日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

スポンサーリンク

井伊家 本郷和人歴史キュレーション

直虎は生年も違う? 花押無き「次郎法師黒印状」の謎 東大・本郷教授の「歴史キュレーション」

更新日:

 

前回、「次郎法師」という僧侶、尼僧は存在しないのではないか――と指摘した本コラム。
ドラマ放送も3回目を終えて、いよいよ序盤の主要メンバーも出揃ったところで、肝心の井伊直虎が「男なのか? 女なのか?」と依然として燻っている最中、あらためて東京大学・本郷和人教授による分析を寄稿していただいた。
歴史学から見て、直虎とは一体いかなる存在なのか?

【関連記事①】「井伊直虎は男か女か?歴史学から考察してみようvol.1」
【関連記事②】井伊直虎の男説を追う!そもそも女説の根拠は?

【登場人物】
本郷くん1
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)
イラスト・富永商太

himesama姫さまくらたに
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も
イラスト・くらたにゆきこ

 

本郷「えーと、このコラム、どれくらいの人が読んでくれてるのかな。まったく手応えがないんだけれど、まあ、今週もぼちぼちと、脱力しながら行きましょうか」
「はいはい。後ろ向きにならずに、いじけずに、がんばりましょう」
本郷「えーと、前回に『井伊家伝記』は信用度が低い、ということを指摘したよね」
「そうね。井伊直虎の時代から150年後のもの。しかも客観性にこだわる必要のない資料だから、頭から信用するのには問題おおすぎ、という話よね」
本郷「そう。じゃあ、歴史学の復習になるけれども、より信頼できる資料というのは何だったっけ?」
「それは何と言っても、『同時代の資料』よね。直虎が生きてたまさにそのときに作成された資料。具体的に言うと、文書と日記ね」
本郷「その通り。古文書。それに古い日記。これを古記録というのだけれど、この二つが歴史資料としてはとても重要なんだ。『吾妻鏡』のような歴史書は、信頼度から言えばどうしても格下になる。『平家物語』のような文学作品は、さらに下位にならざるを得ない」
「日本史を学ぶ人にとっては常識よね。でも、そうすると、井伊美術館の井伊達夫さんが『直虎は男ではないか』という根拠として使っている資料もまた、信頼性という点では問題があるんじゃないの?」
本郷「そうなんだ。いまネットのニュースを見ていると、直虎が男性かも、という説を取り上げている方たちの論及は、根本的なところに難点がある。つまり、もともと信頼性にクエスチョンマークがつく資料をどんなにいじくったって、正解にはなかなかたどり着けない、ということだ」
「なら、あなたなら、どうするの?批判ばかりしていないで、ちゃんと答えてくれなくっちゃダメでしょう」
本郷「うん。一応、歴史研究者を名乗るからには、たまにはそれらしいところを見せないとね。まあ、能書きは置いておくとして、では何に注目するかというと、直虎が生きていた時代の古文書だ。これをきちんと解釈しなくては」
「あら?直虎関係の古文書って、全然数が足りないんでしょう?」
本郷「うん。でも、だからこそ、その少ない古文書はきちんと読まなくちゃいけない。でね、まず注目したいのが、『龍潭寺文書』中の永禄8年9月15日付けの『次郎法師の黒印状』だ。これは『次郎法師』という人物が差出人となって、井伊谷龍潭寺の利益を保証する文書だ。ということは、この次郎法師はどういう人物と考えることができる?」
「龍潭寺の寺領の収益を保証できる人ということは、龍潭寺周辺の土地を実際に支配している人、実効支配している人ということになるわね」
本郷「その通り。そうすると、その人こそ井伊家の当主である『次郎法師』と解釈して良いはずだね」
「そうね。永禄8年は1565年。直盛の戦死が1560年で、直親の横死が1563年。『女城主・直虎』として、彼女が仕事をしている、と考えてどこがまずいの?」
本郷「いや、大河ドラマだと、彼女は尼になって『次郎法師』を名乗る。それで、還俗して『直虎』になるわけでしょ。そうすると、この文書がある以上、直親が死んで2年後までは、彼女は尼のままということになるよね。この点がまずヘンだ。それから、こうした文書を作成して寺領の収入を保証するのは、世俗の領主の仕事だ。だから、この文書の『次郎法師』は尼さんなんかではなく、俗人であると考えなくちゃならない」
「なるほど。『次郎法師』なんて尼層の名前は聞いたことがない、という前回の指摘を裏付けるかたちになるわけね」
本郷「そう。間違うといけないから、慎重に説明もしておくとね、甲斐の戦国大名が『武田晴信』として政治を行い、その彼が頭を剃って『武田信玄』になり、引き続き領内の政治を担当する。古文書も作成する。これは、あり。だけど、はじめっから僧侶のままで戦国大名になるっていうのは、なし。今川義元ははじめ禅僧で栴岳承芳を名乗っていて、やがて兄弟との戦いに勝利して家督を継ぐ。それで還俗して今川義元を名乗る。家を継ぐには必ず俗人になる必要があるんだね。ああ、安国寺恵瓊が秀吉から大名に取り立てられているけれど、これは例外」
「そうすると、永禄8年の文書を発給している時点で、『次郎法師』は俗人と考えるべきなのね」
本郷「そうなんだ。歴史学の常識からすると、そうなっちゃうね。むろん、安国寺恵瓊みたいな、特殊例だった、という可能性がないではないけれどね」
「ふーん」
本郷「ここまでは歴史研究者なら、まあ95%以上が賛成してくれるだろう事柄。たとえば、公的なテストとして出題して○、×をつけても、おかしいじゃないか、なんて問題にならないこと。それで、いよいよここからは、意見が分かれるかもしれないことなんだけれど、ぼくはこの文書で次郎法師が花押を書いてないのが気になるんだ」
「ああ、たしかに『次郎法師』と署名して、黒印は押してあるけれど、花押は書いてないわよね」
本郷「花押=サインというのは、文書の中で、差出人が必ず自筆で書くべきもの。唯一のものだ。逆にいうと、『次郎法師』という署名部分は彼が書く必要はないんだ。文書の文章なんて、そういうのを書くのが得意な、あるいは仕事としている書記官である『祐筆』が書く。祐筆は差出人の名前まで書いておく。それで、そこに差出人が花押を書く」
「現代の組織の責任者が、ハンコを押すようなものね」
本郷「そうだね。そういえば、先日の『英雄たちの選択』という番組で、この文書の『次郎法師』という部分の筆跡と、蜂前神社文書の永禄11年の文書の『次郎直虎』の部分の筆跡を比べてみて、同一人かどうか調べていたらしい。それを聞いたときに、ぼくは正気を疑った。祐筆が書いている可能性が高いんだもの。そんなもの比べたって、同一人かどうかなんて分かりっこないんだよ」
「そのことって、研究者としては常識なの?」
本郷「うん。常識だね」
「あらー。まあ、それはそれとして。花押の代わりに黒印を推したんじゃないの?」
本郷「うん。初めはぼくもそう思った。花押の代わりとして、ハンコを使うようになる。これまた、古文書学では常識だ。でもね、この井伊谷のローカルルールでは、そうでもないようなんだ。龍潭寺が受け取っている文書を見ると、井伊直盛を初めとして、花押を書いて、さらに黒印を押している例が見うけられるんだ」
「となると、『次郎法師』は花押を書くべきなのに、書かなかった、という事態が考えられるわけね。もしそうだとすると、それはどういうことを意味するの?」
本郷「古文書学的にいうと、ズバリ、『次郎法師』が子どもの場合だな。成人になっていない場合だね。この差出人はまだ元服していないので、後見人でありナンバー2である私が花押を書きます、と説明している文書が他の時代、他の地域に存在するんだ」
「ふーん。そうすると、あなたは永禄8年段階で、『次郎法師』が元服前、というふうに考えるわけね」
本郷「そう。そうすると、次郎法師、というへんてこりんな名前も納得できる。これは幼名ではないか。次郎法師丸、だ。なんとか法師という幼名は、織田信長の嫡孫の三法師をはじめとして、普通にいるんだな」
「あ。もし次郎法師が永禄8年にまだ子どもだとするとね、説明がつくことがもう一つあるわよ。だって、現状、井伊直虎は天文5年、1536年前後に生まれたのでは、ということになっているのよね。そうすると、これはもう指摘があるけれど、お父さんの直盛は1526年の生まれだから、彼が10歳の時に直虎が生まれたことになる。これはさすがに早すぎるんじゃないか、って言われてる。永禄8年、1565年にまだ成人してないとすると・・・、あら、当時の成人っていくつくらい?」
本郷「普通は15歳くらいかな」
「かりに13歳だとすると、『次郎法師』は1553年くらいに生まれたことになる。そうすると、直盛が28歳の時の子ども。これは無理がないわね」
本郷「うん。というわけで、今回、古文書を読んで考えたことをまとめると、どういうことになるかな」
「ええと、井伊直盛には28歳の時に誕生した子どもがいた。その子は幼名が『次郎法師』。それで、直盛と直親が亡くなった後、次郎法師は井伊家の当主としての仕事をしている、というところね」
本郷「それで、その『次郎法師』は実は女性だった、と『井伊家伝記』は説明しているんだな。その真偽はまたあとで考えよう。けれど、ここまでの考察からすると、『次郎法師』と亀之丞(井伊直親)が幼なじみ、という事態はフィクションだろうね。二人が許嫁、というのも考えにくい。それから、亀之丞が井伊谷を脱出するのに伴って、直盛の娘が龍潭寺で出家して次郎法師になった、という説明はあり得ないだろうね」
「うーん。『井伊家伝記』、ウソばっかりじゃない。そうすると、肝心の『次郎法師は女性だ』、というのはどうなるの?」
本郷「さあ、それはまたあとのお楽しみ。でも、繰り返して言うけれど、これは歴史学という学問で合理的に考えたときの解釈だからね。大河ドラマでどういう話が展開されても、それは全く構わないんだ。そこは間違えないでね」
「最後にとってつけたような言い訳をしているわね。まあ、だけど、あんまり期待しないで、先を待つことにするわよ。今日はありがとう」

スポンサーリンク

つづきは「商標騒動で揺れる「直虎」表記 いったい堀直虎ってどんな人?」

 

 

 





1位長篠の戦い 注目すべきは…


わろてんか伊能栞
(高橋一生さん)のモデル
小林一三とは?


2位 西郷隆盛49年の生涯!


3位 史実の真田幸村とは?


4位 最上義光 名将の証明


5位 ホントは熱い!徳川家康


6位 意外と優しい!? 織田信長さん


7位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


8位 毛利元就の中国制覇物語


9位 伊達政宗さんは史実も最高!


10位 最期は切ない豊臣秀吉


注目! 史実の井伊直虎とは?





井伊家 井伊直虎 井伊直政 小野政次 龍雲丸
織田家 織田信長 濃姫 織田信忠 織田信雄 織田信孝 三法師 平手政秀
徳川家 徳川家康 結城秀康 徳川秀忠 松平信康 酒井忠次 榊原康政 本多正信 水野勝成
豊臣家 豊臣秀吉 豊臣秀長 豊臣秀次 福島正則 加藤清正 豊臣秀頼
伊達家 伊達政宗 伊達成実 義姫
最上家 最上義光 鮭延秀綱 山形城 大宝寺義氏 山野辺義忠
毛利家 毛利元就 毛利隆元 吉川元春 小早川隆景 毛利秀元 陶晴賢
島津家 島津義弘 島津の退き口
真田家 真田幸村 真田信之
立花&高橋家 立花宗茂 立花道雪 立花誾千代 吉弘統幸
浅井・朝倉家 朝倉宗滴 姉川の戦い 金ヶ崎の退き口
前田家 まつ 豪姫 前田利長 前田利常
黒田家 官兵衛が長政を叱責の真相
北条家 河越夜戦 小田原征伐 のぼうの城の真実
細川家
仙石家
長宗我部家
武田・上杉家
諸家 足利義輝
剣豪・武術・忍者 宮本武蔵
キリシタン ルイス・フロイス
合戦 桶狭間の戦い 長篠の戦い 手取川の戦い 厳島の戦い 月山冨田城の戦い

◆薩摩藩 西郷隆盛 島津斉彬 大久保利通 小松帯刀 西郷従道
◆長州藩 木戸孝允 木戸松子 高杉晋作 山県有朋


◆古代 安倍晴明
◆江戸 葛飾北斎
◆世界史 クレオパトラ ルイ16世 チェ・ゲバラ


わろてんか あらすじ&感想レビュー

-井伊家, 本郷和人歴史キュレーション

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.