わざとらしく遺体が散らばった戦場で、これまたわざとらしくはしゃぐ武田勢。
なぜかキメ顔の井伊直政。
そこにわざとらしく掲げられた家康らしき首が通りかかり、瀬名のもとに死の知らせが届きます。
思い出したのは『鎌倉殿の13人』の頼朝暗殺未遂です。
あれはプロットとして組み込んでもおかしくはないし、距離も近い。
しかし、今回はどうにもおかしい。無理矢理感が否めません。
遺体の扱いに対する違和感も凄まじい。このドラマは首に槍を下げることが大好きですが、なぜ、それほど雑に扱いますか?
足利義昭が喜ぶ姿も前後関係が不明なため『突然どうしたのよ?』となるし、その横に座っている明智光秀もどうにも陰険で哀しくなってきます。
主人公アゲのため、秀吉や光秀をくだらない人物に描くような手法には辟易としてくる。
なにより情報伝達があまりに早くありませんか。
あたふたと慌てて混乱するばかりで、大事な情報の確認もしっかりせず鵜呑みにしている様子。死体の検分を何だと思っているのでしょう。首を見てニッコリする信玄もくだらない。
そして時刻を半日遡る――と、短絡的な時系列いじりも、どうにも古いセンスとしか言いようがありません。
あらすじ:盛り上がっているフリをしつつ
真・三方ヶ原ってスゴイ!
もうネット大歓喜!
2回にまたいで神 回 !
家康が死んでどうする?
古沢マジックが繰り広げられる、号泣するからバスタオル用意しておかないと!
どうする遺体の扱い
本作は遺体の扱いが本当に見ていられません。
戦国アクションゲームは勝手に死体が消えますが、その程度の認識に思えてきます。
遺体は放置すれば腐る。疫病のもとになる。ゆえにさっさと埋める。
とはいえ戦功の見極めになるので、首実検をするわけですが、それにしたって、死者への敬意がまるで感じられない。
怨霊信仰もあるし、首はもっと大事に扱うほうが自然な描写となるでしょう。
首を前にして浮かれ笑うことでサイコパス感でも出したいのかもしれませんが、あれでは呑気なバカにしか見えません。
遺体の扱いは、歴史作品のセンスが現れやすい場面なのかもしれません。
『麒麟がくる』で、松平広忠の首を箱詰めにして父に贈った信長は、その周囲の反応からインパクト十分でした。
あの作品は生首の扱いが抜群だった。
首桶が映るだけでトラウマになったのは映像と脚本のセンスがあるからで、今年はまるでダメ。
どうする合戦場のサンタクロース
日本の地形すら十分に把握していない、そんなスタッフが作ったと思えるVFX戦場。
ダラダラと弛緩した殺陣。
センスが悪いシーンが延々と続きます。
そんな中で見ているだけで辛くなってくるのが、サンタクロースみたいな信玄ですね。
和服の構造を無視して、どうして襟だけ白くてモコモコした陣羽織なのか、今まで理解できなかったんです。それが掴めた気がします。
サンタクロースですね?
髭といい、そっくり。信玄サンタが生首をプレゼントしてくれたよ、義昭も大喜び♪ とでも言いたいのかもしれません。
なぜ戦国の英雄・武田信玄をこんな風に描写してしまうのか。残念でなりません。
どうするアル中
ともかく痛々しくて見ていられなかったのは、忠勝の叔父・本多忠真もそうでした。
あんなにも、わざとらしく甥を庇う描写は、いつの時代なのでしょう。
ひょうたん持ったアル中姿だけで、緊張感がぶち壊し。
生死のかかった場面で誰もが真剣に取り組むはずの場面で常に酔っ払っている――1978年の映画『酔拳』でも元ネタにしているんですかね? ジャッキー・チェンへのオマージュなのか。
そのアル中が、急に滑舌がハキハキして、臭いBGMを背景に、しょうもないセリフを読む。
「はい、ここで感動してね! 号泣! バスタオルを用意して! 泣いたww ネットにそう書き込んで!」
と視聴者に指示でも出しているかのよう。
-

本多忠真の生涯|忠勝の叔父は三方ヶ原で殿を務め武田軍を相手に討死す
続きを見る
忠真が臭セリフを言い切るまで武田軍が攻撃してこない、というご都合展開も「はい、ネット号泣ねw」という意図が透けて見えてきます。
それにしても、戦場でギャーギャー叫ぶわ、わざとらしく酒を飲むわ、アクションゲームみたいに何も考えずに敵は向かってくるわ。
こんな筋書きでは、VFXや役者さんのアクションがどれだけ優れていても、陳腐な合戦描写にしかならないでしょう。
どうする情報伝達
主人公が死んじゃった!
みんな大パニック!
生きてたぞ、やったね!
これを時代ものでやるとして、『鎌倉殿の13人』あたりを引っ張りつつ、落とし込む。その元ネタはあらすじを読んだ時点でなんとなく想像できました。
イギリスBBCドラマ『SHERLOCK』です。世界的に大ヒットし、日本でもNHKが放映しました。
あれはシャーロックが転落死と見せかけて生きていたという、原作の展開を再現し話題になりました。
どうやって転落死を偽装したか?
生きていたとわかった時、ルームメイトのジョンはどう反応したか?
そこが受けたわけです。
現代に舞台を移しているため、SNSも重要な役割を果たしています。
嘘でしょ、死んじゃった……そう呆然とする世間の反応も見どころに一つだったりする。
ただし、それを戦国時代で再現するのは危険であり、歴史的知識があればまず止めるでしょう。
情報の伝達速度は命運を分けるものであり、注目したいのが関ヶ原の戦いです。
東軍勝利、西軍敗北――そう届いて戦況が一変する。
顕著な例の一つが北の関ヶ原こと、長谷堂城の戦いです。
この城を守る東軍の最上勢は『もう勝てぬ……』と絶望的な思いを抱えながら、粘り続けました。それが二週間かけて東北へも結果が届き、直江兼続率いる上杉勢が撤退することになるのです。
関ヶ原から長谷堂まで、二週間というタイムラグが重要です。
『鎌倉殿の13人』ならば、富士の裾野から鎌倉まで、早馬でそう時間がかからず届いてもおかしくはありません。
三方ヶ原と京都は、確かにもっと近距離ですが、それでも家康の死は伝達速度が早すぎる。
情報に翻弄される反応を描きたかったのでしょう。でも、その前に考えるべきことがあったのでは?
どうする回想シーン
阿月のマラソン以来、それなりに封じていた回想タイムが今週、劇的に復活しました。
しかし、そんな復活は求めていません。
ポッと出てきて死ぬだけの人物に、強引な御涙頂戴エピソードを長ったらしく入れるのはもう飽きたのです。
他にやることはないのですか?
どうせ来週は、夏目のことなどすっかり忘れて側室話に没頭するのでしょう。
どうする名前ミスというギャグ
名前の呼び間違えだけで笑えたり、「すごい伏線だ!」と感動できるセンスが羨ましい。
大事な家臣の名前をいつまで経っても覚えられない主君を見たら『こいつ、マジで大丈夫か……』と不安になるのが正常な反応では?
新たに覚えればいいだけなのに、上書き保存ができなくなったクラウドのバグのようだ。
なぜ死ぬとき急に思い出すのか、という疑問も尽きません……というか、要は、感動を演出したいだけですよね。
もしもNHKの会長が
今年の大河『どうした家康』は面白いな、ガハハ!
あっ、『どうかしてる家康』だっけ? いや、『どうにかしろ家康』か。ん? 違う?
『どうしようもない家康』だっけ?
と名前を呼び間違えていたら、現場のスタッフはどう思います?
こいつ見てないな……作品名を覚える気もないな……と、ひどく失礼なだけでしょうよ。
どうする衣装と甲冑
衣装が酷いのはもう突っ込み尽くしている感がありますが、甲冑もモロに作り物感があって辛い。
本作に漂うのは、圧倒的な発泡スチロール感。
そして無駄に無国籍風にした結果、「中国や朝鮮だろ!」というツッコミも入ります。
中国や朝鮮といっても歴史が長い。戦国時代と同時期というと明代でしょうか。ハッキリ言います。似ていません。
むしろ本作の場合、無国籍風にして適当な要素を混ぜた結果、
「ソウルにある少林寺で学んだ忍者!」
みたいな、ダメすぎる昔のアメリカ映画状態になっています。
今は2020年代で、こちら、大河ドラマのはずですよね……。
どうするVFX
基本的な技術がおかしくありませんか。
馬の速度とか、動きとか、本物を参照する気すらないように思えてくる。
むしろ「どうしてここまでVFXがおかしいのか?」というドキュメンタリーを作って欲しい。
『麒麟がくる』ではセット解説がありましたし、『鎌倉殿の13人』はVFXを含めた舞台裏番組がありました。小栗旬さんは『プロフェッショナル』にも出ました。
今年はありませんね。見られたら困るのかな?
ちなみにアクションは『100カメ』で取り上げるそうです。
どうするアクション
この『100カメ』は放送前です。
予告を見た時点で、嫌な予感がしました。
袴をつけて殺陣の稽古をするチームが見え、これがどうにも引っ掛かります。
日本の武術というのは、江戸時代に様変わりします。
・防具をつけた稽古に変更
・木刀ですら死傷率が高すぎるため、竹刀へ変更
・防御力やルール制定でスポーツ化が進んだ
ざっとこんなところでして、この弊害は幕末時にはもう出ていました。
黒船来航後、幕府は防衛強化のために「講武所」という組織を生み出しました。
しかし、旗本も御家人も、いざ集めてみるとなんだか弱い!
道場の有段者だろうが、どうにもパッとしなかった。
そんな中、やたらと強い流派がありました。
「べえべえ言いやがってダッサw」と江戸っ子からコケにされていた、多摩の天然理心流です。
天然理心流は八王子同心、いわば特殊警察の実践剣法です。
「凶悪犯をともかく捕縛! 場合によっては殺す!」
そんなルールですので、集団戦法、目潰し、蹴り、機動力を奪う……そういうえげつないやり口もいとわない。ゆえに、この天然理心流を学んだ新選組はめっぽう強かった。
新選組の話にズレて申し訳ありませんが、ともかく本作の殺陣には人を本気で殺す!という真剣味が感じられません。
甲冑で覆われた部分でも平気で攻撃して人間の急所を狙わないし、機動力を落とすような動きをしていない。
本気で殺(や)りにいかないのは、危険を避けるため多少は仕方ないにせよ、いかにも作り物めいている。往年の格闘ゲームを思い出すというか、2000年代あたりで止まっている。
今は軽くポンポン打つよりも、古武術らしい重い動きがいい。そういう回帰傾向を感じます。
今年のアクションチームは、もしかして『青天を衝け』と共通していたりするんですかね。
あのドラマでも防具なしで木刀を振り回して稽古したり、袈裟懸けで両側から斬られた被害者が歩き回って長いセリフを読みあげたり。
人を殺すということに真剣に向き合っていないアクションが多く、どうにもつまらなかった。
単純な見映えだけでなく、人を殺傷するということに本気で向き合って欲しい。そう願う次第です。
どうする空城の計
『兵法三十六計』第三十二計「空城計」を出したのはよかった。えらかったですね。
「あっ、諸葛孔明のアレね!」
という展開でしたが、『演義』はともかく、実は彼は使っていないんですね。
『三国志』の英雄だと、趙雲、曹操、文聘が使っています。
ただし、これも時代がくだると減ってゆき、唐代までには使われなくなってきます。中国史で使われなくなったあと、日本で使ったわけです。
どんな小さな城でも、落とすとなると手間がかかります。
別の目的があるとか、時間を惜しむとか、そういう描写ならよかったのになぁ……。
まぁ、このドラマはリアリティをはなから捨てていますし、センスの古い少年漫画的な盛り上げを重視しますので仕方ありませんね。
どうする漢籍引用
こんな記事があり、
◆【どうする家康】「戦は勝ってから始めるもの」信玄の名言が大反響…敗戦後の “禁断エピソード” に期待する声も(→link)
タイトルを見た瞬間に脱力しました。
「戦は勝ってから始めるもの」は武田信玄の名言ではなく、信玄が引いた『孫子』の一節です。
『孟子』の「仁者無敵」を渋沢栄一の発言だとしたり。
陽明学の「心即理」や「地行合一」を吉田松陰の名言だとしたり。
原典が漢籍の言葉を、日本の偉人名言にすることをしばしば見かけますが、共感性羞恥でいたたまれないので勘弁してください。
どうする制作統括
再来年の大河『べらぼう』の制作統括が藤並英樹さんだという記事を読みました。
『おんな城主 直虎』と『麒麟がくる』にも参加しているとかで、見えてきたことがあります。
彼は民衆の歴史が描きたいのではないか?
権力者という魚は、庶民という水の中を泳いでいます。
権力者は描いても、民衆は軽んじる――そんなスタンスは大河ドラマの課題でしたので、そこを克服する試みをしている。
その行き着く結果が『べらぼう』だとするならば、これは外さない。私にとっては素晴らしい作品になりそうだと思いました。
一方で、今年の制作総括は『平清盛』と同じ方です。
こちらの場合、通じる欠点があると思えます。それに復讐心すらうっすらと感じるのです。
『平清盛』は不当に貶められた!
そんな意識が大河ファンに向いていて、あえて神経を逆撫でしているんじゃないかと思えるほどです。杞憂だとよいのですが。
どうする脚本家交替
ふと思ったことがあります。
今年の大河は、ここまで無茶苦茶で不評なのに、なぜ脚本家の交替をしないのか?
大河ドラマと朝ドラは特殊です。一年あるいは半年という長丁場を一人で書き切るというのは負担が重い。ゆえに複数名でもおかしくはありません。
近年は大河でも朝ドラでも、複数名チーム制が導入されていることがありました。
テコ入れによる交替例もあります。
『花燃ゆ』は何度も変わりました。私としては、最初の方が最善だったとは思えるのですが。
低迷していても交替しないことはあります。脚本家の名を売りにしているとそんな傾向が強いと感じる。
本作もまた、そういうブランドありきの姿勢で良いのでしょうか?
語彙力や話のパターンからして、脚本家の名義はそのままに別人が書いているとも思えません。
時代劇口調、方言、敬語……と、色々と背伸びして書いているのが伝わってきますが、初歩的なミスがあるのはどうにかなりませんか?
助手でもつけるか、校正でもしてください。もうただただ、辛い。
誰も諫言できないのだとすれば、無反省天狗になって彼自身にとってもよくない影響が出てしまいそうです。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや
まずはよいニュースから。
◆小池栄子、大河出演で再確認「芝居が好き」 ”北条政子カラー”に身を包み決意「コツコツとやっていきたい」(→link)
◆〝大江殿〟栗原英雄、〝政子〟小池栄子の橋田賞受賞を祝福 フォロワーも喜び「毎週楽しみにしていました」(→link)
大江殿のみならず、全国各地の武衛が祝ったことでしょう。感無量です。
さて、ここで本題。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。『史記』
小鳥どもには、俺みてえなイーグルのビッグなソウルはわからんよね。
『キングダム』でおなじみ、始皇帝の圧政に苦しんだ陳渉という男が、謀反を起こし、秦は崩壊へと突き進んでゆきます。
陳渉はあるとき、肉体労働者仲間に言いました。
「俺、ビッグになってもお前らのこと忘れねえよ!」
「バカじゃねえの。お前が大物になるわけねーだろ」
こう言われて、返した言葉です。
なぜこれを持ち出したのか?
朝ドラ『らんまん』が放映中であり、寿恵子というヒロインが出てきました。
彼女は重度の『八犬伝』オタで、馬琴先生は天才だとうっとりしながら悶えてしまいます。
寿恵子が読みあさっていたのは、芳流閣の場面。
その絵を部屋に飾っていても不思議はない。今回の朝ドラスタッフは抜かりなく、芳流閣の浮世絵が壁に貼ってあることが確認できました。
芳流閣の場面というのは、八犬士の犬塚信乃と、犬飼現八が、芳流閣の屋根の上で出会うという場面です。ここで二人は転落し、なんだかんだで助かり、義兄弟となる。
◆「らんまん」寿恵子、文学オタク?予想外のキャラにネット沸く「似た者同士w」里見八犬伝に悶絶「尊い!」(→link)
芳流閣は屈指の名場面であり、絵の題材にもピッタリ。何度読んでも尊くて興奮するという場面です。
寿恵子のようなオタが、この男二人が屋根から落ちる場面にどうして興奮するか?というと、それは極限状態だからというのがあります。
屋根の上に登って落ちてしまう。そのギリギリ、一体どんな気持ちになるのだろう。
普通に生きていたら絶対に味わえない緊張、緊迫感、スリル、勇気。それを想像すると血が熱くなって、カーッとしてくる。
それが歴史作品や冒険ストーリーを楽しむことではありませんか?
寿恵子の熱いまなざしからそのことを思い出しました。
こうした作品の英雄には「鴻鵠の志」があり、それを物語を通してみたい――。
そんな需要があればこそ、滝沢馬琴のような作家は『八犬伝』を描き、浮世絵師たちは緊迫感のある武者絵を描いた。それを江戸っ子が買い漁って興奮する。
大河も、そうした「鴻鵠の志」を味わう瞬間が、存在意義の一つであったと私は思います。年代や性別は本来関係ありません。
『鎌倉殿の13人』最終回直前、ある小学生が楽しみに見ていると真剣な表情で語るインタビューを見ました。
目ができあがっていて、彼は本当に『鎌倉殿の13人』が好きでたまらないと伝わってきました。
理屈じゃない。魂そのものを惹き込まれている。歴史物語に惹き込まれる人というのは、子どものうちにそういう瞬間が訪れているのです。
むろん、娯楽が多様化した時代です。比率でいけば高くはないでしょう。
ともかく大河ドラマにはその意義がある。
歴史を楽しみ、「鴻鵠の志」を味わうことが好きだ。そんな層をメインとしているコンテンツでしょう。
しかし、本作の態度は終始こんな調子です。
「でかい鳥なんて喜んでみる必要ある?w」
「そういうデカい鳥がドジな行動、スズメみたいなことしたらウケるよねww」
本来大きな器に、ちっぽけなガラクタを入れて、ドヤ顔で差し出してくる。
それを「シン・大河」だのなんだのと言い募っているので、辛さが怒りに変わってしまうのです。
以下のような紹介文にも、そうしたスタンスは滲み出ています。
大河ドラマ通算62作目となる「どうする家康」は、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」や「探偵はBARにいる」シリーズを手がけ、ドラマ「リーガル・ハイ」「コンフィデンスマンJP」シリーズなどでも知られる古沢良太氏が脚本を担当。
織田信長、武田信玄らが群雄割拠する乱世に飛び込み、「どうする?」と何度も決断に迫られた家康を、現代に通ずるリーダー像として描く。
要するに、現代人には「鴻鵠の志」は理解できない。カワイイスズメちゃんにして親しみをアップする。
ひいては、ネットで盛り上げるように誘導する。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや――このドラマの作り手に、大きな志がないことは理解できました。
それはそれでよしとしますが、「ビッグな志を持っているとかウケるww」とヘラヘラ笑うのは、もうやめにしませんか?
兵形象水
『孫子』から。
兵の形は水に象(かたど)る。
要するに、世論は誘導されるということですが、ネットニュースを見ていると、兵という水を入れる器の形が変わっていくことが見て取れる。
まいじつさんのように執拗に叩いていたメディアだけではなく、大手も手厳しくなってきました。
◆ 「どうする家康」視聴率で苦戦 松潤家康と岡田信長の〝BL大河〟に付いていけないファン続出(→link)
◆【どうする家康】視聴率10%台で「どうする?」NHK 国会でも論戦(→link)
◆ 家康と信長が見つめ合い…NHK大河演出に《ジャニーズ役者にやらせないで…》とファン悲鳴(→link)
◆家康は弱腰すぎるし秀吉は媚び媚び…大河「どうする家康」はキャラ造形に違和感(→link)
『どうする家康』はネットに特化した作品だのなんだの、本作のファンが語ることを見たことがあります。
しかし、どうでしょうか。
ネットニュースという器が変わったならば、水という視聴者も変貌するのでしょうか?
ネットの評価は、麻薬のようなものです。
褒めあっているうちに酩酊し、依存するようになりますが、それで得られるものは刹那の満足感のみ。刺激を求めて、次から次へとのめり込み、沼にはまっていくだけでしょう。
そんなネット論争には関わりたくありませんが、敢えて指摘したいこともあります。
「『どうする家康』は若者むけの“シン・大河”だ! ジジババは理解できないだけwww」
という趣旨の書き込みです。
これはどういうことか?
タイムパフォーマンス重視の世代にとって、意味のないエピソードがダラダラ続き、勉強にもならないこのドラマは「低タイパ」そのもので、かえって避けられているのでは?
なんて思っていたらハッキリとしたデータが示されました。
◆ 岡田准一や阿部寛の存在感は抜群、はっきりしてきた「どうする家康」の弱点は?(→link)
若者層の個人視聴率が『鎌倉殿の13人』の約半分という、今後の大河を破壊するかのような恐ろしい数字です。
スタッフ側はそれによって若い視聴者も取り込みたかったのではないか。松潤らキャストの人選からもその意図を感じる。
しかし、功を奏していない。
T層(13~19歳)の個人視聴率は「鎌倉殿の13人」の約半分。過去に類を見ない大河なので、大河の岩盤支持層とも言える固定ファンの一部が離れてしまったようだ。
固定ファンを手放しただけでなく、さらには若い層にまで避けられているとは、なんたる悲劇……。
そこを踏まえてこう言いたい。
どうする「今時の若いものはこういうのが好き」と語りたがるおじさん!
-

本多忠真の生涯|忠勝の叔父は三方ヶ原で殿を務め武田軍を相手に討死す
続きを見る
あわせて読みたい関連記事
-

徳川家康の生涯|信長と秀吉の下で歩んだ艱難辛苦の75年を史実で振り返る
続きを見る
-

築山殿の生涯|息子の信康と共に殺された家康の正室 夫には重たい女だった?
続きを見る
-

石川数正の生涯|なぜ秀吉の下へ出奔したのか 豊臣政権の崩壊後はどうなった?
続きを見る
-

本多忠勝の生涯|家康を天下人にした“戦国最強武将”注目エピソード5選とは?
続きを見る
-

酒井忠次の生涯|屈強な三河武士団をまとめ 家康を支えた徳川四天王の最重鎮
続きを見る
-

今川義元の生涯|“海道一の弓取り”と呼ばれる名門武士の実力とは?
続きを見る
-

織田信長の生涯|生誕から本能寺まで戦い続けた49年の史実を振り返る
続きを見る
文:武者震之助(note)
【参考】
どうする家康/公式サイト








