まだ幼い大姫が悲嘆に暮れています。
彼女は、冠者殿こと源義高の首を見てはいないけれど、その死を知ってしまった。
母の政子と実衣の姉妹が心配そうにしていて、なぜか政子が実衣の責任を問う。彼女は責任を求められる運命なんですね。
八重が子どもを集めて世話をしている話を聞いた二人は、大姫を預けてみることに。
実はこれも中世らしい感覚といえるかもしれません。後世で儒教朱子学を取り入れた後は、こうなりますので。
男女七歳にして席を同じゅうせず。
男女は七歳以降、同席して学ばない。
『論語』
八重が世話をする子たちは七歳以下のようには見えますが、時代が降ると男女のジェンダーがハッキリするのです。
男児の教育は男性、女児の教育は女性が担うようになる。
しかし明治以降、この流れは崩れ、「教育は母のもの」とされてゆきます。
織田信長と平手政秀がよい例かもしれません。
自由奔放な若君(信長)に振り回される爺(政秀)のシーンは定番であり、男性側も教育の責任を感じていますよね。
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学校もない中世らしい教育――そこで八重は筆を持ち、大姫に「大」の字を書かせています。
間に点を打つと「太」姫になるとトボける八重。さらには鼻の下に筆で落書きをして笑わせようと試みるも、大姫はニコリともしない。
彼女は心の扉を完全にを閉じてしまった。
なんとかしたい……と政子が気を揉みますが、無理矢理開けようすると余計に閉じこもってしまう、気長に参りましょう――と八重が訴えます。
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義盛をなだめる範頼
そのころ源義経や源範頼が率いる源氏軍は、破竹の勢いで西日本へ進出していました。
都に足がかりを築く源氏。
対する平家は、瀬戸内海を拠り所として、抵抗をします。
最終決戦が、目の前に迫っていることは、両軍共に意識されていることでしょう。
【一ノ谷の戦い】に敗れた平家は、まず四国の屋島へ逃亡していました。
頼朝の戦略としては、義経を四国、範頼を九州に送って逃げ道を塞ぎ、その上で挟撃――というわけですが、九州へ渡海する船が不足してしまい、足止めを食らってしまいます。
元暦2年(1185年)、兵糧も届きません。
範頼軍の和田義盛は、このままでは飢え死にだと嘆いています。
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なんでも米を積んだ船が屋島で奪われ、義経の抑えも遅れているとか。義盛はもう鎌倉へ戻りたいとそわそわしています。
どうにも兵糧の輸送がうまく行っていない様子。
彼らは確かに武力を持ってはいるものの、これだけの長期間、そしてこの行軍距離ではそうそう戦っていない。どうも、あまりうまく行っておりません。
戦国時代ならばもっとスムーズに運べる場面でしょう。
かといって義盛が暴れ出すと、規律が乱れて略奪が止まらなくなります。そこで範頼が耐えるように頼んできます。
こうした場面でも、戦国時代ならばシステム化した食糧略奪と農地破壊のノウハウがあります。
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それにしても範頼はいい人だ。義盛に魚を釣ってこようとするほどで、本気かパフォーマンスか不明ではありますが(本気のような気がしますが)、きちんと御家人の心を掴む情けがあります。
嗚呼、なんて素敵な人格者なのでしょう。
豊後水軍を味方につけ
そこへ三浦義村がやってきました。
なんでも豊後水軍を味方につけたとかで、海の武士・三浦党は大活躍です。
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豊後水軍は九州の平家と争っていたため、敵の敵は味方ということで、腹を割って話し合ったら乗ってきたらしい。
北条義時のアイデアを義村が実現したようだ。
もしも平家が地元民や武士たちに優しくしていれば、こうはならなかったかもしれませんよね。
かくして九州勢は攻め込む手筈が整い、平家は逃げ道を絶たれてしまいます。
勢いよく攻め込む源氏軍。
義時も馬上で矢を放っています。
今年は甲冑も武術考証も盤石で、義時はそこまで戦闘力抜群という設定ではないようです。
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つまり彼が身体能力を発揮してズバズバ暴れる場面はなく、ここは珍しいシーンとなりそうなのでよく見ておきたい。
といっても、あくまで他の強者と比較してという話ですね。
小栗旬さんは相当気合を入れてアクションの鍛錬をされていますから、そりゃあ見せたくもなります。眼福です!
義経「坂東武者は腰抜けばかりだ!」
そのころ摂津では義経がイライラしていました。
配下には比企能員と畠山重忠がいますが、時化が酷く、足止めを喰らっていたのです。
いっそ京へ戻るか?という話すら出て、義経はキレ始めます。
「何を言っているか! 京へなど戻れない!」
すると梶原景時が提案します。
舟は馬と違って戻れない。そこで今のうちに櫓を舟の穂先につけ、後退できるようにしてはどうか。
重忠もこれには「なるほど」と感心していますが、義経が吠える。
「馬鹿じゃないか! 逃げるための道具などなぜ考える!」
景時が、ムッとして前に進むのは猪武者だと指摘すると、鶏武者よりはマシだと義経が言い返す。チキンということでしょうか。
しかも今夜出陣すると言い始めました。
たまらず三浦義澄も反対します。
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嵐の中では無理だ。土地の者も渋っている。
しかし、義経は黙るどころか、ますます猛り狂う。
「坂東武者は腰抜けばかりだ!」
同じ源氏の大将でも、和田義盛をなだめていた範頼とはまるで違いますね。
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ただ、義経も頭に血が上っていたのは理解して、少し冷静になったのでしょう。「自分は思ったことをそのまま口にするから忘れて欲しい」と景時に告げます。
と、景時が重々しい口調で答える。
「よくよく考えれば九郎殿の申される通り。艪をつけている場合ではござらぬ」
嵐をうまく使えば三日かかる阿波まで半日で着く。危険でない戦などない。そう意気軒昂になる義経。
異論はござらぬと納得する景時に、満面の笑みで応える。
「私の言うことを一番わかってくれるのは、お前だ、平三!」
そして自分の手勢だけで行くとして「屋島で待っている」と告げると、「ご無事を祈っている」と丁重に受け入れる景時です。
『逆艪の論争』
義経と景時のヤリトリに対して、重忠には疑念がありました――これだけの嵐で船を出す人がいるのかどうか。
たとえ一艘でもあの方はやる――そう酔いしれたように語る景時に、こう告げる。
「あれだけの武人をここで失ってよいのですか?」
「命を落とせばそれまでのお人だったということ、九郎義経が神に選ばれた男なら、必ず……」
景時の神頼みは悪い使われ方をしてしまう。
神と対話をして、死んでもよいと思った相手ならばどうでもよくなってしまうようだ。そういう心理的な退避ってあるんですね。
ともかく、この義経と景時の争いが有名な「逆艪(さかろ)の論争」です。それを捻ってこうしてきたのが面白い。
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景時の方が時代を先取りしています。
舟のコントロールを改善した方が、長期的に見ればよい話。
軍隊で用いる道具や技術を向上させる者が一番の名将です。
実際、こういう考え方は中国と朝鮮半島に確固としてあり、科挙を合格した官僚が軍勢を率いる背景にも、そんな考え方が影響している。
「木牛流馬」で兵糧輸送を改善した伝説のある諸葛亮。
倭寇の用いる刀と武術を取り入れ、対抗策を編み出した戚継光(せきけいこう)。
装甲船である亀甲船を生み出した李舜臣。
こうした発明名人が名将とされ、『鎌倉殿の13人』に適用すると景時の方が名将になります。
義経の奇跡的な戦闘は、彼とその配下だけが実現できるもの。再現性の低い戦術を評価すると、かえって危険に陥ることがあるものです。
やはり源義経という英雄は、その時代、そして考え方ゆえに生み出されたのだと思えてくる。
歴史は、やはり面白い。
総大将は景時にせよ
義経は言葉通り、五艘の舟で海を渡り、平家軍に奇襲をかけました。
平家軍はたまらず屋島を捨て、長門・彦島へ。
これを鎌倉で聞く頼朝は喜んでいるばかりでもない様子です。時政が褒めると、頼朝は苦い表情となる。
義経は、あまりに強すぎる。そして調子に乗る。
勝ち過ぎることを懸念していると、盛長が何が心配かと尋ねます。
「例えば、次の鎌倉殿は自分だと……」
北条時政は「まさかそのような!」と口にしてギョッとしている。
そこで、頼朝は文を出し、義経を戦に出さず、総大将を景時にせよと命令するのでした。
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一方、これを受けた義経はふてぶてしく「今さら何を言っているのか」と呆れています。
一ノ谷でも屋島でも自分のおかげで勝てた。それなのに何なんだ。
不貞腐れていると、景時が強い語調で「鎌倉殿の命令だ!」と返す。
義経はあくまで本陣にいるべき。あとは任せろ。元来、大将とはそういうものだ。
景時がそう説明すると、
「私が戦のやり方を変える!」
と義経に火が付き、義澄がなだめます。
重忠も退くべきではないと言い、空気に流されがちな比企能員はあっさり「九郎殿でよい」と頷いている。
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「そういうことならば……」
景時がしぶしぶ認めると、能員が此度も頼むとその場を〆ました。
今度は義経と景時の芝居だった
二人きりになった義経が、景時に「これでよかったのか?」と確認しています。
これに対し「九郎殿を大将とする流れを作るにはこれしかない」と言い切る景時。
二人の諍いはお芝居だったんですね。
必勝を期する立場としては、義経に攻めさせるのが良いという判断でしょうけど、景時は自分の命運まで削ったと理解しているのかどうか。
頼朝の命令に反いたことにもなるし、義経に対する態度が悪かったという印象も残ってしまいます。
景時は聡明な割に、どこか人情の機微に疎いところが……。
一方の義経も「兄上はわからん」と疑問を抱くだけで、ここで立ち止まったりはしません。
景時に「気になさいますな、勝てばよいのです」と煽られると、すぐに、平家をどう攻めるか?という軍略を考えている。
・幼い帝をお守りすること
・三種の神器を取り戻すこと
それを第一に考えるべきだと景時が忠告しても、義経はまるで聞いていないかのように話を続けます。
「帝と神器は、戦に勝てば戻ってくる……そうだ、舟の漕ぎ手を狙うのはどうだ?」
義経は、かなり雑なことを言い始めました。
景時も何かおかしい。以前ならば雑な策を出されればメンテナンスをするようなところがあったのに、どうもそうではなくなった。
漕ぎ手がいなくなれば一気に勝てるとうれしそうな義経を止めることすらない。
なぜだ?
神に選ばれた相手に反論は無駄だからか、それとも破滅を待っているからなのか。
どうにもわかりません。単純な嫉妬だけではない、何かがあります。
義経は戦を変えると言うけれど、実は兵法の練度が高いのは景時だと思えるのも確か。
戦国時代になれば景時の言い分が通るようになり、総大将なのに突出すると「空気読め」と家臣に叱られることもありました。
中国ですと『三国志』の時代は、変わり目の時期にあたります。
北方からやってきた呂布の部下で、呂布の死後、曹操に仕えた張遼が興味深い。
張遼が突出して活躍をしたところ、曹操は注意しました。
「総大将のくせに悪目立ちするというのは、兵法を理解していないということ。今後、うちの軍ではやったらダメだぞ」
兵法の理解度の問題ですね。
個人的武勇よりも、素晴らしい作戦を隅々まで伝達して、いざ実行させるのが名将の条件となる。
何事にも過渡期はあります。
壇ノ浦の戦い
元暦2年(1185年)3月24日朝――運命の【壇ノ浦の戦い】が幕を開きます。
平家500艘に対し、義経軍は800艘。
範頼とその配下たちが、陸地からその様子を眺めています。
逃げて来た者は捕らえる。殺してはならぬ。
そう命じるのが範頼であり、これも重要なことで、勝つことと同様に不要な殺戮をしたくはない、というのが彼なりの考えですね。
迫田孝也さんが扮する範頼は、人柄の良さが顔に出ています。
では菅田将暉さんの義経は?
まるで「何か人ではない生き物になった」かのようで、まるで獲物を見つけた猛獣のような顔です。
何がどうなっているのか、理解できないというか、とにかく怖い。
その何かがこう叫ぶ。
「敵は十分引きつけた! ためらうことはない、漕ぎ手を射殺せ!」
こう言われると周囲はざわつく。それでは末代までの笑いものになると重忠は困惑して言います。彼は景時とは違う。魔道に堕ちて欲しくないのでしょう。
「笑わせておけ。矢を放てー!」
そう叫び、自ら漕ぎ手を射殺する義経です。なんとも生々しい絵だ。
陸から眺める範頼の配下も唖然としています。
義盛なんて目がまんまる。義村だけが「そう来たか」と学ぶような口調ですね。
義経は叫び、矢を打てと煽り、観念した兵士は漕ぎ手に矢を向けます。
「南無三……」
思わず重忠がそう呟く。慈悲があり、信心深い彼にとって、これはあまりに辛い光景でしょう。
彼は死にゆく敵だけではなく、魔道に堕ちる義経も憐れんでいるのかもしれません。
八艘飛び そして入水
八艘飛びをする義経。
もはや戦の流れは義経たちのもので、源平合戦の決着がつこうとしています。
八艘飛びは実物が見たかった。今回は妙な演出はせず、動きを丁寧に追う誠実な見せ方です。
日本史上最も重量のあった大鎧を着用し、しかも義経は総大将だから特に動きにくいものを着ています。
それをハーネスで吊り上げて、飛ばせるわけですから、想像を絶するものがありますね。
菅田将暉さんの凄みは「天衣無縫」にあるのでしょう。彼は『土曜スタジオパーク』で、所作をものすごく苦労しつつ努力している旨のことを語っていました。
しかし、映像になって出てくると、ごく普通に飛んでいるようにも思えてくる。
そういう縫い目も見えない綺麗な衣なのでしょう。ものすごい表現力ですね。
義経の攻勢に押され、平家の総大将である平宗盛が船の中で絶望している。
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「もはやこれまで」
「父上……」
宗盛の背後には子の清宗と、安徳天皇がいます。
一方の義経は敵の頸に刃を突きつこう叫ぶ。
「帝はいずこにおわす? 神器は!」
相手が指さした方を見る義経。
陸上では、義村が周囲に「あれを……」と見るように告げています。
清盛の妻であった二位尼がしずしずと舟の上を歩いています。
背後には三人の女性たち。神器を抱え、彼女たちが海へ次々に飛び込んでゆきます。ついには幼い安徳天皇が母の徳子に抱かれ、海へと落ちてゆくのでした。
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「嘘だろ……あーっ、や、やめろー!」
義経がそう叫ぶも、何もかもが遅過ぎた。
視聴者ですら胸が詰まりそうなのに、当時の人々はどうであったか。
丁寧に合掌をする重忠からもそれはわかります。この重忠の姿は「なぜ鎌倉時代は仏教が盛んになったか?」という問いかけへの答えそのもののようにも思えてきます。
心の容量を超えてしまう打撃を和らげるために、武士は仏を必要としたのでしょう。
義経も息を荒くし愕然としています。
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「この先、私は誰と戦えばよいのか」
義時が海岸を歩いています。
矢が刺さった平家軍の屍がいくつも転がっている。武士の誉れも何もかもが虚しい。おそるべき虚無の中を歩いていく。
撮影技術が磨かれていて、ドローンによるショットから、何から何まで駆使して、この虚しさを見せてきます。
大自然はこうも美しいのに、そこで人々は殺し合う。
根源的な業を感じる映像が続きます。
「お見事にございました」
義時は義経を見つけ、そう声をかけます。義経は「策が当たったな」と言いつつ、義時の暗い表情を見てこう続ける。
「どうした? これは戦だ。多少の犠牲はやむを得ん」
「多少でしょうか」
「勝たねば意味がない。これまでに討死したものの命が無駄になる。お前の兄も戦で死んだらしいな」
「はい」
「無駄にならずに済んだぞ」
そういうものだろうか?
そんな疑念を感じているのでしょう。義時が言葉を絞り出す。
「兄は平家に苦しめられる民のことを思っていました。果たして喜んでくれているのかどうか」
「私の戦にケチをつけるか」
「そうではございませぬが」
この会話には義時の彼らしさがギュッと詰まっています。
モヤモヤしているけれども、正面切っては言えない。重忠ほど真っ直ぐに何か疑念を呈することすらできない。
かといって景時のように罠にかけるわけでもない。敢えて軽く撫でるようなことを口に出してしまう。
もしも『麒麟がくる』の光秀のように思想があれば、何がどう悪いのか敢えて諫言をするのかもしれないけれど、義時はそうはできない。
そんな義時に向かって義経はこう言います。
「死んだ漕ぎ手は丁重に葬ってやれ」
そして血のついた顔でこう続ける。
「義仲も死に、平家も滅んだ。この先、私は誰と戦えばよいのか。私は戦場でしか役に立たぬ」
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この言葉を景時が聞いたら何と言うだろう?
戦という役目を終えた戦の神は天に帰れ――そんな風に言うのではと思えてきて、おそろしいものがあります。
平家は滅んだ……しかし……
鎌倉で頼朝は勝利の知らせを聞いています。
時政は嬉しそうに、山木攻めから五年、あっという間でござったと振り返っています。
これには盛長も同意しますが、頼朝は冴えない。
帝をお救いすること叶わず、三種の神器のうち宝剣をなくしてしまった。こんな調子では平家を倒したことにはならにぬ。九郎のやつを叱りつけてやる! そうイラ立っています。
政子が寝所で眠ろうとしていると、頼朝がやってきます。
「どうされました?」
「平家が滅んだ」
「おめでとうございます」
「九郎がやってくれた、九郎が……平家が滅んだ!」
そう言いつつ啜り泣き、ついには泣き出す頼朝。政子はそっと身を寄せます。
「政子……」
「おめでとうございます」
白い寝巻き姿の政子が美しく、頼朝はどこか小さく見えます。
信じる心が消えつつあった夫婦のようで、弱り切ったら何もかも知る相手に頼りたくなる。そんな姿が見えます。
義経も、頼朝も、父の仇討ちまでは人生の計画にあったのでしょう。
それが無くなり、どっと虚しさを覚えている。英雄だからこそ小さく、弱々しげに見える。そんな複雑な姿があります。
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景時から頼朝への報告
義経は京都へ。
後白河法皇の前で酒を飲んでいます。
見事な戦いであったと法皇が褒め、丹後局と平知康が相槌を打つ構図です。
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平家がこれほどまでにあっさり敗れるとは……と驚いている法皇たち。
義経は宝剣を紛失したこと、安徳天皇の救出を失敗したことを詫びています。
しかし、法皇はさして気にしていない様子で、宝剣は見つかるかもしれないし、帝が死んだとも限らないって……そんなわけがないだろうに。
しまいには話を逸らすように、獅子奮迅の働きを聞きたいと促しています。
そのころ御家人たちは、手柄を独り占めするかのような義経のことを呆れたように語っています。
そして「クソ真面目な方」は何をしているのか?と……源範頼のことでした。彼はまだ宝剣探しをしているようです。
義村は、義経が漕ぎ手を殺して評判を落としたと皮肉げに語る。
重忠は梶原殿がなぜ止めなかったのかと苦い顔です。
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御家人たちは義経に敬服するどころか、距離を置いて見るようになっていました。
景時は一人、先に帰っています。そして鎌倉で報告。
戦においては確かに神懸かり強さ。
しかし才走り手柄を独り占めする。
人の情けを気にしない。
壇ノ浦では舟の漕ぎ手を射殺し、一ノ谷では急な崖を馬で降れと命じた。
義経の行状を伝えると、頼朝は苦々しげに、勝利のためには手を選ばぬとまとめます。
盛長が九郎殿がおられたから平家を滅ぼせたことは事実と言っても、頼朝はそれを認めつつ、かえって不満が募っていく。京都では義経のことで持ちきりなのだと。
時政は義経が強すぎると見抜いています。
2~3回負けていたら大きくなると言いますが、それはどうでしょうか。義経の場合、あまりにスケールが大き過ぎて、負ける時は死ぬ時だけのような気もします。
頼朝が呼び戻すように言うと、大江広元が否定的見解を申し上げています。検非違使に任じられたからには京都を離れられない、と。
郷御前がいるとも知らず静御前と
京都の義経――群がる若い娘たちに「見せもんじゃねえぞ」と凄む弁慶です。
義経がどこへ行ってもキャーキャー。なぜ義経の場所がわかってしまうのか?
そう弁慶がボヤくと、義時が、あなたがいるからでしょ……と見抜いています。あの体格・姿は目立ちますからね。
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義経は、戦に勝ってどうして兄上に怒られるのかと不満げです。
私はただ、兄上の喜ぶ顔が見たいだけなのに……そんな義経に、義時は早く鎌倉で説明なさるべきだと忠告しています。
「帰れるものなら帰りたい。検非違使になんかなるんじゃなかった」
そんな義経に、自ら法皇様に頼めばいいと説得しようとします。
「御曹司さん、ぜんぜん釣れへん」
静御前が魚釣りをしていました。
義時はそれを見て比企の娘・里もいるのでは……?と戸惑っています。そんな義時の懸念をよそに、義経は静を追いかけ、楽しそうにしています。
と、恨みがましい目で義経を見る娘がいました。
比企一族の娘・里です。
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これだけでも十分酷いですが、義経は平家一門の蕨姫まで寵愛していたと言います。なんとも気の毒な話ですね。
頼朝の女癖とも違うけれど、こちらも十分に酷い。
このあと義経は鎌倉に戻りたいと法皇に訴えています。
しかし、法皇は自分より頼朝がよいのか引き留める。
「そういうわけでは……」
歯切れの悪い義経。
静と里のことを思い出してください。あれはあれ、それはそれ。義経はこういう天秤にかける人間関係に縁があるようです。
法皇は、かわいらしく、そばにいて欲しい、鎌倉から帰ってこないのではないか?と訴えます。そんなことはないと否定する義経……って、なんなの、ラブコメか!
法皇がなぜかわいいのか、私にはもう理解できない。
宗盛と義経
解決策がなく、なかなか妥協点が見つからない二人を前にして、丹後局が「平宗盛を活用するアイデア」を提案します。
宗盛を鎌倉に連れて行かせる
↓
検非違使は罪人護送もするからちょうどよい
↓
しかし宗盛の首はあくまで京都で刎ねる
↓
鎌倉で頼朝に見せ、京都で首を斬る
もう、こんな風に利用をされてしまう宗盛が哀れでなりません。
では、その宗盛は? と言うと、死罪と決まっているのに随分穏やかだと義経は意外そうに言います。
宗盛は「人が一生で出来るあらゆる楽しみを味わってきた、未練はない」とキッパリ。ただひとつ、我が子の清宗が気になってはいるようです。
うーん、なんという宗盛。これは大したものです。
どうしても兄・重盛と比較して、賢兄愚弟とされがちな人物ですが、本作の宗盛は聡明かつ高潔でもあるようだ。
確かに平家を率いるものとして、財力と権力を使い楽しいことはいくらでもできたでしょう。
しかし本当に貪欲でどうしようもない人物は、足りることを知りません。こうもキッパリと未練がないと言えるのは大したものだと思います。
義経はそんな宗盛に対し、罪人同士で話をさせるわけにはいかないと二人の面会を断ります。
すると宗盛はこんな願い事を……。
「首はどこぞで晒されたとしても、体だけでも親子揃って埋めて欲しい」
義経は、鎌倉に着いたら兄に掛け合ってやるとしか言いようがありませんが、同時に宗盛と、その兄・重盛はどんな関係だったかと質問をしています。
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宗盛は悲しげに言います。兄が生きていればこんなことにはならなかった――と、自身の拙い采配を認めるような、謙虚で責任感のある人物です。
義経はそんな宗盛に、仲違いしたことがあったか?と尋ねます。
「ござらぬ」
仲が良いからかと思えば「心を開きあったことがない」からとのこと。ただし「それでも信じ合っていた。それが兄弟というもの」と言い切ります。
平家一門同士の格差もなかなかえげつないものがあり、団結していたわけでもありません。
しかし本作は源頼朝と敵対する側をクリーンにすることで、権力の醜悪さを描いていると感じます。
頼朝と義経にはない美しい兄弟愛がそこにはあります。
のみならず、平家一門には同情に値する美しさもあったのでしょう。だからこそ人は長いこと『平家物語』を愛していたのかもしれませんね。
小泉孝太郎さんの宗盛、よいものを見せてもらいました。
こういう風に演じられることで蘇ることこそ、その人物にとってよい供養だと思えます。
次の鎌倉殿が自分だと思いかねない
一方で頼朝はまたもドス黒い。
義経が検非違使を辞めていないことにイラ立っています。
丹後局が提案した策の中身に勘付いているものの、それはあくまで義経の考えたことだと思い始めている。この兄弟は信じ合えない。
景時も大掛かりな猿芝居だと喝破。
法皇様の寵愛を受けた義経は「次の鎌倉殿が自分だと思いかねない」と煽ってきます。
この場にいる義時は?
義経に野心があるとは思えない!と必死に打ち消そうとします。景時はそれでも鎌倉に入れてはならないと主張。義時が、ありえないとさらに主張すると、景時は凄みます。
「言い切れるか?」
景時らしい狡猾な追い詰め方ですね。こんな風に煽られたら、そう簡単に「絶対」とは言い切れず、一瞬立ち止まってしまうのが人情でしょう。
そして頼朝はもう心を決めてしまいました。
「決めた。九郎には会わん」
安達盛長も困惑して「それは流石に……」と口籠もっています。
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頼朝は宗盛だけに会うとして、腰越に留めおくよう伝えます。
「奴を決して御所に入れてはならぬ!」
義時は景時に反論します。義経はただ兄と会って話たいだけだ。
しかし景時には別の理論があります。「戦場で義経の戦いぶりを見ただろう」と迫ってくる。
景時が正しいと思えるところが厳しいですね。漕ぎ手を殺し、武士の道に反し、暴走して帝と神器を海に落とした。信じろと言われてそうはできないことも確かです。
景時はまたも信心深い理論を持ち出す。
義経は神に選ばれたお方。頼朝もそう。二人が並び立つはずがない。
両雄並び立たず――ということでしょう。
このことを頭の隅に入れてから、扮装写真が公開された坂口健太郎さんの北条泰時、瀬戸康史さんの北条時房の顔を並べてください。
この両雄は並び立ち、支え合います。
いくつもの失敗を経て、鎌倉とそこに住む人々も変わってゆくのです。
宗盛に怒りは湧いてこない
義経は腰越に到着します。
時政が出迎え、宗盛を鎌倉に連れて行くと、九郎殿はここまでと言います。それが鎌倉殿の考えであると。
「わけがわからぬ! なぜだ!」
そう悔しがる義経に、宗盛は文を書いてはどうかと提案します。兄に対する思いを文にして届ければわかってもらえるかも。
しかし苦い顔になる義経。戦しか能がないから、そのような文は書けぬのだと。
宗盛は、ならば自分が書くと提案します。
そして5月16日に鎌倉入りを果たす宗盛。出迎えたのは時政とりく(牧の方)です。
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宗盛はりくを昔六波羅の館で見かけたと言います。そして鎌倉の暮らしを尋ねると、りくは京都暮らしの自分はまだ慣れないと苦々しく言い切ります。
対面はあっさりと終わりましたが、時政が妻の言葉にギョッとしています。
これは辛い! わかりあった夫婦のつもりがそうではなかったのか。これだけ長く暮らしてもわかりあえないのか。
じゃあどうすればいい? そんな時政、愛を探す旅が始まっちゃったのかもしれません。ここにも不穏な気配が……。
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牧氏事件(牧氏の変)|新将軍の擁立を画策する時政が義時と対立 その決着は?
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宗盛は義経から預かってきたという文を取り出し、渡します。
頼朝は御簾越しに宗盛の姿を見ています。
そして、後にこう振り返ります。
「不思議なものだな。こうして父の敵を討つことができた今、宗盛の顔を見ても何の怒りも湧いてこなかった。むしろあの清盛の顔と重なり、幼き頃に命を救ってもらったことに感謝していたくらいだ……」
そしてあの頼朝が……上総広常をあっさり殺し、源義高に追手を放った男がこうきた。
「死罪は勘弁したいところだが、まあ、そういうわけにもいくまい」
頼朝と義経……嫌なところがそっくりだ。両者とも憑き物が落ちた。そして次に牙を剥く相手を探しているようだ。
親子の時間を作り、芋の恩返し
頼朝は見つけてしまいました。
腹が立つ対象――それが義経になってしまった。あの文を読み、怒りを募らせているのです。
どこが腹たったのかと大江広元に指摘するよう命じます。
検非違使に命じられたことは当家の名誉であり、世にも稀なことと、これ以上はないと書いてある。
しかし頼朝も右兵衛権佐(うひょうえのごんのすけ/佐殿・武衛とも)です。その官職を知らないからこういうことを書いたのは明白。そう激怒しています。
宗盛を連れてとっとと京へ戻れと怒る頼朝です。
義時がこのことを伝えに行くと、義経は兄上の言うことならばと聞き入れます。
そして宗盛を京都へ送っていく……その前に……。
「父上!」
宗盛の息子である清宗がいました。今夜は親子でゆっくりと語り合うがよいと義経が促します。
「九郎殿、かたじけのうござる」
宗盛もせめての気遣いに感謝しています。
義経はこの腰越は以前来たことがあると、義時に語ります。
平泉を離れて兄上に会いに、鎌倉へ向かっている途中に立ち寄ったのだと。
義経はそうして出会った兄と決裂した今、法皇様を第一にお仕えすると覚悟を決めています。
京都で源氏として恥じぬ生き方をするのだと。
「私は検非違使尉、九郎判官義経だ!」
そう言い切る義経の前に、藤平太たちがやってきて、大勝利を讃えています。
懐かしい顔だと喜び、約束していた芋をたっぷり贈る。
「なんと!」
「食べてくれ」
「九郎殿は大した方だ!」
藤平太は思い出話をしています。義時も微笑みながら芋を頬張る。
義時がかつて目指したものがここにあるのかもしれない。
義時の兄・北条宗時ならば、こうして芋を食べる民を見て、「このために勝った!」と喜びそうな光景がそこにはあります。
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時政の嫡男で義時の兄だった北条宗時|最期は祖父・伊東祐親の軍に囲まれ
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MVP:源義経
今週はまたも技巧が効いています。
有名な「腰越状」は偽作説があります。
本当に義経が書いたかどうかは疑義があるため、それをプロットに盛り込みました。
義経の突拍子もないような言動も、近年の研究成果を活かしてのものと言えます。
大河が大好きな研究者に、小島毅先生がおります。
専門が宋代の思想なので、日本史の本を書いている場合じゃないとボヤきつつ、大河本を何冊も出しておりまして。
大河『義経』に突っ込んだ一冊『義経の東アジア』(→amazon)があります。
本作の制作サイドはこの本を意識したのかと思えるところもあります。
小島先生は、義経の残虐さが薄められることに大いに不満があるのですが、本作の義経描写には納得するかもしれない。
突拍子もないようで、根拠はある――そんな三谷幸喜さんの作劇スタイルが凝縮したような義経。それを菅田将暉さんが受け取って演じる。
これはもう本当に凄いことだと思います。
『土曜スタジオパーク』に菅田将暉さんが出ていて、演じる上でのことを語っていたわけなのですが、相当緻密に組み立ててきている。
しかし、実際の画面では、あっけらかんと、あっさりと、力むことなく演じているように思える。
そんな義経が不思議で魅力的でした。
よく知っているようで、全く知らないような。
不思議な存在が目の前にいて、ただただ、圧倒されました。
こういう義経を見るために、私は今まで生きてきたんじゃないか。そう思えるぐらい凄まじく、ただただ圧巻でした。
総評
義経はまるで流れ星、神のようだ。そんな神をどう倒すか考えるような景時もすごかった。
神も偉大だけれども、神殺しになるべく挑むものもまた偉大なのです。
そんな義経と景時の対比がやはり眩しい。
時代を先んじていて、普遍的な使い勝手の良さを見せる梶原景時。これはもう、配下として欲しくなる男だと見るたび思います。
そういう人間の頂点が景時で、その上の神が義経。
神を倒すべく奮闘する景時は、時に狡猾だけれども素敵です。
……と、主役の義時はどうしたんですか、義時は!
そう言いたくもなるけれど、彼もまたすごい。失敗や反省の数々を眺めつつ、何かを学んでいるようで、ある意味一番恐ろしいかもしれません。
なんでしょうね。義経や景時はキッパリこうだといい切れるけれど、義時は何なのかサッパリわからない。
グネグネとしていて形を変える不思議な生き物に思えてきた。
『プロフェッショナル 仕事の流儀』で小栗旬さんの回が放送されました。それを見るうちに謎の解明に近づいた気がしたのですね。
小栗旬さんのイメージって、自分にとってはあまりない。なんかイケメンで人気の人ね――その程度でした。
そのイメージを覆すような、迷いに迷う役者が小栗さんでした。しかも本人は自分に納得できていない。
大河出演回数で言えば、同年代でトップクラス。人気もあるのに、この人はなんなんだ……そう思いながらも、だからこその義時役だと思えました。
義時はこうなるという確固たる目標がないまま、ただもがき続けてて上り詰めたように思えます。
「何もしない人」なんて言い方も見かけるほど。
でも、彼なりに努力して一生懸命だったのだと思えます。
番組で小栗さんはずっと迷っているというか……どうすれば最善なのか考えていて、自分の中にある理想の役者を目指してずっと走っていて、その迷い方が義時なんだと思った。
『麒麟がくる』のときの長谷川博己さんは、明智光秀はずっと孔子の理想を追い続けた人だと語っていました。
彼は理詰めのタイプだと思います。そう演じるものの目標がわかったら、その言葉を読み込んで胸に宿すことができます。流石だと思いました。
では義時の場合はどうなるか?
たぶんそこまで強固に儒教の理想を飲み込めてなくて、走りながら考えるような人生だったと思うのです。
光秀は麒麟を思い描けるけれど、義時はそれすらできない。そういう迷いがある。
そんな、時代ならではの苦難や困惑を演じるうえで、小栗さんのように誠実に迷う人はピッタリだと思えました。
バトルの取捨選択
今週の放送は、時間いっぱい壇ノ浦の戦いが描かれました。紀行をずらしてまで放映時間を長くして、ありとあらゆる総力を注ぎ込んでいた。
その上でこのニュースに突っ込みますと……。
◆【鎌倉殿の13人】屋島の戦いは“ナレ終”「香川県民涙目」「那須与一ガン無視」の声【ネタバレあり】(→link)
こういうネットでSNSの声を拾って、ニュースにすること――これには疑念しかありませんし、屋島を省略した理由はわかるかと思いますが。
要するに、戦と同じで、ここを攻めると絞った方がよいということ。
那須与一は知名度が高いからこういうことを言われるのでしょう。しかし今までも省略はありました。
三浦義明や熊谷直実。私としてはせっかく出しておきながら、平知盛が壇ノ浦にいないことも惜しまれるところであります。
とはいえ、全員の要望を受け入れるにはおのずと限界がある。
絞った範囲を迫力たっぷりに描くこと。これが何より重要なことでしょう。
具体的に言えば義経の八艘飛び。
それと漕ぎ手を射殺することで動揺する畠山重忠の態度。
そういうところに気合を入れているのでしょうね。
海上戦闘はともかく金がかかります。壇ノ浦だけに絞ったことは正解だと思います。
今回の壇ノ浦は、今後の大河の浮沈を決めるほどの気合を感じました。
当時の日本の海上戦闘としての特徴が出ていて、素晴らしいと思います。
大型船がないし、帆をかけて動かすようなこともない。ゴチャゴチャしているところが個性で、その特性がよく出ていると思えます。
NHKも色々と反省をしていて、学び、生かしていると思いました。
失敗例としてあげて申し訳ないのですが、大河『平清盛』の場合、序盤に出てきた架空海賊の船が大きすぎました。
海賊如きが持っているとは思えないほど本格的なもので、あれは宋との貿易をするつもりとしか思えないのです。
海上戦闘では特に役に立たない船。
それなのに莫大な予算が注ぎ込まれて悪影響があると感じたものです。
日宋貿易をしていた清盛の先見性を描きたい意図はわかるけれども、ちょっと前のめり過ぎました。
そして大胆な絞り込み戦術。これはグローバルスタンダードであり、戦闘シーンは金がかかるので、VFXを使い、ここぞと言うときにだけ描くのは歴史劇の定番です。
あの『ゲーム・オブ・スローンズ』ですら、原作より合戦がかなり少ない。
『三国志』もののドラマレビューに「赤壁の戦いがないのはどういうことだ!」というご意見もつくのですが、魏目線の『軍師連盟』や『三国志 Secret of Three Kingdoms』では描かれなくて当然といえます。
自分が思う通りにならないからと、「ナレなんとか」と書き込むのはどうかと思います。
取捨選択は作り手に任されるものであり、かつその選び方に個性や考え方が出てくる。
私だって言いたいことはあります。
たとえば渋沢成一郎を大きく取り上げながら、彰義隊について描かない大河とは一体どういうことか?とか。
知名度優先で、人気の土方歳三は描いても、彰義隊はどうでもいいんだな……とまぁ、それはさておき。
今週の壇ノ浦は素晴らしかった。何もかもが気合を入れていると思えました。眼福です!
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト


























