中国明代の街づくりゲーム『水都百景録』。
待望の杭州府が実装されました。
中国でも有数の名勝である西湖はじめ、絶景、美味しいお茶が楽しめる風光明媚な街です。
そんな杭州には、伝説のラブストーリーが残されています。
人間の美青年と、恋に落ちる美女――しかし彼女の正体はなんと白蛇!
日本の安珍清姫伝説にせよ、ギリシア神話のラミアにせよ、蛇の女性といえば禍々しいはず。
それが中国杭州では、とびきり純情なヒロインとして愛されています。
実は日本とも縁が深いそんな伝説を見てまいりましょう。
人外美女との恋物語
荒唐無稽な神話にも、実は教訓があるもの。
中国では古くから、人外美女との恋愛ものが一ジャンルとして成立していました。
幽霊、狐、花の精、そして蛇。
彼女たちはとびきり艶かしく魅力的であるものの、所詮は人間ではありません。恋に落ちたら災い……あるいは儚い別れを迎えるか。
人外美女と恋をして子を授かると、特異な能力を持つこともあります。
日本の安倍晴明伝説も、母が狐です。
蛇と女性の組み合わせは、くねくねとした動きから、強い性的欲求や執着心と結び付けられる傾向がありました。日本の安珍清姫伝説も、東洋の蛇との恋物語の範疇に入るのでしょう。
中国では唐代伝奇に始まるこの伝説は、時代が降るにつれ、パターンが定まってゆきます。
ラストは杭州西湖畔の雷峰塔に閉じ込められること。名勝とマッチして、お約束とされてゆくのです。
時代がくだり、明代は商業が発達。
どんどん本が印刷され、純粋な娯楽としてのベストセラーが流通するようになります。
明代には「白話小説」が本格化しました。
文語文ではなく、より話し言葉に近い白話で書かれた小説を指します。
ちなみに日本で用いられる漢文の読み方は文語文の解読であり、白話小説を読みこなすことはできません。
より生きた言葉で書かれた白話小説に、読者は引き込まれました。
『水都百景録』では馮夢龍の新刊が出て寝不足になる……そう話す住民たちが登場します。
馮夢龍は時代を代表するベストセラー作家だったのですね。
そんな彼の代表作が『警世通言』に収録された『白娘子永鎮雷峰塔』(白娘子永(とこし)えに雷峰塔に鎮められること)になります。
そのダイジェスト版を追ってみましょう。合間に解説も加えて参ります。
許宣と白娘子が出会った
ときは南宋の時代、ところは麗しの杭州――。
西湖のあるこの土地は風光明媚なことで知られていました。
その杭州に許宣という22歳の青年がいました。彼は両親を早くに亡くし、薬屋を営む姉夫妻のもとで暮らしています。
ある日、店を訪れた僧侶から参拝を勧められ、許宣は寺へ向かいます。
参拝を済ませて帰ろうとしたところ、雨が降ってきました。
舟を見つけて帰ろうにもなかなかおらず、困っているところでやっと捕まえることができました。その舟が進んでいくと、雨の中で舟を待っている女性たちの姿が見えます。
許宣は見過ごせず、止めて乗せるように船頭に頼みました。
すると一人の婦人とその侍女が乗り込んできたのです。
彼女は服喪中で、白い服に白い髪飾りをつけています。
侍女は青い服を着て髪を丫頭(二つに分けたお団子ヘア、子供や侍女の定番)にし、赤い紐をつけています。
婦人は夫を亡くしていて、晴明節の墓掃除の帰りだったと語りました。彼女は白家の生まれです。ここからは“白娘子”(はくじょうし、白のご婦人)と呼びましょう。
「あなたが舟を止めてくださらなかったら難儀しましたわ。それにうっかり船賃を忘れてしまって」
「いいですよ、私が払いましょう」
許宣はそう返します。
白娘子は喜びました。
「まあうれしい。おいやでなければ私のうちにいらして、お茶でも召し上がっていきませんか? 船賃を返しますから」
そう去り際にいい、舟を降りて白娘子と侍女は去りました。
そのあと傘をさした家へ許宣が向かっていると、白娘子が声をかけてきます。
なんでも雨がひどくなったので侍女の小青に傘を取りに行かせたものの、あまりにひどいので傘に入れて欲しいとか。
そして二人で歩いていき、許宣は別れ際、白娘子に傘を渡しました。
「奥様、あなたが傘を持たれた方がよいでしょう。傘は明日、取りに行きます」
「ありがとうございます」
そして住所を告げて別れた二人。
許宣は白娘子が忘れようにも忘れられず、眠ることもできなくなってしまったのでした。
◆白娘子と小青の服装
『水都百景録』のこの二人は原点に忠実な格好をしていることがわかります。
白娘子の頭上で大きく髪を束ねたスタイルは珍しく、かつ近年はあまり人気がないのか、採用する作品は減っています。それをこの作品ではかなり忠実に再現しています。
目の色が二人とも普通の人とは異なることも、原点準拠です。
なお、白娘子は未亡人設定であることを変更された作品もあり、そうした作品では喪服ではないこともあります。
東洋では喪服は白。日本もかつてはそうであったため、幽霊は白装束が定番です。
◆女主人と侍女
中国古典では女主人と侍女のペアはおなじみです。
侍女は女主人に忠義を尽くし、恋の橋渡しをします。
『牡丹灯籠』は明代の『剪灯新話』を翻案しているため、女主人と侍女のペアが登場します。
傘の下で結ばれた運命
翌日、許宣が傘を返しに行くと、小青を見つけました。
彼女の案内で白娘子の家に向かうと、彼女はお茶と酒でもてなそうとしてくれます。
傘を返していただければよいと許宣は断ろうとするものの、もう支度ができていると白娘子。そして熱いまなざしでこう語りかけてきました。
「もうあなたに嘘はつけません。私は夫を亡くし、あなたに出会いました。これもきっと何かの縁でしょう。あなたもその気があり、私もある。これはもう仲人をみつけ、夫婦になりましょう。百年の夫婦になればこれほど素敵なことはないわ」
許宣は内心喜びました。その通りだ、こんな素敵な女性を妻にできたら言うことがない! 生まれてきてよかった!
でも姉夫妻の店で番頭をしている私ごときが妻なんて。
そう思い、返事もできず黙り込んでしまいます。
「どうして黙っているの?」
「お気持ちは嬉しいのですが、あの、実は、手元に結婚できるだけの持ち合わせがなくて……」
「あら、そんなこと。お金なら私が用意します」
そう白娘子は言い、白い包みを小青に持たせてきました。
許宣が開けると、なんと50両もある銀です!
驚きながらも、ありがたく銀一両を受け取り、家に戻りました。
◆傘
『水都百景録』では許宣が傘を持ち、しばしば白娘子とひとつの傘で出歩いています。
それは原典準拠ということです。
この傘はなかなかの高級品という設定。だからこそ貸し借りが生じています。
◆銀
中国文学あるある時代考証ミス。南宋時代に大量の銀は流通していません。
明代以降の作家は、自分たちが当時使っていた銀を、流通していない時代にまで出してしまいます。
滝沢馬琴が『八犬伝』に鉄砲を出すようなものとお考えください。
銀は柔らかいため、刻印が簡単です。こういう足がつく設定ですと、ともかく便利。そのため使ってしまうのです。
日本でも江戸時代の関西は、実質的に銀本位制でした。
許宣、冤罪事件に巻き込まれる
そしてそのあと、気が大きくなったのか、許宣は義兄・李仁と姉に酒と食事を奢りました。
姉夫妻は手元に金がない弟がどうしてこんなことができるのかと不思議に思っています。
「義兄さん、姉さん、実は私、結婚します! 今までお世話になりました」
唐突な展開に唖然とする姉夫妻。
許宣は結婚を認めてもらえず、姉に相談します。実は義兄は、結婚準備金をたかられるのではないかと警戒しておりまして。
そこで許宣は、今まで独立のためにへそくりを貯めていたと姉を説得し、安心させたのでした。
ところが……李仁があわてて帰宅するとこう宣言したのです。
「まずいことになったぞ、このままじゃ一家皆殺しだ!」
なんでも有力者の家から銀50両が忽然と消えたとか。
一体どういうことかと大騒ぎで捜索する中、その銀に刻まれた符号の布告が出ているのです。
その銀の符号と、この前許宣が出してきた銀は一致! かくして李仁が密告し、許宣は逮捕されてしまいました。
引っ立てられていった許宣は、お役人に弁明します。
「おい貴様、どうしてあんなに厳重にしまってあった銀を盗めたんだ、白状しろ! 貴様は妖術使いか何かか?」
「ち、ち、ちがいます! 私はその、白娘子に渡された銀を使ったまでで……」
「誰だ、その白娘子というのは?」
許宣が住所を言うと、そこへ捕手たちが向かっていきす。
しかし聞き込みをしても、近所のものはそんな女は知らないと言うばかり。
そんな中一人の住民がこう言います。
「さてねえ、白娘子なんて女は知りませんが。そういや、そこに一家全員が流行病で亡くなった家があって、幽霊屋敷と評判でね。誰も住もうとしていないんですよ」
「うむぅ、怪しい話よ」
捕手たちは封印を破り、その幽霊屋敷に踏み込みます。
すると生臭い風が吹いてきます。埃まみれで人が到底住んでいるとは思えない中、寝台の上に白い服を着た美女がいるではありませんか。
しかし捕手たちはどうしても進めません。
中でも勇敢な王という者がこう言いました。
「俺に酒を持って来い、犠牲になるのは俺だけでいいんだ! いざっ!」
酒を持って来させグイッと煽ると、王は立ち向かってゆき、空っぽの酒瓶を投げつけました。
「これでも喰らえ!」
すると雷鳴が鳴り響き、女は消え、あとには49両の銀がありました。
捕手たちはこれを持ち帰ると、妖怪騒動ということでおさまりました。
許宣は、刺青は免れたものの、鞭打ちおよび労役を課されました。義兄の李仁は許宣を密告したことに後ろめたさを覚え、旅費を許宣に渡しました。
蘇州で再会、夫婦の契りを交わす
労役の流刑先は蘇州でした。
許宣は理不尽な思いに釈然としないものの、王主人という人の元に下宿し、半年が経過しました。
すると許宣の住む王氏の家に、小青がやってきました。
「ここに臨安からきた許宣さまが住んでいると聞いて訪ねました」
許宣が驚いて出ていくと、そこにはあの白娘子が輿(こし)に座っているではありませんか。
「おい、お前が大金を盗んだせいでこんなことになったんだぞ!」
「私を責めないで。あなたに説明したいの……まずはあなたのお家で話しましょう」
許宣は「妖怪め、入るな!」と王主人の家に入るのを止めようとするものの、白娘子はこう返します。
「私のどこが妖怪なの? ちゃんと服に縫い目もあるし、日にあたれば影もあるし。夫に先立たれているから世間から馬鹿にされてばかり。どうしてわかってくれないの?」
するとここで、下宿先の王主人が「まあまあ、あがって話しなさいよ」と言ってきます。
彼は親切でした。そして家の中で、許宣がこれまでの不思議なことを糾明しても、白娘子はハキハキと応じる。
そして堂々と、釈明してわかってもらえないなら前世の縁がないからこれまでと語るのでした。
王主人はすっかり彼女に同情的。こんなに長旅までしてきたのだから泊まっていくよう勧めてきます。
しかし白娘子は誤解を解くためだけに来たと堂々と返すのです。
これじゃかえって許宣が聞き分けがないようでして。
白娘子は賢いのです。王主人の妻と数日間ですっかりなかよくなり、許宣のはしごを外しにかかります。
王主人の妻は言いました。
「もう二人とも結婚しなさい。ともに白髪になるまで添い遂げたらいいじゃないの。素敵なことよ」
こうして許宣は、運命に引きずられるように白娘子と結婚しました。
そして披露宴がお開きになると、いよいよ夫婦の時間へ。
白娘子は絶世の美女で、とびきり艶かしくて、まるで仙女のようでした。
「嗚呼……もっと彼女と早く出会っていたらよかった」
許宣がそう幸せを噛み締めていると、鶏の鳴き声がして、東の空が明るくなり始めたのでした。
二人はそれはもう仲睦まじく、ぴったりとくっついて離れず、お似合いの夫妻として甘い日々を過ごしたのでした。
◆夫婦の契り
なんだよ、許宣、色仕掛けに参ったんか!
そう突っ込みたくなりますが、それはさておき。
白娘子はただひたすら、許宣の愛が目的と証明されたけですね。
もしも白娘子の目的が精気吸収あたりならば、枕を交わした時点で許宣は衰弱し、最悪の場合は腹上死を遂げています。
ラブラブで元気な以上、そういう人外美女定番の動機ではありません。
この前に何があろうと、この後どうなろうと、この愛しあった歳月は伝説です。
許宣、またも事件に巻き込まれる
しかし、愛し合う二人だけで世界は回っていません。
やがて春がきて、人々は寺参りをする季節となりまして。
許宣が寺参りをすると、通りすがりの道士に「何か取り憑かれていますぞ、このお札を使ってみなさい」と言われてしまいました。
白娘子は「なんですって!」と激怒。その道士の元へ向かってゆき「私のどこが妖怪なのか!」と問い詰めます。
野次馬もこうだ。
「おいおい、こんな綺麗なお姉さんが妖怪のわけねえだろ!」
「ふてぇインチキ道士がよ!」
喝采を浴びた白娘子は、ここで手品を見せるといいます。なんとそのまま不思議な力で道士を宙吊りにしてしまうのです。
「嘘をついた罰よ」
「お助けてくだされーっ!」
「なんならこのまま一年ぐらい宙吊りにしておきたいけど、まあこのへんにしておくか」
道士はあわてるばかり。やっと地面におろされた道士は、ただただ逃げ出すばかりでした。
白娘子の手品のことを誰しもこの時は怪しく思わなかったのですが……。
◆道士
道教の修行者のこと。
『水都百景録』では羅素月が道姑(古典では女性道士はこう呼ばれることが多い)です。
道教はシャーマニズムに強く、妖怪退治はお手のもの。日本でもキョンシー退治でおなじみですね。
最近人気急上昇中の「仙侠」ものは道士のような術を使う人物が主人公となります。
日本で近い存在は陰陽師、神主、巫女です。
全身盗品でコーディネートしていた許宣
そして時は4月8日、お釈迦様の誕生日。甘茶をかける人々をみて、許宣は寺に参拝することとします。
白娘子は乗り気でないものの、許宣のために身支度をしてあげます。とびきりおしゃれな服とアクセサリーで飾って、扇子を持って、許宣は出かけて行きました。
「いい男だなあ!」
「すごいイケメンだよ」
道ゆく人がそう噂する中、歩いてゆく許宣。
するとそこで噂が耳に入ります。
「おい、聞いたか。昨日泥棒がでて、周さまの家に入ってさ。金だの装飾品が消えちまったってよ。犯人は誰かわからないらしいぜ」
許宣は聞き流し、焼香を済ませ戻ろうとすると、突如、捕手がやってきます。
「おいそこのお前、その装飾品はどこで手に入れた?」
なんと、許宣の身につけていた品は盗品だったのです。
びっくりして言われるがままに扇子を渡すと、ストラップの特徴が盗品と一致しました。
「おい貴様、よくも周さまのものを盗んだな!」
「ち、ちがいます、私は無実です!」
許宣はあわてて訴えるも、捕手はそんなことは信じません。
「はいはい、言い分は役所で聞きましょうか。盗んだもので全身コーディネートしておいて何を言っているんだ!」
許宣は事態を飲み込み、おとなしく捕まりました。そしてそれ以外の盗品は知らない、妻が手配したと白状します。
かくして白娘子逮捕となりますが、またも彼女は家におりません。
なんでも留守をしていた王主人がいうには、小青と夫の許宣を寺に探しに行ったきりだとか。
許宣は逮捕されたものの、親切な王主人が保釈金を支払い、出獄しました。
しかもなんと、盗まれた現金と宝石類は、盗まれた周家に戻っていたというのです。
白娘子は消えたまま、許宣は妖怪を見逃した罰を受けてしまいます。こうして許宣は杭州に戻ることになったのでした。
姉夫妻の家ではなく下宿を見つけ、そこで暮らすことになりました。
◆扇子
「笏」(しゃく・本来はこつ)という道具があります。
『水都百景録』でも上奏イベントで集めるアイテムとして登場。
中国の官僚が手にした細長い板状のもので、イベントの手順を書いたカンニングペーパーを貼り付ける用途がありました。
これが日本に伝わった際に、板を複数貼り付けて折りたたむ形式にすることが発明されます。
「扇子」です。
「へえ〜、これで仰いだら日本の風がくるかも!」
北宋の時代あたりから輸入され、持て囃され始めると、主に男性のファッションアイテムとしても定番になりました。
イケてる男子ならマストアイテム! そんな位置づけです。
男女ともに持つとはいえ、女性は団扇、男性は扇子という傾向はあります。
『水都百景録』でも団扇を持つ若い女性がいます。おしゃれ男子代表の唐伯虎も扇子がポイントです。呉黎が手にしている扇子には、何か思い出があるようですよ。
白娘子の正体は?
そしてある日、飲み会帰りの許宣が歩いていると、火熨斗(ひのし・衣服の皺をとる道具・いわばアイロンのこと)の灰が頭に振ってきます。
「おい! 何をする」
「すみません、うっかりしていました」
そう怒鳴ると、一人の女が慌てておりてきました。
そこにいたのはなんと白娘子! 酒の酔いも吹っ飛び、許宣は怒ります。
「お前はどのツラさげて! お前のせいで二度も裁判沙汰に巻き込まれたんだぞ!」
そうして白娘子を捕まえると、彼女はにっこり笑います。
「一夜の夫婦でも、百夜の恩。おねがい、私の言うことを聞いて。あの服は亡き夫のもの。恩を仇でかえしてごめんなさい。こんなことでいがみ合うなんて」
そのあと許宣があの事件のことを問い詰めても、白娘子はキッパリと説明し、謝るばかり。
そして夫婦の契りをこんこんと言い聞かせてきます。
許宣はだんだんと気を許してしまい、結局その晩は白娘子の家の二階に泊まってしまったのです。
そしてなんだかんだで元の鞘に戻り、許宣の下宿先に白娘子と小青は引っ越してきたのでした。
「こちらが蘇州で娶った妻です」
「はじめまして、よろしくお願いします」
「まあ素敵! お似合いね」
ご近所さんにも挨拶完了。
さて、そうして暮らす夫婦ですが。あるとき生薬を売りの許宣の上司が、白娘子によからぬことを考えました。
「あんな小僧には勿体無い、色気のあるええ女子やのぉ〜。ウヒヒ」
そう夜這いをかけたものの、寝室にいたのは真っ白な大蛇! チロチロと真っ赤な舌を出す姿に腰を抜かします。
そんな事件はあるものの、穏やかな日々が過ぎていきます。
そして7月7日――許宣は龍王の誕生日だからと、近所の人に誘われ、金山寺に参拝したのでした。
白娘子は暗い顔をしていました。そして条件をつけてきます。
「参拝してもいいけど、方丈(住職の部屋)には入らないで。和尚とも話してはダメよ」
「わかったよ、行ってきます」
気づかず寺に向かう許宣です。金山寺には法海という和尚がいました。
法海は許宣をみると、こう言います。
「あの若者をここへ早く連れて来い!」
すると突然風と雨が強くなり、許宣は見えなくなりました。
参拝客も舟で帰れず難儀しているところへ、ものすごい速さで一艘の舟がやってきて、許宣を呼ぶ声がします。
「あなた、早く帰ってきて!」
そこには白娘子と小青がいたのです。
「むむっ、おのれ不埒な妖怪めが!」
法海が目をいからせ怒鳴ると、舟はひっくり返り、白娘子と小青は水に飛び込みます。その様子を見ていた許宣は怯え、法海にすがりつきます。
「やっぱり妻は妖怪なのか……和尚様、どうかこの命をお救いください!」
許宣の説明を聞いた法海は、西湖の南にある浄慈寺(じんずじ)に来るよう告げたのでした。
◆和尚
道士が妖怪退治の定番ではあるものの、仏僧もできます。このあたりは日本と同じです。
法海に引き裂かれる夫婦の契り
かくして白娘子と別れた許宣。
そんなある日、姉夫妻の家へ立ち寄ると、義兄がこう言ってきました。
「義弟よ、お前の妻とやらがきている。なんでも寺の参拝に行ったきりで戻らないらしいな。いつの間に結婚したんだ? 侍女と二日も待っているぞ」
あわわわ……そう許宣が怯えていると、白娘子がいるではないですか!
許宣は命乞いをします。
「どうかお許しください、命ばかりは、命ばかりは……」
「何を言うの? 私たちは夫婦でしょ。ずっとそばにいようと誓ったのになぜ? 私の言うことを聞いて。さもなけば大波に巻き込まれるかもしれなくてよ……」
「ごめんなさい! 許して!」
小青も付け加えてきます。
「奥様はあなたがとても素敵って思っているし、お似合いなのに。愛情深いとわかっているのに。どうして疑うのですか?」
「助けてぇー!」
こうして叫んでも夫婦喧嘩と思われてしまい、蛇取り名人に頼んでもうまくいかず、最後の望みはあの法海のみ。
浄慈寺に向かうものの法海はおらず、いっそ入水しようとする許宣を、やってきて法海が止めたのでした。
「和尚様、あの妖怪から守ってください!」
法海はそれを聞くと、鉢を渡してこう告げました。
「これを妖怪にかぶせて押さえつけるのだ」
許宣は家に戻ると、そっと白娘子に近づき、鉢をかぶせます。
すると鉢の下で女の姿は消え、声が聞こえてきます。
「どうして、どうしてなの! 私たちは夫婦でしょ、助けて!」
しかし家に乗り込んできた法海が何かを唱えると、白娘子は蛇の姿になってしまいます。
「妖怪め、何の業でこんなことをした!」
「和尚様、私は、西湖で暮らす蛇。小青と暮らしていたところ、思いがけず許宣様に出会い恋をして……気持ちをおさえられなくて! でも私は何も殺していません! どうかご慈悲を!」
「黙れ妖怪め。小青はなんだ?」
「あれは千年生きて力を得た魚です。私の仲間だけど、あの子は何も楽しいことなんてなかった。許してあげて、あの子だけでも許して!」
「ええい魚の化け物めが!」
法海は容赦せず、風を吹かせるとポトリと青魚が落ちてきました。
法海は蛇と魚を鉢に閉じ込め、雷峰寺に七層の塔を築き、封印したのでした。
よいかみなさん、美女に惑わされてはならんぞ。色香に迷うことなかれ――そう後世への戒めとしたのです。
許宣は法海和尚のもとで出家し、迷いを絶ったのでした。
ー完ー
◆小青の正体
小青は作品により、青魚か、青蛇か、設定に違いがあります。
『水都百景録』の紹介では泳いでいることしかわからず、どちらとも解釈できます。
ただ、髪飾りは蛇の形をしています。
白娘子に皆が惚れた
前述の通り、白蛇美女との恋愛ものは定番でした。
それを馮夢龍がいくつかの変更したことよって、読者の読後感はハッキリとしてきました。
「白娘子最高! こんな白娘子を捨てる許宣は最低!」
「法海はろくでもない、まったく恋の邪魔をするんじゃないよ!」
「白娘子が復活するなら、いっそ雷峰塔が崩れてもいいのになぁ〜」
そうヒロインに萌えるようになったのです。
白娘子は決して悪意ありきで許宣に近づいたわけでもない。切々と恋心と夫婦愛を訴えるだけ。おまけにキャラクターとしても秀逸で魅力がある。
道士を宙吊りにしたり。白蛇の姿に戻ってスケベオヤジを撃退したりするところは爽快じゃないか!
そうして大勢が白娘子に惚れ込んだのです。
その熱狂を受け、作家たちが、ありとあらゆるメディアミックス展開をしてゆきます。
当時ならば演劇です。
脚本化される過程で、さまざまな設定が付け加えられたり変更されました。
・名前は「白素貞」となる
・白娘子は悪意どころか恩返しのために許宣と出会った設定となる
・許宣はとても善良で、白娘子にふさわしい顔以外も美しい青年になってゆく。薬問屋の番頭から、優秀な医者設定が定番に
・小青は主人思いの活発な侍女となる。白娘子を「姉さま」と慕う妹度があがる
・小青は魚よりも青蛇設定が定番化する
・人外ストーカー退治をした法海は、恋を邪魔する無粋な悪役に……
・やはり妖術合戦で盛り上げたい! 白娘子vs法海バトルは定番化してゆく
・夫婦愛最高、もうハッピーエンドでいいよね!
『水都百景録』の設定は、こうした伝説化された物語が反映されています。
ただ、あまりに発展しすぎたせいか。
ターニングポイントである『白娘子、永えに雷峰塔に鎮められること』原典が中国では失われてしまうことに。なんと1920年代になってから、日本で再発見されたのでした。
日本人もずっと白娘子が好きだった
馮夢龍の著作は日本でも大人気。
だからこそ残っていたのです。
「うーん、この唐の国の蛇の話はいい、すごくいいねえ!」
江戸時代後期、上田秋成は『白娘子、永えに雷峰塔に鎮められること』を元にして、『雨月物語』中の『蛇性の淫』を書きました。
日本にも安珍清姫伝説のような蛇の美女伝説があります。馴染みもあるし、斬新な設定であるからこそ、翻案されたのです。
かくして日本人が「中国の恋愛もの作りたいなあ」となると、定番になったのか、白娘子は映像の歴史においても大きな存在感を見せています。
1956年、香港のショウ・ブラザーズと共同制作した映画『白夫人の妖恋』があります。
そして1958年、最も重要な作品が作られます。日本初のフルカラーアニメ映画『白蛇伝』です。
若き日の宮崎駿氏は、この映画の白娘子を見て恋に落ちたとか。
日本アニメの草創期を代表する作品ですあり、2018年の朝ドラ『なつぞら』では、この作品をモデルとした『白蛇姫』の制作過程が劇中で描かれました。
あるいは『鬼滅の刃』の蛇柱・伊黒小芭内(いぐろおばない)の純愛に感動した方も多いことでしょう。
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蛇の純愛は東洋の伝統です。
香港映画や華流ドラマでも定番の題材であり、中国の伝説では知名度が高いお話です。
ただ面白いだけではなく、日本でもゆかりの深いこの伝説。
『水都百景録』を楽しみ、ファンアートやコスプレを楽しむことで、また意義深い日中交流が生まれることでしょう。
2020年代のゲームで昔から伝統ある日中文化交流を楽しむ。そんな粋な楽しみ方をしてゆきましょう。
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【参考文献】
井波律子『中国奇想小説集』(→amazon)
井波律子『中国のグロテスク・リアリズム』(→amazon)
竹田晃『中国小説史入門』(→amazon)
他







