永禄11年(1568年)7月――。
足利義昭の一行は美濃・立政寺に到着しました。
織田信長が義昭を歓迎し、丁寧な所作で深々と頭を下げます。
「織田信長にござります」
出迎えを大儀であると労う相手に、信長は「末長くお仕えする覚悟でお待ちしておりました」としおらしい。公方と呼ばれた義昭は、まだ将軍ではない、公方と呼ばれるのはまだ早いと言うのですが。
「畏れながら我が心の内では、既に将軍にございます。公方様にございます」
そう信長は訴えます。
染谷将太さんは永遠の子どものような顔と話し方ができますから、それはもう愛嬌がある。たまらないものがある。
それから信長は、公方様にふさわしい品々を揃え、お待ちしていたと見せるのです。
そこにあるのは大量の豪華な品に金!
さすがは織田の財力です。なんと銭は一千貫!(一億五千万円)
その金額を聞いて、義昭は驚きます。
「一千貫か! これだけあれば、一万の貧しき民が一月は過ごせよう。そなたの心遣いが身に染みる」
そう聞いた瞬間、信長の熱意と出迎える気持ちがシューッと萎んでいくようなものがあります。
やはり染谷さんはうまい。思っていることがそのまんま出る信長を演じております。
信長はここで、試すような不敵な顔色を見せつつ、太刀を手に取ってご覧くださるように言います。
美濃・関の刀鍛冶に打たせた業物だそうです。
しかし、武器を手にするように言われて、義昭は顎を撫でて困惑しております。
思い出しましょう。鉄砲を美しいと言った光秀のこと。手にした刃で松平広忠の首を切り裂いた信長のこと。
人間の大半は、先天的に殺人をするようにはできていない。
ゆえに、殺傷力のあるものを持つとなれば恐怖や嫌悪感がある。
銃を手に取ったところで、ちゃんと殺傷できない――それは徴兵制を大々的に導入したナポレオン戦争後以降明確にされました。逆に「どうすれば人を殺せるようになるのか?」ということも考え、人は心理学を進化させてゆくことになる、と。
一方で武士はその感情を克服すべく、規範を叩き込まれている。光秀と信長もそうなのかどうか?
あくまで人を殺さないようにできているのは人類の大半です。ごく少数、先天的な例外を持つ人間がいたとしてもおかしくない。
誰が本作ではそうなのか……。
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義昭の不甲斐なさに憤る信長
岐阜城では、信長が小馬鹿にするように光秀に言います。
あの銭は貧しい者に施すものではない。戦に備えるため。まるでわかっておらぬ。そう不満そうなのです。
そのうえで、刀を抜いてご覧になった顔をあざける。鼠が蛇に睨まれて仰天したような顔だと言います。
「そなたに聞いていたゆえ、さほど驚きはせぬが、あれが武家の棟梁では……」
三淵も細川も困っているだろうと言う信長の口調からは、性格の悪さが滲んでしまっている。
個人的怨恨もあるんじゃないですかね。
彼は「うつけ」と呼ばれて、誰からも褒めてくれぬと言っていた。
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もしも、周りに聞けば「褒めてたでしょ!」と返ってくる気はしますが、彼は褒め言葉よりも、貶す言葉が十倍か百倍くらいでブッ刺さると。人間誰しもそんなものでしょうが、信長は深く、深く、深く……ブッ刺さる。
そんなことで武家か!
そう周囲から叱られた苦い思い出が蘇る。尾張の大名ですらそんだけダメ出しされたのに、公方様があんな調子かよ! 本当に笑うしかねえなこりゃ!……信長が抱いたのはそういった感情では?
信長の少年時代は暗かったと思います。
信長は、儀礼においてはとても折り目正しく、覚えた通りにしているロボットめいたところすらある。がんばって、武家らしく振る舞えるよう、マニュアル通りにプログラミングしたのだとは思う。
それなのに褒められないんですね。努力ポイントより、ミスしたところをあげつらいやがって! こういう気持ちに突っ込んでいく。
この信長、貶してはいけませんよ……全部覚えて、倍返しだ!
半沢直樹は現代人だし、相手を殺傷しないけれども、信長はそうじゃない。
そんな義昭をかばう光秀
光秀はここで、義昭をかばいます。
6歳で出家してから23年間、29になるまで僧侶として暮らしてきた。武家として育てられたことはない。
突如、戦に行けと言われても、心も体も動かない。よくぞ戦をすると決意したと、むしろ褒めなきゃ。
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こう見ると、光秀は優しい。
けれども、優しいだけかどうかはわからない。
「そうは言っても、生かすも殺すも、信長様次第……この先どうしますか?」
光秀の言動は、いつもゆらぎがあって、どこかおそろしさと魅力がある。
信長は、何も変わらない、そなたと話した通りにやると言い切ります。
都で幕府を立て直す。将軍のもと、諸国をまとめ、大きな世を作る。大きな世だ。それでよかろう!
そうカラリと言い切ります。
上洛のため、六角承禎と一戦交えねばならない。
妹・市を嫁がせた浅井長政も上洛をしたいから、うまく使う。浅井長政とも話しあうのだと。
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ここで、信長が妹夫妻のことを淡々と語るところが、本作の渋さだと思いますね。
いちいち視聴者に「あの浅井ですよ!」とアピールせんでもいい。ついてきたけりゃ来い。そういう無愛想さがいい。
そのうえで、光秀を使い倒そうとします。
◆光秀のミッション!
・京へ登り、三好一族の兵数を調べる。地味なようで、本作は兵数算定が大好き。光秀は道三の前で数珠の数え方を答えて以来、その才能があります。
・朝廷が三好達をどう見ているか探ってもらいたい
既に、木下藤吉郎は京に潜入済み。光秀が誰かわからない顔をすると、「猿ヅラのあのおしゃべり」と言います。ここで光秀も思い出す。
光秀は京都へ向かうのでした。
藤吉郎が若狭の鯖を売りながら
信長の中で何かは変わった。
信長は、マニック・ピクシー・ドリーム・公方様(※悩める信長の前に現れる夢のような公方様!)として義昭を想像して、そんなドリーム公方様が喜ぶ外さないプレゼントをせっせと用意した。
苦労して得た美濃・関の刀鍛冶なんて、それこそ自信満々だっただろうに。
でも、公方様は全然理想通りじゃない。だったら……もう、どうしたっていいじゃないか? まあ、使える限りは使うけど。
そう、使える限りは。
京では、木下藤吉郎が若狭の鯖を売っております。
京都は魚介類が貴重ですからね。元が物売りだけに、片肌はだけて声を張り上げ、実にうまく売っております。
佐々木蔵之介さんは、この役のために生まれてきたように馴染んでいる。京都出身ということもあるのか。すっと馴染んでいる。
あれだけ美形であるのに、猿ヅラにしか見えないし、営業センスも抜群だとわかります。
それに所作がゆるくて、光秀のように常に芯が通っているように見えません。なまじ時代ものですと、芯が入っていない所作はむしろマイナスになる。けれども、豊臣秀吉ならば絶妙なの役作りとしか言いようがない!
これでは諸大名から侮られるだろうということまで、身のこなしからわかってしまう。すごいものがあります。
山伏に変装した光秀がここで目の前に立つ。そんな二人の背後を、三好の兵が歩いてゆきます。
藤吉郎は、その姿ではかえって目立つと、空き家に向かいます。
空き家で秀吉は、一方的に話し始めます。
殿は人使いが荒い。もはや京では、織田様が足利義昭を擁して京に登ってくるという噂で持ちきりなんだとか。織田のものとわかれば、即「コレ」(斬首)だと首に手刀を当てます。
「もっとも! その噂を広めたのはそれがしですが! アハハハハハハっ!」
信長と秀吉の雇用関係から見えること
藤吉郎は、乱破を使って「10万で攻める」と広めたそうです。
光秀は感心しております。目に見えぬ敵ほど気味が悪いものはない。上策だと。
藤吉郎は浮かれています。次の戦は千人の兵を持たせると言われた。成り上がり者に千人の兵! そう喜ぶ。
信長は恐ろしいことを平気で命じてくる。
城を三月で作れとか。敵の城に乗り込んで、その大将を味方にしろとか。
たがあとで、ちゃんと褒美をくださる!
そう藤吉郎はウキウキしています。
藤吉郎は家が貧しく、幼い頃、麦飯をいっぱい食わせてやると言われて針を売りました。
それでも一度も食わせてもらったことはない。何百本、何千本売っても。いつもそのことを思い出すのだそうです。
それに比べると、信長様は必ず約束を守ってくださる! わしを褒めてくださる! そう喜ぶ藤吉郎です。
これはおもしろい描き方だし、まさしく本作ならではの新解釈だ!
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秀吉が信長の草履を懐で暖めていた。そんな逸話がありますよね。出世したければ、上司に心遣いを見せよ。そういうライフハックではありませんか。
それを本作は逆にする。
【人材が欲しければ、きっちり給与を払いましょう】
【人材を引き留めたければ、契約内容を守りましょう】
精神論、温かい草履のようなサービスは全否定。
こういう番組をNHKが作るのは、ともかく偉いと思う!
大河ではなく朝ドラでよくかましがちな話ですが。勤務契約だのなんだの曖昧にして、やる気アピールをやらかしがちではないですか。
サービス残業は思いやりみたいな、しみったれた世界観。
あんなものを受信料で朝から流していたら、悪徳経営者をつけあがらせるだけでしょうに。ヒロインが勤務契約違反だからと雇用主に厳重抗議をした『半分、青い。』、労働交渉する『なつぞら』、賃上げ要求をキッパリできる『スカーレット』はだから好きなんです。
甘っちょろい話をするな、戦国ものなんだから。それはそうです。契約内容や人材確保でもそうだ。当然のことだ!
ただ、気をつけましょう。信長の配下としてやっていけるのは、あくまで秀吉くらい実力があればこそ。
もっとゆるい勤務がよい方は、織田家は不向きでしょう。
最悪の場合、信長から箇条書き折檻状付き解雇にあいます。
信賞必罰が厳しい環境にあうかどうかは、あくまでその人次第。信長は、よくも悪くも人類皆平等だと割り切れます。
情愛で気前よく家臣に褒美を与えてはいない。褒美に見合う働きをせねば、命で返せと言いかねないおそろしい人物です。
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