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【鳥文斎栄之】
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家治の寵愛を受ける旗本絵師
封建社会の江戸時代は、身分が絶対!
士農工商は社会を構成する基本として厳守された――と思われがちですが、実は江戸時代も折り返し地点を過ぎますと、そんな身分秩序も揺らいできます。
実は結構ユルい士農工商の身分制度~江戸時代の農民は武士になれた?
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武士が支配階級とされるものの、経済的には商人にかなわない。
食わねど高楊枝。
そんなボヤキを秘めつつ生きていかねばならない。
しかし、中には自身のセンスと特技を活かして副業を始めるものもおります。
例えば、武士として身につけるべき“漢籍教養”を生かした文筆業は、江戸っ子たちに受け入れられました。
面白おかしいだけでなく、教養も磨ける――そんなニーズにマッチして、新時代を築いていったのです。
こうした武士のブレイクスルーを、他の分野でもできないか? と考える版元が出てきても、不思議ではない時代の到来といえるでしょう。
宝暦6年(1756年)、江戸の本所割下水に拝領地を有する旗本・細田時行に男子が生まれます。
直参500石の旗本であり、時行の父・時敏は勘定奉行まで務めた武士でした。
金を出して身分を買った……そんな怪しげな旗本ではなく、歴とした武士と名乗ることのできる境遇。
そしてそれから約16年後の安永元年(1772年)、細田時富は家督を相続します。
時は10代将軍・徳川家治の時代――家治は聡明でありながら、祖父の吉宗のように自ら政治に関わることはありません。
家治は、絵を好みました。
これが時富の運命を決めたともいえます。
将軍家の好む絵といえば狩野派であり、その当主である狩野典信は、家治の信頼も篤い。
彼の号は「栄川」であり、栄之の「栄」も師匠から譲り受けたもので、時富は旗本らしく狩野典信から絵を習いました。
時富は、絵の技術も高く、家治とも話が弾んだようです。
なにせ天明元年(1781年)から天明3年(1783年)まで、西の丸における家治の将軍小納戸役に列したのです。将軍と絵の話ができる貴重な存在だったのでしょう。
「栄之」にせよ、家治の上意による号という説もあります。
将軍も愛する旗本出身の絵師という確たる地位を得ていたのでした。
しかし、その日々も終わりを迎えます。
天明3年(1783年)に職を辞し、その3年後の天明6年(1786年)、家治が世を去りました。
時富も、寛政元年(1789年)に34歳の若さで致仕、隠居してしまいます。
表向きは病気が理由です。妹を養女とし、その婿・和三郎改め時豊に家督を継がせ、旗本としての人生を終えたのでした。
唐突にどうしたことか?
将軍・家治への忠義ゆえ隠居したのでしょうか?
浮世絵師として、清艶なる美人画を描く
細田時富が職を辞した理由は浮世絵でした。
実は天明年間後期、家治が世を去るころから、浮世絵師としての作品を発表していたのです。
致仕した寛政年間には、鳥居清長の作風を参考にした【美人画】に乗り出していた。
その作風は、八頭身のスレンダーな肢体が魅力です。
スラリと手足の長い美女が、繊細な衣装を身につけ、背景には江戸の風景が描き込まれている、そんな構図が特徴でした。
栄之の描く美女は頭身が高く、繊細で、清艶な作風といえます。
ポーズも控えめで、やがてスッと静かに立つだけが特徴となってゆきました。
派手な色彩を敢えて好まない【紅嫌い】も特徴といえます。色味を抑え、渋く抑えたのです。
これは彼自身の好みか。
それとも寛政年間の【美人画】最先端といえる喜多川歌麿への対抗なのか。
歌麿の【美人画】は、まるで正反対です。
【大首絵】というバストアップ。背景を敢えて描かない。
栄之が「静」ならば、いまにも動き出しそうな「動」。臭いまで漂ってきそうなほど生々しいリアリティが特徴です。
そんな栄之を最も多く取り扱った版元の西村屋は老舗でした。
西村屋与八の宣伝戦略は、今から考えてもわかりやすいものであり、箇条書きにしてみましょう。
・武家出身を売りにする→公方様家治の寵愛を受け、狩野派で学んだ本格派!
・描く風俗は上流→溢れ出す高級感
・価格帯もお高め→庶民向けというより、少し贅沢感を出したい
・作風も古典を題材にする→教養を感じさせる
蔦屋重三郎は吉原出身の新興版元として売り出しています。歌麿は、そんな彼のトレンドに鋭い嗅覚が売り出す、フレッシュさが特徴でした。
その真逆をいく、高級感あふれる絵師が鳥文斎栄之です。
ここまで売り出し戦略が対照的であると、当時の江戸っ子の心持ちも想像したくなります。
スーパーモデルのような、鳥文斎栄之の描く美女か?
庶民的なアイドルである、喜多川歌麿の描くカワイイ女の子か?
どちらかだけを推してもよいし、気分次第で切り替えてもよい。【美人画】で脳内彼女を切り替えることができる。
それが当時の江戸っ子でした。
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