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【『鬼滅の刃』の鬼とは?】
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“鬼”を通して描く差別の構造
こんなHBOのやり方を踏まえて、禰豆子について投げかけられる周囲の目線や言葉も思い出してみてください。
もしあれが、人間の少女に対するものであれば不愉快になってきます。
けれども、鬼であり、主人公の妹である。
そんな二重の属性を持つ禰豆子へのものであれば、かえって噛み締めることができます。
問題提起としてとても優秀です。
どうして禰豆子はこんなことを言われなくちゃならないの?
読者がそう思い、胸が苦しくなるとすれば、それは差別への問題提起として大きな意義があります。
エンタメには、問題提起をする力があります。
『鬼滅の刃』は、そんなエンタメの持つ力を、その時代ならではのトレンドに合わせて使いこなす、紛れもない手練れが手掛けた作品です。
ここで、さらにこの仕掛けを考えてみましょう。
『トゥルーブラッド』と『鬼滅の刃』は、エンタメの仕掛けを通してこんな問題提起をしています。
・異質の存在(=吸血鬼なり鬼)は、人類にとって敵対せずとも存在できると証明した。人造なり、採血で得た血で生命維持が可能である
・女性を支配的、かつ下に見ている男尊女卑社会観
・スーパーナチュラルパワーで転換する力の差
・権利を要求する、異質の存在を拒否する社会。異質の存在をこの社会は受け入れられるのか?
・異質の存在(=吸血鬼なり鬼)は、人類にとって敵対せずとも存在できると証明した。人造なり、採血で得た血で生命維持が可能である
禰豆子は犠牲者と命と血肉を奪わずとも、少量の血液のみで生存でき、かつ人を殺害せず守るために生存を許されています。
ならば禰豆子がいてもいいと主張する炭治郎と、鬼は全て滅ぼすべきだという周囲の原則論がしばしば対立します。
・女性を支配的、かつ下に見ている男尊女卑社会観
そこは大正時代以前の日本です。
家父長制が強く、女性の命は一段下に見られます。吉原での死闘はその集大成でした。
・スーパーナチュラルパワーで転換する力の差
超人的な力を持った者たちは、女性の姿をしながら果敢に戦い、時に男性を屈服させます。
社会からはみだすことで、逆に男尊女卑の鎖を断ち切るのです。
守られる少女であった禰豆子は、兄や人間を守る存在となり、鍵を握ります。
・権利を要求する、異質の存在を拒否する社会。異質の存在をこの社会は受け入れられるのか
禰豆子が例外として存在できる理由は、前述の通りです。
けれども、他の人にとって無害であると彼女自身と周囲が証明し続けなければなりません。
鬼側にも、日の光を浴びて人として生きることを望む機会があります。彼らは世界征服をしたいわけでありません。対等に社会の一部として生きたいのです。
ラスボスである鬼舞辻無惨の目的は、ささやかなものです。
異質の存在と成り果て、人から拒絶された人としての自分を取り戻すために戦っていると明かされてゆきます。太陽の元を歩けなくなったへの屈辱を晴らし、人として認められるためにあれだけの悪事を為しているのです。
でも、その願いは小さくて小物のようなものなのでしょうか?
なぜ人は変われないのか……怪物は嘆く
前述のように、アメリカ南部を舞台にした吸血鬼ものは、奴隷制度という消えぬアメリカ史の暗部に切り込む役割を果たしています。
こうした人気シリーズに、アン・ライス『ヴァンパイアクロニクルズ』シリーズがあります。
映画になった『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』は、熱狂的なファンを生み出したものです。
その続編であり、失敗したとみなされる作品に『クイーン・オブ・ザ・ヴァンパイア』があります。
どうしてこの話を出したのか?
この作品は、ヴァンパイアの始祖であり、古代エジプトから生きているアカーシャが、人類に絶望し、殺戮と破壊を通した理想の実現を目指す――そんなプロットなのです。
不老不死の化物とは、人間よりずっと長く歴史を見ている。
その進歩のなさや終わることのない差別や破壊に疲れ果ててしまう。
百年を経ても、千年を経ても、争い己のことばかりを考える人間は愚かだ、変わらぬのであれば、生きている価値がない!
そう突き進むわけです。
不老不死という設定を、ただの野望や悲劇の背景以外に使うこと。その時代ならではの悲劇を目の当たりにし、呪われた存在として再生した彼らには、尽きぬ嘆きがあります。
こうしたフィクションのお約束として、あまりに悲惨な状況で不老不死になるというものもある。
お金持ちで何一つ不自由なく生きてきた誰かが、ついうっかりきまぐれを起こして不老不死になることは、あまりありません。
家族を惨殺される。いじめられ、差別を受け、血を吐いてのたうち回るところを、怪物となることで救われる。その悲劇の背景に歴史のもつ構造を入れ込むことで、歴史の勉強もできる。
そういう物語の型が形成されてきました。
描く側は大変です。
不老不死となる彼らの過去を追い、そこにある悲劇を描かねばならない。制度にある差別構造まで調べるのですから、それは大変なのです。
『鬼滅の刃』は、大正時代のみならず、江戸時代の遊郭、戦国時代、平安時代まで描くのですから、これはもうかなりの労力を費やしています。
のみならず、主人公たちも大変です。
人類への絶望という問いかけを持つ、怪物と向き合わねばならないのです。
ただ力で圧倒するだけではない。
相手に対して、人類は進化できる、希望があると説得しないとすっきりしない。
倒さねばならない相手であっても、せめて、人類への希望を知った上で去ってもらわねばならない――そういう課題が立ち塞がります。
悪い奴がいる。だからそれを倒して、スッキリして終わり。そんな勧善懲悪ではなく、もっと深淵で先を目指すようなことをしなければいけないのですから、21世紀の少年漫画は大変です。
本記事では、大正時代の日本どころかアメリカ南部の話に飛んでしまいましたが、『鬼滅の刃』は少年漫画として異質であり、ギラつくような個性があって、考察も長くなってしまいます。
世界をよりよくすること。
異質のものの声を聞くこと。人類の未来や歴史には、きっと希望があること――たかが子ども向けのエンタメでそんなデカいスケールがあるの? バカじゃないの!
そう笑い飛ばさずに、じっくり考えたくなる、そんな力が本作にはあります。
こんな漫画を楽しむ人が多いこと。それはきっと、よいことだと思える。そんな力ある作品です。
もうしばらく、考察におつきあいいただければ幸いです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
『鬼滅の刃』11巻(→amazon)
『鬼滅の刃』22巻(→amazon)
『鬼滅の刃』(→amazonプライム・ビデオ)