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【ドラマ『大奥』感想レビュー第6回】
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日本でもついにインティマシー・コーディネーター導入
今回はあまりに過激な場面にギョッとした後、ああした場面を見せ物にすることの暴力性をつきつけられ、大いに揺さぶられました。
しかし、きちんと配慮はあったと明かされています。
過激なシーンについて事前に俳優に説明をし、それも間に入ったコーディネーターと話し合うことによって「NO」と言いやすくしておき、萎縮のないように撮影する。
大事なことなので、上掲の記事より該当部分を引用しておきます。
「大奥の舞台裏」として日々、制作の裏側やオフショットなどを公開している番組公式Twitter。13日には「大奥ではNHKで初めてインティマシー・コーディネーターを導入しました」と明かされ、「ヌードやキス、セックスなどインティマシー(親密な)シーンにおいて、制作側の意図を十分に理解した上でそれを的確に俳優に伝え、演じる俳優を身体的・精神的に守りサポートする役割の方です」「コーディネーターが介在する事で、不安や懸念のある俳優が、場合によって『NO』と言える環境を作り、萎縮することなくリラックスした状態で演技に最大限集中してもらうことを目指しました」と説明した。
こうした制度は日本でいつ導入されるのか? もしかして十年後ぐらい?
と、うんざりしていた私にとっても喜ばしいこと。
こうした取組が広まり、「あのドラマはエロいぜ、げへへ!」といった空気が吹き飛ばされることを願うばかりです。
女性権力者が最強のブロマンス愛好者になる
綱吉が男二人に、目の前でライブブロマンスをしろと言う場面。これは実に面白い趣向です。
HBO制作のドラマに『トゥルーブラッド』という作品があります。
2011年から2014年に放映されたもので、リブート企画もあるとか。
『トゥルーブラッド』では、ヴァンパイアを扱うことで、ジェンダー観にも切り込みました。
ヴァンパイアは男女間で腕力差がありません。
となると、女ヴァンパイアが悪質ストーカーになったり、性犯罪やハラスメントを男ヴァンパイア相手にやらかすのです。
あるヴァンパイア女王の娯楽は、目の前でイケメン同士がライブでむつみ合うことでした。
ジェンダーとは、腕力や権力に由来するものであり、本質的に女性が優しいかどうかわからない――そう挑発する意図を感じました。
日本では本国ほどヒットしなかったこの作品ですが、放映時はまだジェンダー観が熟していなかったのかもしれませんね。
ちなみにここで同性愛を咎められていると察し、平伏する二人。史実においても、大奥は今でいうところの「百合」ポルノジャンルの最大手とされていたものです。
易姓革命なき日本
綱吉は、なぜ誰も私を倒しに来ないのかと嘆きます。
これは彼女が限界まで傷ついたことでもあると同時に、日本史の特異点を示すものともいえます。
孟子の説いた易姓革命は中国ではおなじみ、「天命を失った王朝を倒すべく立ち上がる構図」のことです。
日本ではどうにもこれがない。日本の天皇はいいなぁ……そう嘆いた皇帝もいるほどです。
では、皇室ではなく、徳川将軍はどうか?
これも中国のような革命であれば、徳川宗家が残らなくても不思議はない。
しかし現に残っています。
中国のようなハードランディングはなく、いつまでもソフトランディングなのが日本の歴史と言えるでしょう。
こちらの記事にそのことが端的にまとめられております。
◆日本は未来だった、しかし今では過去にとらわれている BBC東京特派員が振り返る(→link)
外国人目線というのも興味深く、以下のように分析されています。
1868年の日本では、欧米列強によって中国と同じ目に遭うのを恐れた改革派が、徳川幕府を倒した。
それ以降、日本は急速な工業化へと邁進(まいしん)することになった。
しかし、この明治維新は、フランス革命におけるバスティーユ陥落とは全く異なる。
明治維新は、エリート層によるクーデターだった。
明治維新は、イギリスの思惑もあります。
国王を斬首した【フランス革命】を、イギリスは散々非難してきました。
ゆえに、イギリスのパークスが強硬に介入し、徳川慶喜を殺したくてたまらなかった西郷隆盛を止めました。
イギリスの援助ありきの明治維新ですから、この要求を呑まずにはいられなかったのです。
そして、東洋で変革が成し遂げられたみずみずしい国家として、イギリスは日本を世界に紹介し、明治の世は始まった。
その後しばらくはイギリスの思惑通りであったものの、紆余曲折を経て、現在ではそんなこともありません。
過去の内政干渉の結果、日本は正しくない道を歩んだのではないか?とイギリス側は苦い気持ちで見守り、かつてほど能天気に明治維新を讃美しなくなっています。
上掲の記事はそうした歴史解釈があらわれているのです。
綱吉はそうした日本の歴史の中で、殷の紂王として振る舞い、酒池肉林を楽しんでいるフリをしているのでしょう。
しかし、皮肉にも彼女はシェイクスピアが描いた、イングランドのリチャード2世に似ているようにも思えました。
王冠の重さに耐えきれず破滅する――『ホロウ・クラウン』ではベン・ウィショーが演じております。
仲里依紗さんを見ていてベン・ウィショーを思い出すことになるなんて、想像すらできなかった。本作はなんという傑作なのでしょうか。
イギリス人は王室をどう思っているか?『ホロウ・クラウン』を見ればわかる
続きを見る
非人道的な世襲権力はいつまで続く?
イギリスのヘンリー王子が出版した自伝『スペア』は、タイトルからして挑発的です。
スペア――自分は兄の予備だと投げかけているわけですから。
王室とは結局、血をつなぐこと。その過程でどれほどの「心」を犠牲にしてきたのか。
彼はじめ当事者の告発により、世界各地で王族や世襲が疑問視されるようになりました。
そんな世襲の残酷さを余すところなく描く男女逆転版ドラマ『大奥』。
桂昌院は子を為すことだけで成り上がったせいか、それ以外に意義を見い出せず、綱吉を苦しめ続けます。
ネットのウェブ漫画広告で、男性が激減し、種付け工場でウハウハしている作品を見かけることがあります。
現実味がないことがポルノの条件とはいえ、右衛門佐の苦悩を知ると、なんとも浅はか。
生殖能力だけで人を見ることとは、まるで競走馬の繁殖です。
犬や猫だって悪質な繁殖に厳しい目が向けられるこの世界で、人を血統で測る価値観はいつまで続くのでしょうか。
元禄バブルのキューティ・ブロンド、それが綱吉
『キューティ・ブロンド』というラブコメ映画があり、今はミュージカルとしても人気です。
ブロンド美女というだけで「バカな女」という偏見にさらされる、そんな「ブロンド・ジョーク」を逆手に取った作品です。
ブロンドにせよ、美形であることにせよ、スタイルがグラマーであることにせよ。
なぜ、セクシーな美女は「バカ」とレッテル貼りをされてしまうのか?
それって結局、男の願望ですよね。
美女がバカで騙しやすいなんてすばらしい! うっはー!
そういう下心ありきの偏見や願望が定着してしまった。かつてマリリン・モンローもこの偏見に苦しめられ、それをテーマにした作品もあります。
綱吉も、まさにこうした偏見にさらされています。
どんなに学問を学ぼうと、バカでエロい肉の塊であることを期待される。子を為すことばかりを課される。
家光ほど過酷な試練にさらされたわけではない。衣食住はあるし、権力もあるし、自由に生きられるけれども、綱吉には己の才知を認められる道が用意されていません。
家光が戦中戦後世代だったならば、綱吉はバブル時代を生きたエリート女性のように思えます。
ご飯は困らないし、大学で勉強することも、できるにはできる。
でも、私に期待されていることって、結局子作りなの?
社会に出てからそう梯子を外され、内心は呆然としつつも、求められる“わきまえた女”像に迎合していった女性たちと重なって見えるのです。
綱吉の混乱した姿は、あまりに生々しい。
あっ……綱吉みたいな彼女を見たことがある!
頭をそんな風にぶん殴られたような衝撃がずっとずっとありました。
誰が彼女を救えるのか? そう悩み、思い出すだけで胸が痛くなります。
このドラマは架空の世界を描いたものなんかじゃない。今、目の前にある現実を切り取っているのでは?
ズキズキと響いてくるものがあります。
綱吉と左衛門佐は、あなたであり、私であり、隣の人でもある――残酷な、だからこそ素晴らしいドラマです。
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文:武者震之助
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link)