日本中世史のトップランナーとして知られる本郷和人・東大史料編纂所教授が、当人より歴史に詳しい(?)という歴女のツッコミ姫との掛け合いで繰り広げる歴史キュレーション(まとめ)。
今週のテーマは【男か女か?歴史学から井伊直虎という人物を考えてみようvol.1】です。
直虎は別の男性が名乗った名前?
◆「井伊直虎」別の男性が名乗った名前か 新たな見解(NHK ※現在はリンク切れ)
姫「これ、いっちゃう? 大丈夫?」
本郷「うーん、火中の栗をわざわざ拾いにいくのはなあ。けどね、歴史学ってこういうものなんだ、って皆さんに分かっていただくには良い機会かもしれないからなあ」
姫「そういうつもりで腹をくくって発言するなら、どうぞ。止めないわ」
本郷「まず確認したいのは、大河ドラマはフィクションである、ということ。歴史の再現フィルムではない。だから史実ではないことが語られていても、それは『あり』。全く問題ないわけだ。井伊直虎は男じゃないか、女城主だなんてウソじゃないか、許せない、と非難するのは的外れ、なんだよね」
姫「まあ、常識的に考えて、そういうことよね。大河ドラマはエンターテインメントだもの。だけど同時に、今あなたの言ったことは陳腐にも聞こえるのよね。それはタテマエというか、きれいごとにすぎないかもしれない。だって、やっぱり多くの人は『ふむふむ。戦国時代の日本にこういうことがあったんだ。なるほどなー』って見てるわけよ。直虎が辛い目にあえばがんばれがんばれ、って応援するし、直虎の愛する人が亡くなれば、一緒に悲しむ。それなのにドラマの骨格そのものがフィクションの産物でした、史実ではありませんでした、といわれたら台無しじゃない?」
本郷「うん。そういうことは、あるかもしれない。自分の恥ずかしい話を披瀝すると、ぼくは以前に浅田次郎の『壬生義士伝』を読んで、感動してワンワン泣いたんだ。言わずと知れた新選組もの。監察の吉村貫一郎が主役。だけど調べてみたら、肝腎なところがみんなフィクションだって分かってね。この人も、え、この人も架空の人物なのか、って。その時の裏切られた感はハンパなかった。徹頭徹尾、浅田次郎という小説家の掌の上で転がされて、大の男が泣けるか!って感じ。思わず発行元の講談社に怒りの電話をかけたくらいだからね。あれは講談社お得意の『袋とじ』に騙されて以来の憤激だったなあ。いや、もちろん、小説なんだよ。フィクションで良いんだよ。電話するぼくが悪いんだよ。だけど何だかね。『おれの感動を返せ!』って気分になっちゃって・・・」
姫「あらら。それはご愁傷様。でも、どっちが先なのかなあ。かりにドラマが史実と乖離していたとして。史実と違うから、テレビを見なくなるの? それとも、ドラマそのものが面白くないなあ、と感じたときに、そういえば史実と違うんだよな、とそのことがドラマ離れに拍車をかけるの?」
本郷「普通に考えると、後者だろうね。ドラマの内容が面白いとする。たとえば井伊家を舞台にしたものすごく良くできたホームドラマが展開されてみんなが競って見たとする。そしたら、だれも直虎って本当は男かもしれない、なんて忘れちゃうんじゃないかな」
姫「うーん、理屈はそうなるのかなあ。そうかなあ。たしかに『真田丸』で、真田信繁か幸村か、なんてことは、どちらでも良いわよね。気にならない。でもねえ、これが性別になるとねえ・・・。これは別格のインパクトがあると思うのよ。なにせ『女城主、直虎』なわけでしょ。それがウソだっていうのは、ドラマの本質に関わる問題で、それだけで見てる人がしらける可能性はあると思うわ」
本郷「そうなのかな・・・」
姫「たとえばね、どんなに話が盛り上がったとしても、関ヶ原で勝利するのは徳川家康。人気があったとしても、石田三成は負けるのよ。そこは変えられないでしょう。『真田丸』だって、大坂方の人気はすごかったけれど、大坂の陣で豊臣方が勝つわけにはいかなかった。もし、そこがひっくり返ったら、それは大河ドラマじゃなくなるんじゃないかなあ。まして、男女の主人公を一年交代、代わる代わる立てること自体に批判があって、『○○の妻』とか『○○の妹』ってなんだよ。なにそのポリコレ。違和感しかないよ、っていう人は決して少なくないのよね。それでもめげずに『女城主』を発掘してきたものの、その主人公が『実は男でした』だと、壇ノ浦で平家が勝っちゃったり、関ヶ原で家康が敗北するくらいの、ものすごくチープなトンデモ感が漂うかもしれないわよ」
本郷「うーん、そんなものなのかなあ。むずかしいなあ、実に。では、そういう問題点があることを踏まえた上で、冷静に、ここ大事だから二度言うよ、冷静に、歴史学から井伊直虎という人物を考えてみようか」(この文章にそれにありに反響があったら、ねっちょりつづけます。無視されたら、さらっと終わります(笑))
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