絵・富永商太

織田家 信長公記

織田軍を震撼させた村重の裏切り! 信長自ら有岡城の攻略へ 信長公記173話

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茨木城へ向かって砦を構築

第二次木津川口の戦いにおける勝利の報告を受けた信長は11月9日、京都から摂津へ向かって出陣しました。

摂津には、村重の本拠である有岡城(=伊丹城、伊丹市)はもちろん、茨木城(茨木市)や高槻城(高槻市)など複数の拠点があり、そこから攻略しようと考えたのです。

むろん全てを力攻めで勝ち取ろうとすれば、多大な犠牲と時間を払うことになります。

そのため、信長は様々な手段を用いて、謀反軍の切り崩しを考えました。

この日は山崎に布陣。

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翌11月10日、信長は滝川一益明智光秀などの主だった武将たちに、芥川・糠塚・太田・猟師川の一体に布陣し、太田の北の山に茨木城へ向かって砦を造ることを命じました。

現代の地名でいうと、高槻市~茨木市にまたがる範囲です。

信長本人は安満(高槻市)に四方を見下ろす陣を構え、同じく砦の構築を命じています。

また、高槻城の高山右近がキリシタンであることを思い出し、宣教師を呼び出してこう伝えました。

「右近がこちらにつくよう説得せよ。うまく行けば、どこにでもキリスト教の教会を建てて良い。引き受けないなら、キリスト教を禁じる」

こう言われては宣教師も死活問題。

佐久間信盛羽柴秀吉・松井友閑・大津長治と共に高槻へ向かい、右近の説得に取り掛かりました。

 

高山右近が説得に応じて大名やめる

村重に人質を出していたため、共に謀反を起こした高山右近。

信長の派遣によって宣教師らがやってくると、その説得に応じて織田軍へ高槻城を明け渡しました。

もともと右近は村重の謀反に反対していたのです。

しかし、下手に裏切れば村重のもとに出した人質が殺されてしまうため、仕方なく高槻城にこもっていたのでした。

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そこで右近は、領地を信長に返上し、村重とは直接戦わないという方法を選びました。

これならば裏切りではなく「大名をやめた」という形になりますので、人質の命が脅かされることはなくなります。

屁理屈のようにも見えますが、この時代における”信用”は非常に重要です。

謀反を起こした時点で信用が下がっていた村重が、この流れで右近の人質を殺せば、他の味方から

「俺たちの人質も、ちょっとしたことで殺されるかもしれない」

と思われて、内部から崩壊しかねません。

まぁ、後の村重の行動を見ると、そもそも信用できない類の人物なのですが……。

また、この頃に太田の砦が完成したので、信長は越前衆を配備。

11月14日、太田の砦建設に携わっていた武将たちが、先陣として村重の本拠・伊丹へ出陣しました。

武藤舜秀の部隊が戦闘となり、首4つを挙げて信長の実験に供したといいます。

 

堀と土塁の張り巡らされた堅城・有岡城

彼らの部隊はそのまま付近を焼き払って伊丹に迫り、刀根山に布陣しました。

他にも

見野の村(川西市)の街道南側・山手の要害に蜂谷・丹羽・蒲生賢秀・若狭衆

小野原(箕面市)に織田信忠・信雄・信孝

が陣取りました。

重鎮及び信長の息子たちも、着々と準備を進めていた……というところで織田軍もいよいよ本気モードです。

11月15日、信長が安満から郡山へ陣を移すと、翌16日に高山右近が挨拶にやってきました。

信長は大いに喜び、着ていた小袖を脱いで右近に与え、さらに秘蔵の馬と、新たな領地として芥川郡も与えたといいます。

信長としては「今後、粗略に扱うつもりはない」という意思表示をしたかったのでしょう。

さらに3日後の11月18日、信長は総持寺(茨木市)へ出向き、甥の津田信澄に茨木の出入り口を抑えさせました。

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また、越前衆と日根野弘就・日根野弘継には、総持寺へ要害を築けと命じています。

村重の本拠である有岡城は「総構え(惣構)」と呼ばれる堀と土塁を巡らせた作りになっていた上、東にはいくつもの川と崖があり、攻めにくい構造になっていました。

織田軍の総力を持ってしても、短期間での攻略は難しいところ。

ならば、背後を脅かされる心配をなくすため、茨木城を迅速に攻略したほうがいいということになります。
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