日本史でも世界史でも、世に知られる人物は大抵が「ナンチャラ夫人」よりも「夫」の方が有名です。
政治や軍事に携わるのがほとんど男性だったことを考えれば当たり前かもしれませんね。
しかし、稀に例外もあります。
例えばフランス国王の寵姫です。
彼女らの愛人であるフランス王(ルイ15世)は知られていても、彼女らの夫は誰なんだ?ってなりがちかと思います。
これ、実は、フランスの風習でして。
独身かつ身分の低い女性を愛人にするのは体裁が悪いため、それなりの身分ある既婚女性という体裁にしようということであったりします。
現代人、いや同時代のイギリス人も不思議に思っていたようですが、当時のフランス人倫理感では
「嫁入り前のお嬢さんを愛人としてはいかんが、人妻なら問題ない」
ということだったのですね。
実際のところ、歴史の陰に隠れた彼女らの夫がどう思ったか?
と言いますと、むしろラッキーなことでした。
妻が国王の愛人となれば、それだけ覚え目出たく出世に繋がるのです。
「うちの妻は好きにしてよいので、出世の方はよろしくお願いしますよ、陛下」というわけで。
まったくもってワケわからんですが、しかし、これにも当然と言いましょうか、例外がいるから歴史は面白い。
「最愛の妻が寝取られるなんて! 例え相手が国王陛下でも許さん!」
太陽王ことルイ14世に対して、本気で激怒し、ある種“奇行”に走った貴族――それが1691年12月1日に亡くなったモンテスパン侯爵です。
日本人には理解されがたい、フランスの不倫歴史を振り返ってみましょう。
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貴族の恋愛は結婚してからが勝負
現代においてもフランスといえば、恋愛や不倫に寛容な国というイメージがあります。
これは最近始まったことではなく、昔から、特に貴族の間ではそうでした。
上流階級ともなれば、恋愛ではなく政略結婚になります。
愛する者と結ばれるなんてまずムリ。
ならば結婚制度の外で恋愛遊戯を楽しむのは「全く問題ないことじゃないか!」という考え方でした。
ゆえに独身時代よりも、結婚してからが本番なのであり、むしろ妻一筋、夫一筋なんていう貴族は
「育ちが悪いねえ」
「何アレ、ダサい」
「枯れてるのかよ」
と笑いものになるほどでした。って、どんだけ~。
この考えを実践してトラブルになったのが、ナポレオンの妻ジョゼフィーヌです。
貴族出身の彼女は、結婚後も平然と若い男を愛人にして遊び回っていました。
しかし、コルシカ出身の夫・ナポレオンにその行為が理解できるわけもなく、激怒して家からたたき出すと脅されてしまいます。
こうしてやっとジョゼフィーヌは、自分のしでかしたことに気づいたのです。
モンテスパン侯爵、妻を一途に愛する
ところがやはり例外はいるもので。
妻をとことん愛し抜いた貴族がいました。
それがモンテスパン侯爵ルイ・アンリ・ドゥ・パルダヤン・ドゥ・ゴンドランです。
妻フランソワーズは、彼に愛されるのも納得の、とびきりの美女でした。
女神のように優美な顔だち、きらめくブロンドと青い瞳、豊満な肉体。
ウィットに富んだ会話もでき、まさに絶世の美女。
愛する妻のためにも俺は頑張っちゃうぞ、と夫が思うのも無理はありません。
パリではじめて出会った時から、彼は妻に夢中でした。
二人は23才で結婚。
貴族の夫婦としては珍しく、深く愛し合う仲となったのです。
しかし彼は妻にぞっこんで深く愛しながらも、軍人として遠征に出てばかりでした。
遠征先には現地妻がいたようで、説得力に欠けてしまいますが……欠けていたのはお財布事情も同様で、戦争で武功を挙げて稼がねばならなかったのです。
愛しているならそんなに留守ばっかりしちゃ駄目だぞ、と言いたくなりますし、実際に彼はそうすべきでした。
夫が不在の、絶世の既婚婦人。
彼女を男たちが放っておくわけがありません。
花に群がる蜂のような男たちを、いかにしてあしらったのか。
妻は帰宅した夫に面白おかしく話して見せており、モンテスパン侯爵も彼女の身持ちが堅いので大丈夫だろうと安心しきっていたのです。
しかしある時、フランソワーズは美しい眉をひそめて、出かける夫にこう言いました。
「ねえあなた。私を守って。国王陛下が私を見る目がおかしいの。私を連れて遠くに逃げて!」
ここでモンテスパン侯爵は、真剣に妻の訴えを聞くべきでした。
しかし彼は目の前の戦争に夢中で、そうしなかったのです。
「気のせいだよ。じゃあ行ってくる!」
うらめしそうな顔の妻を残し、モンテスパン侯爵は馬にまたがると、新たな戦場へ向かって行ったのでした。
「てっぺんとったるで!」の女だった
確かにフランソワーズは、夫を深く愛していたかもしれません。
言い寄る相手を憎たらしいとすら思っていたかもしれません。
しかし、プライドの高い女性でもありました。
フランソワーズは女官として、宮廷に出仕していました。
そこには美貌で知られた国王ルイ14世と、その可憐な寵姫ルイーズ・ド・ラヴァリエールがいたのです。
フランソワーズが大輪の薔薇のように華麗な女性ならば、ルイーズは野に咲く菫のように、愛らしく控えめな女性。
二人は親友になりますが、やがてフランソワーズの胸の奥に野心が疼いてきました。
「この私が、地味系のルイーズに負けているっておかしくない? ありえなくない?」
フランソワーズは王の寵姫になろうとは考えていませんでした。ただ、宮廷で注目度ナンバーワンの女になりたかったのです。
「やるからにはてっぺんとったるで!」の心意気ですね。
ルイーズと張り合ううちに、フランソワーズは宮中でも目立ち始めます。
何せ美貌と知性の持ち主ですから、それも当然。するとプレイボーイで有名なルイ14世もうっとりとした目でフランソワーズを見つめるようになりました。
まずい。フランソワーズは冷や汗をかきました。このままでは、いずれ自分は王のものにされてしまう。
目立ちたいのは事実。
国王の寵姫がフランス女のてっぺんであるのも事実。
でもまだ夫を愛している……このままでは欲望に負けてしまうかもしれない。
そこで切々と、出かける夫に不安を告げたのです。
それなのに彼は訴えを無視して、出かけて行きました。
フランソワーズの中で何かが砕け散った瞬間でした。
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