沖永良部島

幕末・維新

西郷2度目の流刑「沖永良部島」はどんな生活だった? なぜ薩摩へ戻れた?

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西郷と徳之島&沖永良部島
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しかし人間的成長を遂げる

幸いにも、二ヶ月後に彼と友情を結んだ島役人・土持政照が境遇を改善してくれました。

彼は自腹を切って民家を買い取り、獄舎の横に移築してくれたのです。

やっと人間的な生活を送れるようになりました。

西郷は流刑先で、重大な知らせを聞きます。

彼が成功しないと酷評していた島津久光の上洛と、それに伴う政治改革が軌道に乗ったというものでした。

精神的な苦悩と、反省の日々を送る西郷。

西郷は内省的になり、より深い人間性を持つ人間として、変貌をとげてゆきます。

そこで西郷は、川口雪篷(量次郎)と出会いを果たします。

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漢詩と書の名人である彼と親しく交わるうちに、西郷には人間的な深みが出てきました。

罪人であるからには自由行動はできませんが、島民に勉強を教えることができました。

「西郷先生」と呼ばれ島民から慕われる生活は、それまではなかった喜びが満ちていたのです。

彼は島で、人々に教える喜びを感じることになるのです。

 

西郷留守中の動乱

しかし、ここで西郷が穏やかな悟りを開いた男になったかといえば、そうとは言い切れません。

自分がいない間に薩摩で起こった大事件。

そうした重大事に関与できなかったストレスは、かなりのものでした。

大事件とは【生麦事件】から【薩英戦争】へと続く一連の流れです。

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もうひとつは【八月十八日の政変】でした。

孝明天皇の意志を受けた薩摩藩・会津藩が、長州藩を追い落とした政変です。

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この事件に怒りを抱いた長州藩藩士は先鋭化。

薩摩と会津への憎悪をたぎられせます。

彼らは【薩賊会奸】と書いた履物を踏みつけつつ歩いた逸話は有名です。

 

厳しい政治状況ゆえに西郷復帰の舞台は整った

長州藩の感情は複雑です。

薩英戦争を戦った薩摩藩に対して色々な心情を抱きました。

そもそも攘夷をリードしていたという自負があった長州藩なのに、生麦事件と薩英戦争でエースの座を奪われた気持ちになった(薩摩藩としてはそんな攘夷チキンレースに参加しているつもりはなかったと思いますが……)。

そうかと思ったら、薩英戦争の後にイギリスと交流して貿易をしている。

続いて八月十八日の政変です。

もう薩摩は許せない!と考えた長州藩は、過激な行動に出ます。

・島津久光暗殺予告を大坂でバラまく

・薩摩藩の船を砲撃して撃沈

「すまんすまん、外国船と勘違いした」として開き治った態度を取るのですが、薩摩藩としても密貿易船であり、コトを大きくも出来ません。

ちなみにこの事件で操船技術を失った薩摩藩が頼ったのが、勝海舟のもとで操船技術を学んだ坂本龍馬です。

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さすがに長州藩は大人げないような気もします。

しかし厄介なことに彼らは京都を中心とした関西で大人気でして。

関西の人々は、長州藩の巧妙なプロパガンダにのせられ、彼らを支持するようになるのです。

【攘夷をするふりをして外国と貿易する汚い薩摩藩、そいつらに天誅を加える正義の長州藩】

そんな図式ですね。

薩摩藩は、京都で孝明天皇の意志を奉じてしっかりと政権に食い込んではいるものの、流石にちょっとダメージが大きくなっていきます。

それだけでなく一橋慶喜松平容保、松平定敬の三名による「一会桑政権」が政治の中心に躍り出て、いよいよチカラを制限されてしまうのです。

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こうした苦境の中で、ジワジワと盛り上がってきたのが西郷の【再登板期待論】です。

数々の伝説を持ち、京都にも縁のある西郷。

かくして西郷はまたも薩摩藩に復帰し、政治の舞台に返り咲くや、いきなり禁門の変という大事件へと飛び込み、それから怒涛の日々を送るのでした。

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文:小檜山青
絵:小久ヒロ

【参考文献】
西郷隆盛:人を相手にせず、天を相手にせよ (ミネルヴァ日本評伝選)』(→amazon
『明治維新とは何だったのか: 薩長抗争史から「史実」を読み直す』(→amazon
『幕末史』(→amazon
国史大辞典

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