美しく艶めかしい大河ドラマ『光る君へ』のオープニング。
冬野ユミさんが手がけたテーマ曲を、反田恭平さんの奏でるピアノで始まると、後半は、なめらかに筆が動き、流れるように文字が描かれてゆく。
筆文字とは、かくも美しいものだったのか――。
紙に滲みゆく墨、流麗な筆跡。
これぞ平安時代に確立された、日本文化の結晶と言えるでしょう。
今年の大河ドラマは、そんな日本文化における書道の重要性を再認識させる作品といえます。
渡辺大知さんが演じる藤原行成は「三跡」の一人で最重要人物。
劇中に行成が登場する以上、書道で手を抜くことはありえない。
当時の日本人にとって書道とは一体どのような存在だったのか?その歴史を振り返ってみましょう。
そして書道の歴史が始まった
日本ではいつから文字が書かれるようになったのか。
和民族固有の文字はなく、漢字が伝わって以降のこととされています――と、この歴史については江戸時代から難癖がつけられ、神代文字まで捏造されましたが、史実として認定できるものではありません。
日本に残る最古の書は、魏晋南北朝時代の書を模したものです。
代表的な作品が聖徳太子の『法華義疏』(さんぎょうぎしょ)。
その後、大化元年(645年)に中臣鎌足が蘇我氏を打倒した【大化の改新】により、新たなる国づくりが始まり、さらに20年ほど経過した天智2年(663年)、日本史上大きな転換点を迎えます。
【白村江の戦い】です。
復興を目指す百済を倭国が助け、唐・新羅軍と激突。
この戦いに大敗した倭国は、文明を取り入れる必要性を強く感じ、大国の唐を手本とした国造りが始まりました。
その手本の中に、書も含まれていたのです。
いかにして唐の書体を目指すか?
当時の日本人が書に対する情熱を傾けた、象徴とも言える国宝があります。
2022年に国宝とされた宮内庁所蔵王羲之「喪乱帖」(そうらんじょう)です。
真筆ではなく模本。そもそも王羲之の真筆は残されていません。精巧な模写だけでも国宝に値するのです。
中国における王羲之の書とは、ただの美麗な字ではありません。
手にしたものは天下を支配するような、圧倒的な価値があり、その精巧な模写が日本にあるということは、唐からこう言われたようなものではないでしょうか。
あなたたちの国の、天下を統べる文字を作りなさい――。
唐の真似だけではない。我が国とは何か?それを定義づけるような書を極める。
ここに日本の書道史が始まります。
ちなみに、東アジアにおける「書」とは、このような分類となります。
・中国書法
・日本書道
・琉球書道
・韓国書芸
・越南(ベトナム)書法
東洋の書は、見せ合うことやその場で書き記す様を見せるところにも特徴があります。
パフォーマンスアートとして成立するのですね。
日本ならば、年末恒例行事と言える京都清水寺「今年の漢字」揮毫が代表格でしょう。
中国のSNSでは、個性あふれるパフォーマンスを投稿する書道家の姿が見られます。
武侠ドラマや格闘ゲームで、筆を武器とするキャラクターが出ることも、東洋ならでは。
愛する人に書を送りあう文化も、実にロマンチックなものです。
中国が本場であり月だとすると、他の書は星のように煌めくものだということも認識しましょう。
月と星の優劣を問うのは野暮ってもんで、個性ごとに楽しめばよいのです。
学校から冬休みの宿題で書き初めを出され、『今時こんなことをする意味があるのかよ……』とぼやいたことはありませんか?
あるのです。日本文化の根底には書がある――そこを踏まえておくと、また違った世界が開けてきます。
三筆:日本独自書体「和様」の始まり
中国では【甲骨文字】から始まり、碑文や木簡、あるいは竹簡に書いた時代も、書法史に含まれます。
この時代に用いられた【篆書体】【隷書体】のような字体は、日本ではフォントのバラエティのような扱いで、ずっと時代が降って篆刻が普及してからのこと。
日本の場合は、紙に筆で書くところから始まりました。
格好のお手本とされたのは写経です。
唐でも恥ずかしくない字で写経をすることから始まり、宗教的な狙いだけでなく文字を学ぶ機会にもなり、こうして書と向き合っていくうちに、唐とは異なる要素が書体に生まれてくる。
例えば空海は、最澄と漢文で手紙のやりとりをしています。
自身の心をのせて書いていくうちに、中国とは異なる味わいが出てくる。
そうして記された『風信帖』は空海の代表的な名筆です。

『風信帖』/wikipediaより引用
対する最澄も『久隔帖』はじめ、素晴らしい作品を残しています。
しかし、中国のお手本通りで独自性がない。ゆえに書道については、空海と最澄の間には差がついているのです。
このように、中国風の漢字から逸脱し、敢えてアレンジを加え、独自の書体を作りあげた三人を【三筆】と称します。
・空海
・嵯峨天皇
・橘逸勢(たちばなのはやなり)
空海や最澄の時代の唐は、世界最大の大帝国でした。
それが楊貴妃が命を落とした【安史の乱】から翳りが見え、やがて滅亡すると五代十国時代が訪れます。
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日本でも遣唐使がなし崩し的に終わってから時が流れ、宋との交流においては何もかも学ぶというスタンスではなく、さらなる独自性が求められてゆきます。
【国風文化】時代の到来ですね。
なお、中国では、科挙答案の筆跡まで採点対象とされます。
王羲之を意識していない書体で書くと、それだけでも減点対象となり、個性的な書体が生まれにくいという事情もありました。
とはいえそこは本場です。日本でも愛される素晴らしい書家は大勢いる。
あえて【唐様】で書いてこそステキだという価値観も、日本の書道において常に存在していたことも確かです。
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三跡:「和様」の到達点へ
日本に漢字が伝わり、漢文で文章を書き記す――というのは実際無理がありました。
外国の文字と文法で日本語を表記するのですから、何かしっくりこなくて当たり前。
こうして【万葉仮名】が生まれ、【仮名】文字が使われてゆくようになると、今度は漢字に仮名を混ぜて書く書が成立します。
【かな書道】の誕生です。
漢字の書き方も王羲之の影響が薄れ、日本独自の【和様】が生まれました。
この時代の伝説的な書道家は【三跡(さんせき・三蹟とも)】がいます。
・小野道風(おののみちかぜ/トウフウ)「小野」からとって野跡(やせき)
・藤原佐理(ふじわらのすけまさ/サリ)「佐理」からとって佐跡(させき)
・藤原行成(ふじわらのゆきなり/コウゼイ)権大納言であったことから権跡(ごんせき)
大河ドラマ『光る君へ』で渡辺大知さんが演じる藤原行成は、日本の書道史において一つの完成形に到達したと評されます。
行成47歳の作『白氏詩巻』は、白居易の散文集である『白氏文書』を抜粋し、書き記したもの。
格調が高く独自性を持つその筆跡は、まさしく【和様】が成立したと言える。
国宝に指定されており、東京国立博物館所蔵です。
よどみない筆の運び。保たれた濃淡。整然と並ぶ行。何もかもが至高の逸品です。

藤原行成『白氏詩巻』/wikipediaより引用
行成は清少納言と親しくしていた話がいくつもあります。
あの清少納言のことですから「和歌は私の方がうまい、イマイチだ」とか苦笑しながら、見事な筆跡に惚れ惚れとしていても不思議はありません。
華やかな定子のサロンで、さぞや愛でられたことでしょう。
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中国の書道では、筆は立ててまっすぐ持ちます。
日本ですと、あえて少し傾けて書く特徴がある。むろんペンや鉛筆の持ち方とは異なります。
【和様】すなわち日本式書道の頂点がこの時代に極まったことは、歴史とも深い関係があります。
この時代の【和様】は、【唐様】と比較して柔らかく繊細な特徴がありました。
たとえば和歌と漢詩は、どちらも詠めてこそ文人といえます。
しかしその内容は、和歌ならば恋愛を詠むようなやわらかいものであり、漢詩は大志を詠みあげるような勇壮なものと、独自の分類がされてゆくのです。
【承久の乱】のあと、武士の時代が訪れます。
武士たちは、宋で学んだ禅僧から教養を身につけていましたが、さらに中国における歴史の変動が波となって日本に押し寄せてきます。
元の支配に反発し、亡命してくる南宋の遺民たち。
明が滅亡した際にも、同じように人々がやってきます。
前述の通り、中国は書の本場であり、そのスタイルを取り入れた【唐様】への憧憬は、常に日本の書道にあり続けていました。
漢族の明が滅び、満州族の清が成立すると、日本は自分たちこそ「中華」を引き継がねばならないという使命感が強くなります。
要は、積極的に中国を受け入れるようになるのです。
江戸時代の後期に、日本では中国ブームが起きています。
書道も【唐様】が最新鋭のトレンド。
幕末の武士ともなると、文徴明風の字こそが至上のものと見なされるようになりました。
なんせ当時は寺子屋の普及によって庶民も書をこなすようになっていて、遊女たちも流麗な文字を書けてこそ一流とされるほどです。
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そうして武士や江戸っ子が【唐様】を取り入れてゆく一方、京都で育て上げた【和様】の最高峰はやはり【三筆三蹟】です。まさしく別格の存在。
究極的には【和様】と【唐様】を学び、己の魂と向き合い、字を追い求めてゆく――書とは、精神修養でもあり、日本の歴史の結晶と言えました。
文房四宝はコストがかかる
「文房四宝」という言葉があります。
墨・紙・硯・筆という、書道における基本的な道具ですね。
すっかり印刷技術が定着した現代人と、当時の人々では、書への感覚がまったく異なります。
印刷がないからには、文書は書き写すしかない。
読み書きだけでも、大変な手間暇と金がかかる。当時の文房四宝はとてつもなく高価なものでした。
清少納言が『枕草子』を書いた理由として、藤原伊周が妹である中宮定子と一条天皇に、高級紙を贈ったときのことがあげられます。
「紙を枕にすればよい」と清少納言が語ったというのです。
彼女の機転のみならず、ここも重要です。
「藤原伊周が、一条天皇と定子に大量の紙を贈った」
これだけでも、唸るほど資産のある伊周の権勢がうかがえます。
均等の厚みに揃えて、美しい紙を作り出すことは当時非常に困難なことでした。そんな紙を大量入手できるなんて、まさしくセレブの証なのです。
権力者には文房四宝を買えるだけの金がある。
一方で下級貴族にとってそれができない。
そうなると、紫式部と藤原道長の関係にも、ヒントがあると思えます。
紫式部は、道長の娘であり、一条天皇の中宮であった藤原彰子に出仕するように言われます。
乗り気どころか、本人は嫌で嫌でたまらず、出仕後はしばらく引きこもりになったほど。
彼女は何かとややこしい性格で、それでよく出仕したと思えるほどです。
しかし、根っからのクリエイターである紫式部が、こう言われたとすれば?
「文房四宝、使い放題の最高級サブスクつきだけど、それでも出仕は嫌かい?」
思わずくらっとしていそうではありませんか?
道長の言う通りにすれば、いくらでも文房四宝がついてくる――書くことが生きることと同義のクリエイターなら受諾してしまうことでしょう。
そんな人物や時代背景を描こうとしているのに、文房四宝で手を抜いてしまったら、説得力がなくなってしまうのが今年の大河ドラマ『光る君へ』。
場面に応じて実に見ごたえのある文房四宝が並んでいます。
役ごとに品質も変えていて、貧しい藤原為時の硯は素朴ですし、一方で皇族はどっしりとした高そうなものが用意されている。
紙も美しく、質感がしっかりとしたもの。手漉きの高級紙を特注していると推察できます。筆も丁寧に作られた逸品です。墨もきっとよいものでしょう。今年は例年以上大量に揃えているはずです。
小道具班が気合を入れて揃えた今年の文房四宝は、まさに眼福ものです。
ちなみに、紙を普段使いできない階層では、木簡が用いられていました。
削って再利用することもできる木簡はコスパが高く、『鎌倉殿の13人』でも若い頃の北条義時が熱心に読んでいる場面がありました。
京都からすれば、貧しく素朴な坂東武者そのものの姿です。
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時代がくだっても、紙は大切なものです。
書き損じが真っ黒になるまで書くことが、日本の伝統でした。
裏紙や書き損じのリサイクル利用も頻繁に行われており、思わぬところから“新たな書状”が発見されることも往々にしてあります。
「道長フォント」とは何なのか?
大河ドラマ『光る君へ』の脚本家・大石静さんは、道長の字を下手だと語っております。
Wikipediaでは道長が書道家に分類されていますが、なぜそうなっているのか不明。
失礼でも何でもなく、道長の字はお手本にしてはならない、個性的な悪筆です。
中国を真似するだけでなく、独自性を発揮してこそ【和様】の書ではあります。
しかし、道長は個性の発揮がちょっと派手すぎるというか、おおらかというか、癖が強すぎる。
そんな道長の字は、書道考証の根本知先生は「道長フォント」と呼んでいるとか。
確かに独自のフォントだと思えば、納得できるかもしれません。
根本先生が道長フォントを書き、それを柄本佑さんが上達しきらないうちにOKを出す。
そういう流れで撮影しているそうで、うますぎてもダメだという、さじ加減の難しい状況になっているようです。
プロの書道家が藤原道長の書体を想像して再現するなんて、『光る君へ』は本気の努力がある作品ですね。
道長が筆を扱っている場面も、わざとなのか、自然とそうなるのか、なかなか粗雑。
高い筆だろうが台無しにしてしまう、ルーズな道長の個性が伝わってきて興味深い。
かな書道の美しさを伝えて
『光る君へ』は、【和様】そして【かな書道】の繊細な美を伝えてくる大河ドラマといえます。
作品のロゴも根本知先生の揮毫です。
大河ドラマのロゴは、武士が主人公のものが多いためか、どちらかといえば豪快で読みやすいものでした。書家ではなくデザイナーが手がけることも多い。
それが『光る君へ』では、柔らかく繊細な、当時の世界観に通じる美しい書体に仕上がっています。
デザインとしては横書きが使いやすいですが、縦書きもあって効果的に用いられている。
根本先生はロゴの下書きだけでも800枚以上手がけたそうで。だからでしょうか、完成品からは作品の香りまで伝わってくるような繊細さが感じられます。
そんな根本先生の指導を受け、主演の吉高由里子さんはじめ、出演者は書道を熱心に学んでいるそうです。
役者本人が書いた字もドラマには登場するとか。
★
大河ドラマ『光る君へ』は、日本文学史に残る『源氏物語』の作者・紫式部が主人公です。
脇役には、日本書道史に残る藤原行成が登場。
彼らのスポンサーである藤原道長も、忘れてはいけません。
今日まで残る日本文化とは、どんな時代背景から生まれてきたのか。
そのことを学ぶうえで『光る君へ』は重要な作品となるでしょう。
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【参考文献】
石川九楊『説き語り日本書史』(→amazon)
石川九楊『「書」で解く日本文化』(→紀伊國屋書店)
台東区書道博物館『王羲之と蘭亭序』
他








