五行相剋――この思想には「陰陽五行」が根底にあります。
中国、朝鮮半島、日本、ベトナム……つまり東アジアにあった思想です。
男女。
昼夜。
生死。
寒暖。
この移り変わりによって世界は成立する――そんな思想ですね。
自然も人間も、何もかもが陰陽の中で生きている考え方であり、そもそもは春秋戦国時代に生まれ、他の思想にも受け継がれてゆきました。
陰陽――。
どちらが善で、もう一方が悪ということではない。どちらも必要であり、移り変わってゆくと認識されています。
どちらかだけが正しいのではない。両者のバランスが崩れることこそが、悪であるとされたのです。
漢代には、この陰陽と五行の思想が合体。
【季節、色、方角、五神、感覚、五臓、味覚、感情】を以下の武将に当てはめて考えるとこうなりましょうか。
木:樹木が芽吹き伸びるような、あふれる生命力(明智光秀)
春、青、東、青龍、視覚、肝臓、酸、喜
木:deepskyblue
#00bfff
火:燃える熱気(足利義昭?)
夏、赤、南、朱雀、聴覚、心臓、苦、楽
火:orangered
#ff4500
土:万物を生み出す(織田信長)
土用、黄、中央、黄麟または黄龍、嗅覚、脾臓、甘、怨
土:gold
#ffd700
金:金属のように堅実(豊臣秀吉)
秋、白、西、白虎、味覚、肺臓、辛、怒
金:whitesmoke
#f5f5f5
水:冷たさと命の源(徳川家康?)
冬、黒、北、玄武、触覚、腎臓、鹹(しょっぱい)、哀
水:dimgray
#696969
日本での曜日も、陰陽五行が採用されています。
日(陽)
月(陰)
火
水
木
金
土
注目したいのは、本作では黄色を身につけた信長の五神が「黄麟」であることでしょうか。
メインビジュアルで、光秀の背景が「黄」であることも気になります。
信長が麒麟であるのならば、待ち望んだ存在をどうして光秀が討ち果たすのでしょうか?
『麒麟がくる』で「来ない」と話題になった――そもそも「麒麟」とは何か問題
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【公式設定を踏まえた追記】
第10回放送前の『NHKウイークリーステラ』3月27日号にて、公式設定が判明しました。
それに伴い訂正分を加筆させていただきます。なお、以前の記述も伝統的な思想によるものであり、比較として残しておきます。ドラマの理解をより深めていただければ。
水(黒):斎藤道三
美濃の国は河川が多く、岐阜県には「清流の国」という美称もあります。岐阜県の基礎を築いた斎藤道三こそ、水を象徴するというのはふさわしいものです。
木(青):明智光秀
水から芽生え、伸びてゆく。みずみずしい春のような清らかさがある。そういう人物像が見られそうです。
火(赤):徳川家康
熱気、夏の暑さを象徴しています。落ち着いているようで、実はいつもメラメラと何かが燃えている。狸を覆す、そんな家康像が期待できます。
火(赤):徳川家康
熱気、夏の暑さを象徴しています。落ち着いているようで、実はいつもメラメラと何かが燃えている。狸を覆す、そんな家康像が期待できます。
土(黄):織田信長
中国では、隋代以降、皇帝のみが黄袍(こうほう)を着用できました。
日本では、天皇のみが着用する黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)がこれに該当します。
黄という色には、それほどまでに重要かつ、特別な色です。
「麟」を花押にすること。「黄」を用いること。この時点で、信長こそが新時代到来を象徴する特別な人物であると示されているのです。
それほどまでに重要な人物を、光秀はなぜ討ち果たすのか? そのことを見守りましょう。
金(白):豊臣秀吉
成り上がりものである秀吉に、白い衣装を着せること。これはなかなか挑戦的なことだそうです。
洗練されていて、刃物のように何かを切る。陽気で明るい太閤さんとは違う、そんなシャープな像を期待できます。
蒼天已に死す、黄天まさに立つべし
戦国時代の話題なのに、なぜ『三国志』の話になるの?
そう思われても仕方ないところではありますが、意味はあります。
『三国志演義』等のフィクションのせいか。
あやしい魔術師のような張角と、彼が率いる黄巾党――彼らなりに思想はあり、理念を掲げていました。
もはや天下は持たない。ならば、新たな思想が必要ではないか?
そう掲げてこそ、あのスローガンがあったのです。
蒼天已に死す、黄天まさに立つべし
(蒼天はもう死んでいる、黄天こそ立つべきだ)
ただ、不可解な点があります。
漢王朝を示す色は「赤」です。「蒼(青)」ではありません。
「黄」という色は「蒼(青)」を象徴とする何かへの抵抗を示してもいるのです。
「黄」は道教の「黄老思想」の象徴でもあります。これをふまえて、儒教=蒼と解釈することもできます(諸説あり)。
『三国志』の英雄たちは、戦いへの勝利だけではなく、新たな思想の確立にも挑んでいました。戦乱にあって不完全ではあったものの、彼らの思いと挑戦は後世に引き継がれてゆくのです。
するとここで気になってくることがあります。
『麒麟がくる』において明智光秀は、儒教の教典である『四書五経』を二年で習得し、かつ引用していました。『三国志』のことを踏まえますと、光秀の掲げる儒教の理想は、乱世で踏みにじられてしまうのかもしれません。
光秀が信長を討ち果たすことも読み取れる
これをふまえて、五行の関係も考えてみます。
相生:王朝と政権交代、生み出してゆく【陽】の関係
木(明智光秀)→火(足利義昭)→黄(織田信長)→白(豊臣秀吉)→黒(徳川家康)
木生火:木が燃えて、火を生む
火生土:物が燃えれたあとに灰が残り、それが土に還る
土生金:土を掘り、金属を得る
金生水:金属の表面に、水滴がつく
水生木:水があればこそ、木が生えて茂る
光秀の前にあった木が、足利一族を生み出した。
しかし足利義昭は滅び、信長が台頭する。
信長が倒れ、秀吉が関白として天下を治める。
その秀吉を倒し、家康が江戸幕府を開く。
家康の江戸幕府が……そして今に至る。
相剋:対立し、相手を打ち滅ぼす、【陰】の関係。
木剋土:木は土から養分を吸い取ってしまう
土剋水:土で築いた土塁や堤防は、水を止める
水剋火:水が火を消す
火剋金:火が金属を熔かす
金剋木:金属の刃が、木を伐採する
光秀は、信長から命を奪う。
信長は、家康の正室と嫡男を殺すよう迫る。
家康は、足利家に代わる将軍家を築く。
足利将軍家の称号は、秀吉には譲られることはなく、権威に傷を残す。
秀吉は、光秀を撃破する。
つまり衣装の時点で、光秀が信長を討ち果たすことが読み取れるのです。
実に高度な設定ではないでしょうか?
こうした背景を踏まえつつ、今後「どんな衣装が出てくるのか」そんな点にも注目していると、本作をもっと味わえるかもしれません。
文:小檜山青
【参考文献】
『日本の伝統色 (Graphic Design)』(→amazon)
『中国の歴史を知るための60章 (エリア・スタディーズ87)』(→amazon)
『「三国志」の政治と思想 史実の英雄たち (講談社選書メチエ)』(→amazon)
『人事の三国志 変革期の人脈・人材登用・立身出世 (朝日選書)』(→amazon)
他