いったい徳川慶喜とはいかなる人物なのか?
徳川家康以来の英邁――そんな評価が聞かれたりする一方、実際の行動を見るとどうにも疑問符が浮かぶところがあります。
その最たる例が鳥羽・伏見の戦い敗戦からの大逃亡でしょう。
京都・大坂で威勢よく家臣たちを鼓舞したかと思ったら、自身は「イチ抜けた」で江戸へ。
江戸に戻ってから幕臣たちに戦術を提言されるも、自身は戦うことなく江戸城無血開城で戦場を抜け出し、明治維新後も駿府で趣味の世界に生きる。
事績だけみれば、もしかして、ずっと逃げてませんか……ということで、マンガ『日本史ブギウギ』第228話スタート!
小御所会議

◆薩長のプレッシャーを受け、土壇場で【大政奉還】の大技を繰り出した徳川慶喜。
『どうせ徳川なしに政治はできないっしょ』
そんな思いは実際当たり、明治維新後の政府はかなり杜撰でしたが、ともかく薩長や強硬派の公家が慶喜を放っておくワケもなく……。
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上様

◆実際、幕府は強力な海軍を持ち、陸軍も遅ればせながらフランスの助力を得て、鍛えていました。
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不逞浪士ども

藩邸焼き討ち事件

◆徳川慶喜の思わぬ大政奉還により、振りかざした拳の行き場がなくなった西郷らは、どうにか戦争に漕ぎ着けたい。
そこで出番となったのが薩摩御用盗。
彼らは江戸で放火、強盗などのテロ行為を繰り返し、ついに幕府と衝突しました。
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西郷の好戦的な一面が見える出来事でした。ゆえに薩摩隼人から支持されるという側面もあり……。
鳥羽伏見の戦い

◆かくして始まった鳥羽・伏見の戦い(戊辰戦争)。
ここから幕臣・佐幕派にとっては誤算の連続となっていきます。
錦の御旗

賊軍の退路

◆鳥羽・伏見の戦いで敗戦した幕府軍。
その後、徳川慶喜はどうしたか?というと……。
「薩摩を倒すぞ!そして天下を安定させようぞ!最後まで戦おう!」
といった熱弁を奮い、家臣たちを鼓舞したのです。
感動のあまり涙を流した者もいたほどで、士気は最高潮だったでしょう。
しかし……。
退却

◆結果、慶喜は逃亡しました。
松平容保らを強引に同じ船に乗せ、しかもその船には慶喜の妾も乗船させるという驚きの展開。
この後、意見が合わずに閑職へ追いやっていた勝海舟を呼び出し、泣きついて江戸城無血開城をお願いするもんですから、もうどうにも情けないというか……。
慶喜は確かに弁舌鋭く頭のよい人物だったかもしれません。
しかし、いざとなったらトンズラという痛すぎる逃亡癖は、家臣たちにとって最悪の泣き所でもありました。
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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
【参考】
国史大辞典
武将ジャパンで新感覚の戦国武将を描いた『戦国ブギウギ』を掲載!










