文房四宝

画像はイメージです(紫式部日記絵巻/wikipediaより引用)

飛鳥・奈良・平安 光る君へ

『光る君へ』紫式部や清少納言の執筆活動に欠かせない「文房四宝」とは?

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紙:和紙は今も昔も匠の技

「和紙」という言葉は、明治時代以降に「洋紙」が伝わってから、区別するために生まれました。

伝統的な製紙技術は中国から伝来し、手作業の【紙漉き】によって作られるため非常に労多く、必然的に高級品となります。

『光る君へ』では、伝統的高級品でもある「越前紙」の製造風景が劇中で描かれていましたね。

まひろが物語の構想を練る場面では、色とりどりの美しい紙が舞う場面もあります。

手漉き和紙特有の色が味わえる素晴らしいシーン。

手紙を贈るにせよ、色紙の和歌を書くにせよ、いかに美しい紙に書くか、貴族たちはセンスを問われたものです。

それゆえ和紙はとにかく貴重でした。

清少納言の『枕草子』でも、紙の贈答は重要な役割を果たしています。

藤原伊周が、妹の定子に大量の紙を贈ると「これに何を書こうか?」と彼女は考えます。

一条天皇は『史記』を写すようだと定子の言葉に、清少納言はこう答えました。

「枕ですね」

そう聞いた定子は「ならば清少納言にあげよう」と紙を贈ったのです。

一体この「枕」とは何なのか。

史記=しき=敷(布団)

そう連想したダジャレ説があります。

さらには

史記=しき=四季を枕に始める

と絡めてダブルミーニングがある等々、諸説あります。

定子と清少納言をめぐる話は、他にもあります。

何も手につかないほど憂鬱で、もう消えてしまいたいほど落ち込んでしまったとき、それでも真っ白い紙、高い筆があれば気も晴れる――。

清少納言が定子の前でそう語ったところ、女房たちからは「単純よねぇ」とからかわれました。

それからしばらくして、定子の兄である伊周が失脚したあとのこと。

伊周のライバルである藤原道長周辺の人物と親しかった清少納言は、定子のもとから退きました。道長派と通じているとみなされて悪口を言われ、すっかり参ってしまっていたのです。

出仕を促されても引きこもっている清少納言――そのもとに定子から真っ白い紙が届きました。

そして清少納言は、定子が自分の言葉を覚えていることに感動し、彼女の元に戻ったのです。

こうしたことを踏まえると、貴重な紙が贈られる意義もよくわかるでしょう。

紫式部は、紙の贈答について、清少納言のような記録は書き残していません。

しかし、二十代後半になって夫・藤原宣孝との短い結婚生活を終え、経済的に恵まれているとは思えない状況だった紫式部。

大量に紙が必要となる長編物語の執筆を、スポンサー抜きで可能なのか?

いや、無理だろう……と、この点に注目して「藤原道長が紫式部へ提供したのではないか」という説もあります。

それほどまでに紙は重要であり、『光る君へ』では巧みにプロットへ織り込んできました。

 


墨:墨を擦り、文字を書く

紙の次は墨に注目。

現代の日本で「墨」といえば、ボトル入りの印象が強いかもしれません。

学校で習字の時間に使うからですが、本来は固形の墨を硯で擦るものです。

この墨について、清少納言がこんなあるある現象を『枕草子』「にくきもの」に記しています。

髪が硯に入ってそこで墨を擦ったときって、もう最悪!

確かに女性なら、想像するだけでゾッとする状況でしょう。

煤を膠で練り、香料を加えて練る固形墨を、硯で擦って濃度を調整する――この段階で書へ臨む心が整う重要な準備となります。

藤原道長の日記『御堂関白記』を見ても、墨の重要性は伝わってきます。

道長は悪筆で有名でした。

『光る君へ』ではそれを再現するためか、演じる柄本佑さんは一向に字が上手にならないそうです。

『御堂関白記』を見ても、道長は墨の調整もあまり気遣っていないのか、濃淡の差が出ているほど。

なぜ、そんなことになったのか。

道長は兄二人の早すぎた死もあり、かなり早くから出世を果たしました。

そのため執務において筆を執って文章を書く機会が少なく、文法力や筆力が身に付かなかったのではないか?という想定もできる程といいます。

同じ貴族でも藤原行成は日本史上に名を残す能書家であり、藤原実資もしっかりとした文章を残している。

彼らと比較すると、道長は日記から経験不足なことが推察できるのだとか。

ちなみに道長の写経は綺麗な字で、墨の濃淡も適切でした。

本気を出せばちゃんとした字を書けたんですね。

なお「紫式部の硯」と伝わるものは、二種類の墨が使えるようになっていました。

さほどに墨の濃淡の調整は重要な要素だったのです。

かな書道が光る『光る君へ』「三跡」行成が生きた時代

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筆:筆は選んだ方がよい

「筆」と言えば「弘法は筆を選ばず」という諺がありますね。

これはあくまで喩えであり、現実的には良いものを使ったほうが望ましいに決まっています。

『光る君へ』で用いられる【かな書道】に適したもので、ドラマではかなりの高級品を使用。

筆で書く場面は手元だけ別人に差し替えることもできますが、『光る君へ』では演者本人が書いています。

左利きの吉高由里子さんは猛特訓を積んで挑んでいるそうです。

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