古来、刀には「名前」が存在してきました。
ある時は己の生命を預ける武器への愛着を込めて、またある時は伝説から誰ともなく名づけられ――。
小説やマンガなどフィクションの世界でも特別な刀剣には様々な願いの込められたカッコいい名前が付けられていますよね。
さしずめ近年の白眉ではマンガ『BLEACH』に登場する、本当の名前を呼ぶことで能力を解放する刀の数々でしょうか。
ここでは刀の作者の名前で表す、いわゆるブランドとしての「銘(めい)」と、前述のように意図的に、あるいは自然発生的に付けられた通り名としての「号(ごう)」とをふまえ、あまりにもカッコよすぎる刀のネーミングをご紹介したいと思います。
なお、すべてが実在する(あるいは過去に実在した)刀ですので、とくとごろうぜよ!
其の一 獅子王(ししおう)
初っ端はコレしかない!と思うほどインパクトのある名前のこの刀。
鵺退治で有名な「頼源政」の愛刀として知られています。

源三位頼政・歌川国芳画『列猛伝』/wikipediaより引用
あまりにカッコよすぎて思わず「卍解!」と叫んでしまいそう。
この刀で鵺に止めを刺していたらたぶん「鵺斬り」とかになったんだろうなあ。
獅子王でよかった!
其の二 小烏丸(こがらすまる)
平氏一門に代々伝えられた宝剣「小烏丸」。
桓武天皇の時代に伊勢神宮より遣わされた大烏の羽にしまわれていたという伝説をもっています。
日本刀の造りながら、刀身の上半部は諸刃の「剣」になっているという「鋒両刃造り」の珍しい刀剣です。
これは歴史的に朝敵征討に赴く将軍に対して天皇が授けるということから、旧軍時代の「元帥刀」は小烏丸と同じ造りになっていたそうです。

元帥佩刀を佩用する武藤信義陸軍大将/wikipediaより引用
其の三 布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)
神話上の初代天皇である「神武天皇」がヤマトの地を目指す途中、熊野の山中で土着の神の毒気に当てられてしまい、彼の軍勢は眠りこけて前に進むことができなくなりました。
そこで助太刀のために天上界から遣わされたのが神剣「布都御魂剣」です。
この剣の霊力によって蘇生した神武一行はやがて無事にヤマトの地へとたどり着きます。

神武天皇と八咫烏の肖像(月岡芳年画)/wikipediaより引用
奈良県天理市の「石上神宮(いそのかみじんぐう)」ではこの剣を御神体として祀っているといわれ、武神を祀る茨城県の「鹿島神宮」には「二代目・布都御魂剣」とされる3m近い直刀が国宝として伝わっています。
神として祀られたふつのみたまのつるぎに擬して鹿島の大神の佩力(はいとう)として鍛えられたのが当宮に伝わる直刀であります。
奈良時代に鍛造(たんぞう)されたと推定される直刀のとっての長さは271センチの長大なものであり、鍛錬(たんれん)の完成度、高い技術力には驚嘆させられます。(→link)
其の四 破邪の御太刀(はじゃのおんたち)
なんと全長4.6mにもおよぶ「世界一長い日本刀」!
山口県下松市の花岡八幡宮所蔵の刀で、市の指定有形文化財となっています。
1859年(安政6年)の花岡八幡宮式年大祭に合わせて、氏子が刀匠「藤原国綱」に製作を依頼。
砂鉄三百貫(1,125kg)を使用して鍛え上げ、川をせき止めてその水で焼き入れ(冷却)して仕上げたと伝わっています。
幕末という比較的新しい作刀ですが、その威風はまさに破邪顕正の凄まじさを感じさせますね!

花岡八幡宮
其の五 骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)
でました!
もう聞くからにヤバそうなのがこちらです。

骨喰藤四郎:指裏と彫物/wikipediaより引用
号である「骨喰(ほねばみ)」というのは、斬る真似をしただけで相手の骨が砕けてしまうような威力を感じさせる剛刀を意味しており、薙刀を刀に造り変えた「薙刀直し」の刀となっています。
鎌倉時代の作とされ、源頼朝から九州の武将・大友氏に与えられ、さらに足利将軍家に献上されて代々宝刀として受け継がれたといいます。
筆者的にはイチ押しの刀剣ネーミング!
これって英訳するとしたら
「Tohshiro ‘The Bone Eater’」
という表現になるんでしょうかねえ!
其の六 雷切(らいきり)
戦国時代の武将・立花道雪の刀。
道節が木陰で雨宿りしていたところその木を雷が直撃!
ところが半身不随になりながらも一命を取り留めたため、人々は道雪が「雷神を斬った」と噂しました。
以来、彼は愛刀の名をこれまでの「千鳥」から「雷切」へと改めたといいます。

立花道雪/wikipediaより引用
刀身には高圧電流が通った証拠とされる白く変色した痕跡が確認できます。
命がけのカッコよすぎる名前ですね!
其の七 祢々切丸(ねねきりまる)
昔々、日光の山中に「祢々(ねね)」という妖怪が棲んでおり、近隣の住民は常に脅かされていました。
しかし誰も祢々を退治することができません。
困り果てていたところ「二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)」に安置されていた太刀が独りでに抜け、祢々を仕留めて里に平安をもたらしたといわれています。

二荒山神社
「祢々切丸」と名付けられたこの刀はなんと刃長2.2m、全長3.4mの大太刀であり、現在でも栃木県日光市の二荒山神社に展示されています。
日光を訪れの際は、ぜひ、妖怪斬りの神剣もご覧あれ!
其の八 一期一振(いちごひとふり)
短刀造りの名手として知られ、日本刀の代名詞ともいわれる「正宗」と並び称される、鎌倉時代中期の名工「粟田口吉光(あわたぐちよしみつ)」。
短刀ばかりを打ち続けた彼が生涯にただ一振り残した長刀が「一期一振(いちごひとふり)」です。
朝倉氏、毛利氏、豊臣氏、徳川氏と歴代戦国武将の手を経て、現在は皇室所有の「御物(ぎょぶつ)」となっています。
伝説のマエストロがただ一振り鍛え上げた名刀。
まさにプレミアム!

「天下の三名工」と称された郷義弘(上)、正宗(中)、粟田口吉光(下)の肖像画/wikipediaより引用
其の九 姫鶴一文字(ひめつるいちもんじ)
越後の龍・上杉謙信と、その後継者・上杉景勝の愛刀とされる「姫鶴一文字」。

上杉謙信(左)と上杉景勝/wikipediaより引用
この美しい名前の刀にはこんな伝説が残されています。
あるとき謙信が、この刀を戦場で振るうには少し長く感じていたため、研ぎ師に命じて磨り上げ(すりあげ・研磨によるサイズダウンのこと)ようとしました。
すると二晩続けて研ぎ師の夢枕に「鶴」と名乗る美しい娘が現れ、刀を縮めてしまわないよう懇願したといいます。
いぶかしく思った研ぎ師はそれを腰物係(刀剣管理の職員)に話すと、彼もまた全く同じ夢を見たというのです。
このことを耳に入れた謙信は姫鶴一文字を磨り上げるのを中止したとされ、何とも幻想的なエピソードとなっていますね。
其の十 ソハヤノツルギ
本来は伝説の征夷大将軍・坂上田村麻呂の愛刀とされ、徳川家康がそれを模して造らせたという業物です。

坂上田村麻呂(菊池容斎『前賢故実』)/wikipediaより引用
現在は重要文化財として久能山東照宮に所蔵。
茎(なかご)には「妙純伝持 ソハヤノツルキ ウツスナリ」と文字が切ってあります。
家康は臨終の際、いまだ情勢の安定しない西国を憂慮し、この刀の切っ先を西に向けて安置するよう言い残したとされています。
名前の由来はよくわかってはいませんが、太刀行きが速く鋭いイメージを起こさせ、刀剣のもつ武威を十分に感じさせるカッコいいネーミングではないでしょうか!
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