鎌倉殿の13人感想あらすじ

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第5回「兄との約束」

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鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第5回「兄との約束」
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平家とか源氏とかどうでもいいんだ!

北条宗時は、北条義時と語り合っています。

必ず武田の援軍を連れてくるよう義時を諭し、弟にだけは告げておこうと何かを言いかけ、止めようとする宗時。

義時も「兄上」と甘えるように兄を促しています。

洞窟で眠る頼朝の前に、再び後白河法皇が夢枕に立ちました。

ここでもオカルトギャグが……ではなく伏線と本心ですね。後白河法皇は神仏がついているという。具体的なことは言わずにそういうことを言う。

そして頼朝は「北条を信じた私が愚かでした」と後悔している。

信頼関係ができているようで、そうではないのでしょう。

それは時政も同じで、息子の義時に向かって「逃げちまって大庭に頭下げようかと」言い出します。

義時が戸惑いつつ許してもらえるか?と懸念すると、頼朝の首を持っていけばなんとかなるんじゃねえかと開き直る時政。

そして本質をつくように、こう言い切りました。

「あいつ(頼朝)は大将の器じゃねえ」

うわぁ……残念ながら、確かにそう思えます。

分裂するのは敵の思う壺だとなんとか止める義時に対し、時政は「忘れてくれ」と返す。

北条宗時と工藤茂光が、北条館付近まで来ていました。

敵兵が去って安心したのか。宗時は鎧ではなく工藤殿が大きくなったのではないかと軽口を叩いています。

一体何を食べればそんなに大きくなれるのか。

そう語りながら、いったん離した目を戻すと、工藤茂光の巨体が倒れているではありませんか。

「工藤殿!」

走り寄って助け起こそうとする宗時。その背後から小刀が刺され、宗時が倒れる。

善児がまたも仕事を終えたのです。

宗時が亡くなり、回想シーンへ。弟の義時に語ったことが流れます。

俺はな、もう平家とか源氏とか、そんなことどうでもいいんだ。

俺はこの坂東を俺たちだけのものにしたいんだ。西から来た奴らの顔色を窺って暮らすのはもう真っ平だ。

坂東武者の世を作る!

そしてそのてっぺんに、北条が立つ!

そのために源氏の力がいるんだよ。頼朝の力が、どうしてもな。

だからそれまで辛抱しようぜ。

そう語り「じゃあ行ってくる」と立ち去っていた宗時。

善児に刺され、叶わなくなった約束は、弟に引き継がれることになりました。

是が非でも、鎌倉に入る。

そしてその先、ずっとその先には、兄との巨大な約束が待ち受けています。

 

MVP:北条宗時

宗時はすごい。

熱血で猪突猛進、あんまり深くものごとを考えていないような、ノリだけで平家打倒を目指していたような宗時。

あまりの軽さに「義時とは違う」と、頼朝も政子も認識していた。

残酷なことを言えば、義時と宗時、死ぬのが逆であったら大きなことは成し遂げられないんじゃないか。そう思えるような造型にしていると感じていたのですが。

それが変わり、大きな器を見せ始めたところで、ああもあっけなく倒れてしまった。

宗時の死の状況はわかりません。

だから華々しい死を遂げてもよかった。

それがああもあっさりと命を落とすとは。

北条宗時
史実の北条宗時(義時の兄)はどんな武将?鎌倉殿の13人片岡愛之助

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しかし、代わりに彼は巨大な運命――あまりに大きなものを残していったのです。

 

「華夷闘乱」の宿命

話を大きくしたいと思います。

昨年の大河について、散々語って欲しいと私が願い続けていた「小島毅先生」が、今年の大河について語っておられます。

◆『鎌倉殿の13人』の主人公・北条義時、かつて「逆賊」扱いされていたのをご存知ですか?(→link

ここでズバリ、皇国史観が北条義時をうまく扱えずにグダグダしていた時代のことを指摘されています。

引用させていただきます。

『鎌倉殿の13人』の義時(小栗旬)は、どんなふうにして後鳥羽上皇と戦うのだろう。

今回の登場人物の性格設定から推察するに、義時自身は(去年の慶喜みたいに)恭順の意向だったのに、そそっかしい三善康信(小林隆)が後鳥羽上皇の命令を誤解して「幕府の者たちは全員死罪らしい」と伝え、それを聞いたせっかちな政子(小池栄子)が義時に無断で御家人衆に即時挙兵をそそのかし、冷静な義時も彼らの暴走を制止できずに戦うことになる、といったところだろうか。

三谷さん、台本がまだだったら、ぜひそうしてください。

小島先生の予想は外れるのではないでしょうか。

それが今回の宗時のセリフです。

宗時は義時の胸に種を蒔きました。

もう俺らは西の連中の顔色を窺うなんてウンザリだぜ! そういう逆賊になる運命が彼を怒涛の中へ誘うのでしょう。

そしてそれこそ実際の義時に近いのかもしれない。

というのも義時は【承久の乱】に際して心労の極みにあり、かつこれは「華夷闘乱」だと認識していたのです。

華夷闘乱って何?

字面からして中国史の概念のようで、そう単純でもありません。

日本は遣隋使、遣唐使以来、隋や唐のフォロワーとして国家運営をしていました。西の王朝はそうなっています。ミニ中華の様相を呈していた。

そんなミニ中華は、坂東の連中を「夷狄」だとみなしていた。

『源氏物語』あたりを読んでもそう。都周辺を離れたら野蛮人だらけで恥ずかしい。そんな認識があったのです。

そんな日本流華夷秩序を破壊しかねないと、義時はわかっていたからこそ悩んだ。

その宿命を植え付けて去っていったのが、兄の宗時であったのです。

そしてこれは宗時以前にもある。

『将門記』です。

「今の世の人、必ず撃ち勝てるをもって君と為す。

たとい我が朝には非ずとも、みな人の国に在り。

去る延長年中の大契赧王(=契丹王)のごときは、正月一日をもって渤海国を討ち取り、東丹国と改めて領掌す。

いずくんぞ力をもって虜領せざらんや」

将門の認識として、中国大陸にいた契丹王のことをあげています。

思えば中国大陸では、夷とされた力が湧き上がっていました。

唐にひびを入れた安禄山。女真族による靖康の変。そしてチンギス・カン。

気候の温暖化といった諸条件も重なりあいました。日中においてこんな怒涛の華夷闘乱が起こったとすれば、歴史の持つおもしろさを痛感せずにはいられません。

宗時の気のいいお兄ちゃんとしての言葉って、実はスケールが大きくてすごいことなのではないか?

その大きな言葉に導かれ、義時は正々堂々逆賊ルートを邁進するのではないか?

そう思うと大河の可能性をまた見出せた気がします。

さらに小島先生は巧みに隠していましたが、昨年大河の慶喜描写がご不満だったのではないでしょうか。

本心では義時に正々堂々、正面切って逆賊ルートを走って欲しいのではありません?

そんなことを妄想してしまう記事でした。

 

総評

大河ドラマって結局なんなんですかね。

日曜夜8時にNHKが放映する歴史もの――そう答えれば正解ですが……それだけで正解なのか。

しつこく言い続けますが、一作目の『花の生涯』は井伊直弼が主役でした。

この主役の時点で挑戦的です。

というのも、井伊直弼はずっと悪人として評価されてきた。司馬遼太郎ですら、テロリズムは否定しつつ【桜田門外の変】は歴史を変えたからとプラス評価をしているほど。

新時代の幕開けに向けて暗殺されたのだから、死んで当然とされていたのですね。

なぜそうなるか?というと、要するに明治維新正統化の理屈です。

そうした理屈が敗戦まで叩き込まれていたからこそ、戦後、それでいいのかと歴史観に揺さぶりをかける意味でも、井伊直弼は主役にふさわしかった。

しかし、そんな流れも変わっていきます。

結局はコンテンツとして売れるかどうか。

社会情勢に沿わせるような題材も取り上げられ、近年ですと、明治維新150周年、オリンピック、新札にあわせた大河がまさにそうでした。

歴史学より、広告代理店の戦術を使ったような大河もあったわけです。

それが今年は違う。

大河の原点回帰、歴史観のゆさぶりをかけるところまで戻ってきたのだと思えました。

宗時のセリフも、それに従う義時も、ある意味すごいことをしています。日本人はこういうものだという常識を殴っています。

西日本にいる連中の指図を受けるもんか!

これって朝廷権威の否定ですよね。

歴史を冷静に見ればそれで正しい。けれども、それをおおっぴらに宣言するのは、日本人なら皇室を崇めて当然という感覚を殴っているようなものではないでしょうか。

『麒麟がくる』の信長と正親町天皇の関係性もなかなかすごかったけれども。

今回の宗時のセリフと、それを義時が受け止めた展開はすごい。

日本人とは何かというアイデンティティまで揺さぶりをかけてきたように思えます。

そして、この衝撃は日本史にも必要だったと思える。

坂東武者が西の言いなりになんてならないと決起し、智勇兼備を目指したからこそ、日本人像はできたと思うのです。

武士というのは、かなり特殊な存在です。

というのも、東アジア文化圏では智勇兼備ではなく、智勇ならば智が上位に厳然としておりました。

中国にせよ、朝鮮半島にせよ、合戦になっても科挙に合格したような知識層が上で、武勇を誇るものはその下についた。

しかし日本では、知恵と勇気を兼ね備えた武士が行政を手がけてきた、独特の特徴があります。

武士が朝廷を倒し、互いに融合しあったからこその日本史ができあがってゆく。

でもそこを突っ込むとなると、武士が天皇をぶん殴る【承久の乱】が出てくるので……ゴニョゴニョと誤魔化してしまい、結果的に日本人らしさやアイデンティティが危機に陥っていたのでは?と、私は今年の大河を見て真剣に思い悩んでいます。

今週は本当に、ラストの宗時をみて大興奮でした。

やりおった、三谷さん、やっちまった! さすがだ、新選組を大河にした人はものがちがう! やっちまった! すげえ、これは推せる!

そう大興奮しました。

この大河は原点回帰したと思えます。

歴史を学ぶこと、日本の歴史がどう成立してきたか知ること、それはとても楽しいことだと教えてくれる。

本作の坂東武者はハッキリいって近寄りたくないし、嫌だ。

こんなもんどうやって観光資源にすればいいのか、神奈川の皆さんは悩んでいるかもしれないけれど、歴史って、無茶苦茶なところも含め、不都合さもあってこそ、面白い。

日本の歴史が成立する過程はおもしろいぞ!

そう正面切ってぶつけてくるこのドラマは、傑作になる運命を背負っている。

これは推せます。歴史を学んで興奮した。そんな新鮮な感動を思い出させてくれるのです。

※著者の関連noteはこちらから!(→link

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文:武者震之助(note
絵:小久ヒロ

【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト

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