2023年の大河ドラマ『どうする家康』は、放送直後から物議を醸すシーンが連続しています。
日本の城には見えない清州城。
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築山殿(瀬名)を遊女扱いする氏真。
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他にも例を挙げたらキリがありませんが、「ドラマはフィクションなんだから自由に描いてオッケー」と言われたら、確かにその通りなのでしょう。しかし……。
第14回放送「金ヶ崎でどうする」では、これまでとは異質な違和感がありました。
ドラマ脚本家の古沢氏も、公式ツイッターも、「小豆袋」のエピソードを「史実である」と断定して、ストーリー展開していたのです。
いったい「小豆袋」とは何なんだ? と、ご存知ない方に、一行で説明しておきますと、
という、兄妹の聡明さを描いた逸話です。
詳細は本文で触れますが、ともかくこのエピソードは「よくできた創作ゆえにフィクションでは定番扱いである」とされるのが共通理解であると思っていました。
それが、ドラマの制作陣は、前述の通り、堂々と「史実」だと語っているのです。
一体どういうことなのか?
いつからこの小豆袋エピソードは史実と認定されたんだろう?
おそらく私と同じように頭が混乱している方も少なくないはず。
疑問の元を少々深掘りしてみましょう。
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お市の初恋が家康ということは恋愛はありえるか?
「小豆袋の話は史実」
そんな前提で物語が進んでゆく『どうする家康』の第14回放送――。
なぜ、お市が夫の裏切りを知らせるのか?という動機として、家康への想いが挙げられます。
◆「どうする家康」逸話・小豆袋失敗→阿月、川落ちも“恩返しの激走”ネット号泣「神回」伊東蒼に絶賛の声(→link)
この前提からして、かなりの無理を感じます。
家康は天文11年(1543年)生まれ。
一方、お市は生年不詳ながら、通説では天文16年(1547年)です。あるいは天文19年(1550年)あたりまでと想定されています。
両者の年齢差は4歳から7歳なので、思春期の頃に出会っていたら、恋心を抱いたかもしれませんね。
しかし、戸田康光の計略によって、家康が尾張・織田信秀のもとへ送られたのは天文16年(1547年)のこと。
家康が数えで6歳。
お市も数えで1歳ないしは生まれていない頃の話なのです。
家康は、人質交換で駿府に移されるまでの2年を尾張で過ごしますが、それにしたって家康とお市の恋はあり得ないでしょう。
それだけではありません。
ドラマでの家康は、信長から「おい白兎! どうした、爪を立てよ!」と悪態をつかれながら、相撲でしごかれていました。
史実をふまえて大事な人質だと考えれば、そんな手荒な真似などしないはず。
2020年の大河『麒麟がくる』でも、尾張時代の家康が登場しましたが、信長とはせいぜい将棋盤越しに向き合う関係でした。
信長は天文3年(1534年)生まれで家康の9歳上ですから、二人は高校生と小学校低学年の関係。
将棋ならまだしも、いじめじみた白兎呼ばわりだの、相撲だの、バカバカしい話なんですね。
ともかく、家康が尾張にいたころ、お市は乳幼児あるいは生まれていません。
いくらなんでもそんな年齢で初恋の相手になるはずが無く、そうなるとドラマにおける「初恋の家康様のためにお知らせしなくちゃ」という動機そのものが成立しません。
こうした無茶苦茶な設定が多いからこそ、「阿月の話は史実に基づいている」と逆に喧伝したいのかもしれませんね。
しかし、彼らの言う史実とやらは、とても史実とは思えません。
小豆袋の本題へ入っていきましょう。
「小豆袋」を送る意義が消えているのでは?
ドラマ制作陣が史実だとする「小豆袋」のエピソード。
どこがおかしいのか?
あらためて
◆「どうする家康」逸話・小豆袋失敗→阿月、川落ちも“恩返しの激走”ネット号泣「神回」伊東蒼に絶賛の声(→link)
こちらの記事から以下の部分を引用させていただきます。
お市と阿月は小豆を袋に詰め「おひき候へ いち」の文を入れ、家康に届けるよう使いを出したが、長政の家臣に見つかり、失敗。
気になるのは「手紙の内容」です。
「おひき候へ いち」
「撤退してね 市」という手紙を入れているわけですが、こんなストレートに伝えたら、すぐさま発覚します。
隠すために小豆袋にメッセージをこめたという、本来の逸話の意味がなくなってしまいませんか? いわばネタバレした状態です。
そもそも、小豆袋の逸話というのは、
「袋の両端を縛っておいて、兄へ陣中のお菓子として渡した」
という本音の偽装をしたうえで、信長に渡されるところが重要です。
袋を見た信長は、どうにも違和感を覚えて、考え込む。
そういえば、お市の夫である長政がなかなか到着しない。そして届いたこの小豆袋……両端が縛られていて、まるで何かに挟まれているかのようだ。
「そうか、わかったぞ!」
信長は、“夫・長政の裏切りにより、織田が挟撃されそうです!”という妹の意図をついに察知した。
夫と兄に挟まれた中で、苦渋の決断をしたお市。なんと聡明であろうかと信長も感涙し――。
という話で、なかなかドラマチックな展開ですよね。
信長は長政の動きがおかしいと察知できる。
お市もストレートには伝えられないから、敢えて小豆袋を用いて伝える。
そんな制限のある中で知性をきかせた表現と比べ、ドラマにおける「撤退してね 市」という手紙の陳腐なことよ。
『どうする家康』は手紙の文面がどうにも嘘くさいと申しましょうか、今川氏真に捕らえられた瀬名が
「たすけて せな」
と血文字で書かれていた時もかなりの違和感でした。
家康に捨てられた瀬名が氏真に「遊女」扱いされるなどあり得るのか?
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『信長の野望』における信長の知略は95、お市は74ですが、このドラマとなると、そこからマイナス50ぐらいが相応ですね。
そもそも、あれだけストレートに書いた文を忍ばせるなら、目立つ小豆袋に入れる必要があるんでしょうか。
他にもっとよい隠し場所があるのでは?
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