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【『光る君へ』と文房四宝】
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硯:紫式部が愛用した最高級品
【文房四宝】で唯一、消耗品でないものが「硯」です。
長く使えるため“贈答の定番”にもなっていて、中国や朝鮮を舞台にしたドラマの高級硯は文人のお宝であり、贈収賄に用いられる場面もあるほどです。
そのため、使用者の経済格差も出やすい。
序盤からまひろが用いる硯は小さめで、そこまで高くないものに見えました。
この硯がどんどん大きくなり、高級感が漂うようになったら出世の証。
実は紫式部が使用したという伝説の硯が、石山寺に残されています。
十五夜の月が湖に映る様を見ながら『源氏物語』の構想を練った――そんな話も伝わっている石山寺。
絵の題材として定番であり、多くの絵師が出がけています。その一人である月岡芳年はその様子を題材にして『月百容』「石山月」を描きましたが、

月岡芳年『月百姿 石山月』/wikipediaより引用
この絵に描かれているであろう硯が、まさしく彼女が愛用したと伝わるもので、現在も石山寺所蔵されております。
ただし、こうした「伝」とつくものは、あくまで伝承であり、確たる史実ではありません。
後世の人々が「きっとこの人はこうしたものを残したのだろう」と考えたからこそ残された。
藤原行成の筆跡にせよ「伝」とつくものが大半です。
しかし、藤原行成筆とするに相応しいほどの傑作であるため、それはそれで貴重なのです。
紫式部が愛用したと伝わる「石山硯」も最高級の見事な逸品であり、豪華で細やかな彫刻が施されています。
宋から取り寄せたものとされ、『光る君へ』ファンならば一度は目にしたくなるものでしょう。
なお、大河ドラマ『光る君へ』では石山寺伝説は再現されておらず、本記事の執筆時点では「石山硯」もありません。
この先、ドラマ内に出てくるとすれば、どこで、どうなるか? 想像する楽しみがありますね。
「石山硯」は劇中でまひろが用いてきたものと比較すると、高い技術を用いた豪華なものでした。
他の【文房四宝】は消耗品だから国産でも、硯はそうではない。
まひろが宋の言葉で語っていた願いを叶え、取り寄せてみようではないか――そう道長が考えるとしたら、素晴らしいことではないですか。
ドラマでは独自の展開として宋人の周明とまひろが接近していました。
しかしそんなロマンスも、道長とのソウルメイトとしての思いと比較すれば些細なものと思えることでしょう。
劇中で精密なレプリカが披露される可能性は高いと推察できます。
2023年秋に再現されているのです。
◆よみがえる “紫式部のすずり”(→link)
近年の大河ドラマでは2020年『麒麟がくる』において、織田信長が切り取った香木「蘭奢待」、松永久秀の愛用した茶釜「平蜘蛛」のレプリカが登場しました。
そうしたものに匹敵する貴重な品が見られる、まさしく大河の意義を確認することができそうです。
楽しみに待ちましょう。
時代が降ると文人のお供は増える
ついでに2025年『べらぼう』の予習もしておきましょう。
文化が発展すると、文人のお供も増えてゆく――江戸時代も半ばを過ぎると【文房四宝】以外の定番も増えました。
その一例が【篆刻】です。
書類に入れるサインとして、日本では長らく【花押】が使われてきました。
それが江戸時代に入ると、【篆刻】が伝わり【印章】を用いるようになる。
明が滅亡し、清に替わる【明清交替】が起きた際、日本は亡命した明人を迎え入れました。その際に明の文化が伝わり、最新鋭のものとして定着していったのです。
中国では、古代からあった印章文化が、日本では江戸時代以降に斬新なトレンドとなるのでした。
馴染みのなかった【篆書】や【隷書】も、最新のオシャレフォントとして書道家が取り入れてゆきます。
江戸時代のトレンドに、【唐様】(からよう)と呼ばれる中国由来のものが、明代までのアップデートを経て加わりました。
さらに『べらぼう』前半にあたる【田沼時代】が、この流行に目をつけました。中国からの文物輸入が超過しないよう、国内で似たものを作ろうとします。
当時はヨーロッパでも【シノワズリ】(中国様式)が上流階級に定着し人気があります。日本で中国趣味の陶磁器を作れば輸出が期待できるのです。
平賀源内が陶磁器改善に取り組んだ背景には、こうした狙いもありました。
『べらぼう』に登場する文人たちも、この流行の影響を受けています。
【唐様】の書をよくする人、【篆刻】を特技とする人物。そして曲亭馬琴は明代通俗小説を読みこなし、自作に取り入れることが持ち味でした。
そんな需要を踏まえ、江戸の商人たちは素晴らしいお宝を揃え、店に並べることでしょう。
2024年の大河ドラマ小道具チームは【文房四宝】を厳選して揃える必要がある。2025年はそれに加え、印材や朱肉の確保も必要となると思われます。
ちなみに筆は最高級品で、かなりお高い、普通のものの数倍するものを用いているそうです。
ドラマのロゴにも、日本文化の変化がみてとれます。
2024年の根本知先生は【かな書道】の大家であり、藤原行成を頂点とする流麗な書を得意とします。
ロゴも、みやすさと美しさを備えた素晴らしいものです。
2025年の石川九楊先生のロゴは、力が抜けているようで力強く、ラフなようで精密で、書の愉しさ、ドラマの舞台となる江戸の熱気が伝わってきます。
日本を代表する書家による題字が二年連続で見ることができる、貴重な機会――これぞNHKの底力といえましょう。
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【参考文献】
石川九楊『説き語り日本書史』(→amazon)
石川九楊『「書」で解く日本文化』(→amazon)
台東区書道博物館『王羲之と蘭亭序』(→link)
他



