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【柳生十兵衛三厳】
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柳生十兵衛三厳、死す
慶安3年(1650年)、柳生十兵衛三厳は弟・友矩の旧領にいました。
この領地は友矩の死後、宗矩のものとされており、変わらず柳生の土地――そこで鷹狩をしていた折に、三厳が急死を遂げたのです。
享年44。
三厳には二人の娘しかおらず、跡取り無くしては改易とされても仕方ありません。
しかし幕府は父・宗矩の代からの勲功を考慮し、主膳宗冬が継ぐことで御家存続を認めました。宗冬は兄・三厳の娘二人を育て上げ、旗本に嫁がせます。
宗冬は、武芸はさほどでもないとされますが、実務には長けた人物でした。
三厳、宗冬、義仙の三兄弟で分かち合っていた柳生の所領を一本化して一万石以上とし、大名復帰を成し遂げます。
実は三厳の代では、一万石以上を有していなかったんですね。
それでも便宜上、柳生藩主二代目とされ、三代目以降は宗冬の系統となりました。

柳生家一族累代之墓所/wikipediaより引用
以上、史実における柳生十兵衛三厳の人生を振り返ってきました。
酒乱であったとか。
父や沢庵から迂闊さを嗜められたとか。
そんなヤンチャな振る舞いと共に、立派な人柄も伝えられる人物であり、当人の著作も名文。
フィクションとは異なり、真っ当な道も歩んでいます。
ただし、ここで筆を置いてしまうのはいささか勿体無くも思います。
やはり柳生十兵衛三厳と言えば、フィクションにおける「十兵衛」の魅力が欲しい。
ざっくばらんに言えば「自由に暴れ回る姿がカッコエエ!」わけですね。
いったい彼はなぜ、ここまで好き放題に描かれてしまうのか?
最後に、時代作品のヒーローである「柳生十兵衛」の姿を考察してまいりましょう。
隻眼だったのか?
日本史を代表する隻眼の英雄といえば伊達政宗と柳生十兵衛でしょう。
しかし、実は文献上では確認できません。
あくまで伝承の類なんですね。
また、刀の鍔を眼帯とすることもお約束ですが、重さや摩擦を考えると、かなり非現実的と言えます。
では、いったい過去に何があって隻眼となったのか?
フィクションであれば、その理由も自由に設定でき、物語の方向性に影響を与えたりすることもできる。
・稽古中の事故
・宗矩の激しすぎる稽古(虐待)で目を潰してしまい、ひいては親子仲がこじれる原因ともなる
・強敵との対決で隻眼となった(※劇中で隻眼になる場合もある)
剣豪枠である十兵衛の場合、隻眼という特徴だけで見どころや強さを形成できるんですね。
事前の設定だけで非常に魅力的なキャラクターとなっているではありませんか。

『Y十M(ワイじゅうエム)~柳生忍法帖~』1巻(→amazon)
全国を旅して回り 何をしていた?
日本には「回国伝説」があります。
誰かが全国を歩き回り、行く先々で事件を解決するというもので、鎌倉幕府の第5代執権・北条時頼から水戸黄門まで、おなじみのパターンですね。
柳生十兵衛の場合、剣豪として脂の乗り切った20代の間、出仕せずに過ごしています。
しかも後に「この期間に様々な経験を得た」と振り返っている。
もう自由自在に描ける土壌が整いまくっています。
しかも、父の柳生宗矩は初代幕府惣目付であり、大名に目を光らせる存在でした。
そのため我が子・十兵衛と柳生高弟を派遣し、全国の諸勢力に対して探りを入れていた、という設定にすることも容易。
物語を作る側からしたら、実に美味しい存在なのです。
謎の死
柳生宗矩の子である柳生十兵衛と柳生友矩の兄弟は、二人とも若くして、しかも不可解な状況で死しています。
これまたフィクションでは自由に味付けできる要素。
好き勝手できるということは「敵との戦いで散ってもよい」という、物語にはありがたい状況でした。
父殺し:宿命の対決
SF映画『スターウォーズ』屈指のハイライトは、ルーク・スカイウォーカーとダース・ベイダーの対決でしょう。
◆ ダース・ベイダーは「ルーク、私がおまえの父親だ」と言っていない!(→link)
敬愛すべき父を斬らねばならぬ息子――宿命の対決はどうしたって盛り上がりますが、倫理面から見た事の重さゆえ、長いことタブーでもありました。
それを破るヒーロー像は斬新で持て囃されます。
そんな父子像が、柳生宗矩と十兵衛には託されているのでしょう。
史実を追えばそこまで対立していないのに、フィクションの作品が作られる時代の価値観が反映され、父子の関係も何かと色付けされてゆきます。
明治維新を迎えても日本人はチャンバラを愛していました。
講談や歌舞伎に小説、ラジオ、映画、そしてテレビにゲーム、漫画まで、今に至るまでそれは続いています。
しかし、それが危機に瀕した時代もありました。
【アジア太平洋戦争】の敗戦直後です。
それまで日本人は剣豪の物語を通じて「武士道」を育んできた経緯があり、その状況を危惧したGHQがチャンバラ作品にも規制をかけたのです。
結果、意識は変わってゆきます。
確かにチャンバラ作品は楽しい。
子どもの頃に貪り読んだ。
しかしこれが、あの敗戦へと向かう武士道意識も醸成していたのか?
例えば、戦前に青少年を熱狂させた作品に吉川英治の『宮本武蔵』があります。敗戦後は、その愛憎がぶつけられたのか、宮本武蔵を悪どく描く作品も発表されるようになりました。
柳生宗矩と十兵衛の場合はどうか?
というと「父殺し」の物語として再生されます。
政治に接近し、将軍という権力に媚を売り、諸大名を監視することで権勢を得ようとする宗矩。
そんな狡猾な父に対し、反発する十兵衛。
権力に取り入ることよりも、自由に己の生き方を求めるべきではないか?
権力のために犠牲を厭わぬその姿はあまりに醜い!
そう父にまで剣を振るう像が、昭和が求めたヒーロー像でした。
『エピソード5 /帝国の逆襲』公開が1980年。
それを遡ること2年、1978年『柳生一族の陰謀』にて、十兵衛は宗矩の手首を斬り落としていたのです。

柳生一族の陰謀(→amazon)
柳生十兵衛は、描く人の数だけ姿がある、いわば自由な存在です。
これからも作者と時代の空気を剣に載せ“あばれ旅”を続けていくことでしょう。
民放娯楽時代劇の減少と共に彼の存在感が薄れていくのは惜しまれること。
どんな形でもいい。あの隻眼のヒーローが見たい。いっそヒロインになってもいい!――そう願うばかりです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
新人物往来社『剣の達人データファイル』(→amazon)
歴史群像編集部『戦国時代人物事典』(→amazon)
他