前回は捨が死ぬところ。
今回は拾が生まれるところから始まり、サブタイトルにあるのは「くたばる」の四文字。
秀吉の死をそんな風に表現するなんて、あんまりでは? と、眉間に皺を寄せてしまった皆様へ。
NHKには「放送で使う言葉」の基準があります。
◆ 放送で使う言葉は、どのように決めているのか(→link)
番組責任者によって決められ、その際は『NHKことばのハンドブック第2版』が判断基準となるようです。
「くたばる」という言葉からは「死んでザマァw」というニュアンスも感じるのですが、よく通りましたね。
どうする子の成長
これは何も秀吉の子だけでもなく、家康の嫡子である徳川秀忠も、いきなり大きくなった状態で出てきました。
わざとらしく「あの長丸殿が!」と言われたところで何がなにやら。
ほとんど記憶に残っていません。
印象的なシーンが無ければ仕方ない話でしょう。
しかも、秀忠の娘である千姫のこともサラリと出てきました。いつの間にそうなったのやら。
秀忠の妻は江(ごう)です。浅井三姉妹の一人で淀殿(茶々)の妹でもあるし、重要な存在のはずなのにセリフだけで処理されました。
今後、出番はあるようですが、一体なんなんでしょう?
真田信之と稲の縁談より、こちらに時間を使うべきでは? 『真田丸』での吉田羊さんより素敵な稲を描かねばならないタスクでもありましたか?
◆メリー喜多川氏を怒らせた吉田羊 ついに「ジャニーズNG」全面解除へ(→link)
どうするえびすくい
大事な説明をどんどんスッ飛ばす一方、しつこいのがこれ。
えびすくい――
もう、ええて!
終盤にきてようやく忘れていたのに、心の底からしつこい。
この世界観では、えびすくいしか娯楽がないのでしょう。
あ~連歌もねえ! 蹴鞠もねえ! 娯楽といったらえびすくい!
オラこんな大河嫌だ~♪ オラこんな世界嫌だ〜♪
ドラマ10を見る~だぁ~♪
そう歌うしかねえ。
どうする所作
えびすくいおじさんと茶を飲む家康の場面、相変わらず所作がぎこちない。
とにかく時代劇の基礎すらできていないから、画面にも緊張感がない。
もはや無理して茶を飲むことはないのでは?
屋内で座って動いているだけでボロが出るとなると、演じている方が時代劇を嫌いなのだろうか……とも思ってしまいます。
どうする説明不足
明使との和睦協議が嘘だったことも、怒り暴れる秀吉も、何もかもが説明不足。
秀次事件なんて家康が一言触れただけでした。
本作の制作陣ですから「真田丸できっちり描かれてたから、いいんじゃね?」ぐらいに考えていそうですね。
どうするピロピロしたBGM
いつまで経っても聞き慣れない、オシャレなレストランにでも似合いそうなBGM。
なぜそんな曲が選ばれるのか。わかってきた気がします。
ニコライ・バーグマンのボックスフラワーオルゴールにとても似合いそうな曲調ですよね。
それがこのドラマの隠されたコンセプトだと思います。和風でもなく、オシャレなカフェのメニューにあったら似合いそうなアニメとか。
そういう一昔前のオシャレセンスが、本作の隠し味なんでしょうね。
作り手のセンスはニコライ・バーグマンである。
戦国時代の日本が舞台で、スカンジナビア風味を持ち込まれても私には意味がわからない。
わかる人にはわかるというけれども、それはきっと選ばれし少数派。あまりに低迷している視聴率を見れば、そうとしか判断できないでしょう。
◆「日本の花が一番好き」と語るニコライ バーグマン。和とデンマークの融合で職人文化を後世へ(→link)
どうするろうそく
そんなオシャレカフェにはちょっと似合わない大量の薄気味悪い蝋燭が今週も出てきました。
誰がこんなものを見たがるのか?
背景にある行燈も薄気味悪い。まるでLEDライトを灯しているかのように揺らぎがありません。
どういう照明を使われているのでしょう。
一体何の病気だったんだ秀吉は
秀吉のわざとらしい吐血は何でしょう。
病人にやたらと「吐血させとけばええやろ」ってセンスが、昭和で止まっていませんか?
そうか、パクリ回避か
先週末の予告編で衝撃だった淀殿のセリフ。
「秀頼は秀吉の子じゃない」
直後に高笑いする彼女の姿を見て、父親は誰だ? 一体誰なんだよぉ? とワクワクドキドキしながら待っていた方もいたでしょう。
なんなら今週は、その「答え合わせ」目的だけで見ていた方も少なくないかもしれません。それが……
「私だけの子だもん!」
って、なんじゃそりゃ!
しょーもない。あまりにもしょーもない引っ張り方でした。まさに予告詐欺とでも申しましょうか。
幼稚で短絡的で呆れ返るしかない。本当にどうしようもない“見せ場”でした。
どうしようもない本多正信
耳塚のことをハキハキと明瞭に説明する本多正信の姿には、どうしようもない嫌悪感しかありません。
この正信は演技が上手いと言いますが、果たしてそうでしょうか。
もちろん彼が上手いことには異論ありません。
しかし本作では、毎回まったく同じように「キレてクセのある平成テイスト名探偵」です。
「討ち取った首の代わりに耳や鼻を削いで朝鮮半島から日本へ送り届けた」
という耳塚の説明なんですよ。
想像するだけでおぞましい光景であり、どう考えても酷い所業だからこそ、耳塚なんてものが供養のために作られたのです。それを、
「ヤバいサイコパスの犯人が爆弾を仕掛けました〜、その解除はこの名探偵にお任せあれ!」
みたいな口調で説明されても、嫌悪感しか湧いてきませんて。
家康がちっとも歳を取らないから目立ちませんが、正信もいい歳です。それなのに、いくつになっても底の浅い平成の若造口調でよいはずがないでしょう。
どうして本多正信まで嫌いにならなくてはいけないのか。悲しくなります。
どうした千利休と秀次は!
結局、千利休は影も形も出てきませんでした。
茶道は秀吉の趣味としてかなり大事なものでしょう。
豊臣秀次もセリフ処理だけでした。
さぁ、哀れなのはどっちか!
千利休は北野映画『首』があるので、まだリカバリができる。
歴史的重要性からすれば、秀次の死をカットしたのは、やはりよろしくないでしょう。
特に、家康を描く上では、本当に重要ではありませんか?
秀吉が西国政権で、家康は鎌倉幕府以来の東国政権。この点が重要です。
だからこそ『鎌倉殿の13人』の最終回で、ロールモデルとなる『吾妻鏡』を読む家康が出てきた意味がある。
そしてこの秀次事件で、家康は伊達政宗や最上義光といった東国大名の取りなしをしています。
これを契機に、東国はますます家康に傾倒してゆくのです。
次回、家康が「天下人」になるなら東国を背負う様を見せていく方がいい。
しかし、このドラマは所詮「東夷」なぞ無視してよいとでも思っているのか、全くかすりもしません。
いや、振り返ってみれば中国(毛利)も九州(島津)も四国(長宗我部)も、ほとんど何も描かれませんでしたし、要は、歴史そのものに興味がないのでしょう。
そうだとわかっていても脚本家に問いたくなる。
なぜ大河ドラマに挑んだ?
どうした衣装は?
このドラマには不思議な点が多々あります。
脇役が無駄に甲冑を着てだらだら過ごしているような場面がある一方、主役は着用しなくなった。
初期の金陀美具足(きんだみぐそく)は、これみよがしに目立たせていた。
それが中盤以降、甲冑を装備している場面が極端に短い。
ではそれ以外は?
たとえば衣冠束帯のような衣装の場面もない。比較的着るのが楽で動きやすい装束ばかりに見えます。
この場面でこの装束は失礼ではないか?と思えるほど、くだけた格好なのです。
ちなみに近年の大河で際立って衣装がきつかったのは『鎌倉殿の13人』でしょう。
時代劇慣れをしている山本耕史さんですら甲冑が辛かったとか。
あの時代はやたらと長い弓を背負ったり、手にするため、それも辛い。
鎌倉時代の大鎧がしんどいからこそ、工夫に工夫が重ねられ、当世具足へと軽量化してゆきます。
そういう甲冑の変遷を見られるなんて楽しみだだなぁと、去年の今頃は思っていましたけれどもね……残念です。
ちなみに甲冑を着ると、用足しに大変な苦労があるとか。そういう裏話を聞くのも個人的には楽しみでしたが、今年はこの点も大変残念な事態に陥っています。
どうする三成までマザーセナ信徒
かつては多くの作品で悪役であった石田三成に対し、私個人に悪印象はありません。
むしろ、三成の供養をしていた地域の方から話を聞き、なんて素晴らしいのかと感動したこともあるほど。
それなのに、今年の三成は見れば見るほど気持ち悪くて、思わず顔を逸らしてしまいます。
目をウルウルさせて綺麗事を語るんだけど、中身がマザーセナの教えなんですよね。
甘い理想ばかりでフワッフワな軽い言葉と申しましょうか。
どいつもこいつも……なぜこんな薄っぺらい奴らばかりなんだ?
マザーセナの教えって、結局、昭和後期平成くらいの優等生ぶったかわい子ちゃんが語り出す、学級目標みたいなキラキラ感しかないんですよね。
中身は、ほぼ水のように薄味で、具体性の欠片もない。
これは当時の世界観でもなく、ドラマの作り手が考えた精一杯の綺麗事なのでしょう。誤魔化すことしか考えていないから、中身も何もあるわけがない。
どうするセリフの短さとオラオラぶり
死にかけの秀吉――その胸ぐらを掴んで、怒鳴り散らす家康は一体なんなのか。
なぜ誰も止めないのか。
時代考証としても常識としてもおかしい。死にかけの老人を掴んで平然としているなんて、人としての心すらないと思います。
なぜこんなことになるのか?
今年は異例づくしです。
まず、主役の説得に中身がない。
『鎌倉殿の13人』の北条義時は、能弁な軍師タイプではありません。三浦義村、大江広元、梶原景時の方が弁が立つタイプでした。
それでも木簡を数え、米の収穫高から動かせる兵数を算定するところは、理詰めの説得力があって素晴らしかった。
今年の家康は、いつもうわっつらの綺麗事ばかりで、典拠もなければ、データ論証すらありません。
子どもが背伸びして学級目標を語るようなことばかり。
しかもセリフが短い。
大河の主役級や知将が説得するとなれば、セリフは難易度が高く、長くなります。今年はそれが平易なうえに短い。これでは主役の魅力が出るわけもない。
そして粗暴。
この掴みかかる場面もそうですが、本作の家康はやたらと火がつきやすく、すぐに怒鳴ったり、キレたりします。
家康は意外と短気だという史実の裏付けが……とかなんとか、そういう話を今はしていません。
ドラマとしての作り、演出上の問題です。
時代劇としてではなく、現代もののヤンキードラマや、せいぜいが軽薄なオフィスものとして作っているように思えます。
あるいは異世界転生もの。いっそコミカライズして、Webトゥーンにすればよかったですね。
キャッチフレーズはこんなところでは?
戦国という異世界に召喚されてしまい、最弱スキルでハーレムを作る、ただの気弱なプリンス――!
蝿の入った膳は食べる気がしない
大河ドラマは料理に例えるならば和食のお膳でしょう。
それなのに、ファストフード感覚でハッピーセットみたいなおもちゃをつけたり。
ニコライ・バーグマンのフラワーボックスをおまけにつけたり。
タピオカドリンクをつけてみても、ノイズにしかなりません。
それでいて、肝心の刺身はパサパサと乾燥しているし、茶碗蒸しかと思ったらまずいマンゴープリンが入っている。
安くはないお金を払って、そんな膳が出されたら、嘆きたくもなるでしょう。
しかし、それだけではない。
この膳最大の問題点は、デカい蝿が汁物に浮かんでいることです。
「蝿を取り出して食べればよい」とムリヤリ頭の中で納得できたとしても、食欲は失せるでしょう。
そういうデカい蝿をむしろ前面に出しているのが今年の大河です。
蝿を無視して「でも史実というお出汁が効いたこの味わい!」だの、「新説トッピングを使いました!」だの、YouTube配信で言われようが、根本的に間違っているからよろしくない。
デカい蝿を無視して「さすが! 号泣のメニュー!」と語り尽くす食レポなんて、読んだところで呆れるばかりです。
しかも、褒めるレビューは同じ文言ばかり並ぶんだから、どう考えたっておかしい。
ゆえに毎週私は指摘しているのです。
蝿の入った膳なぞ、即刻下げて欲しいと。
麒麟は来ない
最終回に近づいてきたからでしょうか。
こんなニュースが出され、憤った方は少なくないはず。
◆大河「どうする家康」天海を演じるのは誰? ネットには光秀=長谷川博己待望論 「麒麟がくる」最終回からの流れを期待する声続々(→link)
こんなデタラメ大河に、長谷川博己さんを巻き込むなんて、悪夢以外の何物でもありません。
今年の大河は、足利義昭や明智光秀の像があまりに酷く、『麒麟がくる』の逆張りと言えるものでした。
『麒麟がくる』で好演された眞島秀和さんと風間俊介さんは、その後『大奥』に出演されています。
実質的に、あの大河の後継枠は、確かな医療考証も含めて『大奥』です。
今年の大河には、清らかな太平の世をもたらす麒麟はやって来ません。というか今年は思想とかそんな考えなどまるでない、単に幼稚な世界です。
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ついでにいえば、再登場は期待しない方がよいでしょう。
「再」がつかない未登場大名も多い。まさか伊達政宗すら出さないとは思いませんでしたね。伊奈忠次だってどうせ使い捨てでしょう。
◆<どうする家康>足利義昭だけじゃない? 「再登場」しそうなキャラを史実参考に予想 “あの戦国大名”も!(→link)
山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し
山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し。王陽明
SNSで「論破!」と気取るのは誰でもできますけどね。心中に巣食う偏見を取り除くとなると、これが難しい。
このドラマとその反応は、すぐさま偏見を見せてくるから興味深い。
以下のニュースもそうですね。
◆【どうする家康】茶々VS阿茶局、バチバチ対決が「めっちゃ怖い」 北川景子の熱演に反響(→link)
劇中の世界観から、明軍の佛郎機砲(フランキ砲)の方がよほど怖いと思います。よくこんな暴論を目にします。
「当時の日本は火縄銃が世界一たくさんあった! だから明にも勝てるかも?」
これは雑な議論でして、大砲ならば当時の明の方が優っていますし、マスケット銃の類(烏銃等)も、そこそこ揃っています。動員数も上です。
そもそも日本の火薬は、海を経て海外から調達しなければどうにもならない。
日本と明が本気で対決するならば、明は朝鮮も駆使して海路を塞げばよいだけです。
明側に日本を攻めとる意図がないから、そうなっていないだけ。元寇にせよ、別に日本征服を狙っていたわけでもありませんし。
こういう「日本スゴイ!」系の感想まで出てくるのはどうしたことか?
日本中世史と「日本スゴイ!」言論の結びつきは、私としても気がかりですが……それはまた別の方の論考にお任せするとしまして、今回の注目は別の偏見です。
阿茶局と淀殿の対決とやらを怖がる心理は、昭和平成のおじさん向けフィクションにありがちなですね。
「女同士が俺を取り合って怖〜い!」
こういうパターンです。最近スマホ広告でもよく見かけるパターンだ。
あのデートクラブの女と一晩過ごしてしまった(ベッドで美女を抱く主人公。男も乗り気だったくせになぜか困り顔)。
その女が面接に来ただと!?(そりゃそういうこともあるでしょうよ)。
怖い……(いや、その思考回路に陥る主人公の被害者意識が怖いわ)。
こういう徹頭徹尾、悪いことは全部女のせいと押し付ける、古典的なミソジニーならではの思考回路ですね。
作る側もそんな感情を引き出そうと狙い、見る側もまんまとそんな反応を見せ(実際に見せた層が多数かどうかは要検証)、コタツ記事に仕上がるのだとしたら、もうこれだから日本のエンタメはドツボだとしか言いようがありません。
そりゃ、若い世代は海外のコンテンツへ向かいますよ。
そしてその時代錯誤感は、ここにもある。
◆【どうする家康】山田裕貴がクレジット2番手に昇格 〝脱ぎ〟でもドラマに貢献(→link)
このクレジット順位にやたらとこだわるのは日本独自現象だそうです。
そしてジャニーズ問題が燃え盛っているタイミングで“脱ぎ”で貢献と見出しにするセンスのなさ。
こういう層がこのドラマの視聴主流ならば、ますます人心は離れることでしょう。
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。『論語』「子路」
できる人は、チームワークは踏まえても、流されて迎合しない。そうでない人は、何でもかんでも迎合するくせに、チームワークを考えずに悪目立ちをする。
これを踏まえまして。
誰もが悪目立ちばかりして、乱れ切ったこのドラマ。それはこうしたニュースにも現れています。
◆小手伸也、NHK大河「どうする家康」大久保忠世のラストシーン裏話明かす「残念ながら尺の都合でカットになってしまって…」(→link)
◆『どうする家康』松本まりか、大鼠役を全うも本音「やっぱりもっと居たかった」(→link)
大久保忠世はモテモテ自慢する小豆バーの精霊としての役割よりも、本多正信との関係性など、他に描くべきところがあった。
それなのに、これでは演者が自分の悪目立ちだけを考えていたように思える。
女大鼠は、存在そのものがノイズでした。
いつ見てもパッとしない、わけのわからない髪型。服部半蔵との関係性にせよ、忍者としての働きにせよ、いてもいなくてもどうでもいい役回り。殺陣も、筋力がないのが見ていてわかって辛かった。
それなのに今さらこういうことを言われても、チームワークより自分が目立つことしか考えていないのか、と思えてしまって……。
一事が万事、本作はこんなことばかりです。
大河、くたばる
今週のサブタイトルは、こう言いたくなるほど酷い。
半世紀以上歴史あるコンテンツが、こんな無様な終わり方になるとは思いもよりませんでした。
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この脚本は、中年の妄想と誤解、自分のセンスこそがイケてて普遍的だという、論拠の乏しい自信が根底にあります。
根が腐っていたら、どうしようもない。
常に独りよがり、幼稚で不愉快。常に自身は安全な位置から冷笑的な逆張りセンスを繰り出す。
どうせ世の中なんて何をしようが変わらない。だから強い者に尻尾を振って、弱い者を叩くのが賢い。
本人たちは、そんなイカす軍師・本多正信気取りなのでしょう。
しかし、『パリピ孔明』気分で言わせていただければ、それは軍師ではなく十常侍(じゅうじょうじ・後漢末期の悪徳宦官集団)の振る舞いに他なりません。
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あるべき倫理を掲げ、それに少しでも近づこうとする『麒麟がくる』の明智光秀なんて大嫌い。女の駒なんて、よいサンドバッグだったことでしょう。
エンタメと反権力性は、本来であれば定番のセットです。
江戸時代後期の絵師も、戯作者もそう。平賀源内の戯作にせよ、歌川国芳の絵にせよ、それがスパイスになっています。
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それがどういうわけか、令和現在、その手の反権力を、時の権力を相手にするのではなく、光秀や駒のような倫理を持つ者たちに向ける層が出てくる。
光秀やオリジナルヒロインで悪ふざけする『どうする家康』には、そんな迷走する「反権力逆張り冷笑」の悪い手癖がみっちりと詰まっています。
裏にあるのは、強烈な劣等感と恐怖。
それを補うための悪ノリによる団結性重視。
女なんてみんなビッチ! 偉人なんてうわべだけ! 男の子が気になるのはモテるかどうか、エロだーいすき!
そうワーワー騒ぐことで、自分の欲求不満を発散して、性癖までも満たす。妬み嫉みとルサンチマンばかりが見えてくる。
自分の劣等感をどうにかすることばかりを考えていて、登場人物や演じる役者への敬愛とすら決別する。
このドラマは、大好きな自分を満足させることばかりを考えているのです。
けれども問いたい。
そうやって倫理を小馬鹿にし、冷笑論ばかりを唱え、先に進もうとする誰かを叩けば、問題そのものが消え去るのでしょうか?
答えは、このドラマの低空飛行につながっているのでは?
とはいえ、冷笑する側は今さらやめられない。
一種の中毒、いわば言論を用いた五石散(『三国志』の少し後の東晋時代に流行ったアッパー系ドラッグ)なのでしょう。
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少しでも挫けては、全てが脆く崩壊してしまう、そんな予感を抱いているのかもしれません。
とはいえ現場末端の士気低下は著しいようだ。
いくらネットとSNSで偽装したって、作品の乱れは見て取れます。
さあ、どうする、NHK?
私としては、こんな倫理観の底が抜けたやらかしを見逃すわけにはいきません。今後も、悪徳宦官じみた本作を観察してゆきます。
みなさんも、思うところがあればNHKにご意見を送りましょう。
◆NHK みなさまの声(→link)
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文:武者震之助(note)
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