれてくることもできない出来損ないだ!
出てきたら出てきたで、働きもせず、子を産むこともできず、できることは乱暴と種付けだけ!
「そんなクズを盛大に増やしてどうしろと言うのじゃ!」
治済に逆らえない家斉は頭を下げるしかありません。もう二度と申しませぬと平伏するのみ……。
この治済の言葉は、相当刺さるものがあります。それというのも、生物学的に見ればなかなか当てはまるものだから。
生殖のために着飾り、美しくあろうとするのは、生き物の世界ではメスよりむしろオス。種付けをしたら、それだけで力尽きてオスが死ぬ種も多い。
ライオンのハーレムでは、メスがせっせと餌をとる。
もしも単性生殖が実現するのであれば、優先されるのはメス――そう思える要素は多いのです。
ヒトは、オスが優先されるその例外的な種といえる。
穀物を育て、財産を蓄えてゆく。それを奪い合う争いが起こる。そんな戦いの中で、頼りになるのは力の強いオスだった。
オスの多い集団は強くなる。宗教、道徳、財産、政治……叡智を駆使し、男性優位社会を作り上げてゆき、今に至る、と。
なぜヒトは男性優位なのか?
身も蓋もない言い方をすれば、戦争をするうえで兵士は男が向いているからということにもなり得る。渋沢栄一もそういう趣旨のことを言い残していましたっけ。
『大奥』でも、吉宗が赤面撲滅を誓う背景に、海外からの侵略に対抗できないからという理由づけがありました。
戦争で有利だから男を大事にしろということが、真だとすれば? それって究極の男性差別にもなるのでは?
そんなところまで考えさせる『大奥』。
男性の存在意義を見出すところへ、シーズン2では向かっているようにも思えます。
家斉と治済の問答は、男と女の戦いでもある。存在意義を貶められた家斉は、さあ、どう反証するのか?
怪物にとっては、死んだ子のことを考えても無意味
いきなり躓いてしまった家斉は、松方から御台の懐妊を聞きます。
さらにはお志賀の方も子ができたとのこと。
松方は「子作りだけしていればいい」という旨をサラリと言い、生殖能力しか期待されない家斉の悲しみを感じます。
この報告に幕閣はアタフタしております。これはもう怪談だと……。
神輿を担ぐ祭りの場面が入ります。現代まで残っているおなじみの祭りも、江戸後期に始まったものが多く、それを見物する家斉と茂姫。
茂姫は同じく懐妊した志賀を気遣っています。この「お志賀」という名の将軍側室は、11代家斉と13代家定にいるため、なかなか面倒なことになっております。
茂姫と志賀、二人の対比が実にいいですね。どこか凛然としている茂姫に対し、志賀はひたすら愛くるしい。
お腹の子が動いた、として二人が笑い合う姿には、ギスギスした女同士の争いなどなく、家斉も微笑んで見守っています。
敬之助というまだ幼い男の子が、ここで家斉に甘えてきます。母はお宇多の方。
御台があたたかく見守るため、和やかな雰囲気になっていると志賀が微笑む。
と、同時に注目したいのが、子どものご機嫌とりに甘いお菓子が使われていることでしょう。
和やかな雰囲気を冷え込ませるのが、治済です。
敬之助が「おばばさま〜!」とよだれを垂らしつつ近づくと、「竹千代」と声をかけ、周囲が一気に凍りつく。というのも、竹千代は昨年亡くなっていたのです。
そう指摘されてようやく思い出す治済は「子はよく死ぬから大袈裟に騒がぬことだ」とおさめ、その場を立ち去ります。
孫の死すら忘れる治済――その場に残された者たちは当惑しながらも、茂姫は「挨拶をし忘れた」として治済のもとへ向かいます。
この場面は不穏さが詰まっています。
目を離した隙に、敬之助の姿も見えなくなっていた。
そして茂姫が見たのは、敬之助の喉元を踏みつける治済の姿です。
愕然としながら思わず身を隠す茂姫。彼女には危機感を察知し、対処する力があります。
治済が去っていくと、敬之助が泣き声をあげました。
一体あれは何だったのか……。
その後、茂姫のもとに「敬之助が食あたりで急死した」という報告が届きます。
もしも茂姫が鈍感であるか、保身のために真相から目を逸らしていたら、治済と敬之助の死は結びつかないかもしれない。
しかし彼女は賢く、何かを守る気持ちのある女性です。化物相手に戦う運命が、この優しい女性に近づいています。
源内が遺していたもの
そのころ江戸の市中では、黒木の帰りを待つ妻子と仲間たちがいました。
るいという妻が、青史郎という赤ん坊を抱いています。青沼から名前をとったのでしょう。
伊兵衛と杉田玄白が、黒木の留守を守る妻を支えているようです。
それにしても、この杉田玄白はいい。小松和重さんは医者の服装が実によく似合っていて、理想的な玄白ですね。
では黒木は何をしているのか?
かつての源内のように、日本中を歩き回り、軽い赤面の探索をしていました。東北地方の出羽国にいるようです。
水を飲んでいる黒木に何かが当たり、彼がそれを拾うと「源」の文字がついた竹とんぼでした。
これをどこで手に入れたのか?
慌てて尋ねると、持ち主である少女の母が「源内にもらった」と答えます。
黒木は源内の書付を見せられ、どうしてこれがあるのかと尋ねます。
源内はかつてこの村に来て、妊婦に人痘接種の手順を教え、書付を残していました。
源内は人でなく、赤面の熊でもいいと言い残していました。黒木はハッとします。
果たして源内の言いつけは結果を残せるのか……。
黒木は村人の話を聞き、村の中を見て、驚きの状況を目撃します。若い男たちが元気に暮らす姿があったのです。
源内の想いは、志は、きちんと残されていたのです。
甘い毒
妊娠中だった茂姫と志賀は、それぞれ子を産み、数年が経過しました。
子どもたちは仲良く遊んでいます。
総姫と敦之助は、どちらも甘いもの、南蛮菓子が大好きなのだとか。志賀は茂姫が贈ったちまきも総姫が一人でぺろりと食べたと言います。
「ちまき?」
茂姫は、何かひっかかったようです。贈った覚えがないのでしょうか。
愛くるしい総姫が、熱を出してしまいました。茂姫は風邪の流行を確認。このあたりに彼女の慎重さが見えてきます。
と、そこへやってきた治済が「志賀には気をつけろ」と吹き込んできます。
志賀は茂姫に嫉妬している。生活レベルが違うのに堂々と見せつけるなんて、志賀にとってはどうなのか?と煽るのです。
ゲスなWebトゥーン広告のような煽り方ですね。
見せつけていないと動揺する茂姫。さらに治済は、茂姫はフランクすぎてかえって反感を買っているとも言います。
「難しいわね、特別な立場って」
甘ったるく同情心を見せつける治済に対して、茂姫は困惑しています。このあと、彼女はこうつぶやきます。
「嫌味だったのかしら、私……」
彼女のちょっとムッとした顔からは、「そんなわけないのでは?」という疑念も感じるというか、治済の言葉を素直に信じていないようにも感じる。
すると志賀から贈り物が届きます。
カステラでした。
茂姫はやっぱり志賀は嫉妬していないと安心しています。
慎重な彼女にできた心の隙と申しましょうか。志賀を信じたい気持ちが、警戒心を緩めてしまったのかもしれない。
敦之助も近寄ってきて、カステラを欲しがります。
すると今度は、総姫急死の一報が届きます。
茂姫が志賀のもとへ行くと、彼女はこう返します。
姫を亡くした今、お腹ではなく、ただの側室へ格下げとなった。もはやこれ以上のご厚意は過ぎたこと。
茂姫はそんな悲しいことを言って欲しくはないと返すものの、志賀は茂姫の幸せそうな姿を見たくないと返します。
すべて治済の思惑通りに話が進んでゆく。人と人との関係にヒビを入れ、一体何がしたいのか。
茂姫はそう言われても、自分が悪かったと反省しています。
そしてまた志賀からカステラが届く。
吉野という侍女は縁起でもないと嫌がるものの、茂姫は深読みをしてしまいます。
志賀はきっと現実を受け止めらないのだろう。
そして三日をあげずに届くカステラを食べ続けました。
無邪気にカステラを食べる敦之助の姿がおそろしい。
敦之助が咳き込み始めました。
灰谷という御典医は風邪だと誤魔化し、薬湯を渡します。しかしこれでは助かるわけもなく、敦之助も亡くなりました。
呆然としている茂姫は、ネズミの死骸に目を止めます。
カステラを食べて死んでいる――これは一体どういうことか?
彼女の中で、ようやく点と点がつながりました。
「お志賀ァ!」
怒り、叫び、望み通り敦之助も亡くなった!と志賀に向かって叫ぶ茂姫。
志賀は困惑しています。
カステラを口に押し込めようとする茂姫。
目を泳がせつつ、カステラなど贈っていないと言う志賀。
「そなた以外、誰が送るというのじゃ!」
こう叫んだあと、何かを悟ったかのような、茂姫の凄絶な顔。唖然とした志賀の顔。
まるで渓斎英泉の美人画ではありませんか。
浮世絵って表情を見事に映し取っていると、このドラマを見ていると思えます。

渓斎英泉作/wikipediaより引用
茂姫の中で渦巻く不信感と違和感が絡み合い、この悪虐非道は誰の仕業か、全ては噛み合いました。
全て思惑通りだと微笑む治済は、月岡芳年の描く地獄太夫のようだ。
背後に髑髏の群れが踊っているようです。

『新形三十六怪撰』/wikipediaより引用
毒を盛るのが甘いお菓子というのも、実はポイントでしょう。
自然界の甘いものには毒が含まれていないことが多い。カロリーも高く、ヒトは好んで食べてきた。
幕末の幕臣は、ヨーロッパで食べ物に悪戦苦闘する中で、甘いお菓子や果物は問題なかった。
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来日した外国人も、漬物や味噌汁に悶絶しながらも、柿はうまいと食べることができる。
ヒトという生物の特色で、甘いものは好きだし、警戒心なく食べる――なんて悪魔的な毒の使い方でしょう。
怪物退治が始まった
狩り場から戻った家斉は、茂姫のもとへ向かいます。
目をカッと見開き、我が子に寄り添う茂姫。
「打首に、して」
茂姫は、将軍の子を間引いているあいつを殺せと訴えます。
「あいつとは誰じゃ、御台?」
絶望する茂姫は、我が子を返せ、それができないなら殺せ、上様ならできるはずだと泣きつきます。
この瞬間の茂姫の絶望感は、今でもよく聞くシチュエーションかもしれません。
義母の嫌味や悪虐ぶりを夫に話す妻。しかし夫は「うちの母はそんな人じゃない」と聞く耳を持たない。
そんな悪虐の姑を庇う夫に絶望する妻というのは、よくある話です。
それでも家斉は何もしないわけでもない。
松平定信の元へ向かい、真相究明に乗り出します。母に滅ぼされるという言葉の意味を。
「あの女はの……人の皮を被った化け物じゃ」
世継ぎであった家基を殺し、家治も弑し奉った。それは定信だと思っているものも多いけれども、治済の仕業だと定信は信じています。
ただ、証拠はない。
これも単純な話かもしれません。
二人を殺して利益を得るのは誰か?
動機を探れば出てくるものであり、定信は自分でないと断言できる。ただ、そうなればチャンスだということも知っている。そこから導いたと。
家斉はそこまでするなら、治済が将軍になればいいのでは?と返します。
定信はそこも理解しています。
あの女には志がない――世をよく治め、徳川を守りたい気持ちなぞない。
定信は、道は違えど、田沼もそうだったとは理解できる。けれども、それすらない空虚な女はわからない。
そこまで説明されても、家斉は、孫はかわいいはずだと思いたい。人の心を持つ母だと思いたい。茂姫が言うように孫を殺すなんて、理解できない。
邪魔者を消すなら理解できるけれど、なぜ孫を?
家斉は信じたくないようで、それしかないと思っているようにそう絞り出します。
定信は、言います。
人が悶え苦しむ様を楽しむ趣味のものもいる――。
その瞬間、家斉の記憶が噛み合いました。
幼い家斉に怪我をさせてしまった武女は、命に換えても償うと頭を下げました。すると治済は微笑み、毒を差し出します。
命などいらないけれども、飲んで死ぬか試して、苦しむ様を見るのは面白い。ただの娯楽として武女に毒を飲ませたのです。
「飲め」
歌うように主からそう言われた武女は毒を飲み干し、血を吐きながらのたうち回ります。
治済の目は、あやしいほどに爛々と輝いている――地獄のような光景を思い出し、全てを悟った家斉。
夕日のさす仏間で、治済は位牌を目にしていました。
まるでそれは戦果のよう。誰も位牌の数をおかしいと思わないのか?とつぶやき、誰も聞いてくる者がいないと退屈そうに言います。
「これが天下ってやつみたい」
徳川家の人間を弄ぶように殺しても咎められない。確かにそれは天下人のふるまいかもしれない。
「思ったより退屈」
それはそうでしょう。天下取りの過程が楽しいのは、切磋琢磨し、競い合うから。
血筋を生かし、策謀だけで追い落として権力を握っても、やることは息子を種馬にし、幼子を殺すだけ。
己の命も、志も、賭けていない天下取りが、面白いわけがないのです。
黒木家の来訪者は
そのころ、黒木はやっと帰宅しました。
江戸後期ともなると街はすっかり「時代劇」でおなじみの景色です。伊兵衛と妻の“るい”がいい仲に思え、天水桶の影に隠れるところまで実にそれらしい。
長旅のあと、妻の密通を疑う旦那。ありがちですね。
そんな黒木に、青史郎が「おとっつぁん」と声をかけます。
なぜ私が父だとわかるのかと問いかけると、るいが抱きついてきて何よりの証拠を見せます。
伊兵衛が「おかえり」と余裕をもって語る姿を見て、密通とは考えすぎだと黒木も安心したように見えますね。
黒木は夕食をとりながら、赤面には熊の種でもいいという成果を語ります。
伊兵衛は熊痘(ゆうとう)だとまとめ、源内の天才性に改めて感動しました。
これで青史郎も長生きできる。
伊兵衛はそう言いながら「じゃ、あとは親子水入らずで」と去ろうとします。なんと5年も留守を守ってもらったとか。
天邪鬼な性格で、いいやつなんだなぁ。去り際、俺のガキにも種を分けて欲しいと伊兵衛は言います。
大奥で自分のことばかり考えている人との対比が、そこにはあります。
近代とは、公共の利益や福祉を、民衆まで考えてこそ訪れる――そういう芽生えが江戸にはある。
そうして出ていく伊兵衛が叫びます。何者かがやってきているらしい。
黒木が出ていくと、松方が提灯を手に立っています。カメラワークと照明が素晴らしくて、まさに近代の浮世絵だ。
夜の光景をどう描くのか?ということは、西洋絵画知識を得つつあった江戸後期の浮世絵師が色々と考えていて、そういう絵師が描いたような風情がここにあります。

『月百姿』月岡芳年/wikipediaより引用
松方を見た黒木と伊兵衛は、いまさらなんだ!と返す。
すると徳川家斉が出てきて、腰の刀を外して土下座。
赤面を治して欲しいと訴えます。
何気ないようで、スムーズなので、スッと見ていけるけれども、この家斉は所作がなかなか大変だと思います。
刀を外すという動作そのものに馴染みがないし、そこから即座に土下座するのだって大変です。それをこなすこのドラマは盤石だ!
黒木はそう言うならばこれまでのことは知っているのかと、怒りを滲ませる。
それを察知した家斉は、定信や松方から聞いているという。
青沼の名前も出てきました。
黒木は、人痘は難しいことではない、奥医師や国中の漢方医にそう伝えればいいだけだと帰らせようとします。
この口ぶりよ。そんな簡単なことなのに、大変だの、金がかかるだの言う、そういうことを見越しての怒りにも思える。
技術的なことでなく、政治的なことでできなくなったんだろう、悪政のせいだろう、お前らのせいだろう! そう責めているのでしょう。
それでも家斉は諦めない。
そなたらにこそやって欲しいと訴える。
善意というより政治的な話であり、奥医師も、漢方医も、母のもとにいて動かせない。
それでも家斉は、愛するもののために、自分自身のためにやらねばならない。
志を宿した目で、彼は語ります。
「男が女と同じ力を持てる、男とて、女を守れるそんな世に、変えたいのだ!」
そう訴える将軍に、黒木はどう応えるのか?
女君主から男君主への代替わり
女将軍から男将軍へ変わった――このことが重要になってきます。
歴史的に似たような事例が実際にあったかというと、あまりないようで、実はあります。
イングランド王のエリザベス1世から、ジェームズ1世への交代です。
年老いた女王の治世に飽きていたイギリス人は、活発な若い男性君主になることをはじめのうちこそ歓迎しました。
あの婆さんの時代は、なんだかんだで勢いがないもんな。そう思って迎えた壮年の男性王への期待は、すぐに失望へと変わります。
それはなぜか?
国王の性格的な問題もありますが、構造的なものもありました。
・宮廷の生活費増大
老女王一人にかかった費用と比べると、壮年王は一家まとめて面倒を見なくてはいけない。
増える予算と手間に、宮中は悲鳴をあげました。
老女王一人という時代が例外だったとはいえ、それに慣れきっていたのです。
・壮年男性の性欲が脅威に
ジェームズ1世の性格的な問題なのですが、彼はセクハラ王でした。
しかも同性にもちょっかいを出すので、宮中はパニックに陥ります。露出狂じみたことまでしました。
エリザベス1世も浮き名を流したことはあったものの、晩年は静かなものです。
そんな静けさの後に訪れた、壮年男性の性欲そのものが牙を剥いているように思えます。
急激な変化に、宮中は混乱してしまったのです。
家斉の場合、むしろ無気力に思えます。
それでも生殖はできる。どんどん増えていく。そのことそのものが暴力性を帯びてしまう。男性性の持つ毒が流れています。
男性性の毒が、大奥終焉の鍵
定信は、一橋治済が滅ぼしかねないと警告を発しました。
このことは覚えておきたい。
家斉の男性性は毒を持っていない。むしろ母性の毒を治済が発揮します。とはいえ、その治済も男性性の毒を利用しました。男の性的暴行により、源内を梅毒に罹患させ、殺したのです。
幕末になると、毒となる男性性を抱えたものが出てきます。
徳川斉昭です。
梅見の宴で美女を見れば平然と性的暴行を加え、大奥女中を孕ませ、妾にした斉昭。
そんな彼とその最愛の子である慶喜は、幕臣にこう嘆かれました。
「あのお方は精力絶倫で……」
「化物だ!」
「あの親子が幕府を滅ぼしたんだ」
この親子が大奥を迫害し、嫌われたのも確かなこと。大奥をテーマにした作品でよく描かれることは、ありえません。
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女性スキャンダルが痛すぎる徳川斉昭と慶喜の親子~幕府崩壊にも繋がった?
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キャストも未発表ですが、誰が演じるのか。
この毒となる男性性が大奥終焉につながるという伏線が、だんだんと撒かれてきています。シーズン2はそこにも注目ですね。
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【参考・TOP画像】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link)









