ドラマ大奥レビュー

ドラマ『大奥』公式サイトより引用

ドラマ10大奥感想あらすじ

ドラマ大奥感想レビュー第6回 求められるのは子作りばかりという地獄

2023/02/16

元禄文化の象徴であるかのように、まばゆく煌めく将軍・徳川綱吉。

そんな綱吉は、易姓革命を肯定する孟子をぬけぬけと読み聞かせる右衛門佐に興味を持ちます。

側近・柳沢吉保は警戒感をあらわにしますが、綱吉本人は父・桂昌院の目がある中、右衛門佐を好きにはできないと返します。

右衛門佐付きの秋本は、右衛門佐には「側室にある野心があるのか?」と聞いています。右衛門佐からは独特の媚びが感じられないと言うのです。

軽く微笑み返す右衛門佐。

右衛門佐の策は?

そして綱吉の反応は?

 


右衛門佐は来年で「お褥すべり」だった

大奥には、将軍と御台所が食事を共にするしきたりがあります。

その席で綱吉は「右衛門佐が欲しい」とズバリ切り出します。

桂昌院から守るのであればよいと答える御台所。食事の席で赤裸々に、まるで人身売買のように話が進んでいく。

しかし、右衛門佐は来年で35になると告げます。

それはお褥すべりの定め、年齢制限による引退の歳です。実際の大奥でも30となる女性に適用されております。

男性は歳をとっても妊娠させられるから、加齢は魅力だと誤解される方もいますが、実際、高年齢の父親から生まれてくる子は健康面でのリスクがあるし、妊娠されられる確率も下がります。

女性ほどハッキリと区別がつかないだけの話です。

今年の大河ドラマ主役である徳川家康を引き合いにだし、歳をとってからの子作りについて何やら語る人やメディアもあるでしょう。残念ながら、人間の願望と現実の間には差があるものです。

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話を戻しましょう。

御台所も、右衛門佐の年齢に驚いています。

そして右衛門佐は「若い中臈に嫉妬するくらいなら、もっと別の役目を果たしたい」とキッパリ言い切る。

綱吉は思い浮かばぬと声をかけ、ここでも「忠義」と敢えて言いながら、右衛門佐に意見を求めます。

 


大奥でてっぺん取ったる!

大奥総取締――それが出された答えでした。

あのお万の方(万里小路有功)のあと、不在であった役目に右衛門佐が就くというのです。

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色黒のお伝の方は呆然とし、御台所はニンマリ、桂昌院は怒りを見せています。

聡明な秋本は、右衛門佐の深慮遠謀に感服するばかりでした。

これが真の男の頂だと、右衛門佐は言います。種付け馬ではなく、人として生まれたからには、人としての力を持ちたい。それが己にできるか試しに来たのだと。

実はこれも東洋らしい話です。史実においても、東洋には、こんな思想があります。

男と女は陰と陽。龍と鳳凰。中国の宮廷では皇帝が龍をモチーフとして使い、皇后は鳳凰です。

清の西太后。朝鮮の仁粋大妃。こうした女性政治家も出現できる土壌があり、双方の権力を握らねばなりませんでした。

日本もそうです。幕末には、篤姫が工作員として大奥に送り込まれました。

なぜか?

大奥を無視して政治を動かせなかったからです。

明治維新を成し遂げた政府は、それがよほど嫌だったらしく、大奥を解体し、朝廷からも女官を叩き出しました。そして女性も権力を握る清や朝鮮を徹底的に見下したのです。

そう考えると、大奥総取締がひとつの頂点だとみなす右衛門佐の見立てには納得できます。

 

東西の謀略合戦

桂昌院は、右衛門佐の大奥総取締就任が気に入りません。

崇敬する有功が務めた役目を他の者などに継がせたくないのでしょう。綱吉を叱り飛ばします。

柳沢吉保はその桂昌院を抑えるようで、そのくせ「やらせてみればいい」と煽るように言います。

このとき綱吉と吉保がいたずらっぽく目線を交わすのですが、あまりに濃い……吉保は本気で、心底、何か熱くなって恥じらっている一方で、綱吉はいつも通りだという感覚。

共に悪事を働くことで強くなる、同性同士の結びつき――そこに何かが漂っています。

右衛門佐は、綱吉を待ち伏せ、何か策を練っていました。

それは単純な黒鍬者出のお伝の方を味方につけること。彼にお屋敷を賜るよう、綱吉に進言したのです。

能天気なお伝の方は、松姫の父として遇されたらそれでころっと参ってしまう。あの桂昌院と同じだということが決め手となります。

満面の笑みで喜ぶお伝の方は、これぞ男女逆転版の極みに思えましたね。

なんとも単純で、そして愛くるしい。そうです、大奥もののお伝の方はこういう造型でした。

閨に侍って子を為して、それで天下を取った気分で浮かれていたっけ。男女入れ替えにより、人間の本質を見せてきます。

それにしても、右衛門佐の賢さよ。お伝の方など簡単に手玉に取ってしまいます。

しかし……柳沢吉保はそうはいかない。

彼女はニッコリと微笑みつつ、右衛門佐が京都で種付けをしていたころの女からの手紙を持ち出し、右衛門佐の野心など見抜いていると迫ってきました。

京都で、右衛門佐がもう35手前だと明かしてしまっていたやりとり。

人は閨でこそ、うっかり本音を漏らすとは指摘されるところであり、大奥もまた例外ではないことが、伏線として生きてきます。

こういう人物は「口蜜腹剣」(こうみつふくけん)と言います。

口の中から出てくる言葉は甘く蜜のよう。でも、腹の底には剣がある――こんなにも迫力ある人物を演じる倉科カナさんが凄まじい。

そしてここでも「忠」という言葉を会話で持ち出されてきます。

文治主義の徳川幕府は、諸大名から庶民に至るまで、忠を求めました。そんな価値観が染み渡る様を、これでもか、これでもかと描いてゆく。

右衛門佐を演じる山本耕史さんは、数世代にわたる歴史を描くことが本作の魅力だと語っておられました。

そうなのです。男女が逆転していても、このドラマには日本の歴史と価値観の変化が埋め込まれています。

吉保は桂昌院と繋がりがある。この二人は美男物量作戦を企みます。

 


異なる『韓非子』の写本、正しいのはどちらだ?

綱吉と右衛門佐の漢籍読解が進んでおります。

本日のテキストは『韓非子』。

マニアックな部類に入り、なかなか難易度が高いテキストです。それほどまでにこの二人は知識が豊富だということですね。

韓非子は、思想としては法家です。

『キングダム』でおなじみの始皇帝が絶賛したことでも知られ、中身はシニカル。現実的といえばそうだけれども、あまりに容赦がない。後世の儒家からはむしろ貶される。

儒教が大々的に、別格として中国で扱われるようになったのは、始皇帝が建国した秦を倒した漢代からのことです。

ゆえに始皇帝が好んだ韓非子なんて、むしろよろしくないと、批判されました。

こうした事情は、後世にも伝わっていますので、敢えてこれを読みあう二人は“曲者”だということも表現されています。

群臣曰く、「城濮(じょうぼく)の事は、舅犯の謀なり。夫れ其の言を用いて、而るに其の身を後にす、可ならんや。」

群臣が言うには、「城濮(城濮の戦い、BC7世紀)のことは、舅犯(人名)の謀略でございます。その言葉を採用し、その身のことを後回しにする。それでよいのでしょうか?」

二人でテキストを読み上げていると、綱吉が相違に気づきました。

綱吉のテキストでは「可ならんや」とあり、一方で右衛門佐は「可なり」となっている。

細かいようで、全く意味が異なります。

綱吉「それでよいのでしょうか?」

右衛門佐「それでよいのです」

前後のやりとりからすると、綱吉版が正しいのですが、実際こういうことはよくありました。

漢籍が伝わる過程は、印刷術などありませんので、手で書き写します。ゆえに写し間違いが起こり得る。

あるいは、テキストそのものが紛失してしまい、限られたものから復元することもよくあるため、そこでも間違いが起きてしまう。

現在、中国では考古学が進歩していまして、テキストの復元も凄まじい勢いでなされています。その過程で歴史認識が修正されることもある。

これまた『キングダム』でおなじみ、始皇帝の名前は嬴政(えいせい)とされ、作品でも採用されていますが、近年では「政」ではなく「正」であったのではないかと見直されています。

漢籍はバージョンによって細部が違うことはよくあり、何気ないシーンのようで、これが後に重要になってきます。

ともあれ、綱吉が間違っていると指摘し、議論は成立。

京都でトップクラスの知性を誇った右衛門佐と綱吉は互角に渡り合っています。

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知性に関して西高東低だった傾向は、日本では強く残っていました。

『鎌倉殿の13人』はまさにその様が描かれておりましたし、家光個人の諸事情があったとはいえ、このドラマの家光時代もそうでした。

それが綱吉の代には、追いついている。

このシーンは、書見台の葵紋と、右衛門佐の裃についた菊の紋が対照的に見えます。まさに東西の戦いが、書物の上で行われているのだな、と……。

 

「総取締ごときが私と徳川を侮るな!」

鈴が廊下に鳴り響き、綱吉は大典侍(おおすけ)という男と閨を共にすることにしました。

大典侍を選んだ瞬間、桂昌院はほくそ笑んでいる。

彼は、京都から吉保が見繕ってきた男なのです。

その大典侍に対し、学問をしているか?と問いながら、『韓非子』のことをふる綱吉。すると大典侍は、右衛門佐と同じミスがあるテキストで学んでいることがわかります。

綱吉が、そうしたからくりを見抜いているなどつゆ知らず、御台所一派は笑いが止まらない。

というのも大典侍は、御台所が先手を打って京都で選んでいた男だったのです。まさしく、してやったり。秋本が、桂昌院の側にいる口の軽い連中から、色々聞き出せた結果とのことです。

しかし秋本は、できる男ですね。綱吉編らしい風格がある。

家光時代の若き村瀬や、吉宗時代の杉下とは何か違う――これまた口蜜腹剣といえる存在でしょう。

この場面は何気ないようで、畳の上での所作がなかなか難しい局面ですが、みなさんピシッと決まっています。

そしてまた『韓非子』を読んでいる綱吉と右衛門佐の場面へ。

綱吉は自分のテキストが正しいと右衛門佐に伝え、さらに、大典侍も同じ間違いのある本で学んでいたと切り出してきました。

大典侍と右衛門佐が九条景季のもとで学んだことを、綱吉は見抜いていたのです。

言い逃れをしようとする右衛門佐。

そうはさせじと綱吉が睨みつけ、撫で斬るように怜悧な言葉を振り下ろします。

「総取締ごときが私と徳川を侮るな!」

嘘がバレて怯むしかない右衛門佐と、カッと目を見開く綱吉。

扇で右衛門佐の顎を持ち上げつつ、綱吉は続ける。

「そなたの命なぞ、私の心ひとつじゃ。だまされてやっておるうちが花と思えよ、佐(すけ)」

蟻の穴から堤も崩れる。『韓非子』を出典とすることわざ通りの展開といえます。

この綱吉は、頭の切れる人物です。

 

松姫が亡くなり、多くの人生が変わる

綱吉と桂昌院が、松姫と鞠遊びをしています。

どこか具合が悪そうな松姫は、熱を出してしまいました。

匙(侍医)に連れられ、休む幼子……そしてそのまま息絶えてしまったのでした。

あまりに突然のことに、我が子の死を信じられない綱吉。

微笑み、語りかけ、やがてほんとうに目を覚まさないと知ると、泣き崩れます。人生が崩れ落ちてしまった、そんな瞬間です。

しかし、上様には娘の死を弔う暇もないのか。

鞠を手にして呆然とする綱吉に、桂昌院は次の子を産むように語りかけてきます。

さすがに吉保もやんわりと止めるものの、綱吉は化粧をすると言い出します。肌が疲れていては男もその気にならぬだろうと。

金色の光があふれる大奥は、この世でいちばん豪華な牢獄のように、綱吉を閉じ込めています。

松姫の父であるお伝の方も、悲しさのあまり子を為すどころではない。

しかし御台所とその配下は「よう死んだ!」と高笑い。松姫という子どもの死すら喜ぶ姿に、右衛門佐は苦い顔をしています。

右衛門佐が、心痛のあまり綱吉が伏せっているとなだめるように話すと、それでも御台所と大典侍は彼女を人間扱いしないかのような言動を繰り返します。ただの好色な肉の塊のように綱吉を蔑んでいるのでしょう。

綱吉がいかに哀れか……。

子を亡くした後ですら、いや、だからこそ、父の桂昌院は「子を為すことが務め」だとせっついてくる。そして御台所たちは彼女を人とすら思っていない。

右衛門佐と秋本は、京から男をもう一人呼ぶことにしました。

御台所と大典侍のように増長して、つけあがっていては危うい。それに、こうも閨を共にしても子ができぬのであれば、そもそも作れないかもしれぬ。

人間をまるで馬のように語る右衛門佐の心境はいかに?

 

殺生の祟りからの、生類憐れみの令

綱吉はまるで牝馬のように扱われます。

右衛門佐が呼び寄せた新典侍と綱吉が閨を共にしたと聞くと、桂昌院はお庭お目見えだと言い出す。

そして庭には美男がズラリ。

そんな美男を見る綱吉の目が虚ろであることに、右衛門佐は気づいている。それでも閨に侍る男に化粧を施し、綱吉に対して「こう言うのだ」とセリフまで教える。

大奥の男は、みな上様に恋をしている――

そう語る美しい人形のような男と、綱吉は肌を重ねます。

男を選び、肌を重ねる。家光とも違うおそろしさを感じました。

セクシーどころかあまりにおぞましい。人と人が感情を交わし合うのではなく、ただただ、これは“繁殖”にしか見えません。

しかもこの閨でのことを、右衛門佐は職務として聞いている。

ちなみに綱吉が鈴の廊下で足を止め、中腰になって声をかける場面。何気ないようで、筋力を使い、難しい所作です。

一方、子ができずに焦っている桂昌院は、隆光という高僧に相談をもちかけていました。子を授かるにはどうすればよいか?

すると隆光は、桂昌院が若い頃に殺生をしていると指摘する。

そうです。玉栄が犠牲にした、あの白猫の若紫のことですね! まさかあの若紫に祟られていたとは……絶叫し、おそれ慄く桂昌院。

再び、綱吉と右衛門佐の漢籍講義です。

力を以て人を服するものは心服に非ざるなり。力贍(た)らざればなり。『孟子』「公孫丑上」

力づくで人を思い通りにするものは、心服させてはいない。力が足りないのだ。

今日は『孟子』ですが、こっくりこっくりと居眠りをしそうになる綱吉。夜、休んでいないと言います。

右衛門佐はそんな綱吉の言葉を“好色”とは思っていない。それどころか、上様は学問がお好きだと優しく語りかけます。

しかし学問は父の桂昌院には褒められないようです。近視になることを気にしているのだとか。

と、これはドラマだけの話でもありません。

かつて眼鏡は不美人のアイコンでした。いや、それは今でもそうかもしれません。なんせ4年前でこんな記事があるほどです。

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父が器量というとき、中身でなく見た目だけのことであった――そう語る綱吉に、右衛門佐も自分のことを語り始めます。

京都での役目は種付け。母も、姉妹も、彼が器量よしで賢いことで、種付け料が高くなると喜んでいた。

実際、江戸時代は皇室にせよ、公卿にせよ、ともかく貧しかったのです。

男女逆転版の公卿の家で、器量よし、血統よし、才知よしの男子がいたら、それこそ眠る暇もなかったことでしょう。

こんな短い場面ですら、貴族女性のヘアメークや衣装が準備万端で素晴らしい。

食べている御膳も、いかにも貧しい貴族のようで、手を抜かないこだわりが感じられます。

右衛門佐は、種馬として扱われる自らの人生を呪っていました。そんな本心を聞かされ、綱吉も心が揺らいでいます。

この二人は力づくではなく、心服するところまで到達したのかもしれない。

しかし、そう思っていると、白猫の祟りを知った桂昌院が、侘びながらやってきました。

【生類憐れみの令】の発布へと繋がってゆきます。

 

この国で、最も卑しい女として

綱吉は狆を飼い始めました。

猫と並んで大奥ペットの横綱です。

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そんな綱吉に対し、吉保ら幕閣は、犬の保護費用がかさむと訴えるものの、「世継ぎができぬともよいのか!」と一蹴。

あの眼鏡の町人コンビであるお江とお美が、またも核心をついてきます。

世継ぎが欲しい願掛けでお犬様を救っているけど、そんなの親戚の子でも連れてくりゃいい。

それができない理由は、お夏の方の孫が候補だからだとか。

お玉の方であった桂昌院は許せません。自分の子はあの有功の子だと思っているから、他の系統に将軍職を奪われるのが許せないのです。

結局、玉栄の有功への思慕が祟っているんですね。

有功になれなかった玉栄が、唯一代わってあげられたのが子を産ませること。その血を継ぐという妄執が、綱吉を絡め取っています。

なにかが切れてしまったのでしょう。「美しく装う」と父に微笑んだ綱吉の頭には、鼈甲(べっこう)の簪が何本も飾られていました。

そうして鈴のなる廊下へ歩んでいく上様の姿は、まるで花魁道中そのもの。

そしてその後も、毒々しいほど派手な装いのまま、庭で騎馬戦をする若い男たちを眺めています。酒の盃まで禍々しい金色だ。

わざわざ上空から若い男の半裸を写す。その絵面の異様さに驚いた後、これが男女逆転していたら、あるものだと気付かされます。

若い女性アイドルをビキニ姿にしてプールや海で遊ばせるバラエティショーが、かつては大っぴらにテレビで流されていました。

盗撮という犯罪被害が相次いでいながらも、女性アスリートは高い露出度のユニフォームを求められます。

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男女逆転することで、その愚かさを見せてくるのです。

そして綱吉は気付きます。ある若い男同士が、こっそりと親しげに指を絡ませていることに……。

その夜、綱吉はその男二人と肌を重ねたあと、二人でむつみ合うてみよと命じます。

天下人を振りかざす綱吉に抱き合えと迫られ、耐えきれなくなった一人は刀を抜き、腹を切ろうとしました。

と、そこへ右衛門佐が飛び込んできて止めに入る。

そのまま男二人を追い払うと、孟子の教えのようなことを説きます。

「天下人としての力は辱めるためではなく、天下を治めるために使うものだ」と。

綱吉は「辱め」という言葉に反応。

人前で睦み合えというのは辱めだと右衛門佐がいうと、壊れたように笑い出す。

毎夜毎夜、夜の営みを右衛門佐らに聞かれている!

男を喜ばせるためにありとあらゆる手を尽くしていたがどうであったか!

将軍とはな、岡場所で体を売る男たちよりも卑しい、この国で一番卑しい女のことじゃ!

叫びながら、死んでしまった松姫のことを嘆き、右衛門佐に、易姓革命について尋ねる。

天命を失った君主は倒される。それなのに、なぜ、誰も私を倒しに来ないのか。今なら喜んで殺されてやるのに。

そしてこう語りかける。

「佐。今なら私を殺せるぞ」

そう言われ、思わず綱吉を抱きしめる右衛門佐。

天命を知るからこそなのか、相手が疲れていることを見抜いたのか、種馬だった男ゆえにわかることがあるのか。

そっと布団を被せ、寝室をあとにするのでした。

 

日本でもついにインティマシー・コーディネーター導入

今回はあまりに過激な場面にギョッとした後、ああした場面を見せ物にすることの暴力性をつきつけられ、大いに揺さぶられました。

しかし、きちんと配慮はあったと明かされています。

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過激なシーンについて事前に俳優に説明をし、それも間に入ったコーディネーターと話し合うことによって「NO」と言いやすくしておき、萎縮のないように撮影する。

大事なことなので、上掲の記事より該当部分を引用しておきます。

 「大奥の舞台裏」として日々、制作の裏側やオフショットなどを公開している番組公式Twitter。13日には「大奥ではNHKで初めてインティマシー・コーディネーターを導入しました」と明かされ、「ヌードやキス、セックスなどインティマシー(親密な)シーンにおいて、制作側の意図を十分に理解した上でそれを的確に俳優に伝え、演じる俳優を身体的・精神的に守りサポートする役割の方です」「コーディネーターが介在する事で、不安や懸念のある俳優が、場合によって『NO』と言える環境を作り、萎縮することなくリラックスした状態で演技に最大限集中してもらうことを目指しました」と説明した。

こうした制度は日本でいつ導入されるのか? もしかして十年後ぐらい?

と、うんざりしていた私にとっても喜ばしいこと。

こうした取組が広まり、「あのドラマはエロいぜ、げへへ!」といった空気が吹き飛ばされることを願うばかりです。

 

女性権力者が最強のブロマンス愛好者になる

綱吉が男二人に、目の前でライブブロマンスをしろと言う場面。これは実に面白い趣向です。

HBO制作のドラマに『トゥルーブラッド』という作品があります。

2011年から2014年に放映されたもので、リブート企画もあるとか。

『トゥルーブラッド』では、ヴァンパイアを扱うことで、ジェンダー観にも切り込みました。

ヴァンパイアは男女間で腕力差がありません。

となると、女ヴァンパイアが悪質ストーカーになったり、性犯罪やハラスメントを男ヴァンパイア相手にやらかすのです。

あるヴァンパイア女王の娯楽は、目の前でイケメン同士がライブでむつみ合うことでした。

ジェンダーとは、腕力や権力に由来するものであり、本質的に女性が優しいかどうかわからない――そう挑発する意図を感じました。

日本では本国ほどヒットしなかったこの作品ですが、放映時はまだジェンダー観が熟していなかったのかもしれませんね。

ちなみにここで同性愛を咎められていると察し、平伏する二人。史実においても、大奥は今でいうところの「百合」ポルノジャンルの最大手とされていたものです。

 

易姓革命なき日本

綱吉は、なぜ誰も私を倒しに来ないのかと嘆きます。

これは彼女が限界まで傷ついたことでもあると同時に、日本史の特異点を示すものともいえます。

孟子の説いた易姓革命は中国ではおなじみ、「天命を失った王朝を倒すべく立ち上がる構図」のことです。

日本ではどうにもこれがない。日本の天皇はいいなぁ……そう嘆いた皇帝もいるほどです。

では、皇室ではなく、徳川将軍はどうか?

これも中国のような革命であれば、徳川宗家が残らなくても不思議はない。

しかし現に残っています。

中国のようなハードランディングはなく、いつまでもソフトランディングなのが日本の歴史と言えるでしょう。

こちらの記事にそのことが端的にまとめられております。

◆日本は未来だった、しかし今では過去にとらわれている BBC東京特派員が振り返る(→link

外国人目線というのも興味深く、以下のように分析されています。

1868年の日本では、欧米列強によって中国と同じ目に遭うのを恐れた改革派が、徳川幕府を倒した。

それ以降、日本は急速な工業化へと邁進(まいしん)することになった。

しかし、この明治維新は、フランス革命におけるバスティーユ陥落とは全く異なる。

明治維新は、エリート層によるクーデターだった。

明治維新は、イギリスの思惑もあります。

国王を斬首した【フランス革命】を、イギリスは散々非難してきました。

ゆえに、イギリスのパークスが強硬に介入し、徳川慶喜を殺したくてたまらなかった西郷隆盛を止めました。

イギリスの援助ありきの明治維新ですから、この要求を呑まずにはいられなかったのです。

そして、東洋で変革が成し遂げられたみずみずしい国家として、イギリスは日本を世界に紹介し、明治の世は始まった。

その後しばらくはイギリスの思惑通りであったものの、紆余曲折を経て、現在ではそんなこともありません。

過去の内政干渉の結果、日本は正しくない道を歩んだのではないか?とイギリス側は苦い気持ちで見守り、かつてほど能天気に明治維新を讃美しなくなっています。

上掲の記事はそうした歴史解釈があらわれているのです。

綱吉はそうした日本の歴史の中で、殷の紂王として振る舞い、酒池肉林を楽しんでいるフリをしているのでしょう。

しかし、皮肉にも彼女はシェイクスピアが描いた、イングランドのリチャード2世に似ているようにも思えました。

王冠の重さに耐えきれず破滅する――『ホロウ・クラウン』ではベン・ウィショーが演じております。

仲里依紗さんを見ていてベン・ウィショーを思い出すことになるなんて、想像すらできなかった。本作はなんという傑作なのでしょうか。

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非人道的な世襲権力はいつまで続く?

イギリスのヘンリー王子が出版した自伝『スペア』は、タイトルからして挑発的です。

スペア――自分は兄の予備だと投げかけているわけですから。

王室とは結局、血をつなぐこと。その過程でどれほどの「心」を犠牲にしてきたのか。

彼はじめ当事者の告発により、世界各地で王族や世襲が疑問視されるようになりました。

そんな世襲の残酷さを余すところなく描く男女逆転版ドラマ『大奥』。

桂昌院は子を為すことだけで成り上がったせいか、それ以外に意義を見い出せず、綱吉を苦しめ続けます。

ネットのウェブ漫画広告で、男性が激減し、種付け工場でウハウハしている作品を見かけることがあります。

現実味がないことがポルノの条件とはいえ、右衛門佐の苦悩を知ると、なんとも浅はか。

生殖能力だけで人を見ることとは、まるで競走馬の繁殖です。

犬や猫だって悪質な繁殖に厳しい目が向けられるこの世界で、人を血統で測る価値観はいつまで続くのでしょうか。

 

元禄バブルのキューティ・ブロンド、それが綱吉

『キューティ・ブロンド』というラブコメ映画があり、今はミュージカルとしても人気です。

ブロンド美女というだけで「バカな女」という偏見にさらされる、そんな「ブロンド・ジョーク」を逆手に取った作品です。

ブロンドにせよ、美形であることにせよ、スタイルがグラマーであることにせよ。

なぜ、セクシーな美女は「バカ」とレッテル貼りをされてしまうのか?

それって結局、男の願望ですよね。

美女がバカで騙しやすいなんてすばらしい! うっはー!

そういう下心ありきの偏見や願望が定着してしまった。かつてマリリン・モンローもこの偏見に苦しめられ、それをテーマにした作品もあります。

綱吉も、まさにこうした偏見にさらされています。

どんなに学問を学ぼうと、バカでエロい肉の塊であることを期待される。子を為すことばかりを課される。

家光ほど過酷な試練にさらされたわけではない。衣食住はあるし、権力もあるし、自由に生きられるけれども、綱吉には己の才知を認められる道が用意されていません。

家光が戦中戦後世代だったならば、綱吉はバブル時代を生きたエリート女性のように思えます。

ご飯は困らないし、大学で勉強することも、できるにはできる。

でも、私に期待されていることって、結局子作りなの?

社会に出てからそう梯子を外され、内心は呆然としつつも、求められる“わきまえた女”像に迎合していった女性たちと重なって見えるのです。

綱吉の混乱した姿は、あまりに生々しい。

あっ……綱吉みたいな彼女を見たことがある!

頭をそんな風にぶん殴られたような衝撃がずっとずっとありました。

誰が彼女を救えるのか? そう悩み、思い出すだけで胸が痛くなります。

このドラマは架空の世界を描いたものなんかじゃない。今、目の前にある現実を切り取っているのでは?

ズキズキと響いてくるものがあります。

綱吉と左衛門佐は、あなたであり、私であり、隣の人でもある――残酷な、だからこそ素晴らしいドラマです。

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【参考】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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