お好きな項目に飛べる目次
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日の沈まぬ国の王
フェリペ2世――エリザベス1世にやられたという扱いのせいか、映像作品ではよい扱いを受けていない印象があります。
このフェリペ2世は、廊下を歩くと本性をのぞかせるからと覗き見するという癖がありまして。
実は、スペイン王室にはあまりよろしくない話もつきまとっております。
近親結婚を繰り返すあまり、よろしくない傾向が出ているのではないか……とされているのです。
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この場面、一瞬、紋章が映っておりました。
本当に、よくやるなぁと思うんですよ。
ヨーロッパですと、時代によって変わりますので。こちらのHeraldryを見てくださいね。
ちなみにここでも出てくる「ドン」。
『ドン・キホーテ』でもおなじみですが、スペイン語の男性尊称ですね。日本の大名たちも、相手から「ドン」をつけられております。
フェリペ2世は、大司教とはちがってニコニコ、上機嫌です。
マルティノが書状を読み上げると、縦書きで右から読むことに興味津々です。
あ、マルティノ、ラテン語挨拶はしないのね。
井ノ脇さん、フェリペ2世との会話には英語(劇中設定はスペイン語と思われます)を使っておりまして。劇中とは関係なく、御本人の海外進出も決まったかなぁ。
小野万福が、井伊谷から世界へ!
ウェーイ!!
ここで、ミゲルから日本刀が献上されます。
そして請われるままに日本の剣術を披露。
きっちりと殺陣をこなさないとできない、緒形敦さん、これは相当練習をしましたね。
動きが流麗です。
こんな逸材が海外に進出していくのか? いいのか、それで!
和服の着こなしも、本当に綺麗です。
剣舞に上機嫌で拍手を送るフェリペ2世。
同時にマンショは、おそろしい光景を目にしてしまいます。
同席していた人物が、脇腹をブスリと刺されて退場していったのでした。
なんだかほのぼのとしたやりとりが続きますけど、死人が出ているのですよ……なんなんだ。
このあと、マンショ一人が呼び出されます。
メスキータは警戒しております。
ドラードをつけて、マンショは王の前に立ちました。
ここで少し日本刀の蘊蓄でも述べておきましょう。
日本刀は武器としてかなり特殊なものです。
一般的に片手剣は、スペインはじめヨーロッパでは刺突武器が主流です。
両手剣ですと、重みで叩ききるスコットランドのクレイモア系が多いもの。
中国でもそうです。
中国では刀剣は廃れまして、長柄系の武器が主流となります。
『水滸伝』で用いられる武器もそうです。宋代には、そんな状況でした。
一方、日本刀は両手剣でありながら、持ち運びができる。
突くよりも斬る。そんな特徴があるわけです。
ただし、戦国時代の戦場でも、あくまで主流は槍、弓矢、鉄砲です。
日本刀が猛威をふるうようになったのは、甲冑が廃れていて、かつ屋内戦闘が猛威をふるった幕末ですね。
そうした剣術が研ぎ澄まされて
「ピストルで武装しても意味がない! 日本刀怖いよ!」
というのが幕末でした。
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甲冑が必ずしも装備されていない、かつ近接戦闘が多い。
この条件が揃った中、日本刀が強すぎてこりゃ困ったもんだ、と考えた将が明代におりまして。
戚継光です。
日本刀および影流を取り入れ、倭寇を倒すべく対策を練ったのです。
こういう背景がありまして、中国にも「倭刀」と呼ばれて日本刀が伝わっておりました。
中華民国の時代に「苗刀」と改称されております。
異端者を愛せないのか?
フェリペ2世は、人払いをしてマンショと向き合おうとします。
ドラードも下がれと言われるものの、通訳だからと無理に残る。
フェリペ2世は、マンショに対して剣術を見せろとせがみます。
ドラードの佐野岳さんも、英語で話しておりますね~〜!
マンショは、武士ではないから出来ないと断ります。
ちなみに武士への剣術の普及も、当時はまだそこまででもないかなぁ、と思いますね。
武道として一通りは出来るのでしょうけれども。
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マンショは「信長と似ているものがあるから見つめた」とフェリペ2世に告げます。
するとフェリペ2世は信長に興味を持ち、何を託したと尋ねます。
イエスの愛は何か?
真っ直ぐに生きることとは何か?
問われるままに、その疑問をフェリペ2世にぶつけるマンショ。
すかさず「敵を倒すこと、信じることだ」と言い切られたマンショは一歩も引かずに言い返します。
それでは、イエスの愛とは!
汝の敵を愛せと言われたのではないか!
ドラードが訳すと、フェリペ2世は顔色を変えます。
おまえは異端者なのか?
そう激昂し、刀を抜き放つ。
ここはちょっと惜しいかな。
実は刀って、抜くのが大変なんですよ。
先の中国明代の将・戚継光の場合、
「ペアになってお互い抜き合うことがコツだ」
と指導したそうですよ。
MVP:フェリペ2世
フェリペ2世!
これはいい、狂気の印象です!
どうしてもエリザベス1世にやられる印象がある、そんな気の毒な人物です。
名君であるとは思いますし、スペインの愛国心に訴える人物でもありまして。
紙幣に採用されていたこともあります。
そういうことを踏まえますと、信長よりえげつない描写だろご理解いただけるかと。
「スペイン人は怒らないのか! 失礼じゃないのか!」
そんなことにはならないと思いますよ。
特定の国を貶めるためとか、褒めるためとか、そんな動機は感じないでしょう。
そんなことを、このマッドな描写で学びましょうね。
総評
本作レビューの方針について、ちょっと書かせていただきます。
比較する大河につきましては2000年代年以降を対象とさせていただきます。
ギリギリで『天地人』までですね。
それ以上の隔たりがあると、学説や世相に変動があって、比較対象としては不適切なのです。
それ以前の大河を挙げて、
「過去には、こんな大河があったもんねー!」
という意見は、ノスタルジックに浸るだけで、今と将来の話には繋がりにくい。
直近10年ぐらいが現実的だと考えています。
もしもすべての大河作品を見なければ何も語れない――そんなご意見があるとすれば、それこそ大河ドラマを窮地に陥れるものだと思います。
20年、30年、あるいはもっと古い作品と比べることに、さしたる意義は見いだせません。
現実的に、今、そしてこの先、どうやって作っていくか。それが大切なことでしょう。
本作シリーズには、大河ドラマですと紀行にあたるミニコーナーもあります。
これが実に豪華かつ勉強になるものでして。
わかりにくい背景については、この枠を見ればより理解が深まります。
それにしても、回を追いかけるごとに面白くなってきました。
こんなに歴史ドラマにワクワクしたのは、いつ以来でしょうか。
本作の魅力は、日本史をテーマにしているからではない。
『世界の中の日本だからではないか?』
そう思えて来ました。
16世紀から17世紀は、激動の時代です。
どの国でも、代表的な文学作品や名君が登場している。
スペインを例にとると、フェリペ2世、そして『ドン・キホーテ』ですね。
日本ですと、この枠は徳川家康になるというのが世界史的な見方です。
その家康前夜にあたる織田信長と豊臣秀吉。
そしてヨーロッパとの関わりというのは、世界中の視聴者から興味を持たれるテーマのはず――そういう狙いがあるのでしょう。
鎖国しない、家康が作り上げたものとはちがう、そんな日本があるとしたら?
それはどんな国だったのだろう?
世界史の中の日本に、興味がある人はいるものなのです。
別に「日本はスゴイ、唯一無二の国」ではなく、「世界史というパズルのピース」だと本作は教えてくれます。
だからこそ見えてくるものもあれば、理解も深まる!
このレビューでは、同時代を描いたものや関連作品をあげています。
本作を起点にして、是非ご覧になっていただき、そして語らいを楽しむ機会があれば嬉しいことですね。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
◆アマゾンプライムビデオ『MAGI』
◆公式サイト