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【御成敗式目】
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第25条:武家と公家の結婚規定
北条義時の妻であった比奈は、実家の比企一族が滅亡すると離縁し、京都へ向かいました。そして公家の源具親と再婚しています。
実は鎌倉時代は需要と供給が一致し、こうした夫婦が増えていました。
権力と土地を持つようになった鎌倉から妻を娶りたい夫。
京都に嫁ぎ、優美な文化の香りを身につけたい妻。
まるで20世紀初頭のイギリス貴族の夫と、アメリカ人妻のようなカップルが成立したのですね。
しかし、御成敗式目では制限が加えられます。
女性は御家人として所領の相続をできましたが、京都に嫁ぐとその権利を失いました。
また、鎌倉の御家人に婿入りした夫は、武士としての勤務が義務付けられました。
第34条:不倫密通は禁止します
劇中では、源頼朝が愛妾・亀と不倫していることに、政子が激怒する騒動がありました。
あるいは息子の源頼家は、鎌倉の道を整備している最中に見かけた足立景盛の妻・ゆうを、己のものとしようとして一悶着が生じています。
御成敗式目の第三十四条では、こうした不倫密通を禁止しました。
子供じゃあるまいし、そんなことまで禁止せねばならんのか?
と思った方こそ、ドラマで起きた騒動を思い出してください。あんなことを繰り返すことはないのです。
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第50条:暴力事件の現場に駆けつけ加勢をしない
暴力事件が起きた時、調査のため現場へ駆けつけることはOK、ただし加勢は禁止。
そんなアホなやつ……いたんですよ。
和田義盛です。
劇中では出てきませんが、史実ではたびたび問題行動を引き起こしていました。
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名執権・泰時
人を殺すな。
暴力は禁止。
強盗や放火魔を匿ってはいけない。
喧嘩に加勢しないように。
悪口はやめよう。
嘘を基にした訴訟は許さない。
不倫はよくない。
御成敗式目は、裁定がアバウトだとか、殺人や不倫を禁止するなんて原始的だと散々突っ込まれます。
しかし、それすらできないがゆえの悲劇はいくつもあり、泰時は自分の目で見てきました。
体験を活かし、悲劇の芽を摘む――何事にも初めてのときはあり、後世からすれば当たり前のことも、おずおずと決めてきた彼らのことを我々は嘲笑できません。
泰時は御成敗式目を制定しただけでも、名執権と呼ばれるにふさわしい人物と言える。
同法は、その後300年にわたって武士の法として引き継がれてゆくほど画期的で芯を捉えていたのです。
本記事はあくまで御成敗式目の入口に過ぎません。
ぜひとも条文にあたり、その意義を味わっていただければと思います。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
上横手雅敬『人物叢書 北条泰時』(→amazon)
石井進『日本思想大系21 中世政治社会思想上』(→amazon)
スティーブン・ピンカー『暴力の人類史』上下(→amazon)
他