マリー・アントワネット/Wikipediaより引用

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マリー・アントワネットは何故嫌われる?フェイクニュースで炎上続く

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マリー・アントワネットとジョゼフィーヌ、どこで差がついたのか

マリー・アントワネットの死から17年後、ナポレオンの皇后であったジョゼフィーヌは離婚を言い渡され、泣き崩れていました。
その時、娘は母親をこう言って慰めます。
「でもお母様、あなたは前の王妃よりもずっと恵まれていますよ」

確かに離婚後も皇后の位を保つことができ、贅沢も許されたジョゼフィーヌは、マリー・アントワネットよりずっとましな境遇でした。国民から嫌われたマリー・アントワネットとはちがい、「勝利の女神」として慕われました。

それではジョゼフィーヌはマリー・アントワネットよりすぐれた女性だったのでしょうか?

そんなことはまったくありません。
ジョゼフィーヌは結婚したての数年間には愛人を作って社交界を騒がせ、ナポレオンは「寝取られ男」として笑いものになりました。
派手好き、遊び好きで、浪費癖もマリー・アントワネットにも勝るとも劣りません。ナポレオンの家族は彼女のことを徹底的に嫌いました。軽薄だから悪いとか、浪費するから悪いというのであれば、このジョゼフィーヌだって素晴らしい皇后とは言いかねる存在でした。それでも両者の人気は対称的でした。

ジョゼフィーヌにかわってナポレオンの皇后となったのは、マリー・アントワネットを大叔母にもつマリー=ルイーズ・ドートリッシュでした。
彼女は大叔母には似ず節約志向だったのですが、これがまた周囲の不評を買います。

「ジョゼフィーヌ様は気前のよい方で何でも買ってくれたのに、今度の皇后様はけちくさいわね」
出入りの業者にそう言われて嫌われてしまったのです。

こうしてみてくると、贅沢をしすぎたから嫌われたと言われているマリー・アントワネットは一体何なのだろうと思えてきます。
確かに彼女は贅沢をしました。当時の庶民からすればとんでもない金額を、豪華な衣装や宮殿につぎこみました。

しかし、彼女が贅沢をしようがしまいが、破綻したフランスの国庫は、ルイ14世とルイ15世の浪費のせいで既にどうしようもない状態でした。彼女だけが桁外れの浪費をしたわけでも、そのせいでフランス国庫が破綻したわけでもありません。

マリー・アントワネットが贅沢を繰り返した愚かな女として嫌われ、ジョゼフィーヌが勝利の女神として慕われたことには、一体どこに差があったのでしょうか。
彼女らの資質というよりは結局のところ運ということでしょう。

ギロチン台へ連れて行かれるマリー・アントワネット/Wikipediaより引用

 

彼女は炎上体質だったのです

マリー・アントワネットは何故嫌われるのか。
身も蓋もない言い方となりますが、彼女は炎上体質だったのでしょう。

「大衆にとってなんとなく気に入らない存在」というのは現在もいるものです。
何かを言っただけで叩かれ、「またあのお騒がせ女優が炎上!」なんてネットニュースになってしまうような人ですね。

マリー・アントワネットにまったく落ち度がなかったとは言えません。軽薄で、贅沢好きで、空気が読めないところがあったのは確かでしょう。
しかしそれが投獄され、斬首されるほど悪いことだったとは思えません。生まれ持った炎上体質と不運が重なったことで、彼女は悪名を残してしまったのです。

そもそも前述の、
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」
という言葉は、ルソーが著作において「ある高貴な女性の言葉」として記したものです。それが炎上セレブのマリー・アントワネットがいかにも言いそう、言ったら面白いという理由で広まっていきました。
炎上やフェイク・ニュースというとネットが普及してからと思われていますが、それよりずっと前のマリー・アントワネットの事例を見ても起こりうるということがわかります。

噂と悪意、燃料となる人物がいれば炎上は起こってしまう、そんな不幸な一例がマリー・アントワネットなのだと言えるのではないでしょうか。

小檜山青/記

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