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織田家 その日、歴史が動いた

佐久間信盛とは? 織田家随一の重臣は鈍感力が働きすぎて信長に追放される

更新日:

 

【人物概略】
佐久間盛信(1528-1582年)……織田信秀をサポートし、その嫡男・織田信長にも仕えた織田家の重臣。信長が尾張を統一する前からよく補佐し「退き佐久間」と呼ばれて一時は筆頭家老として重宝された。しかし、後述するように不手際が続き、織田家を追われたあとは不遇な晩年を過ごす。没年は、くしくも本能寺の変と同じ1582年だった。

【本文】
「空気を読めるかどうか」というのはここ最近重視されるようになってきたものですが、ポッと出てきたものでもありません。
身分によって言動が制限されていた時代はもちろんのこと、そういったものが変化していく激動の時代においても、変化を敏感に察知することは重要でした。
今回はそれに失敗した……のかもしれない、とある武将のお話です。

天正十年(1582年)1月16日は、織田家臣の佐久間信盛が亡くなった日です。

決して無能な人ではないハズですが、残念ながら「信長に叱られて高野山に追われた人」としてのイメージが最も強いかと思われます。
どうしてそうなったのか。それ以前のことからみていきましょう。

 

単なる武辺者ではなく、器用に卒なくこなすタイプ

佐久間家は尾張の土豪といった感じの家柄で、織田信長の父・信秀と協力関係にありました。
その縁で信盛も幼いころの信長に仕え始め、家督争いなどでも信長方についています。また、殿(しんがり・撤退の際、最も後方で敵に近い位置になる部隊)を得意としたことから「退き佐久間」とあだ名される戦上手でもありました。
当然信長の信頼も厚く、桶狭間の戦いや各地での一向一揆など、主だった戦にはほとんど参加しています。
いわゆる「股肱の臣」というやつです。

それでいて武辺者というわけでもなく、信長の長女・徳姫が家康の長男・信康に嫁ぐ際に付いていったり、戦国のボンバーマンこと松永久秀と交渉して味方につけたりと、外交も任されていました。
一芸に秀でているというよりは、なんでも器用にこなすタイプというほうが近いでしょうか。その辺、同じく織田家臣の丹羽長秀を彷彿とさせるかもしれません。

が、時が経つにつれて、信盛はその信頼を裏切るような行動をいくつかやらかしてしまいます。

 

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戦の失敗を信長に叱られ、あろうことか反論す

一つめは、あろうことか信長の最大の協力者・家康の危機に関することでした。元亀三年(1572年)の三方ヶ原の戦いの際、家康の援軍として戦場へ向かったものの、ろくに戦いもせずに退却してしまったのです。

また、朝倉家との戦では、ミスった上にかなり痛い発言をしておりまして。
少し長いですが、あらましはこうです。
仇敵の朝倉と対峙した織田軍が、いよいよ当主の義景を追い込もうとしたときのこと。信長が家臣たちに向かって「お前ら、朝倉が越前に戻りそうになったら死ぬ気で追撃しろよ! オレ、なんども言ったからな、わかってんだろうな!(超訳)」と厳命したにも関わらず、油断したのか、家臣たちはスッカリ出遅れてしまいます。
結局、信長が先陣を切って追撃し、越前の朝倉攻略に成功するのですが、その後、家臣たちが信長にこっぴどく叱られたときに、信盛はこんな発言をしてしまうのです。
「信長様、そう怒られましても、我々ほど有能な家臣ってのも、なかなかいないんじゃあーりませんか?(超訳)」
いくら重臣とはいえ、自らが失敗したときに、それも相手は信長さんなのですから、これは相当にアンビリバボーというか空気嫁なさすぎな発言ですよね。

一乗谷朝倉氏遺跡

とはいっても、この時点では信長にとって信盛の功績のほうが大きいと思われたようで、しばらくは実質的なお咎めは受けていません。長篠の戦いにも参加しています。

また、家康の伯父である水野信元に「裏切りの兆候があった」と信長に報告し、家康の家臣に信元を誅殺させました。
信元の領地と城は信盛のものになったのですが、これも後々火種になります。

そして天正四年(1576年)に石山本願寺攻略の総指揮を任されるのですが、信盛は織田家の中で一・二を争う兵数を用意できたにもかかわらず、力攻めも謀略も仕掛けず、丸四年を無為に過ごしています。
雑賀衆が防御に入っていたとされる本願寺は鉄砲での防御がバツグンに強く、攻め手の恐怖心はハンパじゃなかったというのもあり、更には途中で紀州征伐や松永久秀との戦いにも出陣しているとはいえ、あまりの丸四年という怠慢ぶりに信長はしびれを切らし、自ら朝廷を通じて本願寺との和睦にこぎつけました。

 

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19箇条の折檻状 信長さんて細かい指示がお好きなのね

かくして和睦と同じ年のうちに、信盛は、信長から19か条にも及ぶお叱りの手紙(折檻状)を突きつけられました。
足利義昭にも十七条の意見書を出していますし、信長って意外と細々した指摘が得意だったのかもしれませんね。

信盛への折檻状は、意訳の上でまとめるとだいたいこんな感じになります。

「光秀も秀吉も勝家も、みんなお互いに切磋琢磨して手柄を上げているのに、何でお前だけ五年も同じ相手に手こずってるんだ?
自分一人で何とかできそうにないなら、素直に俺に報告して支持を仰ぐべきなのに、それもしなかったよな?
水野家の家臣を自分に仕えさせるかと思えば、追放したとも聞いている。一体どういうつもりなんだ?
お前の息子も評判が良くないし、お前ら親子揃って俺をナメてるのか?
死ぬ気で戦功を立てるか、謀反のつもりがないなら今すぐ高野山に入って頭を丸めろ。
わ か っ た な」

怖すぎ。
信盛はこの手紙を受け、もはやこれまでと思ったか、嫡子・信栄とともに高野山に入りました。
しかしそこも追われ、自分の臣下にも見捨てられ、熊野の地で亡くなったときには、信栄と小者一人しかついていなかったとか。

信長も信盛がすぐに亡くなるとは思っていなかったのか、信栄のことはすぐに赦免してやっています。ずっとついてきていた小者はその忠義を賞され、士分に取り立てられたとか。

 

最初から織田家の家臣ではなく当初は協力者だったから?

信栄は赦免の直後は織田信忠に、本能寺の変の後は織田信雄に仕えておりました。

信雄が改易された後は茶人として秀吉に仕えていたとか。当人は、本願寺との対陣中にも茶道に精を出していたらしいので、願ったり叶ったりだったかもしれません。

まぁ、信長としては、そりゃキレたくもなりますよね。信長にとって茶席や茶器は「領地の代わりになる便利なもの」程度の認識ですから、それにうつつを抜かすなど言語道断なわけですし。

「小さい頃から仕えていたのに、なんで信長の性格や価値観がわからなかったのか」とツッコミたいところですが、これは佐久間家が最初から織田家の家臣ではなく、「協力者」という立ち位置だったことから来ていると思われます。
上記の折檻状で挙げられた武将たちは、最初から信長の下の立場になっていたので、勘気を蒙ったらどうなるか……という視点はあったでしょう。しかし、元は同等の立場だった信盛には、時勢と自分の立ち位置が変化していることがわからなかったのだと思われます。
空気を読む力って、戦国時代でも大切だったんですね。

長月 七紀・記

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参考:佐久間信盛/wikipedia

 





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