どうする家康感想あらすじレビュー

どうする家康感想あらすじ

『どうする家康』感想あらすじレビュー第1回「どうする桶狭間」

2023/01/09

ヤッホー! 徳川家康の愛用していた金色の甲冑が映ります。

ナレーションは寺島しのぶさん。神君家康公について語り、平和な世があるのは家康公のおかげと説明します。

いついかなる時も勇敢――かと思ったら、逃げ出して「もう嫌じゃあ!」と叫んでいて、見ている方は何がなんだかわからない。

ギャップ萌えでも狙っているのカナ?

そんなことを思いつつ、2023年大河『どうする家康』が始まりました。

初っ端からVFX処理が甘い気がしますが、ともかくオープニングへ。

横書きでパステルカラー。

明るく生き生きとした路線は、2021年を思い出させる。

2020年『麒麟がくる』と2022年『鎌倉殿の13人』は暗くて威圧感がありましたもんね。

そして第一回のサブタイトル「どうする桶狭間」で、はじまりはじまり!

 


あらすじ

三河というか弱い国の松平元康は、駿河の今川家で人質生活を送っていました。

そこで瀬名に出会ってめでたく結婚。

嫡男・竹千代も生まれ、絶好調。

そんなとき、桶狭間の戦いが起きて大ピンチ!

織田信長が迫ってくる、どうする家康!

 


あらすじ:おじさん構文バージョン

お疲れサマ、みんな大河見てるカナ?

三河という、弱小国の、松平元康は、駿河の今川家で、人質生活を送っていたんダネ。

でも、そこでカワイイ瀬名チャンに出会って、めでたく結婚。

嫡男・竹千代も生まれ、絶好調デス。

そんなとき、桶狭間の戦いが起きて大ピンチ!

とっても強い織田信長が迫ってくる、どうする家康!?

大変だけど、頑張っテネ!!

おじさんは家康チャンの味方ダカラ!!

 

どうする今年

さて、今年のレビューは色々な考察を中心に進めてゆきます。

まずは『孫子』「行軍」編でも。

孫子は当時の軍隊を観察して記されたものですが、大河ドラマにも応用できます。

では見てみましょう。

杖つきて立つ者は飢うるなり。

汲みて必ず飲む者は渇するなり。

利を見て進まざる者は労(つか)るるなり。

鳥の集まる者は虚(むな)しきなり。

夜呼ぶ者は恐るるなり。

軍の擾(みだ)るる者は将の重からざるなり。

旌旗(せいき)の動く者は乱るるなり。

吏の怒る者は倦みたるなり。

馬に粟(ぞく)して肉食し、軍に懸缻(けんふ)なくして其の舎に返らざる者は窮冦なり。

諄諄(じゅんじゅん)翕翕(きゅうきゅう)として徐(おもむろ)に人と言(かた)る者は衆を失うなり。

数(しばしば)賞する者は窘(くる)しむなり。数罰する者は困(つか)るるなり。

先に暴にして後に其の衆を畏るる者は不精の至りなり。

来たりて委謝する者は休息を欲するなり。

兵怒りて相い迎え、久しくして合わず、又た解き去らざる者は、必ず謹みてこれを察せよ。

これを『どうする家康』に当てはめて訳すとこうなる。

あまり立ったり座ったりしない人が多いのは、所作指導が甘いからだ。

いちいち説明台詞が多いのは、色々と切羽詰まっていて描写ができてないのだ。

殺陣ができるはずの役者の動きがおかしいのは、現場が疲弊している。

同じようなVFXで誤魔化しているのは、エキストラが少ないからだ。

やたらと叫ぶ場面が多いのは盛り上がらないことを警戒しているからだ。

人物の身分秩序が甘く、上下関係がおかしいのは考証が甘く、担当者の進言が無視されているのだ。

女性がやたらとピンクやペールカラーばかり着ているのは受けを狙っている。

怒鳴ったり怒ったり焦る場面ばかり、感情の起伏が激しいのは脚本そのものに根本的な問題がある。

ナレーションもマップも使わず、戦況説明がないのはそもそも兵法を理解していないからだ。

ネット受けを狙い、ハッシュタグのよい投稿ばかりみていると作品そのものを見失う。

ネットの声ばかりを集めた記事は、書き手が疲れているのだろう。ネタがないのかもしれない。

昨年とばかり比べる傾向は、そのおこぼれが欲しいからだろう。

役者が本領を発揮せず、大仰な演技ばかりしているとなれば、現場が相当乱れている。必ずそこを見てこれを察せよ。

 


考証はどうする

大河ドラマは作品ごとにどれだけ考証を取り入れるか?

その辺の事情は、かなり差が出てきて、事前のインタビューからも判断できます。

◆小和田哲男 家康はなるべくしてなった「天下人」ではない(→link

歴史学者として数多のメディアにも登場する小和田哲男氏は、大河ドラマの作り手にとっては都合のいい存在と言えます。

上記インタビュー記事でも、彼の考証があまり機能していないのでは?ということを示している。

以下の部分です。

これまで家康と正室である瀬名(築山殿、つきやまどの)は政略結婚というのが通説でした。

しかし、今回脚本を担当した古沢良太さんは、「恋愛結婚」として描くようです。

最初にその案を聞いたとき、私は「当時、恋愛結婚はありません」とアドバイスしようとしたのですが、いや、待てよ、と。

「恋愛結婚はないとアドバイスしようとして止めた」とあり、小和田氏は源頼朝や豊臣秀吉を引き合いに出しながら、そのまま受け入れた。

確かに源頼朝と北条政子のような、恋愛結婚の例はあります。

しかし、徳川家康と築山殿の場合は、その蓋然性が薄い。

本来は、今川家と徳川家(松平家)という重要な関わりの中で二人の婚姻があったはずなのに、それを恋愛に持っていくのですから、今年は考証よりも“ノリ重視”の大河にすると見受けられます。

それは夫が出陣したあとの妻のリアクションにも出ています。

『鎌倉殿の13人』では【承久の乱】の際に政子と実衣が仏に祈っていました。実衣は亡き夫・全成そっくりのしぐさで激しく祈っておりました。ああいう所作は仏事指導が入らなければできません。

『どうする家康』の場合、考証の手間がかからない所作が多い。

走る。

座る。

しかも、そういった動きも所作が甘く、あまり指導をしていないのでは?と感じさせられます。

細かい描写だけでなく、ストーリーの根幹にも疑念があります。

松平元康は三河の国衆で、まず“人質”というイメージの捉え方が古い。

本作では、粗末で雑に扱われていたかのような待遇を意識させていながら、今川家の嫡男である今川氏真とも親しく接していて、家康がどういう立ち位置なのか、いまいちよくわからない。

人々の上下関係もかなり緩いでしょう。

家臣でも元康に相当失礼な言動をしていますし、男女がホイホイと出会えてしまう状況も妙です。

戦国時代は、鎌倉時代よりはマシとはいえ、そこまで忠義が強いわけではありません。

あんな情けない元康なら、もはや首を取られていてもおかしくないのでは?

感覚を現代人に寄せすぎではないでしょうか。

 

どうする教養

序盤は子役が必要なほど幼いとはいえ、全く勉強をしていないことも気になります。

家康の強みとして、太原雪斎の教えを受けたことにあります。

戦国時代の僧侶は、最先端の漢籍に接する機会が最も多く、僧侶からの学びの機会は、自身の強みとなりました。

それが今年は期待できそうにありません。

今後、どこかで拾ったような漢籍引用を唐突に叫ぶ場面はあるでしょう。

しかし、それだけ。

『麒麟がくる』のように深く浸透していた展開は望めませんし、まだ幼い北条泰時が『貞観政要』を読んでいた『鎌倉殿の13人』にも遠く及ばないはずです。

なにより家康の思考ルーティンから教養が全く感じられない。大丈夫なのか……と不安になるほどで、これは後述します。

 

どうするVFX

VFXについては、ウクライナの会社と連携がとれなくなったと、昨年の時点で明かされていました。

しかしそれにしたって、あまりにクオリティが落ちています。

一体いつの時代の映像なのかと驚いてしまうほど、出来が拙い。

見ていて辛くなるほどでした。

 

どうする衣装にヘアメーク

今回の見どころは、元康と瀬名が近づく胸キュン展開でした。

だからでしょうか。今年は現代人の、しかも古いセンスにあわせた衣装と女性のヘアメークです。

有村架純さんにあわせたカールした髪。時代考証はさておき、ともかくカワイイパステルカラー。

『麒麟がくる』のように時代を再現した結果、派手になったり、立膝になったりはしません。

『鎌倉殿の13人』のヒロイン・のえのように、心理状態と合致した黒い服を身につけるようなことも、今後おそらくないでしょう。

こういう現代人のセンスにあわせてダサい衣装とヘアメークって、『天地人』や『江 姫たちの戦国』を連想させます。

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どうする殺陣とアクション

『鎌倉殿の13人』初回は、小栗旬さんの人馬一体となった乗馬シーンが印象的でした。

障害飛越までこなすとなったら、とてつもないことです。

それが今回の場合、元康と信長の乗馬シーンが、VFX合成を使い回しているように見えました。いくらなんでも大河でこれはどういうことでしょう?

殺陣も古武術になっておりません。

『鎌倉殿の13人』は武術が発達する前の荒々しいアクションでした。弓術も大変。その中で刺客のトウは迫力満点に輝いていた。

『麒麟がくる』の場合、古武術の指導を受けていました。重々しい剣術は見事なものでしたし、初回から光秀が屋根の上で飛んでおり、かなりの気合を感じました。

今年は、元康と氏真が槍の試合をする場面からしてどうにもおかしい。

現代的な動きが混ざっていて、それがうまく噛み合っていないのです。

演じる二人はむしろアクションが得意なはずなのに、かなり不自然。なんなら『鎌倉殿の13人』の大江広元の方が強いのでは?

そもそも脚本からしてアクションを甘く見ていると思えます。そんな簡単に弱いふりだの手抜きだの、できるものではありません。

今年はアクションにも期待はできないようです。正月時代劇『いちげき』で、NHKもアクション指導は問題ないとはわかりますので、大河以外での見る機会を楽しみにしています。

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どうする人間性

本作は笑いが欲しいのか。

家康の意外性から笑わせにきているのはわかります。

ただ、スベっている。ウケ狙いが悪い方向に出てしまっています。

顕著な例がイッセー尾形さん演じる鳥居忠吉でしょう。

とぼけた老人として描いていて、その様子で笑いをとりにいくとは、一体いつの時代のセンスかと思いますし、そのせいで元康の人間性までもがとてつもなく劣ってみえてしまう。

年長者への敬愛がない。要するに、嫌な奴ってことです。

『鎌倉殿の13人』あたりまでの価値観では、老人を笑い物にすることは平然と行われていました。

それを年長者への敬老精神を身につけていったのが後世の人間です。

史実の家康が、太原雪斎から指導を受けている以上、儒教道徳を発揮し、老将への敬愛を見せてこそ、君主の器に見えるでしょう。

それなのに口調がおぼつかない老人を笑い者にするなんて、単なるイジメじゃないですか。

主人公の品位を下げるだけです。

元康は臆病なくせに、先頭に立って馬に乗る。あんなキラキラの甲冑で物見に向かう。臆病なのか大胆なのか、どちらなのでしょう?

 

どうするギャグセンス

前の項目とかぶりますが、笑いのセンスがおかしい。

もちろん戦国時代を再現しているわけでもないし、現代のセンスからも遠いように思えます。

ウケ狙いのためにピロピロしたBGMを流されても、どう反応したらよいのでしょう?

このドラマのノリって、おじさん構文を思い出すんですよね。

滑ったセンスで親近感をアピールしてくるけど、まったくもって受け付けない……。

◆ “おじさん構文” なんで引かれるのカナ?(-_-;) (→link

 

どうする家父長制

2023年1月2日、Eテレで『100分de名著』「フェミニズム」が放送されました。

ここで『鎌倉殿の13人』の三浦義村が取り上げられました。

なぜあいつは源頼朝の女である亀に手を出そうとするのかと。

確かに義村はそうです。亀だけでなく、義時が思いを寄せていた八重にも手を出そうとしています。義時の妻・のえとも親密に陰謀を企てていました。

番組では、あれは義村が女好きだからそうするのではなく、家父長制をわかりやすく体現する男だからだと説明されていました。

男が家を支配する家父長制では、女は財産です。

父が、財産である娘を、別の男に与えることで関係を結ぶ。そう女性をモノ扱いすることに家父長制の本質があると。

義村の場合、頼朝や義時の所有物ということで価値のあがった「女」を手にすることで、獲物を狩る感覚なのです。わかりやすい男だと上野千鶴子氏は解説していました。

今年の大河でも、家父長制の説明はつきます。

瀬名の扱いです。

瀬名の結婚については、母の巴はただのうるさいだけの障害物です。巴は娘の結婚を邪魔しようとするものも、決定権はあくまで父の氏純にあります。

その氏純の、さらに上にいる主君である今川義元が、瀬名の所有者を決めています。

「トロフィー」となった瀬名を争う元康と氏真。家父長制をほのぼのと描く時代錯誤感には感動すら覚えました。

どうしてNHKは『100分de名著』と『どうする家康』を同時に作れるのでしょう。

昨年の大河はジェンダーを意識していましたが、今年はそうではないようです。それでこそ大河だと喜ぶオールドファンもいるでしょう。

しかし冷静に考えて欲しい。古臭い家父長制は、ドラマのプロットすら陳腐にしてしまう弊害を……。

家父長制を肯定的に描く21世紀のドラマなんて、まるでミンストレルショー(白人が顔を黒く塗り、黒人をおもしろおかしく演じたもの、差別的な時代錯誤エンタメの代名詞)です。

『鎌倉殿の13人』の場合は、義村を皮肉って描いていましたが、今年は青春の一ページ扱いですからどうにもならない。

 

どうする説明台詞

小栗旬さんは言いました。

三谷幸喜さんの大河台本は、説明台詞がほとんどないから素晴らしいと。

このことの意味を噛み締めています。

同じ大河でも『どうする家康』は説明台詞だらけです。

「ここが岡崎城かー」

いくらなんでも、こんな台詞を言わせなくてもよいでしょう。

 

どうする将の器

このドラマの元康よりも、小栗旬さんの方が将としての器があると認識しました。

小栗さんはスタッフの顔と名前を一致させて、それでやる気を引き出すよう工夫していたのです。

一方でこちらの元康。

本多忠勝のことすらろくに認識せず、説明されるまでわからないってどれだけ無責任なのでしょう?

三河の状況にも疎い。まったく将としての器がない。

こんなボンクラをどうして家臣団は支えるのか。理解できません。

 

どうする兵法

兵法――戦場のことをきっちり把握できているか?

それは兵数の把握、高低差、兵糧や物質の認識を脚本の段階で踏まえているか。この点でわかります。

『麒麟がくる』では、斎藤道三が序盤から兵の数を把握できなければ負けるとして、数珠玉の数を把握してみるよう、光秀と我が子・義龍に語りかけていました。

桶狭間でも、信長が兵の数を把握することで勝機を見出していました。

物流を断つことで勝利を狙う場面もあります。

『鎌倉殿の13人』は、北条義時が米の収穫量から動員兵数を算出していました。源義経や畠山重忠は、戦場の高低差をふまえて戦っていました。

兵糧が足りない源平合戦ならではの悩みも、きちんと出てきました。

今回の桶狭間で、高低差を踏まえた戦いかどうか、そこを注目していました。

しかし、まるで無視。兵糧を運び込む重要性も説明がない。

ノリと雰囲気。タップだけでクリアできるスマホゲームのような兵法を展開するようです。

歴史ものの醍醐味がまるでない……。

孫子』くらい把握しておきましょうよ。

 

どうする武士道

『鎌倉殿の13人』は、武士道の萌芽と、その有無が運命、そして日本史を変えたと描きました。

承久の乱】前夜、北条義時は後鳥羽院の狙いは己の首一つであると悟ると、自ら差し出そうとしました。それを姉である政子が察知し、それでよいのかと御家人たちに忠義の所在を問うことで、彼らは奮い立ちます。

義時は京都へ向かうことはないものの、長男である泰時がわずかな手勢とともに向かってゆきます。

執権が我が子を危険にさらす覚悟を見せたことで、御家人たちもついて行くのです。

そんな中、三浦義村はそれでも後鳥羽院自ら出馬すれば勝敗はわからないと睨んでいました。

結果的に後鳥羽院は出撃しません。

泰時の勇気と責任感。それに対する後鳥羽院の卑劣と無責任が勝敗を分けたと描いていたのです。

勇気と責任感こそが武士道であると、あの作品では示しています。

それを踏まえますと、この作品の家康は武士道を理解していない。

武士道はおろか、責任感すらわかっていない。

古今東西、戦場で最悪の罪は敵前逃亡です。

指揮官がそうしたとなれば、問答無用で極刑相当であり、かつ史書に最低の愚か者として記録されます。

戦国時代ならば、あんな臆病な将は部下に寝首をかかれてもおかしくありません。

家康に何か恨みでもあって、こんな情けない姿にしているのですか?

ウクライナのゼレンスキー大統領は、Tシャツ姿でテレビカメラの前に立ちます。あれは古典的なアピールです。

いつでも臨戦体制であり、かつ自分は戦線から去ることはない――そう示しているのです。

イギリスのヘンリー王子は、戦場での敵兵殺害を自伝に記載し、批判を浴びました。その是非はさておき、王族だからこそむしろ戦場に立つことは、“ノブレス・オブリージュ”――高貴なる者の責任の取り方であるとされます。

人の上に立つ者は、我が身がかわいいからと怯えたり、逃げ出そうとしてはなりません。

それなのに家康はみっともなく逃げ出す。

瀬名も送り出すとき、武運を祈るどころか心配するばかり。

こんな情けない姿が武士道ですか?

『青天を衝け』と同じことを繰り返しています。あれは史実準拠とはいえ、徳川慶喜が戦場から逃亡したさまをドタバタで誤魔化していました。

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2023年という歳に、リーダーがみっともなく逃げ出す様を笑えるように演出する。そんな大河を流す。

これがどれだけ情けないことか、真剣に考えてみてください。

 

どうする歴史意識

このドラマの隅々から、作り手は歴史に何の思い入れもなく、むしろ、いやいや作っているのでは?ということが伝わってきます。

ならばなぜ引き受けたのか……。

 

どうする期待感と距離感

否定的で厳しいことを書いてきましたが、作品の見方は人それぞれです。

今回の『どうする家康』があまりに辛く、私に賛同してくれる方がいる一方、「めちゃくちゃ楽しかった!」という方もいるでしょう。

ファンの皆様は今後、大手メディアいずれかのレビューをご覧ください。

需要が続く限り、いくらでも供給はあるはずです。

◆『どうする家康』古沢良太氏と『鎌倉殿の13人』三谷幸喜氏、「奇才」2人の類似点(→link

◆新NHK大河「どうする家康」の懸念材料…“天才”脚本の軽妙テンポと笑いにオールドファンの壁(→link

◆松本潤「どうする家康」でNHKが狙う“ALLジャニーズ時代劇”(→link

こうした好意的記事の中に、試写の段階で本作を褒める記事を見かけました。

そこで私は改めてショックを受けました。というのも、こんな趣旨のことが記されていたからです。

「陰惨で陰謀だらけの『鎌倉殿の13人』のあとだから、さわやかで明るい世界観がいい」

一瞬、意味がわかりませんでした。

歴史作品の魅力は陰惨で陰謀まみれだからこそ――本気でそう思っていた私は、他の方も少なからずそうした見方をしていると考えていました。

それがよもや「爽やかで明るい」ものを求めていたなんて……。

それはこうした記事からもわかります。

◆『鎌倉殿の13人』、この名作ドラマの本質は「オンベレブンビンバ」というセリフにあると言えるワケ(→link

要するに、ファミリードラマだからおもしろいという論旨ですが、それは書き手がファミリードラマへの理解度が深いからではないかと思った次第でして。

こちらもそうです。

◆時代劇の新時代到来か 『鎌倉殿の13人』から続く新作ラッシュ、テーマは「青春」(→link

2023年1月3日に放送された正月時代劇『いちげき』は、民衆の力や、身分制度の打破がメインのテーマに思えました。

けれども頭の中が青春でいっぱいならば、そう捉えられてしまうんだな、と。

一方、法の支配への関心が深いと、『鎌倉殿の13人』もこんな風に読み解けます。

◆『鎌倉殿の13人』は「法の支配」への壮大な前振り(→link

人というのは、自分に近いものに親近感を抱くとされます。

私は『麒麟がくる』と『鎌倉殿の13人』に愛着を強く持っています。

それは出来の問題だけではなく、思考回路がつかみやすい、距離の近い人物が登場していることも一因なのでしょう。

それが誰であるかはさておき、今年の大河はどうか?

もしかしたらこれが多数派なのでしょうか。

キャッチーで「ネットの声」も盛り上がりそうだし、昨年からの勢いを活かして、そこに訴求していくかもしれない。

私としては、こんなノリなら昭和平成の学園もので十分でしょ、と思ってしまいますが、そうではない方も多いのでしょうか。

さぁ、どうする視聴者のみなさん。

2023年大河ドラマ直前予想『どうする家康』はどうなる?消せない懸念

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文:武者震之助(note

【参考】
どうする家康/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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