こちらは2ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
【キングダム関連書籍】
をクリックお願いします。
お好きな項目に飛べる目次
鶴間和幸著『人間・始皇帝』
始皇帝の、最新研究をもとにした電気が読みたい。
そんな方に、自信を持って勧めたい一冊が本書です。
出生から、帝国の終焉まで。章ごとに区切り、丁寧に解説します。
本書のよいところは、始皇帝やその周辺人物につきまとう、後世やフィクションによるイメージを、丁寧に検証し、時には覆していくことです。
タイトルからもわかります。
人間としての始皇帝はどんな人物であり、どう生きたのか? そこに迫るのです。
そういう意味で、実に良いタイトルをつけたものだと思います。
センセーショナルな結果を狙うわけではなく、地に足のついた研究の成果が、ぎゅっとまとまっているのです。
本書で取り上げる重大事件として、始皇帝の母・趙姫に関するものがあります。
『キングダム』でも強い印象を残す人物ですよね。見た目も、インパクトがあります。
シンデレラストーリーのような出世。
その一方で、何人もの男性と関係を重ねた、悪印象。
彼女は一体何者だったのでしょうか?
趙出身の女性は、なぜ舞姫になったでしょうのか?
当時の彼女らのような存在は、どう見られていたのか?
そうした解説もあります。
ただの悪女、ひどい母親としてだけではなく、「人間・趙姫」の像が見えてくるのです。
淫乱であり、嫪毐(ろうあい)を寵愛した女性――それだけではない姿が見えてきます。
この偽宦官・嫪毐がわいせつな逸話を数多くを残すところから、彼女とセットとなって、どうしてもワイドショー的な興味関心ばかりで語られてしまいがちです。
果たしてそれが適切なのか?と、丁寧に踏み込んでいきます。
ここで、驚くべき秦の判例について触れられています。
ある女が、亡父の喪中に密通した。しかも、よりにもよって夫の棺の前であった。
どうすべきか?
この事件に対して「不孝は棄市」(斬首、首を晒し者にする)ではないかと議論になったのです。
と、これ、ちょっと引っかかりません?
中国といえば「貞女二夫に見えず」ではなかったのでしょうか。そうした儒教的価値観があるはず。
それがこの事件では「不孝」であるかどうか――そこが争点となったのです。
秦の法律だと、この場合は夫が死亡しており、夫の両親に対して「不孝」であるか、そこが焦点とされたわけです。
「密通」は、対象外。なぜなら、夫はもう死んでいるからです。
この事件のように夫が死亡している場合、他の男性と通じても、秦では「密通」としての処罰対象にならなかったということですね。
死人に対して、守るべき貞操はないという理屈になります。
なんとも冷静な判断ではありませんか!
これをふまえて、始皇帝の母子関係を見つめなおす――それが本作の検証法です。
後世の見方ではなく、あくまで同時代、同じ国の法律を参照するのです。理にかなっていますね。
趙姫と嫪毐の場合、始皇帝の父にあたる夫の死後に関係を持っています。つまり「密通」についてはあてはまりません。
はじめこそ、父に不実だと母に怒っていた始皇帝自身も、そのことを指摘されると認めています。情けだけではない、冷静な判断があったとわかるのです。
むしろこの事件を「密通」として大々的に取り上げたのは、漢代以降、儒教的な価値観を抱いた後世の人の方であったのかもしれない。そう思えてきます。
この一例のように、本書は驚きの連続です。
いかに自分が、凝り固まった意識で始皇帝を見ていたのか。漢代以降の道徳観で、秦をジャッジしていたのか。
そういう偏見が理解できます。
後世のバイアスの入った見方ではなく、当時の味方では秦はどのような国であり、始皇帝はどう解釈すべきか。そこまできっちりと仕切り直しているのです。
やはり物語というものは、魅力的なもの。
『キングダム』もそうです。
しかし、その反面、物語の印象で史実を歪めてみてしまうこともある。始皇帝のような有名人となれば、それは顕著になります。
そうではなく、きっちり史実にまでさかのぼる。それができる、しかも新書である。素晴らしい一冊であると思います!
図版、巻末人物紹介、年表。
そういった要素も充実しています。
これさえあれば、始皇帝関連はすぐに調べることができます。
『キングダム』で興味が湧いたら、次は何を読めばよいのか。
そう迷っているあなたに、自信を持ってすすめられる、そんな一冊です。
中国史の入口に最適なものばかり
ここで取り上げた書物は、コストパフォーマンス的にも優れています。
新書や文庫で揃うものですから、お財布にも優しい。
そうでありながら、側において読み返したい内容。かつ新書は新研究を反映しており、大変役に立ちます。このお値段でこの価値、買って絶対に損はしません。
中国の歴史を学ぶって、どういうことだろう?
古代中国史って何だろう?
そんな学ぶ入り口にも、最適なのです。
是非ともここであげた本を楽しみ、『キングダム』をより一層楽しんでください。
そしてここを始点として、中国史の世界へどっぶりはまってください!
あわせて読みたい関連記事
始皇帝の生涯50年 呂不韋や趙姫との関係は?最新研究に基づくまとめ
続きを見る
ナポレオン1世 2世 3世 4世の生涯をスッキリ解説! 歴史に翻弄された皇帝たち
続きを見る
注目度高まる古代中国の実態とは『周―理想化された古代王朝』著:佐藤信弥
続きを見る
中国最悪のペテン政治家は王莽か?前漢を滅ぼして「新」を建国→即終了の顛末
続きを見る
『中国古代史研究の最前線』キングダム好きにも受験生にもオススメの理由
続きを見る
文:小檜山青
【参考】
金谷治『新訂 孫子 (岩波文庫) 』(→amazon)
中島悟史『曹操注解 孫子の兵法<新装版> (朝日文庫) 』(→amazon)
佐藤信弥『周―理想化された古代王朝』(→amazon)
佐藤信弥『中国古代子研究の最前線』(→amazon)
鶴間和幸『人間・始皇帝』(→amazon)