『おんな城主 直虎 完全版 第壱集 [Blu-ray]』/amazonより引用

おんな城主直虎感想あらすじ

『おんな城主 直虎』感想レビュー 魂の総評【キジトラ編】※後編

こんにちは、武者震之助です。
前編に引き続き、今回も直虎への暑苦しい愛を語っただけの総評になります。
申し訳ありません。

昨年の『真田丸』は、脚本その他はよかったのに、合戦シーンが迫力不足だったな~と不満を書きました。
今年は主人公の状況の差もあり、そもそものハードルが低かった点もあるのですが、昨年より進歩を感じました。

肝心の合戦以外の駆け引きや、残虐性の強調で深刻さを出しつつ、最低限の人馬と最新学説の反映でそれらしく見せるという、限られた予算の中でのベストパフォーマンス、と言いましょうか。

赤備えの軍団がサンバを踊りながら押し寄せるような、そんな武田勢は画面をチラつくだけで禍々しかったです。
また、それを率いる信玄が、ライバルの死を踊って喜ぶような奴だと思うと笑いながらゾッとしました。
画面に出てこなくても、名前が出てくるだけでおそろしくなりましたからね。

たかが村を焼くだけと言われても、農民の復興でどれだけ苦労するか想像しただけで泣けてきましたし。
長篠の合戦で本多忠勝が、首を取る場面なんかは迫力がありました。

いろいろな積み重ねで、戦というものに厚みを出した、かなり高度なテクニックを駆使した一年だったのではないでしょうか。

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ナイスガイズ! どこまでもチャーミングな登場人物

本作の好きなところはたくさんありますが、何と言っても登場人物全員の魅力を引き出すようなところですね。

今川義元なんてほとんど喋らないし、恐ろしく不気味な存在でした。
それなのに、寿桂尼や氏真の夢の中では優しい父親の姿でした。

前述した近藤康用や酒井忠次にしたって、それぞれ大事な人を残酷な殺し方をしたわけであって。
頭が煮えくり返りそうなほど憎たらしかったのに、ある時から愛嬌でいっぱいになってしまいました。

織田信長もずっとあの怖い魔王ぶりを発揮していたのに、家康のために茶器を選ぶ場面で印象がひっくり返りましたよ。
勝手にあの強面から怖い人だと誤解して、すべての意図を曲解していたのではないか。
と、こちらが焦っているうちに、本能寺の変が起こってしまって、一体真相はどうなったのか。
信長をどうとらえればよいのか混乱してしまいました。

こんなふうにどの人物でも、出番が少ない人物でも、生き生きとしていて思い入れを感じさせてしまうのが本作の魅力です。
脚本を書きながら、森下氏が各人に愛情を感じていたことがよくわかります。

簡単なようでいて、これは凄いことです。

過去の大河ドラマでは、主人公の正統性を強調するため、サンドバッグのような悪人を用意することがありました。
『真田丸』ですら、大蔵卿局の愚かさに視聴者の憎悪が集まるような、そんな構造がありました。

ところが本作の場合、誰に対しても憎悪が集まらない構図になっていたのです。

絶大な人気を誇る小野政次を死に追いやることになった近藤康用ですら、憎みようにも憎めない人物でした。
最終的には井伊谷の人々に寄り添う、親しみすら感じる人物になりました。

かといって全員が完璧であったわけでも、善人であったわけでもありません。
絶大な人気を誇った小野政次も、迂闊で失敗につながるようなミスをしたり、配慮に欠けたりする部分がありました。

全員悪人でもあり、全員が善人でもある。
だからこそ、愛おしい。
そんな人物の描き方であったと思います。

脚本、演出、役者の力量、すべてが一体となって魅力ある人物を作り上げました。

そんな、本作によって悪人という従来の評価を覆された人物もいます。

小野政次瀬名です。

魅力ある人物を作り上げることで、汚名返上したのですから、本作はやはり素晴らしいと思います。
ヒロイン同様、一人だけでも素晴らしい人物が複数いれば作品が輝くのは当然のことでして。

龍雲党、井伊谷の村人、徳川家臣団といった集団が、わちゃわちゃと集まっていると、それぞれの個性が発揮されていて見ていて飽きないのです。
親しい人が楽しそうにはしゃいでいるのを見るような、そんな気持ちにさせられたものです。
ちょっとしか出てこない役でも各人の関係性が成立していて、素晴らしいと感じました。

 


虎が教えてくれたこと ブレずに突き進んだ道

本作の直虎や彼女の周囲の人々は、信じるままに歩むほかありませんでした。
個性の強い本作も、ありのままにテコ入れ軌道修正することなく、信じて突き進んだ強靱さがありました。

本作の個性は強烈です。
いきなり子役だけで何回も費やし、ファンタジックな竜宮小僧があたりをうろつく不思議な世界観。
前半のこの部分で振り落とされた人もいたかもしれません。

中盤は田植えだの木材伐採をしており、一体これは何のドラマかと感じたかもしれませんね。

そしてクライマックスに突入すると、視聴者にとってもヒロインにとっても最愛の人物である井伊直親や、小野政次が見るも無惨な死を遂げます。
本作を「乙女ゲーム」と言った人は、こんな展開をする乙女ゲームがどこにあるか考えてから、猛反省して欲しいと思います……。

終盤の新章万千代パートになると、史実に伏線と騙しをいくつも絡めつつ、歴史ミステリの感を増してゆきます。

どの章を切り取っても個性があり、それぞれ異なる味わいを楽しめました。
甘く、苦く、辛い……そしてとびきり個性的です。

森下氏の台詞回しは時に際どく、辛辣なユーモアセンスを持っていました。

「女子は血など見慣れておるからの!」
という台詞には思わずのけぞりましたし、色小姓にされると思い込んだ万千代が真新しい褌を締め出す展開にも驚きました。
笑わせるところでは笑わせ、泣かせるところで容赦しない。
喜怒哀楽にゆさぶりをかける手法は、とんでもないものでした。

もっと単純にしてもよいし、ひねらなくてもよいかもしれない。
むしろわかりやすく視聴率を取るならそれでもよいかも……そんな風に逃げず、森下氏のマエストロぶりに惚れ込んだ、岡本幸江氏の度量の大きさに感謝します。

前述の通り、衣装はじめとする美術も雰囲気をよく出していました。絶妙でした。
菅野よう子氏の伸びやかでドラマチックな音楽も素晴らしかった。
これまた個性が強く、耳に残るドラマチックなものがありました。柴咲コウさんの澄み切ったボーカルを生かした楽曲も印象的です。

オープニングにも驚かされました。
女性主人公を花にたとえることはよくありますが、本作の場合ただの花ではなく散って土になる花びらや、芽吹く力強さを示していました。
初めて見た時、「なんだこりゃ、理科の教育ビデオか」と呆気に取られたのですが、不思議な迫力を感じたことを覚えています。

あっけにとられ、不思議な迫力に魅了される。
ありとあらゆる面で、のびのびと世界観を作り上げた、それが本作の魅力なんですね。

安易な人気取りに走らない、剛直な魅力がたっぷり詰まっていました。

 


はじまりの大河 2010年代から始まる新たな大河

本作の放映中、過去の大河ドラマも見てみました。
かつては、私も夢中で見ました。
今見ても十分に魅力的であったものの、今年の作品と比べると古い……とハッキリと思える点がいくつかありました。

ヒロインを中心とした、女同士の嫉妬うずまく戦い。
女性同士はあまり団結せず、男同士の寵愛を巡って争ってばかりです。
男の愛を通じてしか自己実現できないヒロインの姿に、何だかムズムズしてしまいました。

武士の誇りのために戦う大名は、エゴイスティックにすら見えてしまった……戦場が荒らされてしまう民のことを考えてしまい、胸がきゅっとしてしまうのです。

このムズムズした感覚や胸の痛みが、『直虎』のもたらした変化なのでしょう。

2011年『平清盛』では何か新しいものを作るという野心を感じました。
しかし、その野心は空回りしていたことは否めないと思います。

2013年『八重の桜』で八重がライフルをとって走った瞬間、弾むような音楽が流れたとき。新たなヒロイン像が生まれる風を感じました。
ところがその風は後半になると失速し、笑顔の癒やし系ヒロイン像という、こじんまりとした型におさまってしまいました。

過去のヒット作の焼き直しではなく、新たな大河ドラマを作るという挑戦。
それは2016年『真田丸』と今年、やっと形になったのだと思います。

現時点で最新の研究成果を反映させながら、型にはまらない自由なキャラクターを作り出す。
講談や伝承の類いを排除し、ストイックな物語で勝負する。
武士だけではなく、民の生き方を描き、戦国時代という時代背景に厚みを持たせる。

ついに大河チームは、過去の栄光をチラチラと振り返りながら、その遺産で食いつなごうとする虚しい努力と決別したようです。
現代にふさわしい物語を作るために、週刊誌の記事や視聴率報道をシャットアウトし、力強く歩むと決めたわけです。
2010年代という長い間、時には手ひどい失敗もありながら、やっとここまでたどり着きました。

2016年と2017年は、大河ドラマの歴史の上で何か新しいものが軌道に乗った歳として記録されることでしょう。

 

直虎評価のハンディキャップ

本サイトで総評前編の【チャトラ編】が公開されてから、他媒体の評価も読んでみました。
女性が関わる作品というのは意地悪く、ハンディキャップを背負わされたうえで評価されるのだな、と改めて感じました。

本編で繰り返し「無名女性ならではの視点」を描いたにも関わらず(しかも、かなりよい出来で)、相変わらずしつこく「無名の女だから駄目だ」と言われる点。

ご存じの通り、大河は有名どころは大体ドラマにし尽くしました。

そこを打開すべくあえて難しいテーマを選び、それでも健闘したことを私はプラス評価したいのですが、どうしても隔年で三英傑でもやるべきだ、ともかく画面に三英傑がいれば視聴者は満足するのだ、と言いたい人は出てくるようです(個人的な意見を言わせてもらえば、主人公そっちのけでさして関係ない織田信長をじっくりと描いた数年前の大河は、散漫さを感じたのですが)。

本作は夏頃、寿桂尼と武田信玄の対峙あたりから重厚感が増し、面白くなった感は確かにあります。
もう少し早めにああした定番の場面を出した方が、視聴率は多少上向いたかもしれません。

もうひとつ、
「女性視聴者向けに、イケメンをずらりと並べた」
という、話。

正直なところ、今年の出演者が例年の大河よりも美男子が多かったとは、特に思いません。
大河ドラマは美男美女を揃えるものでありますし、今年はそれよりもオーディションで選んだ、お茶の間への浸透度はさほど高くない出演者が目立ったように思えました。

数年前のとある大河ドラマのように、これみよがしにちょっとした脇役までキラキラした若手俳優を並べて、彼らの笑顔でポスターを作ったわけでもありません。

後半目立っていた徳川家臣団あたりは史実よりもかなり年上の、ベテランの演技派を揃えていました。
乙女ゲーとよく言われる本作ですが、ああいうルックスの攻略キャラが並ぶ乙女ゲーは存在しないでしょう。

近藤康用、酒井忠次本多正信らがチャーミングであったのは、キャラクターや演技力の魅力であって、若くて王子様のようなルックスとはまったく関係ない部分であったと思います。

龍雲丸はじめ、一部の男性キャラクターが「いかにも女性視聴者向け」と批判されていたことにも引っかかるのです。

男性主人公、男性脚本家の大河ドラマにも、都合のいい女性キャラクターは大勢登場します。

突如現れてセクシーに迫る謎のくノ一。
他人の妻でありながら、なぜか主人公に心を寄せて助けようとする奥方。
生涯結婚もせず、主人公をひたすら思い続ける健気な幼なじみ。

しかし、彼女らが「いかにも男性視聴者向けのファンタジーだ」と批判されことはあったでしょうか?
本作の男性キャラクターは、こうした都合のいいヒロイン像のパロディのようでした。

史実では妻子がありながら、生涯独身を通し、ひたすら主人公のために尽くす小野政次は、見ようによっては『真田丸』のきりの性別逆転版のような人物です。
突如あらわれてセクシーに迫り、別れるときはすっきりと立ち去る龍雲丸は、謎のくノ一の性別逆転版にも思えます。

直虎というヒロインそのものも、男女関係に限っては、従来のヒロイン像に対するパロディ的な造形でもあります。
大抵の作品では、許嫁を思い続けて生涯不犯、聖処女的な描写をされている直虎。
しかし本作では、なかなか生臭く、しっかり結婚までする人物にされました。本作の直虎は、大酒飲みで、時に粗っぽく、聖なる乙女とはほど遠い人物でした。

本作の人物像、男女の描き方は、わかったうえで外しているように思えます。
すべてをわかったうえで、そこまで考えているような、そんな気がするのです。

男性視聴者にも女性視聴者にも理想のキャラクター像はありますし、美女が好きな男性視聴者もいれば、美男が好きな女性視聴者もいることでしょう。

それにも関わらず、女性視聴者の好みを反映することのみが叩かれるとすれば、そのこと事態が女性差別的であり、かつ、
「大河ドラマは(チャンネル選択権を優先的に持つと想定される)男性のものである」
という、前時代的な偏見をひきずっていると言えるでしょう。

これは4分の1総評でも指摘したのですが、
「性別が逆ならば批判されないのに、そうでないと突っつかれるのはなぜでしょう? それそのものが“おんな城主”への差別であり、ハンディキャップではないですか?」
という問いかけを、本作は投げかけているように私には思えます。

4分の1が過ぎた『おんな城主 直虎』は刺さってる! 国衆&女性ストーリーは未来への架け橋に

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ロスト・イン・井伊谷 終わったあとのこの思いは何だ

本作の気に入らない点をあげるとしたら、来月から『おとこ当主 直政』が始まらないことです。
終わった気すらしないのです。

例年、大河ドラマは主人公の人生と共に幕を下ろします。
しかし、本作の場合は直虎がまだ生きている気がします。あれだけハッキリと死を描いたにもかかわらず、直政や他の人々の中で生きている脈動すら感じるのです。なので、終わった気がしない。

いつか同じキャストで、井伊直政の物語が始まることを信じて、この総評を終わりといたします。
皆様、長いことお付き合い頂き、誠にありがとうございました。


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著:武者震之助
絵:霜月けい

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【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link

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