佐野政言に斬りかかられる田沼意知(左)/国立国会図書館蔵

江戸時代 べらぼう

田沼意知(意次の嫡男)が殺され 失われた江戸後期の発展 そして松平の圧政がくる

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意知の死はビジネスチャンスになる

“プリンス”の死を喜ぶ江戸っ子の姿は2025年の大河ドラマ『べらぼう』でも登場するでしょう。

江戸っ子が喜ぶこの大事件を、当時のメディアが取り上げないわけがありません。

当時は「黄表紙」というジャンルの書物がその一つ。

安永4年(1775年)、恋川春町の『金々先生栄花夢』から始まった黄表紙は、世相風刺のスタンスが多いに受けて、天明期には江戸っ子たちの人気ジャンルとなっていました。

売れっ子作家の山東京伝も、意知殺害事件を題材とした『時代世話二挺鼓』を書きあげています。

山東京伝/wikipediaより引用

こうした功績は、作家だけに託されたものではありません。

作品を発注する版元が「江戸っ子が何を読みたいか?」という需要を読み当てるのです。現代で言えば編集者の仕事ですね。

舞台を平安時代にして【平将門の乱】を題材にした作品も作られました。

田沼意知を平将門にして、その平定に向かった藤原秀郷を佐野にした物語。

秀郷が将門の首を打つ場面、七つの魂が将門の体から飛び出す挿絵もつけられたりしました。田沼家の七曜紋を象徴しているんですね。

その黄表紙は天明8年(1788年)、田沼意次の死後に発表されました。

意次の死後、かつて隆盛を誇った田沼家はわずか一万石の家となり、栄華からはほど遠い状況へ。

刊行のタイミングは、水に落ちた犬を叩くような、陰険極まりない時期となります。

そして書く側も、売る側も、読む側も、誰も想像していませんでした。

田沼時代のあと、松平定信が、江戸っ子の愛する娯楽を手厳しく規制することを。

 


田沼意知の死により消えた未来

田沼意次や田沼意知に近い層は、別の思いを抱いていました。

蘭学者である工藤平助はこう語っています。

「ものすごくよい人だ。善良であんなに素晴らしい人はそうそういない」

工藤は田沼意次の意を受け『赤蝦夷風説考』を記した人物です。田沼父子と親しく、彼らあっての自分だという思いはあったのでしょう。

田沼時代は、蘭学者がいきいきと著述をでき、彼らはこう語り合っていたとか。

父である意次はもう歳だ。しかし、意知は若い。

田沼時代が父だけでなく子まで続くとなると危うい。

だから意知が斬られたのだ。

彼らは、幕府が正式に発表した乱心を信じておりません。

蘭学者と親しくつきあっていたオランダ商館長イサーク・ティチングは落首を書き留めました。

鉢植えて
梅か桜か
咲く花を
誰れたきつけて
佐野に斬らせた

意知という鉢植えは、梅か、桜か、美しく咲くはずだった。それを誰かが焚き付けて、佐野に斬らせた。

開明的とは言い難い幕閣のなか、ただ一人、日本を前に進め、開国をも実現させたかもしれない。

田沼意知は政敵の陰謀により、永遠に失われてしまった。

そんな嘆きが伝わってきます。

かれらは幕閣内部での陰謀により、意知が殺されたと信じていました。

確かに意知の死後、田沼意次は失脚し、その政敵であり、批判の急先鋒であった松平定信が老中をつとめています。

我が子の死という痛恨事を乗り越え、その後も父・意次は邁進していたように思えます。

しかし、その意次も失脚し、わずか一万石の家とされました。

家は意知の息子が継ぐものの、立て続けに早生。田沼家に、かつての権勢はありません。

田沼家だけでなく、田沼時代に咲き誇った開明的な気風も消えてゆきます。

改革は先送りにされ、江戸時代は終焉へと向かってゆくのです。

松平定信/wikipediaより引用

蔦屋重三郎や山東京伝はじめ、大勢が田沼時代を悪様に罵倒し続け、その影響は長らく残りました。

父は贈収賄に耽る悪徳政治家。

子は親の七光りで調子にのるボンボン。

そんな悪印象がこびりつき、長らくフィクションでは悪役の定番でした。

しかし、そんな田沼意次・意知描写は時代遅れとなりました。

田沼時代の開明性、蝦夷地への警戒など、その政策が高く評価されているのです。

NHKドラマでも、そうした高評価は反映されています。

2018年正月時代劇『風雲児たち』、2023年ドラマ10『大奥』シーズン2と、いずれの作品でも、田沼意次は有能な描かれ方でした。

そして『べらぼう』では渡辺謙さんが演じます。

息子の田沼意知は宮沢氷魚さんが演じ、工藤平助が語った好青年であることがうかがえます。

クランクインで発表された映像では、家で働く女中に気前よく接する姿が描かれました。

ドラマの序盤における最大のハイライトであり、ロス一号が意知となるでしょう。

それを主人公周辺は喜び、おちょくりことになるはずですが……その報いを受ける姿をどう描くのか。見どころの一つになるはずです。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
藤田覚『ミネルヴァ日本評伝選 田沼意次』(→amazon

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