鎌倉殿の13人感想あらすじ

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第18回「壇ノ浦で舞った男」

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総大将は景時にせよ

義経は言葉通り、五艘の舟で海を渡り、平家軍に奇襲をかけました。

平家軍はたまらず屋島を捨て、長門・彦島へ。

これを鎌倉で聞く頼朝は喜んでいるばかりでもない様子です。時政が褒めると、頼朝は苦い表情となる。

義経は、あまりに強すぎる。そして調子に乗る。

勝ち過ぎることを懸念していると、盛長が何が心配かと尋ねます。

「例えば、次の鎌倉殿は自分だと……」

北条時政は「まさかそのような!」と口にしてギョッとしている。

そこで、頼朝は文を出し、義経を戦に出さず、総大将を景時にせよと命令するのでした。

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一方、これを受けた義経はふてぶてしく「今さら何を言っているのか」と呆れています。

一ノ谷でも屋島でも自分のおかげで勝てた。それなのに何なんだ。

不貞腐れていると、景時が強い語調で「鎌倉殿の命令だ!」と返す。

義経はあくまで本陣にいるべき。あとは任せろ。元来、大将とはそういうものだ。

景時がそう説明すると、

「私が戦のやり方を変える!」

と義経に火が付き、義澄がなだめます。

重忠も退くべきではないと言い、空気に流されがちな比企能員はあっさり「九郎殿でよい」と頷いている。

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「そういうことならば……」

景時がしぶしぶ認めると、能員が此度も頼むとその場を〆ました。

 


今度は義経と景時の芝居だった

二人きりになった義経が、景時に「これでよかったのか?」と確認しています。

これに対し「九郎殿を大将とする流れを作るにはこれしかない」と言い切る景時。

二人の諍いはお芝居だったんですね。

必勝を期する立場としては、義経に攻めさせるのが良いという判断でしょうけど、景時は自分の命運まで削ったと理解しているのかどうか。

頼朝の命令に反いたことにもなるし、義経に対する態度が悪かったという印象も残ってしまいます。

景時は聡明な割に、どこか人情の機微に疎いところが……。

一方の義経も「兄上はわからん」と疑問を抱くだけで、ここで立ち止まったりはしません。

景時に「気になさいますな、勝てばよいのです」と煽られると、すぐに、平家をどう攻めるか?という軍略を考えている。

・幼い帝をお守りすること

三種の神器を取り戻すこと

それを第一に考えるべきだと景時が忠告しても、義経はまるで聞いていないかのように話を続けます。

「帝と神器は、戦に勝てば戻ってくる……そうだ、舟の漕ぎ手を狙うのはどうだ?」

義経は、かなり雑なことを言い始めました。

景時も何かおかしい。以前ならば雑な策を出されればメンテナンスをするようなところがあったのに、どうもそうではなくなった。

漕ぎ手がいなくなれば一気に勝てるとうれしそうな義経を止めることすらない。

なぜだ?

神に選ばれた相手に反論は無駄だからか、それとも破滅を待っているからなのか。

どうにもわかりません。単純な嫉妬だけではない、何かがあります。

義経は戦を変えると言うけれど、実は兵法の練度が高いのは景時だと思えるのも確か。

戦国時代になれば景時の言い分が通るようになり、総大将なのに突出すると「空気読め」と家臣に叱られることもありました。

中国ですと『三国志』の時代は、変わり目の時期にあたります。

北方からやってきた呂布の部下で、呂布の死後、曹操に仕えた張遼が興味深い。

張遼が突出して活躍をしたところ、曹操は注意しました。

「総大将のくせに悪目立ちするというのは、兵法を理解していないということ。今後、うちの軍ではやったらダメだぞ」

兵法の理解度の問題ですね。

個人的武勇よりも、素晴らしい作戦を隅々まで伝達して、いざ実行させるのが名将の条件となる。

何事にも過渡期はあります。

 


壇ノ浦の戦い

元暦2年(1185年)3月24日朝――運命の【壇ノ浦の戦い】が幕を開きます。

平家500艘に対し、義経軍は800艘。

範頼とその配下たちが、陸地からその様子を眺めています。

逃げて来た者は捕らえる。殺してはならぬ。

そう命じるのが範頼であり、これも重要なことで、勝つことと同様に不要な殺戮をしたくはない、というのが彼なりの考えですね。

迫田孝也さんが扮する範頼は、人柄の良さが顔に出ています。

では菅田将暉さんの義経は?

まるで「何か人ではない生き物になった」かのようで、まるで獲物を見つけた猛獣のような顔です。

何がどうなっているのか、理解できないというか、とにかく怖い。

その何かがこう叫ぶ。

「敵は十分引きつけた! ためらうことはない、漕ぎ手を射殺せ!」

こう言われると周囲はざわつく。それでは末代までの笑いものになると重忠は困惑して言います。彼は景時とは違う。魔道に堕ちて欲しくないのでしょう。

「笑わせておけ。矢を放てー!」

そう叫び、自ら漕ぎ手を射殺する義経です。なんとも生々しい絵だ。

陸から眺める範頼の配下も唖然としています。

義盛なんて目がまんまる。義村だけが「そう来たか」と学ぶような口調ですね。

義経は叫び、矢を打てと煽り、観念した兵士は漕ぎ手に矢を向けます。

「南無三……」

思わず重忠がそう呟く。慈悲があり、信心深い彼にとって、これはあまりに辛い光景でしょう。

彼は死にゆく敵だけではなく、魔道に堕ちる義経も憐れんでいるのかもしれません。

 

八艘飛び そして入水

八艘飛びをする義経。

もはや戦の流れは義経たちのもので、源平合戦の決着がつこうとしています。

八艘飛びは実物が見たかった。今回は妙な演出はせず、動きを丁寧に追う誠実な見せ方です。

日本史上最も重量のあった大鎧を着用し、しかも義経は総大将だから特に動きにくいものを着ています。

それをハーネスで吊り上げて、飛ばせるわけですから、想像を絶するものがありますね。

菅田将暉さんの凄みは「天衣無縫」にあるのでしょう。彼は『土曜スタジオパーク』で、所作をものすごく苦労しつつ努力している旨のことを語っていました。

しかし、映像になって出てくると、ごく普通に飛んでいるようにも思えてくる。

そういう縫い目も見えない綺麗な衣なのでしょう。ものすごい表現力ですね。

義経の攻勢に押され、平家の総大将である平宗盛が船の中で絶望している。

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「もはやこれまで」

「父上……」

宗盛の背後には子の清宗と、安徳天皇がいます。

一方の義経は敵の頸に刃を突きつこう叫ぶ。

「帝はいずこにおわす? 神器は!」

相手が指さした方を見る義経。

陸上では、義村が周囲に「あれを……」と見るように告げています。

清盛の妻であった二位尼がしずしずと舟の上を歩いています。

背後には三人の女性たち。神器を抱え、彼女たちが海へ次々に飛び込んでゆきます。ついには幼い安徳天皇が母の徳子に抱かれ、海へと落ちてゆくのでした。

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「嘘だろ……あーっ、や、やめろー!」

義経がそう叫ぶも、何もかもが遅過ぎた。

視聴者ですら胸が詰まりそうなのに、当時の人々はどうであったか。

丁寧に合掌をする重忠からもそれはわかります。この重忠の姿は「なぜ鎌倉時代は仏教が盛んになったか?」という問いかけへの答えそのもののようにも思えてきます。

心の容量を超えてしまう打撃を和らげるために、武士は仏を必要としたのでしょう。

義経も息を荒くし愕然としています。

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「この先、私は誰と戦えばよいのか」

義時が海岸を歩いています。

矢が刺さった平家軍の屍がいくつも転がっている。武士の誉れも何もかもが虚しい。おそるべき虚無の中を歩いていく。

撮影技術が磨かれていて、ドローンによるショットから、何から何まで駆使して、この虚しさを見せてきます。

大自然はこうも美しいのに、そこで人々は殺し合う。

根源的な業を感じる映像が続きます。

「お見事にございました」

義時は義経を見つけ、そう声をかけます。義経は「策が当たったな」と言いつつ、義時の暗い表情を見てこう続ける。

「どうした? これは戦だ。多少の犠牲はやむを得ん」

「多少でしょうか」

「勝たねば意味がない。これまでに討死したものの命が無駄になる。お前の兄も戦で死んだらしいな」

「はい」

「無駄にならずに済んだぞ」

そういうものだろうか?

そんな疑念を感じているのでしょう。義時が言葉を絞り出す。

「兄は平家に苦しめられる民のことを思っていました。果たして喜んでくれているのかどうか」

「私の戦にケチをつけるか」

「そうではございませぬが」

この会話には義時の彼らしさがギュッと詰まっています。

モヤモヤしているけれども、正面切っては言えない。重忠ほど真っ直ぐに何か疑念を呈することすらできない。

かといって景時のように罠にかけるわけでもない。敢えて軽く撫でるようなことを口に出してしまう。

もしも『麒麟がくる』の光秀のように思想があれば、何がどう悪いのか敢えて諫言をするのかもしれないけれど、義時はそうはできない。

そんな義時に向かって義経はこう言います。

「死んだ漕ぎ手は丁重に葬ってやれ」

そして血のついた顔でこう続ける。

「義仲も死に、平家も滅んだ。この先、私は誰と戦えばよいのか。私は戦場でしか役に立たぬ」

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この言葉を景時が聞いたら何と言うだろう?

戦という役目を終えた戦の神は天に帰れ――そんな風に言うのではと思えてきて、おそろしいものがあります。

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