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【ドラマ大奥医療編 感想レビュー第16回】
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化物退治の勇者・広大院
広大院は家慶のもとへ乗り込み、家定に「側室を持たせよ」と迫ります。
蓮佛美沙子さんと高嶋政伸さんが、本物の親子に見えるからすごい演技力だ。さしもの家慶も、気の弱い息子になっている。
兄が頼りにならぬ阿部は、堀田に奥の男の条件を挙げています。
勇ましく、知恵も働き、女に優しい……そして阿部は、ふと思い出す。適合する人がいた!
堀田の前で腹痛を装いながら、即座に目的の場所に向かいます。
もう猶予は許されない!
広大院まで持ち出したことに激怒した家慶は、家定に怒りをぶつけています。そして実の娘を脅しつけた後、こう言う家慶が生々しくて正視できないほど気持ち悪い。
「いい子じゃ、いい子じゃ……」
早く家定を助けてくれ、阿部正弘よ、急げ!
阿部は芳町へ向かい、瀧山を見受けし、千代田の奥に招きたいと訴えます。
あまりのことに周囲も困惑。瀧山も驚いています。動揺しつつも、身の上ゆえに難しいと断ってしまう瀧山です。
阿部は、カステラを作る家定のもとへやってきました。
「呼んでいない」とそっけない家定ですが、呼ばれていないからこそ来たと阿部が微笑みます。
家定は、広大院に掛け合った阿部のことをわかっていました。そして無茶はするなと釘を刺す。
月に四度あった嫌なことが二度になったと、相変わらずそっけなく語る家定。
「私はそれで十分じゃ」
そう言われたところで、阿部は納得できません。自宅に戻ると、焼き上がったカステラを前に、己の不甲斐なさを嘆いています。
すると半鐘が……。
城で火事が起こりました。あわてて馬で城へ駆けつける阿部。そこには堀田もいました。
こういう火災時は、火事装束を身につけ城に向かわねばなりません。
『忠臣蔵』衣装のモデルでもあり、とても素敵なもの。こうして見られるのは眼福です。やはり時代劇はこうでないとなぁ。
火事はさほど大規模ではなく、大奥の御膳所で出火とのこと。
出火原因は、家慶が夜中に天ぷらが食べたくなり、職人を叩き起こして揚げさせての不始末でした。
広大院が責め立て、家慶はしょんぼり。
こんなことは表沙汰にもできないし、大奥にも住めぬ……となれば西の丸に移るしかないと宣言します。
こうして広大院は、家定の番犬になりました。
あまりに都合が良い展開に阿部がいささか困惑していると、天からの大御所様の仕置きだとしれっと広大院が言います。続けて、この隙に家定の奥を用意せよ、と。
阿部は再び瀧山のもとへ向かいます。
今度は遠山も連れてきて、あの桜吹雪の刺青を披露させます。若い頃、無頼のものと交わった名残の桜吹雪。そう語る遠山の金さんです。
シーズン1の大岡忠相と小川笙船、そしてこの遠山金四郎。本作には時代劇への愛が溢れていますね。
遠山の姿を見た瀧山は、幕府にもこんな方がいるのかと安心しつつ、己の身の上を語ります。
母は男女のもつれから上役を指し殺した鉄砲方だった。それゆえ瀧山は苦界に落ちた。
儒教が浸透した江戸後期、上役を刺したとなれば重大な罪です。しかし、それは親のしたこと。子に罪はないと阿部は諭します。
そして、何か言ってくる者がいれば正面切って戦うとも誓う。
戦うといったときのキリッとした顔、それから笑う時の優しさ。素敵な人です。
彼女を信じられると理解したのか、瀧山は阿部に忠誠を誓い、身請けを承諾するのでした。
上様を守る砦としての「奥」
こうして自分のために生まれた奥に、足を踏み入れる家定。
頭を下げる瀧山に、側室は望んでいないし、体も弱いと目を泳がせます。
しかし、それは表向きのことでした。実はこの奥こそが家定を守るための砦だと瀧山は告げます。阿部正弘一人だけでは守りきれぬかもしれないけれども、砦があれば大丈夫。
阿部正弘の忠義に、感極まった様子の家定が、しずしずと奥を歩いてゆく。
その様子を見届けた広大院は、この歳の暮れに亡くなったのでした。
さて、瀧山と家定の関係は?
「柿山!」
家定は名前を間違える。甘いものを持ってこいと言われたのに、瀧山は握り飯を持ってきました。
と、そこへ家慶が来て、人払いせよと告げる。そっと家慶が入ってきても、その場から瀧山は去ろうとしません。
家定が、瀧山は分身であると告げます。総取締の分際で許さん!と家慶が斬りかかろうとすると、瀧山は立ち上がりつつ脅すように言います。
「殿中で抜かれるのでありますか?」
その迫力に慄きながらも、家慶が再びプレッシャーをかけてくると、瀧山は動じることなく「我が主人は家定である」とキッパリ告げる。
忠義が極まった江戸時代なら、もう反論はできません。
この重要なシーンは、台詞回しも所作も鉄壁じゃないと不格好になってしまう。それが見事に綺麗にまとまっています。
家定はさらにおもしろそうに言います。もう人払いをしたということは、目撃者はいない。残った者がどうとでも取り繕える。
家慶が死んだとしても、家定と滝山が口裏を合わせたらそれまでのこと。窮地を逆手に取りましたね!
悔しそうに捨て台詞を吐きながら去っていくしかない家慶。家定はそんな父に対して、もはや怯えることはなく対峙しています。
それでも力を抜いて脇息にもたれると、疲労困憊の様子。瀧山が気を遣い、たっぷりと砂糖を入れた葛湯を持ってくると言います。
「優しいではないか、瀧山」
思わず名前をちゃんと呼んでしまう家定。それに気づく瀧山。それを「竹山」と言い返す家定でした。
しかし、事態は思わぬ方へ。
家慶は腐れ外道と呼ぶに相応しい、しつこい男でした。なんと実の娘である家定に毒を盛るのです。
一命をとりとめながら、またも虚弱となってしまう家定でした。
黒船来航
“思いもよらぬ味方”がやってきたのは嘉永6年(1853年)――黒船来航です。
異国の船だ!
と人々は驚きながらも、それを報じる瓦版は売られているし、パニックになっているのか余裕があるのか、なんだか不思議な庶民たち。
史実でも同様の現象が起きていて、黒船見物客向けの店まで並んでいます。
とどめを刺されたのは、家慶でした。異国船騒ぎの中、ショック死してしまうのです。高嶋政伸さんの死に姿の凄まじいことよ……。
ちなみに史実の家慶は、混乱する幕政に苛まされただけでなく、夏の暑さもあって、熱中症やら何やらで急死したとか。
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かくして、混迷の幕府運営は、家定とその幕僚たちに委ねられました。
異国船の出現に対する諸大名の反応は?
というと「開国せずに打ち払え」と口先で言うばかり。沿海部でなければ異国船の脅威もなく、意味もわからないまま適当に主張しているだけです。
そもそも史実の幕府も無策ではありませんでした。
最も危険視していたツートップは不凍港狙いのロシアと、阿片戦争を起こしたイギリス。
露英の二国に対する警戒を務めていたところ、第三の勢力であるアメリカが来てしまったのです。
家定は無責任な諸大名に呆れつつ、それならばいっそ政治の重責を担わせようと言い出します。
これには阿部も同意。幕閣だけでなく大勢の知恵を集めることで国難に立ち向かうべきだと告げるのでした。
こうした政治判断は、これまで阿部正弘だけのものとされてきました。本作では、家定と二人あってのものだと示されています。
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作品の描写としてだけではなく、史実でもそうだったのではないかという示唆も感じます。いわゆる立憲君主制の政治形態であり、西洋列強も取り入れていたものです。
阿部正弘が広く意見を募ったことは、そんな先進性のある政策でした。
集まった意見は延べ800通にも及び、阿部はある意見に目がとまります。
「なんせ向こうは、大筒を積んだ黒船だぜ。こちとらが押っ取り刀で斬り込もうたって、近づく前にドカンとお陀仏だ。
となりゃ、まず開国。
んで、異国と交易してもうけた金で船や武器を買うなり、作るなりして、五分に渡り合える力をつける。ってなぁ話を書いたんだけど、まぁ、どうせ読みもしねぇ!」
髪結床でべらんめぇ口調の男が語っています。
口を「へっ」と歪め、よく日焼けした、この勝という男。千代田から迎えが来たと聞いて飛び上がります。
名は勝義邦――海舟という号で名を馳せる前の、まだ若き旗本です。演じるのは味方良介さん。短い出番ながらも鮮烈な姿でした。
そうそう、勝海舟ね!
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幕末に登場する幕臣の中では、人気最大級の大物だけに、映像作品ではベテランが配役されがちです。
しかし、彼はまだ若い貧乏旗本から異例の抜擢をされていた。
べらんめぇ口調の江戸っ子。日焼けしていて精力的。
そうであれば、大物よりもチャキチャキした若者の方が実像に近いはず。まさにそのイメージにピッタリの勝で、思わず感激してしまいました。
現代人は髪結床に行かないですし、べらんめぇ口調で立板に水で話し続けるってかなり大変だと思うのですが、それを的確に表現されてて「こういうのが見たかったんだな」と唸らされました。
家定は、広大院の位牌に、阿部正弘との政治改革の成果を語りかけるのでした。
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