一本の矢が放たれ、4年7ヶ月の源平合戦が始まった――。
敵の邸に襲い掛かるのは頼朝配下の兵たち。暗闇の中、槍や刀を持った者たちが激闘しています。
安達盛長の声を受け、
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頼朝も遠くから火の上がる様子を見守っています。
「もうあとには引けぬ」
そう語る夫の手を、政子がそっと握る――と、戦でスタートした第5回放送、この場面はかなりの高等技術が発揮されています。
照明がかなり暗い。
近年、ドラマの明度は落ちてきています。機材の大型化もあるのでしょう。
大河は海外の歴史劇と比較すると明るすぎて、ちょっと味が足りなかった。そこを克服していて、よいアプローチですよね。
殺陣も野生的で、後世からすれば「汚い」と言われそうな動きをします。
人を殺すことはやはり気が重い
兄が弟を呼ぶ声がします。
「小四郎、父上から離れるな!」
「はい!」
北条宗時と北条義時がそう声を掛け合っています。普段はノーテンキなお兄ちゃん宗時は、こんなとき非常に頼りになる。
建物の中に入ると無人で、北条時政が荒々しく戸を開けながら探し回っています。坂東彌十郎さんがやはり素晴らしい。立ち姿ひとつとっても絵になる。
と、堤信遠が見つかりました。
「こんなことをしてどんなことになるかわかっておるのか! この田舎者めが!」
うずくまる相手を切りつける父子。とどめを刺すよう、父に促される義時です。
「武士の情けじゃ、一思いにいけ」
しかし義時はかなり苦しそうに刀を突き刺します。サウンドエフェクトに迫力があり、これぞ殺し合いという気合いを感じる。生々しい。
宗時は山木の館へ向かうといい、時政はこう言います。
「これで終わりじゃあねえぞ。始まったばかりだ」
そう言いながら堤の首を切り取る光景に義時は衝撃を受けています。小栗旬さんが実によい顔をしている。
武士だろうが、この時代だろうが、人が死ぬことはやはり重い。人間はそんなに簡単に人間を殺せないものです。
『麒麟がくる』の明智光秀もこういった描写が秀逸でした。今年も期待しています。
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かくして頼朝は立ち上がり、未曾有の大戦、源平合戦が始まりました。
目指すは源氏ゆかりの地・鎌倉。義時はたどり着けるのでしょうか?
と、ここでナレーションが当面の目標設定をしますが、果たしてそれだけなのか。注目したいところ。
北条宗時は、山木兼隆と堤信遠の首を取ったことを、大勝利として振り返っています。政子たち女性も見守っています。
頼朝はここで合掌しています。18日は殺生をせず、神仏に祈る日だそうで、北条時政が伊東を攻めるべきだと反論しようとすると、宗時が「伊東はいつでも倒せる」と父を制します。
「方々、戦はこれから。よろしくお頼み申す」
「おー!」
こうして見ていると、宗時は立派な若武者だと思えてきます。リーダーシップがある。
宗時ってよくわからない人物像というか、難しい。
言動は単純で愚かにすら時には思えるけれども、人を率いる魅力はあるのです。片岡愛之助さんがそんな像をきっちり演じています。
『麒麟がくる』の今川義元でも思った。この人は頼りになるリーダーを演じることに向いている。
同じころ、伊東祐親はやはりあの時頼朝の首を打つべきであったと悔しがっていました。
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頼朝が東国の所領を差配する!?
頼朝はここで緒戦勝利、次の一手を指します。
戦よりも大事なことは、後白河法皇をお救いするまで坂東の政治(まつりごと)を頼朝が担うということ。
土地の分配です。
この時代は土地管理システムが限界に到達していて、それまでの荘園制度ではもうやっていけなかった。
しかし、そんな世の中の仕組みを勝手に変えたら、そりゃまずい。
所領を召し上げてもよい誰かはいないか?と問われ、「あの馬面の男」があげられます。
下田の中原知親です。
宗時が馬面だと説明すれば、頼朝は顔が長いだけで所領は奪えぬと言います。
すると義時は、平家の家人であることを鼻にかけ領民の評判が悪く、土地の者が苦しんでいるとフォローしました。観察眼があり、民衆の苦しみに敏感なのですね。
そして東国は、源頼朝が荘園や公領が管理することに……。
根拠は以仁王の御令旨。これを掲げて土地を管理するのです。
これぞ頼朝の所信表明であった――と説明されますが、なかなかクレイジーな話だと思います。もう無茶苦茶で、当然のことながら平家は激怒します。
平家や西側の連中には、読みの甘さがありました。
頼朝に動きがある、と報告されても、清盛は「東の野蛮な連中など、奴らで勝手に始末をつけておけ」と認識が緩かったわけです。
しかし、もはやそうも言ってられない。
平家の信頼が最もあつい大庭景親が命を受けました。
頼朝成敗の時が来た!
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その側には「平三」と呼ばれる梶原景時がいます。
景時は、頼朝は相模や武蔵の豪族に声をかけて東に向かうと予測。そこで迎え撃てばよいと進言します。
「出陣の支度じゃ!」
アッサリとそれに乗り、景時の進言をベースに作戦を立てる景親です。
相変わらず計画性のない作戦
来ましたね、梶原景時。公式サイトでは「謎の武将」とされていました。
思わず何が謎なのか?と突っ込みそうになりましたが、確かにこれは謎かもしれません。
だって今までの劇中では、相手の行動を先読みして布陣の位置を考えるなんて誰もしていなかったんですよ!
なんという大戦略家……いや、『麒麟がくる』ではだいたいどの勢力もそうだったんですけどね。
大庭景親は3000――それに対し、頼朝・北条軍は?
「膨れ上がっているから大丈夫!」と北条時政が自信満々ながら、実際はまだわずか300だそうです。三浦の援軍が向かってはいても、どこまで頼ってよいものか。
鎌倉に入り、源氏の棟梁であると宣言したい頼朝。それに対し、甲斐の武田信義も挙兵していました。
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そんな武田の動きがおもしろくないのか。
頼朝は、血筋を比べるまでもないと吐き捨て、ますます鎌倉に急ごうとしています。
ハイ、頼朝〜、あなた嘘つき~!
頼朝がやたら、自分のことを名門だと言いまくり、それが定着しているから名門だということになりますが、そう明確明瞭に言い切れるかどうかは保留で。
薄々自覚しているからこそ、頼朝も武田信義に対抗心を燃やしているのでしょう。
毛利元就なら「ダメだろ、同族同士団結しなくちゃ!」と言いたくなるような状況です。
源平時代は戦国よりずっと原始的だから仕方ないですね。この身内同士で争う体質が、頼朝の子孫短命につながるとも思うのですが……。
ともあれ、土肥郷で三浦と共に大庭を挟み撃ちにし、一気に鎌倉を目指すことになりました。
清盛が慌てる顔が目に浮かぶだの、目指すは鎌倉だの、ノリノリな頼朝勢ですが、梶原景時の進軍計画と比べるとあまりに雑。
自分達に都合のいいシナリオしか考えてねえじゃねえか!
時政の口調を真似てそう毒づきたくもなりますよ。んもー、なんなのこの計画性の無さは……。
政子が伊豆山権現へ 頼朝は何処へ
北条宗時は、北条政子たちを伊豆大権現に預けるよう、北条義時に言い渡します。
戦から外されるのか?
そう不満げな弟ですが、勘ぐるなと兄が諭す。なんでも頼朝の命令だとかで、土肥郷での再会を誓います。
宗時はこの先、佐殿のそばを片時も離れないそうです。
「お気をつけて」
「案ずるな。俺は戦うために生まれてきた男さ」
そう爽やかに立ち去る宗時が素敵ですね。いざ戦が始まったときの宗時は、これまでよりずっと頼りがいがある。
伊豆山権現に移ると聞かされた政子は、今後は戦で忙しい佐殿に代わって勤行すると納得している。
しかし妹の実衣は、不満顔だ。
姉上だけ行けばいいと言い、「敵が攻めて来るのだ」とりく(牧の方)に諭されると、実衣は「わかって言っていることをわかって欲しい!」んですと。
だだをこねる実衣は、わがままで子どもっぽいようで、なかなか侮れぬものを感じさせます。この得体のしれなさがよいんですよね。
政子が、妹ではなく、妊娠中のりくを気遣うと、むしろ動いたほうがいいとの返事。
実衣は生まれたときからずっとこの家にいるという。別れを惜しむとか、そういうのはないのかと不満を募らせています。
「佐殿が決めたことです」
政子はキッパリ! 妹の不満は完全シャットアウトです。
夜――暗闇の中、八重のもとに誰かが来て、声をかけています。
「久しぶりだのう」
頼朝です。
「人に見られたら……」
戸惑う八重に「覚悟の上じゃ」と返す頼朝。八重のおかげで山木を討ち取ることができたから、どうしても礼が言いたかったとか。
「どうぞ中へ」
「それはできぬ」
そうやりとりをしていると、八重が江間は伊東に行っていると言います。
「そう?」
八重が盛長にも懇願し、頼朝が家に上がってしまいます。
「達者であったか」
「はい!」
こう言い合っていると、江間次郎の声がします。
「今、帰りました」
伊東に行っているはずが、戻ってきてしまったようです。
「早すぎる!」
そうさっさと立ち去る頼朝。にっこりと微笑む八重。
八重の笑顔があまりに愛らしくて忘れそうになりますが、この人らどうなんですか!
実は頼朝のこの行動は伏線でもあります。
頼朝は気の小ささとゲスさが同居しているような男で、政子が遠ざかると他の女に接近する――そういう悪癖があるのですね。
また頼朝はやりますよ、こういうゲスなことを!
八重と次郎夫婦の哀愁
伊東祐親は策を練ります。
陣営を先導している宗時さえ殺せば、北条は崩れる。
そこで、善児を北条の陣に潜り込ませ、宗時暗殺を狙う――。
息子の祐親が、戦のなりわいに反するし、父上にとって胸時は孫であると苦言を呈しても、祐親は、決して討ち漏らすなと念押しするのみ。
八重の息子・千鶴丸をあっさり殺した善児、果たして宗時は?
8月20日、頼朝は300の兵とともに、北条館を出立します。
以仁王の令旨を掲げての進軍。
そのころ八重は、夫の次郎から伊東の館に移るように言われていました。
家に残るという八重に対し、父上の命令だと次郎が重ねて諭すと、彼女も戦が始まることを察知し、こう続けます。
「勝てますか? 勝ってもらわねば困りますよ! 北条は強いですよ!」
「北条が大庭と戦っているうちに、伊東が挟み撃ちにして勝つ」
夫から伊東の戦術を聞かされた八重は絶望。北条が強いというのは彼女の願望です。勝てるか?という念押しも本心ではありませんね。
八重は川に走り、船を出すように頼み、作戦のことを佐殿に伝えようとすると、次郎は語気を強めて返します。
「私はあなたの夫だ!」
それでも急かす八重に、次郎は繰り返す。
「侮るな!」
しかし、結局は八重を船に乗せてしまっている。
「酷い女だということはわかっています。いくらでも憎みなさい」
これだけ憎たらしい裏切りをしてもあくまで可憐である。これぞ新垣結衣さんの真骨頂でしょう。
彼女の演技について叩く記事は一掃されました。こういうことをできるから大河はまだまだ力があると思えるのです。
しかし、八重が北条館に辿り着くも、館には誰もいません。
雷鳴が響き、豪雨が降りしきる中、彼女は呆然と立ち尽くすのでした。
政子「これは私たちの戦だ」
北条の女たちは伊豆山権現にいました。
関東でも指折りの霊場でもあり、信心深い人々の信仰を集めているとか。
政子はここで疑念を覚えてしまいます。佐殿は戦で人を斬る。そんな妻が勤行に励んで大丈夫なのか?と。
私もこれは未だにわけがわかりません。入道姿の武将が戦いまくるから、なんだかどうでもよくなっていきますが……。
政子もいつかこうした矛盾を吹っ切り、尼将軍として君臨するのでしょう。
そんな政子に対して、りくが答えを出します。
戦で亡くなった方全ての冥福を敵味方関係なく祈ると考えばよい。先週、りくは祈ることは無意味と言い切ったばかりですよね。
要するにこの人は、相手が思う答えを毎回コロコロ変えて出してくるのでしょう。
時政あたりは酔いしれそうですが、政子はどうでしょうか。
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牧の方は時政を誑かした悪女なのか?鎌倉幕府を揺るがす諸悪の根源疑惑
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文陽房覚淵が来ます。
寺は女人禁制で、出入りできるのは雑事を行う寺女のみ。滞在している間はこれを着て寺女としての仕事をするようにと言うのです。掃除もしなくてはならないとか。
実衣とりくは露骨に嫌そうだ。一方、政子はお礼を言っています。
身重で動けないと主張するりくに対し、義母上の分まで働くと返す政子。これもりくへの態度の違いなのでしょう。義時は相手の矛盾につっこみ、政子はその前に事態収集の一手をうつ、と。
義時は、女人に飢えた僧侶にはくれぐれも近づくなと念押しします。
実衣はますます帰りたいと訴えていますが、政子が「佐殿は命懸けて戦っているのだから、これは私たちの戦だ」と嗜めます。
義時が労うと、政子は気丈に答えます。
「私たちは心配いりません。心置きなく戦えるよう、お祈りしておりますよ」
やはり彼女は器が大きい。毎週成長しています。
酒匂川の義澄・義村親子
姉たちを見送った帰り道、北条義時は山中で伊東の連中を見かけました。
頼朝たちは鎌倉を目指すものの、大雨で進めない。
そして、23日に石橋山に陣を置きます。
大庭も麓に布陣しました。
ここで梶原景時の献策だ。
石橋山から敵を誘い出す。
山では数の利が活かせないから、平地に引き摺り出して一気に潰すべし。
なんということだ景時よ……地形を考慮した合戦を考えている!
兵法においては基礎中の基礎なのに、他の誰も考えられないから、それだけで賢く思えます。
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なぜ梶原景時は鎌倉御家人たちに嫌われたのか|頭脳派武士の無惨な最期
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そのころ三浦勢は、酒匂川の増水で足止めを食らっていました。
ここを渡れば無駄に損害が出る……と三浦義村はキッパリ進軍を止めようとします。
向こうでは北条が待っていると苦しそうな父の三浦義澄に対し、いったん三浦に戻ろう、頼朝に兵は集まらないとにべもない義村です。
義澄は、無二の親友である小四郎(義時)もいるではないか!と我が子の義村に訴えるのですが。
「小四郎、すまん、参りましょう」
と、一言で片付ける義村。
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殺伐とした鎌倉を生き延びた三浦義村|義時の従兄弟は冷徹に一族を率いた
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いやはや、こいつは出てくるたびに「友達が少なそうな奴」である個性を押し出してきて、一周回って魅了されますね。
山本耕史さんの声がこれまた冷たく乾いて聞こえて素敵です。
「宋襄の仁」
「行くのか行かねえのか!」
ここでめんどくさい和田義盛が登場。いやぁ~暑苦しくていい。義澄もすぐには退却の判断ができず、「朝まで待って水が引かねば引き返す」と言うと、義村はめんどくさそうにこうです。
「父上がよろしければ」
熱血漢の義盛は、おもしろくねえと駄々をこね、向こうにいる大庭の縁者に火をかけてくると言います。
そんなホイホイ人に火をかけると言わんでも……。
義村はこれまたかったるそうに、自分たちは大庭に味方すると装っている、それを裏切るというのに、わざわざつまらないことで去就を知らせなくてもよいと、義盛を引き留めようとします。
これがかえって父・義澄に火を付けてしまった。
去就宣言のためにもひと暴れしてこい!そう義盛に命じるのです。ただ、息子の意思は確認したようで、よいか?と念押しすると、義村はこうだ。
「父上がよろしければ」
こうした義澄のような態度を「宋襄(そうじょう)の仁」と言います。
中国の春秋時代に、宋の襄公が楚と戦った。
このとき配下がこう進言。
「楚軍の陣形が整っていません! いまのうちに叩きましょう!」
すると襄公は、
「そういう卑劣なことをするのは君主らしくないからいかん」
と却下し、大敗してしまった。
以降、無駄な気遣いは「宋襄(そうじょう)の仁」と呼ばれるようになった。
しかし近年は、襄公の気遣いは、むしろ“戦のマナー”だったのではないかとされています。
人間は果たしていつから本気で殺し合う戦争をしているのか?
殺し合いを徹底してやってしまったらば、人口が激減して生産性が落ちる。ゆえにある程度マナーや儀礼があったのではないだろうか? そう見なされたんですね。
それを孫子のように「兵は詭道なり」――つまり戦争は騙し合いだと定義する人間が出てきて、変わってしまうのではないかと。
つまり三浦義澄が愚かなわけでもない。
むしろそれに不満そうで、平然と騙す義村という男が特殊枠なのでしょう。
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三浦義澄(義村の父)は頼朝の挙兵を支えた鎌倉幕府の重鎮
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かくして大庭に寝返ったと認識される三浦ですが、大庭勢も大して動揺していません。
ただし、北条と三浦に挟み撃ちにされる危険性はある。今は、三浦も川を渡れないが、どうすべきか?
そこで出番となるのが景時の主張。
三浦との合流前に頼朝・北条勢を叩くべし――。
すぐにでも出陣すると言い出す景時に対し、すでに黄昏時であると反論も湧いてきますが、だからこそだと景時が念押し。
大庭景親もこれに同意します。
景時も「兵は詭道なり」ということを理解している存在ですね。
大庭と時政の言葉戦い
北条の陣営では、白い布を鎧につけ味方だとわかるよう、宗時が指示しています。
と、一人多いことに仁田忠常が気づく。
潜入がバレた善児。刀を取り、その場から逃げ出します。
伊豆権現山では、政子が寺を掃除していました。
りくも実衣も、ろくに働かない。しかも、疑い深い性なのか、実衣がりくの妊娠を本当なのかとこぼしています。
お腹が出るかどうかは人による。そう嗜める政子に、自分たちはいいように使われていないかと不満そう。政子は読経よりも掃除が性に合っていて、シャキシャキしていますね。
りくはぼそっと呟く。
「京へ帰りたい……」
そのころ石橋山では……。
襲撃を受けた北条勢が焦り、とりあえず敵を挑発して、山中へ誘い出す作戦を実行しようとします。
「挑発なら任せとけ!」
そう自信を見せる北条時政。
義時が駆けつけ、背後に敵が潜んでいて、いま戦を起こせば負けると言い切ります。
しかし、ここから北条時政と大庭景親の罵倒合戦へ。
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大庭景親が余裕たっぷりに、煽ります。
平家の御代を揺るがす合戦を起こすなんて、カマキリが両手をあげて牛車に立ち向かうようなもんだ。
「ゆるせん!」と、いきり立ってしまう北条時政。ああ、いきなり絶望的だ……。
しかし、時政も一息入れ、頼朝が誰の血を引いているか!と、長々と語ります。長すぎて、途中でどうでもよくなってくる。
こちらは三千なのに、そちらはなんと少ないのかと煽る大庭。
醜態を晒す前に降伏しろと言われ、時政は怒ってしまう。頼朝も嘆いています。
「これは挑発しているのかされているのかわからないではないか」
確かにわからない……。
それにしても、時政に裏切り者だと煽られた景親も、なかなか面白いことを言いますよね。
源氏が朝敵であったとき、救ってくれたのは平家であったと。その恩は海より深く、山より高い――。
時政がギャーギャーと「その程度で名誉を捨てた」とかなんとか言っても、平然と笑っていました。
ついに、時政は我慢できず、結局、攻めかかるのでした。
「いかん挑発に乗ってはならん!」
もう遅い。余裕たっぷりな大庭景親と、その背後にいる梶原景時。
それに対して懸命に戦い、逃げる宗時と義時兄弟の小ささときたら……。
「私の夫も戦っているのです……」
大庭勢は勝利を祝っています。
大勝利であるから好きなだけ飲めと喜んでいます。
しかし、頼朝の行方は不明。山中をくまなく探しているようで、伊東祐親はとっとと殺すべきだと落ち着きません。
勝敗は決し、源氏再興はない。皆がそう浮かれる中、景時一人ちがう。彼も酒を勧められ、こう返します。
「敵の大将首をこの目で見てからゆっくり飲むと致しまする……」
常に慎重な景時と、能天気で何も考えていないような山内首藤経俊の対比がなかなか強烈です。
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頼朝に矢を放つも首は斬られなかった山内首藤経俊|89歳の長寿を全う
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政子のもとに仁田忠常が駆けつけ、大敗北を報告しました。
頼朝の安否を確認するものの、仁田は泣きじゃくるばかり。
このドラマは男性でも派手に泣いてよいと思います。当時はそう。むしろ声をあげて泣かない者は、たとえ男だろうと周囲から冷たいと思われたりしました。
泣きながら「あのぶんではおそらく……」と言葉を濁す相手に、実衣が問い詰めます。
亡骸を見たのか。
首を刎ねられるところを見たのか。
見たのか見ていないのか。
問い詰められると「見ていない」とのこと。
だったら生きているかもしれない、と実衣は理屈っぽく食い下がります。
最後に見かけたのは宗時と山の中に連れられていた姿だ。そう聞かされると政子も探しに行こうとします。
しかし、りくは行ったところで足手まといだと止めます。私達にはやるべきことがあると。
そしてこう言います。
「私の夫も戦っているのです……」
武田には死んでも頼らん!
頼朝は山の洞窟に潜んでいました。
時政は現実逃避をし、三浦の加勢もないのによくここまで戦った、もう勝ったも同然と笑っています。
どう考えても負けているではないか!
頼朝はそう言い出し、だからワシは不承知だった、北条を頼ったのが間違いだったと文句を垂れます。
しかも、時政になんとかしろと無理を言い、ここで死ぬわけにはいかぬと強調し、命に替えても守り抜けとしめくくる。
北条宗時も諦めてはいません。
まだ勝負はついていない、明日になれば必ずと誓う。
頼朝は憎々しげに矢の名前を見て悪態をつきます。
山内首藤経俊の名前が……。
宗時は、時政と義時に、武田信義の援軍を頼ることを告げます。三浦は諦めるそうです。
頼朝はこれを聞きつけ、よりによってアイツ(武田信義)かと毒づく。頭を下げるくらいなら自害した方がマシだとまで言い切った。
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武田信義(信玄の先祖)は頼朝に息子を殺されながら甲斐武田氏を守り抜く
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しかし、結局は武田を頼ることに……夜明けとともに武田目指して出立することに決まります。
土肥実平が、頼朝の持っている小さな観音像に目をキラキラさせています。
なんでこの人、こんなに目が綺麗なの? 頼朝から、所領を安堵する、一番頼りになるのはお前だ、とは言われて感動していましたが、この状況では……。
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初戦で敗北の頼朝を支えた土肥実平|西国守護を任される程にまで信頼され
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頼朝は三歳の、観音像を髻(もとどり)に入れていました。
しかし首を斬られた時に笑いものになると嘆いている。
こんなことならご本尊を持って来ればよかった。誰か取ってこい!
とムチャを言うと、宗時が取りに行くと言い出します。頼朝が、今のは戯れ言だと謝るような態度をすると、今度は巨漢武士の工藤茂光も、鎧が合わないからいったん変えてくると言い出す。
そして
「この戦、必ず勝ちます」
と言い残し、宗時は去ってゆくのでした。
頼朝は「あれは怒っているな、間違いなく」とちょっと後悔をしている様子です。
平家とか源氏とかどうでもいいんだ!
北条宗時は、北条義時と語り合っています。
必ず武田の援軍を連れてくるよう義時を諭し、弟にだけは告げておこうと何かを言いかけ、止めようとする宗時。
義時も「兄上」と甘えるように兄を促しています。
洞窟で眠る頼朝の前に、再び後白河法皇が夢枕に立ちました。
ここでもオカルトギャグが……ではなく伏線と本心ですね。後白河法皇は神仏がついているという。具体的なことは言わずにそういうことを言う。
そして頼朝は「北条を信じた私が愚かでした」と後悔している。
信頼関係ができているようで、そうではないのでしょう。
それは時政も同じで、息子の義時に向かって「逃げちまって大庭に頭下げようかと」言い出します。
義時が戸惑いつつ許してもらえるか?と懸念すると、頼朝の首を持っていけばなんとかなるんじゃねえかと開き直る時政。
そして本質をつくように、こう言い切りました。
「あいつ(頼朝)は大将の器じゃねえ」
うわぁ……残念ながら、確かにそう思えます。
分裂するのは敵の思う壺だとなんとか止める義時に対し、時政は「忘れてくれ」と返す。
北条宗時と工藤茂光が、北条館付近まで来ていました。
敵兵が去って安心したのか。宗時は鎧ではなく工藤殿が大きくなったのではないかと軽口を叩いています。
一体何を食べればそんなに大きくなれるのか。
そう語りながら、いったん離した目を戻すと、工藤茂光の巨体が倒れているではありませんか。
「工藤殿!」
走り寄って助け起こそうとする宗時。その背後から小刀が刺され、宗時が倒れる。
善児がまたも仕事を終えたのです。
宗時が亡くなり、回想シーンへ。弟の義時に語ったことが流れます。
俺はな、もう平家とか源氏とか、そんなことどうでもいいんだ。
俺はこの坂東を俺たちだけのものにしたいんだ。西から来た奴らの顔色を窺って暮らすのはもう真っ平だ。
坂東武者の世を作る!
そしてそのてっぺんに、北条が立つ!
そのために源氏の力がいるんだよ。頼朝の力が、どうしてもな。
だからそれまで辛抱しようぜ。
そう語り「じゃあ行ってくる」と立ち去っていた宗時。
善児に刺され、叶わなくなった約束は、弟に引き継がれることになりました。
是が非でも、鎌倉に入る。
そしてその先、ずっとその先には、兄との巨大な約束が待ち受けています。
MVP:北条宗時
宗時はすごい。
熱血で猪突猛進、あんまり深くものごとを考えていないような、ノリだけで平家打倒を目指していたような宗時。
あまりの軽さに「義時とは違う」と、頼朝も政子も認識していた。
残酷なことを言えば、義時と宗時、死ぬのが逆であったら大きなことは成し遂げられないんじゃないか。そう思えるような造型にしていると感じていたのですが。
それが変わり、大きな器を見せ始めたところで、ああもあっけなく倒れてしまった。
宗時の死の状況はわかりません。
だから華々しい死を遂げてもよかった。
それがああもあっさりと命を落とすとは。
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時政の嫡男で義時の兄だった北条宗時|最期は祖父・伊東祐親の軍に囲まれ
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しかし、代わりに彼は巨大な運命――あまりに大きなものを残していったのです。
「華夷闘乱」の宿命
話を大きくしたいと思います。
昨年の大河について、散々語って欲しいと私が願い続けていた「小島毅先生」が、今年の大河について語っておられます。
◆『鎌倉殿の13人』の主人公・北条義時、かつて「逆賊」扱いされていたのをご存知ですか?(→link)
ここでズバリ、皇国史観が北条義時をうまく扱えずにグダグダしていた時代のことを指摘されています。
引用させていただきます。
『鎌倉殿の13人』の義時(小栗旬)は、どんなふうにして後鳥羽上皇と戦うのだろう。
今回の登場人物の性格設定から推察するに、義時自身は(去年の慶喜みたいに)恭順の意向だったのに、そそっかしい三善康信(小林隆)が後鳥羽上皇の命令を誤解して「幕府の者たちは全員死罪らしい」と伝え、それを聞いたせっかちな政子(小池栄子)が義時に無断で御家人衆に即時挙兵をそそのかし、冷静な義時も彼らの暴走を制止できずに戦うことになる、といったところだろうか。
三谷さん、台本がまだだったら、ぜひそうしてください。
小島先生の予想は外れるのではないでしょうか。
それが今回の宗時のセリフです。
宗時は義時の胸に種を蒔きました。
もう俺らは西の連中の顔色を窺うなんてウンザリだぜ! そういう逆賊になる運命が彼を怒涛の中へ誘うのでしょう。
そしてそれこそ実際の義時に近いのかもしれない。
というのも義時は【承久の乱】に際して心労の極みにあり、かつこれは「華夷闘乱」だと認識していたのです。
華夷闘乱って何?
字面からして中国史の概念のようで、そう単純でもありません。
日本は遣隋使、遣唐使以来、隋や唐のフォロワーとして国家運営をしていました。西の王朝はそうなっています。ミニ中華の様相を呈していた。
そんなミニ中華は、坂東の連中を「夷狄」だとみなしていた。
『源氏物語』あたりを読んでもそう。都周辺を離れたら野蛮人だらけで恥ずかしい。そんな認識があったのです。
そんな日本流華夷秩序を破壊しかねないと、義時はわかっていたからこそ悩んだ。
その宿命を植え付けて去っていったのが、兄の宗時であったのです。
そしてこれは宗時以前にもある。
『将門記』です。
「今の世の人、必ず撃ち勝てるをもって君と為す。
たとい我が朝には非ずとも、みな人の国に在り。
去る延長年中の大契赧王(=契丹王)のごときは、正月一日をもって渤海国を討ち取り、東丹国と改めて領掌す。
いずくんぞ力をもって虜領せざらんや」
将門の認識として、中国大陸にいた契丹王のことをあげています。
思えば中国大陸では、夷とされた力が湧き上がっていました。
唐にひびを入れた安禄山。女真族による靖康の変。そしてチンギス・カン。
気候の温暖化といった諸条件も重なりあいました。日中においてこんな怒涛の華夷闘乱が起こったとすれば、歴史の持つおもしろさを痛感せずにはいられません。
宗時の気のいいお兄ちゃんとしての言葉って、実はスケールが大きくてすごいことなのではないか?
その大きな言葉に導かれ、義時は正々堂々逆賊ルートを邁進するのではないか?
そう思うと大河の可能性をまた見出せた気がします。
さらに小島先生は巧みに隠していましたが、昨年大河の慶喜描写がご不満だったのではないでしょうか。
本心では義時に正々堂々、正面切って逆賊ルートを走って欲しいのではありません?
そんなことを妄想してしまう記事でした。
総評
大河ドラマって結局なんなんですかね。
日曜夜8時にNHKが放映する歴史もの――そう答えれば正解ですが……それだけで正解なのか。
しつこく言い続けますが、一作目の『花の生涯』は井伊直弼が主役でした。
この主役の時点で挑戦的です。
というのも、井伊直弼はずっと悪人として評価されてきた。司馬遼太郎ですら、テロリズムは否定しつつ【桜田門外の変】は歴史を変えたからとプラス評価をしているほど。
新時代の幕開けに向けて暗殺されたのだから、死んで当然とされていたのですね。
なぜそうなるか?というと、要するに明治維新正統化の理屈です。
そうした理屈が敗戦まで叩き込まれていたからこそ、戦後、それでいいのかと歴史観に揺さぶりをかける意味でも、井伊直弼は主役にふさわしかった。
しかし、そんな流れも変わっていきます。
結局はコンテンツとして売れるかどうか。
社会情勢に沿わせるような題材も取り上げられ、近年ですと、明治維新150周年、オリンピック、新札にあわせた大河がまさにそうでした。
歴史学より、広告代理店の戦術を使ったような大河もあったわけです。
それが今年は違う。
大河の原点回帰、歴史観のゆさぶりをかけるところまで戻ってきたのだと思えました。
宗時のセリフも、それに従う義時も、ある意味すごいことをしています。日本人はこういうものだという常識を殴っています。
西日本にいる連中の指図を受けるもんか!
これって朝廷権威の否定ですよね。
歴史を冷静に見ればそれで正しい。けれども、それをおおっぴらに宣言するのは、日本人なら皇室を崇めて当然という感覚を殴っているようなものではないでしょうか。
『麒麟がくる』の信長と正親町天皇の関係性もなかなかすごかったけれども。
今回の宗時のセリフと、それを義時が受け止めた展開はすごい。
日本人とは何かというアイデンティティまで揺さぶりをかけてきたように思えます。
そして、この衝撃は日本史にも必要だったと思える。
坂東武者が西の言いなりになんてならないと決起し、智勇兼備を目指したからこそ、日本人像はできたと思うのです。
武士というのは、かなり特殊な存在です。
というのも、東アジア文化圏では智勇兼備ではなく、智勇ならば智が上位に厳然としておりました。
中国にせよ、朝鮮半島にせよ、合戦になっても科挙に合格したような知識層が上で、武勇を誇るものはその下についた。
しかし日本では、知恵と勇気を兼ね備えた武士が行政を手がけてきた、独特の特徴があります。
武士が朝廷を倒し、互いに融合しあったからこその日本史ができあがってゆく。
でもそこを突っ込むとなると、武士が天皇をぶん殴る【承久の乱】が出てくるので……ゴニョゴニョと誤魔化してしまい、結果的に日本人らしさやアイデンティティが危機に陥っていたのでは?と、私は今年の大河を見て真剣に思い悩んでいます。
今週は本当に、ラストの宗時をみて大興奮でした。
やりおった、三谷さん、やっちまった! さすがだ、新選組を大河にした人はものがちがう! やっちまった! すげえ、これは推せる!
そう大興奮しました。
この大河は原点回帰したと思えます。
歴史を学ぶこと、日本の歴史がどう成立してきたか知ること、それはとても楽しいことだと教えてくれる。
本作の坂東武者はハッキリいって近寄りたくないし、嫌だ。
こんなもんどうやって観光資源にすればいいのか、神奈川の皆さんは悩んでいるかもしれないけれど、歴史って、無茶苦茶なところも含め、不都合さもあってこそ、面白い。
日本の歴史が成立する過程はおもしろいぞ!
そう正面切ってぶつけてくるこのドラマは、傑作になる運命を背負っている。
これは推せます。歴史を学んで興奮した。そんな新鮮な感動を思い出させてくれるのです。
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト

















