フィリップ4世/wikipediaより引用

フランス

二つ名だけはイケてるフィリップ4世~カトリック教会と対決したのに「敬虔王」

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ローマ教皇なのにローマに行かず

フィリップ4世は次に、自分にとって都合のいい教皇を担ぎ上げようと画策します。

それがクレメンス5世です。

クレメンス5世/wikipediaより引用

この人は元々フランス・ボルドーの大司教(カトリックの支部長みたいな役職)だったので、当然の事ながらフィリップ4世の影響を強く受けていました。

それどころか、ローマ教皇なのにローマに行かず、フランス南東部の都市・アヴィニヨンで政務を執り行っています。

教会からすれば、人質を取られたも同然ですよね。

この後、クレメンス5世を含めて6人の教皇がアヴィニヨンにとどまったため、世界史ではこの時期を「アヴィニヨン捕囚」と呼んでいます。

フィリップ4世が亡くなった後についた名称ではありますが、これはカトリック教会の大分裂の元にもなりました。

だいぶ乱暴な例えですが、日本で言えば南北朝みたいな感じでしょうか。

フィリップ4世は教会のトップですらこんな扱いをしましたから、もちろん騎士修道会のことなど屁とも思っていません。

槍玉に上がったのは、テンプル騎士団でした。

唯一成功した第一回十字軍の後、エルサレム巡礼へ向かうキリスト教徒を護衛するために作られた、由緒正しい騎士団です。

「テンプル」=「聖堂」ですから、意味合いとしてはまんまですね。

しかし、一番歴史と力があるということは、お金や土地もあるということになります。護衛したキリスト教徒から、寄進として謝礼を受けていたからです。

上記の通り、イングランドとの戦争で財政が火の車だったフィリップ4世が、これに目をつけないはずはありません。

既に教皇を手中に収めた後なのですから、怖いものもなく……。

 


テンプル騎士団を火計にしたから呪われた!?

むろん、何の策もなくぶん取ると非難は必至のため、フィリップ4世は一計を案じます。

「宗教には宗教で対抗すればいい」

つまり、宗教団体がその教えに背いていることにすれば、邪魔者を一斉に始末してお金もぶん取れると考えたわけです。

そこで、フィリップ4世はテンプル騎士団の団員100人以上をいきなり捕縛し、

「お前らは神の教えに背いた! だから火計!!」(超訳)

という無茶苦茶な宗教裁判にかけてしまったのです。

テンプル騎士団の旗/wikipediaより引用

当時の団長であるジャック・ド・モレーも火刑に処されました。

彼は死ぬ直前にフィリップ4世と、その言いなりになっているクレメンス5世に呪いをかけたといわれています。まあ、呪いたくもなるでしょうね。

それが本当に効いたのか。

テンプル騎士団壊滅の年に、呪われた(とされる)二人も亡くなりました。怖すぎ。

ちなみに、この呪いは別の面でも当たった……といえなくもありません。

フィリップ4世の子であり、即位順としては次次代のシャルル4世の代で、ここまで男子を排出し続けてきたカペー家の直系が絶えてしまったのです。

その後は傍系にあたるフィリップ6世がフランス王の座を得て、彼から「ヴァロワ朝」が始まります。

フィリップ6世/wikipediaより引用

ついでにいうと、フィリップ4世の娘イザベルがイングランド王エドワード2世に嫁いだことで、のちのち百年戦争の火種の一つになっています。

もしかして、ここまでがジャックの呪いなんでしょうか……まさかね。

こんな経緯で、どうしてフィリップ4世が「寡黙」「敬虔」と呼ばれるのかサッパリわかりませんが……近しい人たちによると

「口数が極端に少なかった」

「十字軍を組織し、聖地エルサレムを奪回しようとしていた」

「王妃が亡くなったあとは、巡礼や修道院の建設に熱心だった」

といった点もあったのだとか。

敬虔さについては「私こそが最も敬虔なキリスト教徒!だから、私が教会を率いるべき!」という考えからのようですので、「何がどうしてそうなった」とツッコまざるをえないのですが。

教皇の立場とは一体……。

美形だったのは本当らしいです。

写真のない時代ですから、これも証明はできませんけども。

まあ、フィリップ4世と大ゲンカしてたボニファティウス8世やその周りのお偉いさんも、かつて先代の教皇だったケレスティヌス5世を精神的に追い込んで退位させたとも言われているので、どっちもどっちという気がしますね。

こういうときこそ神様も奇跡なりお告げなりをすべきだと思うんですけど、この程度だとお眼鏡にかなわないんでしょうか。なんてこった。


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長月 七紀・記

【参考】
福井憲彦『教養としての「フランス史」の読み方』(→amazon
世界大百科事典
日本大百科全書(ニッポニカ)

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