大河ドラマ『秀吉』

DVD大河ドラマ『秀吉』/amazonより引用

大河ドラマ感想あらすじ

大河ドラマ『秀吉』は底抜けに明るい~しかし暗黒面を描かず問題残す

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令和では色あせて

秀吉の晩年カットについては反論も予測できます。

伊藤博文の大河ドラマ化についての議論でもあった話です。

「秀吉の晩年は、日韓関係に関わるからカットした方がよいのでは……」

「あの国に関わると面倒なので……」

そんな指摘ですが……朝鮮出兵を扱ったフィクションは、結構な点数があります。

原作では朝鮮だったのに漫画では琉球になった『花の慶次』のような作品もありますが、これも言い換えれば「原作の隆慶一郎氏は避けていなかった」ということです。

国境をまたぐと面倒なことになる――だとすれば、それは他国ではなく、日本側にも何かあるのでは……?

世界の潮流はそうではありません。

2019年にAmazonプライムが、織豊期を扱ったドラマ『MAGI』をぶつけてきました。

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同作には「昭和の秀吉」である父・緒形拳さんを彷彿とさせる秀吉像を、息子の緒方直人さんが重厚感を持って演じています。

緒方直人さんは平成4年(1992年)第30作『信長 KING OF ZIPANGU』で主演を務めました。

軽薄、トレンディドラマのよう、優しそう、冷酷さがない、父とはほど遠い――そんな意見もあったものですが、『MAGI』ではそうしたものを吹き飛ばす熱演を見せました。

両作品を比べてみれば、緒形直人さん自身が悪かったのではなく、作り手あるいは平成という時代そのものが軽薄であり、かつての大河を作れなかっただけではないか? そんな問題すら感じさせたものです。

さらに『MAGI』は演技面だけではなく、もっと恐ろしい【大河ではできないこと】をぶちかましてきました。

秀吉の対比としてスペインのフェリペ2世を出したのです。

スペインが植民地獲得を目指していること。

海軍力とカトリックで他国を制圧していること。

それを商人から聞いた緒形直人版秀吉は不敵に笑います。

「その手があったか!」と思わず唸らされました。

あの描写から、秀吉の朝鮮出兵の根底には、スペインの対外政策がヒントとしてあったと誘導している。ワールドワイドに歴史を見つめる、そんな最新の研究成果と知見が凝縮されていたのです。

秀吉の描写や朝鮮出兵について考えていくと、令和大河にはもう残された時間がないことがわかってきます。

大河は日本人のもの――日本人の歴史観だけを考えて作ることがもはや時代遅れではないか?

大河ドラマも海外と争う時代――そんなときに、軽薄で、コメディタッチで、ホームドラマで、そして現実回避をする――そんな「平成の秀吉」は、もう通じなくなっています。

 

大河ドラマはどうなるのか?

光秀と秀吉の関係性を対比させる。

そういう意味において『秀吉』名場面を放送する意図はわかります。

しかし、そんなNHK側の意図を飛び越え、世界の現状と向き合う、もはや古びていてお蔵入りしかねない作品候補として飛び出してきた感もあるとなれば、これほど皮肉なこともありません。

2020年の世界各地では「ブラック・ライヴズ・マター」運動の結果、歴史上の人物銅像が破壊される事態が起きています。

これまでと同じように、歴史上の人物を免罪し、顕彰することができない時代が到来したのです。

ジェファーソンにせよ、リンカーンにせよ、チャーチルにせよ、功罪が入り混じっている。

そういう人物をどうするのか?

議論が沸騰しています。

では秀吉像が破壊されるのか?

そういう話ともちょっと違います。

もう一度、本作『秀吉』のことを思い出してみますと、不都合な史実である最晩年をカットしたこと――そこが問題でしょう。

いくらプラス面があろうと、どでかいマイナス面をカットする英雄像は、説得力が急激に薄れていく。

そういう流れの中で『秀吉』は、雑な顕彰例として取り上げられかねないのでは? ということです。

不都合な史実を隠蔽した名作として、『風と共に去りぬ』が代表例としてあげられるようになりました。

◆黒人差別を肯定した「風と共に去りぬ」のヤバさ(→link

『秀吉』が配信作品から消え去ることはないでしょうし、そうなることが適切とは思いません。

ただ、『風と共に去りぬ』のように、カットされた晩年についての解釈が加えられてもおかしくはないわけです。

大切なのはこれからの秀吉像でしょう。

もはや「平成の秀吉」のように、都合の悪いところを隠すやり方は通じない。

『麒麟がくる』の主役はあくまで明智光秀であり、豊臣秀吉の天下取りも、秀吉の晩年も、描かれなくて当然です。

では、全くそのあたりを無視してよいのか? ここも気になるところではあるのです。

善良で明るい秀吉。けれども、根底にどこか危ういところがなかったか?

彼自身だけではなく、当時の世界にも何か要素があったのではないか?

秀吉ではなく、彼の宿敵である光秀が天下を取っていれば、ああいうことは起こらなかったのか?

そういう含意まで描いてこそ、令和、そして2020年代の秀吉像が示されると言えるのではありませんか。

ゆえに『麒麟がくる』と、その後の大河で秀吉がどう描かれるか、いや、大河そのものがどうなるのか?

そこも注目したいところです。

世界がこうも動いたからには、大河とて先延ばしにする時間はないと思います。

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文:武者震之助

【参考】
大河ドラマ『秀吉』(→amazon

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