黒と緑の市松模様でおなじみ『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)。
物語の設定上では7月14日が誕生日で、生年は不明(参照→link)。
これまでのジャンプ主人公としては、なかなか異例な特質を持っています。
例えば、主人公にも関わらず人気投票ではトップスリーに入らず、【日の呼吸】の使い手ながら圧倒的に強いわけでもない。
なんせ天才美少年剣士では無一郎がいるし。
※以下は時透無一郎の考察記事となります
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共感できる人気者ならば善逸がいるし。
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作者・ワニ先生の読み切り作品から察するに「冨岡義勇タイプを主役にしたかったのではないか?」と思える要素も感じます。
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では、炭治郎って一体何なの?
どんな立ち位置なの?
超人気作品の主人公だけに、至るところでキャラ解析されてるかと思ったら、何か言い切れるほど単純ではないせいか、そうでもないという印象。
本稿では、難解な竈門炭治郎の考察に挑戦してみたいと思います。
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【徳】の英雄~どこか頼りないけどいい人
『鬼滅の刃』は「既存作品の寄せ集めでしょ」としばしば指摘されます。
確かにそういう要素はあります。
古典的で、どこか既視感のある人物が揃っている。
しかし、著者の膨大なインプットがあるからこそ生まれる物語であり、パクリでも焼き直しでもなく、良い意味での「同工異曲」でしょう。
では、炭治郎はどうか?
ワタシなりの結論を一つ出すとこうです。
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「ドコが似てんだよ!」と突っ込まれそうですが、彼らと炭治郎には一言でバシッと言い切れる大きな特徴があります。
【徳】です。
先に挙げた三名は、主人公の割にグイグイ押しては来ない。
どこか抜けていたり、詰めが甘かったり、脇役たちの協力無しではやっていけない。
「リーダー、もっとガツンとしていてくださいよ! なんでそんなに頼りないんですか!」
そんな風に叱られつつ『まぁ、ええヤツやからな』と内心では皆に慕われ、リーダーにされている。要は、周囲の有能な者たちにとって安心感があり、尽くしたくなるタイプなんですね。
もちろんフィクションでは脚色もあります。
史実では意外としっかり者だったとしても、いざ創作となると、そこには人々の願望が反映されるのでしょう。
穏やかで優しく、主人公なのに守られていて、まるでお姫様。そんなことを指摘されたりするほどで、例えば、中国フィクションにおける劉備は、双剣を装備しがちです。
二刀流というと、日本では宮本武蔵のイメージがあり、強くトリッキーな武器のように思えます。
けれども、中国文学のお約束で双剣は「女性の装備」なのです。つまり武器からして、劉備にはヒロイン属性なのがわかりますね。
劉備の言動は、後世議論の的となりました。
フィクションのみならず史実で最も論争となっているのは「後継者たる劉禅の資質が拙ければ諸葛亮が国を統治するように」と言い残したこと。
これは君臣の枠組みを無視するものであるとして、長いこと議論の対象とされてきました。
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宋江は【及時雨(きゅうじう)】と呼ばれます。
欲しいときにふりそそぐ雨のように慈悲深いという意味。強者を率いるリーダーなのに、優しさが持ち味です。
あるいは『西遊記』の三蔵法師を女性が演じることも日本の作品ではお約束となっています。救われる心清き人――これはもう女性だっていいじゃない。そういう発想なのでしょう。
かように中国文学の価値観では、ちょっと抜けていて優しい【徳】のあるリーダーの方が好まれました。
『鬼滅の刃』においては、個人戦闘能力が低くても、優しさでまとめあげる産屋敷家当主も同じタイプでしょう。
パワハラ政治の明代に望まれたリーダー像
『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』にブラッシュアップがかけられていった明代は、中国史でも屈指のビシバシ君主時代でした。
初代洪武帝・朱元璋以来、皇帝本人の資質のみならず、秘密警察組織である東廠(とうしょう)・西廠(せいしょう)、錦衣衛(きんいえい)が人々を監視し、締め付けていたのです。
明の政治体制はまさにパワハラ会議!
監視をして、家臣が何をしていたのかまで把握できる。嘘をつこうにもつけない、あたかも『鬼滅の刃』における無惨と下弦の鬼のような体制ができあがっていたのでした。
むろん中国史の中でも時代差はあります。
恐怖政治という意味では、明代は最悪の部類。
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そんな政治体制に疲れ果てた人々は、風通しのよい、寛大なリーダー像を求めるようになり、官僚での出世ルートを挫折した文人たちは、そんな理想をこめた英雄像をフィクションで世に送り出すようになったのです。
それが日本にも伝わり、大人気を博してゆきました。『三国志演義』は多くの藩で教科書としても採用されるほど。
こうして東アジアには【徳】のあるリーダーを好む風土ができあがっていきます。
劉備の義弟であり【徳】の化身とされる関羽。『三国志演義』での見せ場は【赤壁の戦い】において敗走してきた曹操を見逃すというものです。
最大のヒールである曹操を、恩義があるから見逃すとはどういうことだ! そう突っ込みたくもなりますが「それでこそ関羽だなぁ」と称賛されました。
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こうした話を見ていて、何かを思い当たりませんか?
炭治郎へのこんなツッコミです。
炭治郎はおかしい!
鬼はあいつの家族の仇で敵だろう、ならばあんな同情せずにさっさと始末すればいい。
いちいち御涙頂戴だかなんだかしらんけど、理解を示す場面を入れるなんておかしい!
これ、『三国志演義』での関羽にもバッチリあてはまります。
関羽はおかしい!
曹操はあいつの仇で敵だろう、ならばさっさと始末すればいい。
いちいち御涙頂戴だかなんだかしらんけど、理解を示す場面を入れるなんておかしい!
いかがでしょう。
炭治郎の古典的な要素が見えてはきませんか。
【徳】の英雄が否定される時代へ
しかし、アヘン戦争が起きた19世紀以降になると、東アジアは西洋列強に飲み込まれ、思想まで変貌してゆきます。
中国の国民的作家である魯迅は、文学を通して祖国を分析し、絶望しました。
【徳】のある劉備、宋江、三蔵法師……どれもリーダーとして情けないじゃないか、お人好しすぎるじゃないか、こんな英雄を理想とするから負けてしまう!
そう嘆き、容赦ないダメ出しをしたのです。
日本でも、明治維新以来「脱亜入欧」を掲げました。文学作品でも西洋からのものが流れ込み、変貌してゆく。
そんな中、代表例として『三国志演義』に注目しましょう。
当時、劉備の扱いはどうなったか?
日本人の『三国志』観に多大な影響を与えた吉川英治版では、前半部の最も重要な人物を曹操、後半部は諸葛亮としています。
まぁ、劉備は人気といえばそうだけどさぁ。あんなええかっこしい、偽善者めいた像はどうなの? もっと面白くならない?
そういうツッコミは定期的に入りますし、劉備の女体化作品もでてきたりして、かつてのように全面肯定されるというわけでもなくなった。要は、かつて描かれてきた像に納得できず、古典もブラッシュアップされ、新解釈されたのです。
そうした流れのある明治以降のフィクションと比較しますと、炭治郎はあまりに地味。
善逸や伊之助の方が問題行動的な要素では際立っておりますし、柱と比較するとより目立ちます。
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熱血でともかくまっすぐ! そんな煉獄杏寿郎は、まさしく昭和のヒーローだ!
冨岡義勇は、21世紀型のスタンダードとなりえる【アブダクション】を使う接近戦型。ワニ先生が一番得意そうな枠ですね。
そして、日本人が好きなヒーロー要素てんこ盛りの時透無一郎は、どの時代でも大人気!
彼らと比較すると、炭治郎にはウケのよい主人公要素がない。市松模様の羽織で、炭焼き出身で、どこかズレていて、初期は一番無難な水の呼吸を使っていた。
改めて言います。
どうして炭治郎が主役なの?
ここでまたあの話に戻ります。
【徳】があるからではないか?
情けは人の為ならず――【徳】という生存戦略
炭治郎のセリフに、こんなものがあります。
「人のためにすることは 結局巡り巡って自分のためにもなっているものだし」
炭治郎につていは「いい子すぎる」という評価もありますが、彼は「自分の善意が返ってくる」という信念の持ち主だとわかります。
その性格は、後天性か、先天性か?
かつて人間の性格は、後天性の要素が強いと考えられておりました。
ただ、どうにもそれだけでない。空っぽの状態からソフトウェアをインストールするように教育することができるわけでもない。
先天性の部分はあるんだろう――という結論に落ち着きつつあります。
まぁ、両方ですね。
そこを踏まえて、炭治郎の性格、とんでもねぇところは【先天性】要素もあるとしましょう。
実際、劇中でも、それとわかる描写があります。
先祖の炭吉です。
彼は【日の呼吸】の使い手である継国縁壱に窮地を救われています。
炭吉はただの炭焼きのようで、実は際立った特徴があり「極端なお人好し」でした。
人助けをして、お礼はいらないと言い続ける。そんな彼に感激し、お礼をするために大工が集まり、家を建てていく。
妻のやすこと山で母子を救ったら、大名の妻と嫡男であった。
親切心が彼らの名声を高め、結果的に良い暮らしができるようになりました。
そしてついに継国縁壱と助けあい、友となったために【日の呼吸】と耳飾りを受け継ぐこととなったのです。
炭治郎も、近所の人々を助けていたことが語られます。
街で障子の張り替えを手伝っている。荷物を運ぶ人を手伝っている。嗅覚で問題解決の手伝いをしている。そんな彼だからこそ、留守中の家の手入れをご近所さんがしてくれたのです。
この、時を隔てて血筋が繋がっている炭吉と炭治郎には「人を助ける性質が遺伝している」とわかります。
炭治郎の前世が炭吉であるとか。炭吉の妻・すやこと継国縁壱が密通していて、炭治郎はその先祖だからこそ【日の呼吸】が伝わったとか。
そういうことではなく、炭治郎の一族には人助けをする親切心が受け継がれていて、それが先天性であるということが重要ではないでしょうか。
情けは人の為ならず――人に親切にすると、そのことがまわりに回って自分を救ってくれる――というのは、単なる綺麗事でお花畑なのか?
そういうことでもないのでしょう。
人は社会を作り、共同生活を送っています。そんな中で極端な親切心があり「あの人は信頼できる」ということになれば、その評価が巡り巡って、結果的に生存率が高くなるのは十分ありえます。
極端な親切心を持つ遺伝子が、適切な生存戦略を持っているんですね。
最終盤、炭治郎が窮地に陥ったとき、彼の親切心に救われてきた仲間たちは命がけで彼を救おうとします。
綺麗事?
少年漫画のお約束?
確かにそう片付けることはできましょう。
しかし、親切心という生存戦略が機能したと考えられるのではないでしょうか。
例えば、伊之助や義勇のように、社会生活を送る上で何かしら問題が生じるのであれば、研究対象とみなされますが、炭治郎のように極端な善良性は研究が遅れがちで未解明の部分が多いものです。
これに対し昨今、データを収集する取り組みが始まっていて、炭治郎タイプの人が、その周囲も含めて生存確率が上げることが推定されています。
一言でいえば「生き残る」んですね。
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