文房四宝

画像はイメージです(紫式部日記絵巻/wikipediaより引用)

飛鳥・奈良・平安

「文房四宝」とは?紫式部や清少納言の執筆活動に欠かせない重要文具

2024/08/21

大河ドラマ『光る君へ』の第31回放送で、藤原道長から物語の執筆を依頼されたまひろ。

書く代わりに紙の提供を道長に求めたところ、彼女が以前「越前紙」を褒めていたことを思い出したのか、大量の紙が送られてきました。

現代人にはピンとこないかもしれませんが、あの紙はまさに宝の山です。

当時の貴族にしてみればまさに垂涎ものであり、紙だけでなく硯・筆・墨も合わせて「文房四宝」という言葉もあるほどの高級品でした。

なぜ文房四宝はそれほど大事にされたのか。

東アジアの文人に欠かせぬ宝の歴史を振り返ってみましょう。

筆墨硯紙の文房四宝/wikipediaより引用

 


書体の歴史

日本語の書き言葉は当初存在しておらず、中国との国交を通して学び、書き記すことを始めました。

そんな両国で、書道の歴史を比較すると、当然、始点は異なります。

中国では、亀の甲や骨に刻んだ【甲骨文字】から始まり、以降【木簡】や【竹簡】に書く、あるいは石碑に彫る文字が生まれました。

広大な中国では字も地域ごとに異なっていて、それを統一したのが秦の始皇帝です。

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始皇帝が文字の統一を進めた結果、以下のような字体が誕生しました。

篆書:始皇帝が制定した【小篆】を元にした字体。印鑑に用いられます。

隷書:篆書をさらに書きやすくした字体です。主に【木簡】【竹簡】に書くためでした。

行書:紙が発明され、筆写することに特化した書体。日本では【くずし字】とも称される、流麗で速記ができる書体です。

草書:行書ほど崩していない、楷書ほどしっかりしていない、その中間にあたる字体といえます。

楷書:草書をさらに洗練させ、見分けがつきやすくなった書体です。現在もっとも目にする機会が多く、一般的な書体となります。

一方、日本の書き文字は、紙へ書写するところからスタート。

成立は古いものの【篆書】と【隷書】が好まれるまでには長い時間がかかっています。

【草書】を日本語の書き言葉として、紙に書く――これが『光る君へ』の時代だと考えて差し支えありません。

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書体についても頭の隅にでも入れて読み進めてください。

日本独自の受容がなされてゆきます。

 


庶民の文字はどう書くのか?

『光る君へ』でまひろや貴族たちが用いる【文房四宝】は前述の通り、高級品です。

では、どれだけの高級品だったか?

それを理解するためには、庶民の暮らしから考えることもヒントになるかもしれません。

ドラマの中で、まひろが“たね”という少女に文字を教える場面では、棒を使い、地面に書いていました。

庶民では、あの程度が精一杯であり、かれらが読み書きする機会はありません。

下級役人であれば、名前や穀物の収穫高といった実用的な読み書きが必要とされ、そうした実践的な筆記具は平安末期から始まる『鎌倉殿の13人』にも登場しています。

ドラマ序盤で、北条義時が米の収穫高を【木簡】に記すため、腰にぶら下げていた竹筒と筆ですね。

木簡】は削って再利用することが前提であり、凝った書体で書くものでもありません。ちなみに中国とは異なり【竹簡】はありません。

書かれた文字が愛でられるようなことはない、あくまでビジネス文書で用いるものでした。

そんな『鎌倉殿の13人』序盤に出てくる坂東の人々にとって、まひろたちの扱う【文房四宝】は高級品です。

都で勤めを果たす際に見て、ため息をつきながら、自分には縁遠い物だ……と諦めるような、文明の証でした。

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紙:和紙は今も昔も匠の技

「和紙」という言葉は、明治時代以降に「洋紙」が伝わってから、区別するために生まれました。

伝統的な製紙技術は中国から伝来し、手作業の【紙漉き】によって作られるため非常に労多く、必然的に高級品となります。

『光る君へ』では、伝統的高級品でもある「越前紙」の製造風景が劇中で描かれていましたね。

まひろが物語の構想を練る場面では、色とりどりの美しい紙が舞う場面もあります。

手漉き和紙特有の色が味わえる素晴らしいシーン。

手紙を贈るにせよ、色紙の和歌を書くにせよ、いかに美しい紙に書くか、貴族たちはセンスを問われたものです。

それゆえ和紙はとにかく貴重でした。

清少納言の『枕草子』でも、紙の贈答は重要な役割を果たしています。

藤原伊周が、妹の定子に大量の紙を贈ると「これに何を書こうか?」と彼女は考えます。

一条天皇は『史記』を写すようだと定子の言葉に、清少納言はこう答えました。

「枕ですね」

そう聞いた定子は「ならば清少納言にあげよう」と紙を贈ったのです。

一体この「枕」とは何なのか。

史記=しき=敷(布団)

そう連想したダジャレ説があります。

さらには

史記=しき=四季を枕に始める

と絡めてダブルミーニングがある等々、諸説あります。

定子と清少納言をめぐる話は、他にもあります。

何も手につかないほど憂鬱で、もう消えてしまいたいほど落ち込んでしまったとき、それでも真っ白い紙、高い筆があれば気も晴れる――。

清少納言が定子の前でそう語ったところ、女房たちからは「単純よねぇ」とからかわれました。

それからしばらくして、定子の兄である伊周が失脚したあとのこと。

伊周のライバルである藤原道長周辺の人物と親しかった清少納言は、定子のもとから退きました。道長派と通じているとみなされて悪口を言われ、すっかり参ってしまっていたのです。

出仕を促されても引きこもっている清少納言――そのもとに定子から真っ白い紙が届きました。

そして清少納言は、定子が自分の言葉を覚えていることに感動し、彼女の元に戻ったのです。

こうしたことを踏まえると、貴重な紙が贈られる意義もよくわかるでしょう。

紫式部は、紙の贈答について、清少納言のような記録は書き残していません。

しかし、二十代後半になって夫・藤原宣孝との短い結婚生活を終え、経済的に恵まれているとは思えない状況だった紫式部。

大量に紙が必要となる長編物語の執筆を、スポンサー抜きで可能なのか?

いや、無理だろう……と、この点に注目して「藤原道長が紫式部へ提供したのではないか」という説もあります。

それほどまでに紙は重要であり、『光る君へ』では巧みにプロットへ織り込んできました。

 


墨:墨を擦り、文字を書く

紙の次は墨に注目。

現代の日本で「墨」といえば、ボトル入りの印象が強いかもしれません。

学校で習字の時間に使うからですが、本来は固形の墨を硯で擦るものです。

この墨について、清少納言がこんなあるある現象を『枕草子』「にくきもの」に記しています。

髪が硯に入ってそこで墨を擦ったときって、もう最悪!

確かに女性なら、想像するだけでゾッとする状況でしょう。

煤を膠で練り、香料を加えて練る固形墨を、硯で擦って濃度を調整する――この段階で書へ臨む心が整う重要な準備となります。

藤原道長の日記『御堂関白記』を見ても、墨の重要性は伝わってきます。

道長は悪筆で有名でした。

『光る君へ』ではそれを再現するためか、演じる柄本佑さんは一向に字が上手にならないそうです。

『御堂関白記』を見ても、道長は墨の調整もあまり気遣っていないのか、濃淡の差が出ているほど。

なぜ、そんなことになったのか。

道長は兄二人の早すぎた死もあり、かなり早くから出世を果たしました。

そのため執務において筆を執って文章を書く機会が少なく、文法力や筆力が身に付かなかったのではないか?という想定もできる程といいます。

同じ貴族でも藤原行成は日本史上に名を残す能書家であり、藤原実資もしっかりとした文章を残している。

彼らと比較すると、道長は日記から経験不足なことが推察できるのだとか。

ちなみに道長の写経は綺麗な字で、墨の濃淡も適切でした。

本気を出せばちゃんとした字を書けたんですね。

なお「紫式部の硯」と伝わるものは、二種類の墨が使えるようになっていました。

さほどに墨の濃淡の調整は重要な要素だったのです。

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筆:筆は選んだ方がよい

「筆」と言えば「弘法は筆を選ばず」という諺がありますね。

これはあくまで喩えであり、現実的には良いものを使ったほうが望ましいに決まっています。

『光る君へ』で用いられる【かな書道】に適したもので、ドラマではかなりの高級品を使用。

筆で書く場面は手元だけ別人に差し替えることもできますが、『光る君へ』では演者本人が書いています。

左利きの吉高由里子さんは猛特訓を積んで挑んでいるそうです。

 

硯:紫式部が愛用した最高級品

【文房四宝】で唯一、消耗品でないものが「硯」です。

長く使えるため“贈答の定番”にもなっていて、中国や朝鮮を舞台にしたドラマの高級硯は文人のお宝であり、贈収賄に用いられる場面もあるほどです。

そのため、使用者の経済格差も出やすい。

序盤からまひろが用いる硯は小さめで、そこまで高くないものに見えました。

この硯がどんどん大きくなり、高級感が漂うようになったら出世の証。

実は紫式部が使用したという伝説の硯が、石山寺に残されています。

十五夜の月が湖に映る様を見ながら『源氏物語』の構想を練った――そんな話も伝わっている石山寺。

絵の題材として定番であり、多くの絵師が出がけています。その一人である月岡芳年はその様子を題材にして『月百容』「石山月」を描きましたが、

月岡芳年『月百姿 石山月』/wikipediaより引用

この絵に描かれているであろう硯が、まさしく彼女が愛用したと伝わるもので、現在も石山寺所蔵されております。

ただし、こうした「伝」とつくものは、あくまで伝承であり、確たる史実ではありません。

後世の人々が「きっとこの人はこうしたものを残したのだろう」と考えたからこそ残された。

藤原行成の筆跡にせよ「伝」とつくものが大半です。

しかし、藤原行成筆とするに相応しいほどの傑作であるため、それはそれで貴重なのです。

紫式部が愛用したと伝わる「石山硯」も最高級の見事な逸品であり、豪華で細やかな彫刻が施されています。

宋から取り寄せたものとされ、『光る君へ』ファンならば一度は目にしたくなるものでしょう。

なお、大河ドラマ『光る君へ』では石山寺伝説は再現されておらず、本記事の執筆時点では「石山硯」もありません。

この先、ドラマ内に出てくるとすれば、どこで、どうなるか? 想像する楽しみがありますね。

「石山硯」は劇中でまひろが用いてきたものと比較すると、高い技術を用いた豪華なものでした。

他の【文房四宝】は消耗品だから国産でも、硯はそうではない。

まひろが宋の言葉で語っていた願いを叶え、取り寄せてみようではないか――そう道長が考えるとしたら、素晴らしいことではないですか。

ドラマでは独自の展開として宋人の周明とまひろが接近していました。

しかしそんなロマンスも、道長とのソウルメイトとしての思いと比較すれば些細なものと思えることでしょう。

劇中で精密なレプリカが披露される可能性は高いと推察できます。

2023年秋に再現されているのです。

◆よみがえる “紫式部のすずり”(→link

近年の大河ドラマでは2020年『麒麟がくる』において、信長が切り取った香木「蘭奢待」、松永 久秀の愛用した茶釜「平蜘蛛」のレプリカが登場しました。

そうしたものに匹敵する貴重な品が見られる、まさしく大河の意義を確認することができそうです。

楽しみに待ちましょう。

 

時代が降ると文人のお供は増える

ついでに2025年『べらぼう』の予習もしておきましょう。

文化が発展すると、文人のお供も増えてゆく――江戸時代も半ばを過ぎると【文房四宝】以外の定番も増えました。

その一例が【篆刻】です。

書類に入れるサインとして、日本では長らく【花押】が使われてきました。

それが江戸時代に入ると、【篆刻】が伝わり【印章】を用いるようになる。

明が滅亡し、清に替わる【明清交替】が起きた際、日本は亡命した明人を迎え入れました。その際に明の文化が伝わり、最新鋭のものとして定着していったのです。

中国では、古代からあった印章文化が、日本では江戸時代以降に斬新なトレンドとなるのでした。

馴染みのなかった【篆書】や【隷書】も、最新のオシャレフォントとして書道家が取り入れてゆきます。

江戸時代のトレンドに、【唐様】(からよう)と呼ばれる中国由来のものが、明代までのアップデートを経て加わりました。

さらに『べらぼう』前半にあたる【田沼時代】が、この流行に目をつけました。中国からの文物輸入が超過しないよう、国内で似たものを作ろうとします。

当時はヨーロッパでも【シノワズリ】(中国様式)が上流階級に定着し人気があります。日本で中国趣味の陶磁器を作れば輸出が期待できるのです。

平賀源内が陶磁器改善に取り組んだ背景には、こうした狙いもありました。

『べらぼう』に登場する文人たちも、この流行の影響を受けています。

【唐様】の書をよくする人、【篆刻】を特技とする人物。そして曲亭馬琴は明代通俗小説を読みこなし、自作に取り入れることが持ち味でした。

そんな需要を踏まえ、江戸の商人たちは素晴らしいお宝を揃え、店に並べることでしょう。

2024年の大河ドラマ小道具チームは【文房四宝】を厳選して揃える必要がある。2025年はそれに加え、印材や朱肉の確保も必要となると思われます。

ちなみに筆は最高級品で、かなりお高い、普通のものの数倍するものを用いているそうです。

ドラマのロゴにも、日本文化の変化がみてとれます。

2024年の根本知先生は【かな書道】の大家であり、藤原行成を頂点とする流麗な書を得意とします。

ロゴも、みやすさと美しさを備えた素晴らしいものです。

2025年の石川九楊先生のロゴは、力が抜けているようで力強く、ラフなようで精密で、書の愉しさ、ドラマの舞台となる江戸の熱気が伝わってきます。

日本を代表する書家による題字が二年連続で見ることができる、貴重な機会――これぞNHKの底力といえましょう。


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【参考文献】
石川九楊『説き語り日本書史』(→amazon
石川九楊『「書」で解く日本文化』(→amazon
台東区書道博物館『王羲之と蘭亭序』(→link

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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