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その旋律は、かつて亀之丞が奏でていた思い出のメロディだった
歌とは、高瀬の鼻歌。その旋律は、かつて亀之丞が笛で吹いていた、思い出のメロディでした。
なんでも高瀬によると、この曲は彼女の母がよく口ずさんでいた歌だったようで……。
やっぱり直親は、別の女の前で笛を吹き、口説いていたのか!
健気に「あれは井伊のために直親が残した忘れ形見だ」と言う直親。その姿を見守る政次の顔は、鶴時代に戻っています。
純朴な鶴時代と、父・政直のような策略家の表情を使い分ける高橋一生さんが本当に凄いです。
「おとわにこんな切ない顔をさせとは、亀め!」
「でも、おとわは俺のことを思っては、決してこういう顔をしないだろうな」
「そんなふうに健気で一途なおとわが、俺はやっぱり好きだ」
「おとわが笑顔でいられるようにするのが、俺の役目」
こういう感情の渦が顔から読み取れます。
昨年、きりが信繁に語った思いの丈みたいなのを、台詞で表現せずに表情にこめているわけです。凄い。
井戸の前で直虎&しの「あのスケコマシがぁああ!」
隠し子疑惑は決着がつき、高瀬のお披露目がされることに。
そんな中、直虎としのはあの井戸の横で出会います。直虎は明るく高瀬について語ります。
しのは煽りとマウンティングを封印しつつ語り始めました。
「寂しかったのですよ。直虎様を忘れていたわけではありません。そうでなければ、お二人の絆に嫉妬していた私も浮かばれないし」
そう言い残し去って行こうとするしのに、ついに直虎は本音を語り出します。
どれだけ直親が自分を愛していると言ったか。回想シーンつきで。新録もあるよ!
「どこぞの女とよろしくやりながら、あいつめ、よくも騙したなァーーーーッ! 歯の浮きそうなことまで言いやがって!!」
ヒートアップする直虎。三浦春馬さんの名演が、このうえなくゲスく見えるぞ!
さらにしのはこう駄目出し。
「アイツ、自分がイケメンだと思って、人の心を釣るようなことばっかり言っているな、と思ってたんですよ!」
ああ、わかります。爽やかイケメンであることすら利用し、人の心を操るあくどさが彼にはありましたね。
やっぱりわかってそういう展開にしていたし、作中の人物も気づいていました。これは辛い。
二人で「あの二枚舌野郎!」と激怒。
さらにしのはとどめを刺します。
「あのスケコマシが! 私たちはスケコマされたわけでしょう!」
名言来ましたねえ。直親への怒りで結束する、かつてのライバル。井戸に向かって、ヒロインにあるまじき台詞を叫ぶ二人。この二人とだけではなく、視聴者とも心がひとつになった気がします。
「死んで逃げやがって!」
「このスケコマシが!」
「首を洗って待っていろ!」
一通り叫んだあとで、今度は泣き出す二人。一人の男への怒りが二人を結びつけたのでした。こういう三角関係パターンも、ある。「女の敵は女」ではなく、「女の敵は女より、むしろゲス男」という真理をぶつけてきました。
涙で浄化 高瀬に対しては怒りをぶつけない
この瞬間、大河にたまっていた地縛霊のようなものが成仏された気がします。
夫に浮気されても涙を静かに流しながら、怒りをぶつけず心変わりを嘆いていたヒロインとか。
癒やし系の都合のいい女扱いされてもニコニコと微笑んでいたヒロインとか。
たとえ酷い目にあっても怒りをぶつけず、静かに耐えてきたヒロインたちの涙が、直虎としのによって浄化されました。爽快です。
ただし、直虎は高瀬に対しては怒りをぶつけません。そこがいい。浮気相手の子でも認める自分に陶酔しているわけでもありません。
高瀬に罪はないと、直虎にはちゃんとわかっています。
素晴らしい娘に育てあげて、「成長を見守りたかったな」と直親を悔しがらせてやる、というのが直虎の出した結論です。
こうして今や井伊の姫君となった高瀬の、お披露目の宴が開かれます。
思えば井伊家が集まるといえば、誰かが亡くなった葬式の時ばかりでした。いろいろありましたけど、このめでたい宴はほっとさせられます。どんな事情にせよ、姫という手札が増えるのは喜ばしいことです。
宴の席で政次は、「新たな敵が敵同士を結びつけたのかも」と語るなつに対して、「死せる直親、生ける二人を結ばせる、か」と呟くのでした。「死せる孔明、生ける仲達を走らす」のもじりであるこの一言から、彼の直親には勝てないと言う思いが伝わります。
直虎は南渓から、「井戸の赤子」の問いかけで同じような答えをしたと聞かされます。きっとユキという女はそなたに似ていたんだな、と慰める南渓。似ているから手を出したのかもって、そんなにいい話でもないような気がしますが、とりあえず本件はこれにて落着です。
そこへ松平から常慶がやって来ました。
諸大名を陰で糸を引くのは織田信長だった!?
常慶は、諸大名一連の動きを陰で糸を引くのは織田信長である、と告げます。
武田が今川と手切れになるのは、織田との同盟が背後にあるのだとか。近いうちに織田と武田で婚儀もあるはずだ、と漏らします。信長にせよ、信玄にせよ、この世界に存在していて動いています.彼らの動きは小さな井伊にまで及ぼうとしているのです。
常慶からの情報を、碁を打ちながら政次に語る直虎。直虎は瀬名への書状を常慶に託そうとしたのですが、常慶が殺害されて書状が今川に奪われると危険だとのことで断られました。その展開は、第一回で井伊直満が陥ったものですね。
元親友に書状も出せないと当主の窮屈さを愚痴る直虎に「いつ降りてもよいぞ」と言う政次。「馬鹿を申せ」と即答されるものの、それを楽しんでいるようにも思えます。
彼にとっては穏やかで、幸せな年の暮れ。直虎が当主となった一年はこうして暮れていったのでした。
苦虫を噛み潰す方久「駿府とかクソ喰らえでございますよ」
新年の挨拶のため、駿府に参る政次。
氏真は武田との手切れをほのめかし、「武田を決して海には出さぬ」と年賀に誓うのでした。
方久は今年こそ「尻の穴」問題を解決して、鉄砲(火縄銃)を完成させたいと抱負を述べます。ところが、氏真に「あとは駿府の商人に引き継ぐ」と一方的に契約解除されてしまいます。
井伊では綿布の見本が出来て直虎が喜んでいました。いろいろあった綿花栽培がこうして形になっているわけです。
そこへ帰って来た方久は、綿布を駿府で売れないか聞かれてむっとしています。
「駿府とかクソ喰らえでございますよ。あんな商売していたら熱い銭なんて手に入りませんよ。それよりこれからは気賀の時代です!」
奇妙な擬音つきでそう語る方久。
早速、直虎と方久は、新興商業都市・気賀に繰り出します。
ここは商人が治める街。活気に目を見張る直虎の近くには、先週脱獄した材木窃盗犯頭目がいるのでした。
MVP:井伊直親
回想シーンで、この破壊力。
見た時は感動的だった演技も全て胡散臭く見えます。そこまで考えて演じた三浦春馬さんも凄いし、こんな脚本を通したというのも天晴れです。
直親回想シーンで腹抱えて笑いました。ありがとうございます。
総評
ロマンスを求めるどころか、ロマンスに対して釘バットで殴りにかかえるような爽快感あふれた回でした。
「イケメン王子様に恋しちゃう♥」コンテンツごと殴りかかる無双感と申しましょうか。制服姿の男女が恋してきゅんきゅん系の映画予告編なんか見たら、絶対に笑ってしまう気がしますね。
そうか。
コツコツと積み重ねてきた少女漫画的描写は、今回、満を持して破壊するためでしたか! ドミノのような構成。驚異的な仕掛けです。
そして今日こそが『篤姫』成功以来続いてきた「プリンセス路線」、「スイーツ女大河」の葬式が行われた記念すべき日なのかもしれません。
本作は『江』や『花燃ゆ』路線に対するアンチテーゼであり、毒がたっぷりと含まれていて、その攻撃は鋭くパワーに満ちています。『八重の桜』は、前半部こそ惜しいところまで行ったものの、後半では良妻賢母路線に回帰し失速。昨年の『真田丸』は、きりのような型破りヒロインもありなのだとルールを書き換えましたが、引導を渡すところまでは行きませんでした。
「スイーツ女大河」を葬るのは、女主人公、女性脚本家でなければできない仕事でした。
本作は『江』や『花燃ゆ』においては退屈で、陳腐極まりなかった隠し子ネタを、痛快極まりない展開に変換して目の前に出して来たのです。
90年代あたりからディズニーは、自らが率先して広めた「王子様と結ばれてこそハッピー」という定型を崩し、ついに『アナと雪の女王』では「イケメンだろうが、初対面の王子と結婚するなんて駄目」という過去作品への駄目出しまでしました。
この手の自己批判と反省を大河がきっちりするなんて、正直なところ、嬉しい予想外です。
これはただのアンチテーゼや破壊活動ではなく、新たな可能性の提示でもありました。
「愛する人と結婚して、その子を産み、育てることこそが女の幸せである」
このスイーツ大河が好きな法則は、ゆるぎないようで脆いものです。
愛する人の中身がクズだったらどうするの? 子が出来なかったら駄目なの? それ以外の幸せはないというの?
一方、こうした決別に対して、本作はきちんと答えを用意しているのか。
その可能性はそれとなく示されていましたが、直親と結婚したところで直虎は幸せになれたとは限らない、とハッキリわかりました。
それに、直虎は不幸な人生を歩んでいるわけではありません。
周囲は気を遣い、前回の傑山のように「女としての幸せを捨てたのでは?」と思うわけです。
それを、直虎のいきいきとした表情は否定しています。
直虎は愛に生き、愛のために身を捧げただけの女性ではないのです。
きっかけは直親への思いがあったとしても、今は当主であることを楽しみ、苦難も鮮やかに切り抜け、責任を果たす喜びを見いだしています。
そのことを一番よく知っているのが政次なのでしょう。
直虎が「高瀬を立派な姫に育てて直親を悔しがらせてやるからな!」と言ったように、政次は「おとわを立派な当主にして、亀を悔しがらせてやる」と考えているかもしれませんよ。
おとわ、亀、鶴、三人の幼なじみは、過酷な運命にさらされているようで、実は型にハマらない幸せを見いだしていたのではないかと考えたい。直虎が不憫なだけの人生を送っていないように、政次もそうだと私は思いたいのです。
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著:武者震之助
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【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link)