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真田丸レビュー

『真田丸』感想レビュー総評「真田レッド編」 中世と近世、2つの意地がぶつかり、戦乱の物語にピリオドを打った

更新日:

 

こんばんは。
2016年大河ドラマ『真田丸』の総評ということで、MVPランキングとか、いろいろ語りたいところであります。昨年のように怒りをこめて誰が悪かったと頭をひねる必要がないのはよいことです。この時点で私は幸せですが、それで終わらせるのも何ですので、本作の評価をまとめてみたいと思います。

総合評価:2016年の大河としては最善の成果

完璧な作品というものはありません。万人にとっての傑作というのもまた、存在しません。それは喜ぶべきことなのです。伸びしろというのは永遠にあるものですから。数年後には本作もまた古びているかもしれませんし、時代を超えた名作大河と認定されているかもしれません。

様々な条件を考慮して、本作は最善の結果を出せました。出せるはずの力を出し惜しんだわけでもなく、クレームに及び腰になったわけでもなく、ヒロインがひたすらお菓子を作ってイケメンにうっとりしていたわけでもなく、本作はすべきことをしっかりと為した作品です。そしてその結果が正当な評価を得ました。

確かに世界にはもっとすごい歴史ドラマがあるでしょう。『ゲーム・オブ・スローンズ』と比較したら……というのは今はやめ、シンプルに考えましょう! 歴史ドラマ、しかも侍を描いたものならば、大河ドラマよりもうまく作れるチームは世界に存在はしません。侍を描いた歴史ドラマとして、本作は世界最高峰です。

『真田丸』という作品は、もちろんスタッフや出演者の努力の結晶でもあるのですが、それだけではない、何かの流れに乗るような、風を帆にいっぱい受けて進む船のような、不思議な推進力がありました。個々の要素はきりがないので敢えて分析せず、その「風の流れ」が何であったかまとめてみたいと思います。

 

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2010年代の大河としての「風」

当たり前のことですが、大河ドラマというのは時代とともに変わります。そしてこの半世紀以上の歴史を誇るドラマは、そのときどきの流行も反映したものであったのです。

軽薄、若い美形ばかり使う、言葉使いが現代風、でしゃばりヒロイン。そういった批判は何もここ最近だけではなく、昔から言われてきたものであるということは頭の隅にでも入れておいていただければと思います。

前置きが長くなりましたが、要するに大河ドラマは時代にあわせて進歩せねばならないコンテンツなのです。

そしてその進歩の歩みは、ここ数年迷走してきたと言えるでしょう。『篤姫』ヺ狙ったプリンセス路線二番煎じで失敗した2011年、2015年。過去の栄光にすがり、どうにも逃げ腰であった2014年は、新たな路線を打ち出せぬまま大河の歩みを止めました。2012年と2013年の『平清盛』、『八重の桜』は、2010年代の大河として新たな試みをした意欲作であったと言えますが、残念なことに数字がついて来ませんでした。

しかしこの二作が無意味でなかったことを今年は示しました。

新説を果敢に取り入れる時代考証をつけ、脚本家の作家性を強く打ち出し、VFXを取り入れるという点では、『真田丸』の前にこの二作があったということを、私は主張したいと思います。三作目にして、試行錯誤を繰り返した2010年代の大河として『真田丸』は成功をおさめました。このことはとても大切です。

個人的には本作を『独眼竜政宗』や『真田太平記』と比較することは、そこまで意味があるとは思いません。その年代ごとに傑作はあるわけで、2010年代に作ることのできた最善の作品という意味においては、『真田丸』は現時点で最上位に位置するでしょう。これはめでたいことです。本作はこれからの大河ドラマの流れを決定づけたのですから。問題は、このバトンを次回作以降にうまくつなぐことです。

ここで簡単に2010年代以降大河の基準をまとめますと。

  • 新たな学説を積極的に取り入れる。そのためには意欲的な考証担当者をつける
  • 勝者や歴史の中心にいた人物だけではなく、敗者や地方の人物も取り上げる
  • 実写のみにこだわらず、VFXを多用してゆく
  • SNS等で視聴者が盛り上げる工夫がある
  • NHK総合本放送視聴率だけではなくBS先行や録画、SNSでの盛り上がり等総合的に判断し、一喜一憂しない

ではないでしょうか。来年以降もこのバトンが渡されることを望みます。時代の新たな流れは今やはっきりと形となったのです。

 

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視聴者との一体感という「風」

ツイッターでのつぶやき、早丸、録丸、丸絵といった言葉が本作のファンによってうみだされました。

観光効果も抜群、終盤まで関連イベントが開催され、ファンは大盛り上がり。SNS普及後最も盛り上がった印象がある作品は『平清盛』ですが、それをはるかに上回る熱気が一年間あふれていました。

何故この熱気が生まれたのか。それは制作者と視聴者の間に信頼があったからだと思います。本作は視聴者を信じてボールを投げて来た、そんな感覚があります。

本作は「これは難しいだろうから描かない」、「現代人の感覚からすると不快感を覚えるかもしれない、クレームがつくかもしれないから誤魔化す」、「視聴者はイケメンとスイーツさえ出せば食いつく」といった、不誠実なごまかしをしませんでした。こうした不誠実の典型例として、「側室=愛人と思い込む人がいて面倒だから側室のいない主人公を選ぶ」という悪弊があると言えます。

直江兼続や黒田官兵衛を主役に据えるのは悪いことではありません。しかし彼らを選んだ理由が「側室がいないから」ではあんまりではないかと思います。そういう歴史ファンから見たら極めて不可解でくだらないことを、哀しいことにここ最近の大河ドラマは繰り返してきたのです。

ところが本作は、敢えて視聴者が驚き身構えるほどおそろしい描写を敢えて入れて来ました。その一例が「鉄火起請」です。現代人にとって、熱い鉄を握り物事を決めるというこの風習は、暴力的かつ非合理で理解しがたいものです。それを敢えて入れることで、当時の人々の意識というものを描きました。

【参考記事】『真田丸』真っ赤に焼けた鉄の棒を握る鉄火起請は史実!? 元ネタは織田信長さんかと思われます

正室と側室の関係もそうです。一夫多妻はよいことだけではないし、様々な事情があるのだということを本作は描きました。夫婦の形態は違えど、通い合う情をきっちりと描写すれば、そこに視聴者の共感が芽生えると、本作は証明したのです。

こうした逃げない姿勢が誠意として伝わって来ました。手抜きをしてへろへろしたボールを投げられるより、全力でまっすぐ投げられた方が受け手としてはうれしいのです。受け取った視聴者は、SNSやブログで感想を書き、絵を描き、あるいはラテアートを作るなどしてボールを投げ返しました。

本作は歴史用語も厳密に、難易度を高めに設定してありましたが、それで子供の視聴者が逃げたわけではありません。難しくてわからないことがあっても物語に引き込まれ、夢中になった若い視聴者もたくさんいます。三谷さんも振り返っていましたが、NHKに厳しい意見が多く届いているという報道が出た直後、ファンが好評意見を送ろうと呼びかけ、そして好評意見がたくさん届いたという話は、まさに作り手と受け手のキャッチボールがあってこそ成立したことでした。

そしてこれは、視聴者側や報道側の誠意をも生み出しました。毎年恒例の面白半分の大河叩きは初夏にはネタがつき、苦し紛れにきりバッシングをおもしろおかしく報じる程度になりました。また制作側のプロデューサーやディレクターも、失敗を役者になすりつけるような卑劣な真似をしませんでした。見所をうまく説明し、役者さんや三谷さんにエールを送りました。

今年は作り手と受け手の誠意が共鳴し合い、最高の結果を生んだと言えるでしょう。

時代の「流れ」と取り入れた作劇

二年前の『軍師官兵衛』の感想で「マウスをクリックしていくとイベントが進むゲームみたい」と書いた記憶があります。昨年の『花燃ゆ』では毛利家中で菓子や畑仕事をしていたら維新が終わっていたような感覚がありました。

本作のタイムスパンは三十年。きっちりと時代が流れ、その中で人々の意識も変化する様子が描かれました。真田家の人々が新府城から命からがら落ちてゆくとき、真田兄弟はまだ十代の少年でした。それでも刀を取り敵と対峙し戦いました。

しかしそれから三十年ほど経った本作最終盤における若者はどうであったかというと、戦う術すら忘却していました。秀頼は二十歳を超えていたにも関わらずどう戦えばよいかわからない状態ですし、新世代の真田兄弟である信吉・信政もタイプは違えど頼りないのです。秀忠は彼らと比べるとまだましに思えますが、それでも父の家康から見るとじれったいほど戦をわかっていません。この三十年で、「若者の戦離れ」が生じているのです。

ものごとの裁定手段も変化しています。序盤において真田昌幸は運命をくじに託しましたし、前述の通り鉄火起請は現代人の目から見ればあまりに理不尽で理解しがたいものでした。

そうした暴力による裁定手段が、終盤では阿茶局と初という女性同士に穏やかな話し合いにまで変化しています。乱暴な神の裁きにゆだねるのではなく、女性同士が意見交換して事態を決めるところまで変化しているのです。こうして完結したあとで本作を振り返ると、前半の人々の行動はあまりに暴力的でした。主人公もヒロインも「暴力はやめよう!」とは言いません。慈愛に満ちたヒロインの梅でさえ、柴を伐採する隣村の住民を蹴り飛ばし、薪を投げつけ、「二度と来るな!」と叫んでいたのです。

最初に暴力による解決をやめると言い出すのは、主人公側の人間ではなく、織田信長の家臣であった滝川一益でした。主君の織田信長のもとで戦のない世にする、そうなったら温泉ででもゆっくりしたいと言い出した一益を、主人公の父である昌幸は「何を言っているんだ、こいつは」と言いたげに見つめました。

一益の語った戦のない世は実現されてゆきます。そして物語の進行ともに本作の登場人物は「戦で自分の生きた証を残したい者=中世」の人間と、「戦のない世を作り生きてゆく=近世」に二分されるようになります。

豊臣、徳川、正義の有無、主人公側であるか、そうした分類ではありません。豊臣政権では、ブレーンであり政策を立案し進めてゆく石田三成と大谷吉継は近世側の人間です。三成は「刀狩り」、つまりは庶民の武装解除を政策に取り入れました。当時の刀は武士だけではなく、平民男子にとっても成人のシンボルでした。現在のアメリカでも銃規制が難航していることを考えてみましょう。この政策は困難を乗り越え、よくぞ実現されたと思います。さらには「惣無事」です。こうした政策により、大名同士はもちろんのこと、序盤のように村の資源をめぐって人々が武力で争うこともなくなりました。時代は一歩、近世に向けて大きく踏み出したのです。

しかし、三成が忠誠を誓う豊臣秀吉は、本質的には前時代(中世)の人間です。加藤清正や福島正則、そして千利休もそうです。三成らの構想は秀吉によって否定され、戦のない近世への移行は頓挫します。これは最悪の選択肢でした。武力行使による政権交替が認められていない世の中では、トップに立つ者が実力不足だろうと、問題はありません。「近世」への移行が頓挫したことで、秀吉は自ら豊臣政権が存続する道を閉ざしてしまったのです。

秀吉と違い、家康は徹頭徹尾、戦を嫌い、「中世」に引導を渡して「近世」を始める者でした。九度山に昌幸父子を追放する時も、最終回で幸村と対峙する時も、戦を求めそのことで生きる証を残そうとする敵を徹底的に否定しました。個人的な怨恨や憎悪で敵対者を滅ぼした秀吉とは違い、家康は個人を憎むのではなく、自分が大嫌いな戦を起こしかねない「原因」を憎みます。

大坂夏の陣の前家康は「牢人どもを滅ぼしてくれる!」と誓いました。「豊臣を滅ぼしてくれる!」ではないのです。

この台詞こそ本質を突いているのではないでしょうか。牢人が火薬ならば、豊臣秀頼は導火線です。導火線は火薬がなければただの紐に過ぎません。家康は燃え上がり爆発する牢人という可燃性の存在を憎みました。なんて書くと家康はすごくいい人に思えるかもしれません。

しかし本作の主役はあくまで真田です。

信之は例外ですが、昌幸や幸村にとってこの戦をなくしたい家康は、自分たちの生きる証を奪い、活躍する場を消し去る敵でした。時代に適応せずにもがく彼らにとって、まさに生きる場所を奪う存在でした。周囲が一人、また一人「中世」から脱落する中、最後まで残り、大坂城に籠もったのは行き場のない者たちでした。

本作は、様々な人物と彼らの織りなすサイドストーリーを展開しながら、「近世」をもたらす徳川家康と、「中世」の申し子としてその前に立ちふさがる真田父子を中心に渦巻いていきます。彼らは言うまでもなく人なのですが、それぞれが時代を背負っているのです。

最終回で幸村と家康が対峙する瞬間は、まさに二つの時代がぶつかる場面でした。

応仁の乱以来百五十年、実力で成り上がるものたちがうごめいていた「中世」の幸村と、これから先二百六十年間の「近世」の世を築く家康。時代の変貌を描いてきたからこそ、最終回に説得力がありました。

新進気鋭の時代考証者を三名つけ、膨大な史料を読み込み、視聴者に嫌われかねないリスクを冒してまで、「中世」を表現したからこそ、本作は説得力を持ちました。日本史の教科書でざっと習った出来事が、説得力を持って目の前にあらわれる気持ちになりませんか。それこそが、本作が乗った波です。時代の流れにそって物語を動かしたからこそ、本作は魅力的なのです。

精密な時代考証は物語をせき止めるどころか、流れに乗せるということを本作は証明してみせたのです。

『真田丸』という船は、掲げた帆に風を受けて波間を進んでいきました。あまりに快調過ぎてそれが当たり前のことのように思えるかもしれませんが、風をつかみ、帆をぴんと張る努力はすさまじいものであったでしょう。風をつかみ、波に乗り、本作は成功作になりました。

とはいえ、ほぼ全ての要素において最善を尽くしたと言える本作でも、若干の不足があります。次回(明日)の総評・後編は、その不足を振り返る「徳川ブラック編」といたします。熱心なファンの方は今回で読み終えていただいて結構です。

それではまた明日!

武者震之助・記
霜月けい・絵

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