ふんどし

細川家

戦国武将と褌 2/14は聖なるバレンタインではなく「ふんどしの日」皆で締め直そう

2025/02/13

本日2月14日は、毎年恒例、男性も女性もソワソワする日ですかね?

いやいや、皆さん、大切なことを忘れていますよ。

2月14日は「ふんどしの日」でもあります。

2=ふ(ん)
10=ど
4=し

という語呂合わせなんだとかで、よく考えたものですね。

というわけで、本日はこの日本古来の下着に注目してみたいと思います。

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ガチで「勝負下着」だったのか

ふんどしはいつ頃生まれたのか?

残念ながらハッキリしておりません。

漢字で書くと「褌」です。

衣へんに軍であることから、戦に行くときにつけるものとされていたようです。ガチで「勝負下着」だったわけですね。

※犢鼻褌(とうさぎ)とも記されます

「ふんどしを締めてかかる」ということわざは「気合を入れてやる」という意味ですし、そりゃ戦のときには気合が入ってないと勝てないですから、理にかなっているというか何というか。

もちろんいくら気合を入れても、負けるときは負けますが……。

ともかく武家にとってふんどしは、ただの下着ではなく、とても大切なものでした。

 


著名な「越中ふんどし」は忠興発案!?

ふんどしに関する逸話を複数お持ちなのが、戦国屈指のネタ武将で、細川ガラシャへの偏愛で知られる細川忠興

細川忠興/wikipediaより引用

有名なふんどしの種類として「越中ふんどし」というものがありまして、あれは忠興が作った(作らせた)ものが発祥になっているという説があります。

忠興が一時期「越中守」だったので、それにちなんでこの名称になったのだとか。

他にも忠興が考案した具足を「越中具足」と呼んだりしますね。

また「越中富山の薬売りが発祥」説や、「越中という名の遊女が作った」説もあるのですが……忠興説には

「妻(明智 光秀の娘・細川ガラシャ)の下着を改良して作った」

という経緯までついているあたりが信憑性を感じます。

さすがに、忠興の激・愛妻ぶりをおちょくるためにこんな話が作られたというわけでもないでしょうし……そっちだったらどうしましょう。

もう一つ、忠興とふんどしの話があります。

 

「昔は首からふんどしまで紐をつけ……」と忠興ボヤく

もう一つの話とは、忠興の小言です。

「最近の若者は戦の時にふんどしの正しい締め方も知らない。

戦場でもし斃れたら、いずれ体がやせ細ってふんどしが脱げ、見苦しい姿を晒すことになる。

昔はそうならないために、首からふんどしまで紐をつけていたというのに」

例によって超訳ですが、だいたいこんな感じのことを大坂の陣後に言ったというものです。

越中ふんどし考案者説と矛盾するようですが、

「平時は越中ふんどしを使って、戦時には首から下げるタイプを使い分けなければならない」

というように考えていたとしたら、それはそれで納得できる気がします。

他にも「徳川家康は汚れが目立たないように、淡黄色のふんどしを愛用していた」とか、そのふんどしは今も水戸徳川家に保存されているとか、戦国武将とふんどしの逸話は多々あります。

徳川家康/wikipediaより引用

そのくらい大切なものだったので、一部の地域では男子の成人祝いとしてふんどしを贈るという習慣があるそうです。

 


最近は、バレンタインの贈り物などにも選ばれる!?

ちなみに、ふんどしは機能的な意味でとても優れた下着だとされます。

ゴムを使っていないので足の付け根に食い込むことがないですし、素材・構造的に通気性も良いとか。

男性はお手洗いのときに難しくなっちゃいそうですけどね。そのせいであまり普及しないのかもしれません。

トイレに篭もるのが趣味だった武田信玄伊達政宗あたりが、ふんどしを汚さずに済むコツを書き残してくれてたりしないんですかね。まぁ、踏ん張った状態で考え事してたわけじゃないか。

加藤清正は高下駄はいてこもってたそうですから、体勢的には参考になりそうですが……真似はできなさそうです。

加藤清正/wikipediaより引用

最近はそうした機能性がウケているのか、バレンタインの贈り物にふんどしを選ぶ人も増えているそうで。

ふんどしの日

ふんどしの普及にチカラを入れている「一般社団法人ふんどし協会(→link)」より引用

愛の告白に下着を贈るというのはなかなか勇気が要りそうです。

既にカップルだったり夫婦である場合は「健康に気を使ってくれる素敵な女性」ということになるのかもしれませんね。

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【参考】
国史大辞典
一般社団法人ふんどし協会(→link
いらすとや(→link

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長月七紀

2013年から歴史ライターとして活動中。 好きな時代は平安~江戸。 「とりあえずざっくりから始めよう」がモットーのゆるライターです。 武将ジャパンでは『その日、歴史が動いた』『日本史オモシロ参考書』『信長公記』などを担当。 最近は「地味な歴史人ほど現代人の参考になるのでは?」と思いながらネタを発掘しています。

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