『信長公記』は戦の話だけでなく、日常の一コマも多く登場します。
今回はその中間に当たりそうな話。
京都への上洛がテーマなのですが、そこには信長の命を狙う一団がありました……。
80人の御伴を連れて京都へ
永禄二年(1559年)のことでした。
織田信長が突然「上洛する」と言い出します。
もちろん軍事的な行動ではなく、現代でいえば旅行みたいな意味ですね。
家臣も80人くらい連れて行くことにしたのですが、一城の主、しかも戦乱ど真ん中の尾張から京都までという旅程は、いかにも危険な人数です。
江戸時代の話になりますと、最大の藩だった加賀藩が参勤交代する際の行列は最盛期で4,000人くらいでした。
これは幕府の決まりに加えて、大名同士の見栄や競争が反映されておりますが、4,000人に比べて80人という人数が丸裸同然だったということがご理解いただけるでしょう。
しかし、人数が多すぎれば、道中の大名から戦と勘違いされかねません。
さらに道中や京都での滞在地の確保や、費用なども考え合わせて、この人数にしたのでしょう。
それでもやはり相当危険には違いないと思うのです。
尾張から山城へ行くには
・美濃
・伊勢
・近江
・伊賀
上記いずれかの国を通らねばなりません。

残念ながら、往路の道中については記されておらず詳述することができませんが、復路については簡単ながら記述がありますので、流れに従って書きますね。
結論から申しますと、旅自体にトラブルはありません。
しかし、もっと別の危険が信長の身に迫ります。京都へ着いてからの話になりますので、そこへ進んで参りましょう。
京都・奈良・堺などの町を見物し将軍にも謁見
無事に上洛した信長一行は、京都・奈良・堺などの町を見物し、途中、室町幕府十三代将軍・足利義輝にも謁見しました。

足利義輝/wikipediaより引用
信長も連れの人々も、金銀飾りの太刀を差していたとのことなので、かなり目立っていたでしょう。
一方、清洲・那古野弥五郎の家来である丹羽兵蔵という男が、信長一行へのお使いのため、後から京都へ向かっていました。
この弥五郎という人物、実は12話にも出てきました。
那古野弥五郎は若い侍大将で、当時は織田信友の配下におりました。
それが信長配下の家臣と男色の関係になり、信友の支配下にあった【清州城】攻略を進めたのです。
清州城の落城は、それから後のことになりますが、ある意味、彼がいたからこそ信長も被害少なくして攻略できたワケで。
弥五郎は知名度こそ低いながら尾張統一における功労者でもあります。
今回の上洛は、このときの話から数年経過していて、当時の那古野弥五郎と同一人物かどうかは不明です。
親子や親戚が同じ名前を名乗ることはよくある話なのでハッキリしません。
同じ人である可能性も低くはない――といったところでしょう。
「それなら上総介の運も長くあるまい」
さて、その那古野弥五郎の家臣・兵蔵は、道中で5~6人の身分ありそうな人物と、そのお供をする30人ほどの一団に出会いました。
はじめは少し目に留まった程度でしたが、兵蔵は彼らと志那の渡し(琵琶湖の渡し船)で同じ船に乗り合わせ、少しだけ会話をします。
「どこの出身だ?」
と聞かれると、兵蔵は念のため身分を隠してこう告げます。
「三河の者です。尾張を通って京へ向かってきたのですが、尾張ではみんな信長公に怯えているようだったので、私も目立たぬように通り抜けました」
咄嗟にカマをかけてみます。頭いいですね。
すると、一団のうちの一人が「それなら上総介の運も長くあるまい」とつぶやいたのだとか。
「上総介」とは、当時、信長が自称していた官職です。

織田信長/wikipediaより引用
戦国時代には朝廷の力が弱まっていたため、大名や武将が勝手に官職を名乗ることがままありました。
上総は親王任国といって、他の国とは少し違う扱いの国です。
わざわざその地の「介」=「ナンバー2」を名乗るからには、信長は何かしらの意図があって選んでいたと思われますが、真意はこれまたわかっていません。
ともかく、この発言で兵蔵は、一行をますます怪しみ始めます。そこで、こっそり彼らの後をつけ、一行の近所に宿をとりました。
信長の命を狙っていたのは美濃の連中だった
一行の下男らしき子供を手懐け、尋ねてみました。
「あの人達はただならぬ雰囲気がするが、どこのどなただ? 湯治にでも行くのか」
「湯治ではありません。美濃のお殿様に仕えている方々で、今、京都にいる上総介殿を打ち取りに行くのです」
聞けば、なんとも物騒な返事がかえってくるではありませんか。
美濃の殿様とは、斎藤道三ではありません。
長良川の戦いで、道三に勝利した斎藤義龍のことです。

斎藤義龍/wikipediaより引用
念のため夜になってから美濃一行の話を盗み聞きしてみると、「鉄砲で信長を撃ってやる」だのなんだのと、これまた物騒な話をしています。主だった人物の名もわかりました。
兵蔵は翌日、急いで美濃一行の先回りをし、物陰に隠れて京での宿を突き止めました。
そして、こっそりその宿の入口の柱を少しだけ削って目印にし、続いて信長の宿へ向かいます。
「至急お知らせしなければならないことがあり、急いで参上しました。蜂屋頼隆殿か、金森長近殿にお取次ぎを」
二人にこれまでの経緯を報告しました。
お前らの悪巧みはバレている
報告を聞いた信長は、兵蔵の目通りを許しました。
そして「奴らのことは金森が見知っているはずなので、二人で明日の朝会ってこい」と命じます。
逃げたり、討ち取ったりするのではなく、直接、出向いて会ってこい――というわけです。
そんなことをすれば、その場で斬り殺されてしまうのでは?
と思ったら、金森と兵蔵は信長の命ずるままに敵の宿屋まで出向き、彼らにこう伝えます。

金森長近/wikipediaより引用
「信長公はあなた方のことに気付いているから、今のうちに出向いてあいさつをしたほうがいいでしょう」
当然、美濃の一行はビックリ仰天です。
信長公記では割と穏やかな言い回しになっていますが、意味合いとしては
「もうお前らの悪巧みはバレてるから、今のうちに信長様へ頭を下げに行け」
くらいの感じだったでしょうね。
我が命を狙うとは 蟷螂の斧である
さすがに美濃一行はそのまま言うことを聞いたりはしなかったようです。
翌日の京都見物中、町中で信長の一行と対面しました。
そこで信長は言ってのけました。
「お前たちは、この信長の命を狙っているらしいな。まさにそれは蟷螂(とうろう)の斧というもの。それとも、ここでやってみるか?」
「蟷螂の斧」とは、かまきりが巨大な敵にも手を振り上げて威嚇するような、分不相応なことを意味します。
真っ昼間から大衆の面前でここまで言われ、美濃一行は何もできずに帰るしかありません。
京の人々は、この信長の言い分を「一城の主にふさわしくない」と眉をひそめる者がいれば、「若者らしい」と褒め称える者もおり、真逆の評価をしていたとか。
確かにこの時点では尾張すら統一していない小大名です。
そのような人物が、日本史上屈指の英雄となり、後に京都御馬揃えなどという盛大な軍事パレードをするとは露とも思わなかったでしょう。
数日後、信長は守山(滋賀県守山市)から相谷(同・東近江市)を抜け、八風峠(鈴鹿山脈)を通って、無事、清洲に帰還しました。
次の第32話は👉️岩倉城の戦い|信長公記第32話
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参考文献
- 国史大辞典編集委員会編『国史大辞典』(全15巻17冊, 吉川弘文館, 1979年3月1日〜1997年4月1日, ISBN-13: 978-4642091244)
書誌・デジタル版案内: JapanKnowledge Lib(吉川弘文館『国史大辞典』コンテンツ案内) - 太田牛一(著)・中川太古(訳)『現代語訳 信長公記(新人物文庫 お-11-1)』(KADOKAWA, 2013年10月9日, ISBN-13: 978-4046000019)
出版社: KADOKAWA公式サイト(書誌情報) |
Amazon: 文庫版商品ページ - 日本史史料研究会編『信長研究の最前線――ここまでわかった「革新者」の実像(歴史新書y 049)』(洋泉社, 2014年10月, ISBN-13: 978-4800305084)
書誌: 版元ドットコム(洋泉社・書誌情報) |
Amazon: 新書版商品ページ - 谷口克広『織田信長合戦全録――桶狭間から本能寺まで(中公新書 1625)』(中央公論新社, 2002年1月25日, ISBN-13: 978-4121016256)
出版社: 中央公論新社公式サイト(中公新書・書誌情報) |
Amazon: 新書版商品ページ - 谷口克広『信長と消えた家臣たち――失脚・粛清・謀反(中公新書 1907)』(中央公論新社, 2007年7月25日, ISBN-13: 978-4121019073)
出版社: 中央公論新社・中公eブックス(作品紹介) |
Amazon: 新書版商品ページ - 谷口克広『織田信長家臣人名辞典(第2版)』(吉川弘文館, 2010年11月, ISBN-13: 978-4642014571)
書誌: 吉川弘文館(商品公式ページ) |
Amazon: 商品ページ - 峰岸純夫・片桐昭彦(編)『戦国武将合戦事典』(吉川弘文館, 2005年3月1日, ISBN-13: 978-4642013437)
書誌: 吉川弘文館(商品公式ページ) |
Amazon: 商品ページ



