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【鬼滅の刃 遊郭編】
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【遊郭=セーフティネット論】を考える
遊郭はそう悪くない――そう言いたがる論調の中に“セーフティネットとみなす理論”があります。
「遊郭は、孤児院、職業訓練、結婚相談所に風俗がくっついたもの。なければもっと悲惨なことになる。必要悪なんだ」
これについては歴史知識があれば反論できます。
イギリス海軍の「少年水兵」が典型例です。
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戦艦に乗り、攻撃にさらされる中、危険な火薬を持って走り回る――そんな悪夢のような制度があり、福祉の一環として、孤児を戦艦に送り込む慈善団体があったのです。
「少年水兵は、孤児院、職業訓練に祖国防衛がくっついたもの。なければもっと悲惨な煙突掃除をやらされる。必要悪なんだ」
こういう理屈です。
イギリス海軍ものの映像では、小さな子どもが戦闘中に走り回っていて胸が痛みます。
水兵だけでなく、海軍士官候補生、陸軍少尉は中学生程度の年齢。
かつ、名家の次男以下、引き継ぐ資産がない、いわば命が安い少年たちが集まっています。
フィクションですと容赦なく戦場に駆り出された挙句、酷い死傷を遂げるお約束があります。
◆Powder monkey(→link)
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こういう少年水兵やら、年若い軍人を見て「まあ必要悪ですね」とはなかなか思えませんよね?
ああ、昔の戦争は酷い――そう感じるものであり、実際、この水兵や士官にせよ、時代がくだるにつれて年齢が引き上げられてゆきます。
人類は児童福祉に目覚めたのです。
鬼殺隊も、こうした時代の軍隊制度に似た非人道的な組織と言えます。
鬼に家族を殺された炭治郎のような隊士。彼らは家族がおらず、命が軽い。伊之助に至っては野生動物のような生活にありました。衣食住を確保できればよい典型例です。
蜜璃は正義感から隊士となったものの、彼女がすんなりと縁談がまとまるような女性ならば、こうはならかったことでしょう。
善逸に至っては、借金の肩代わりしてもらった負い目のために入隊しています。
彼らは命が安いのです。
ここでもう一度、遊郭編のことを考えてみましょう。
天元はなぜ遊郭なら鬼が潜むと思ったのか?
それは遊女の命が安いから。
たとえ鬼に喰われて姿を消しても『足抜けでもしたのかも……』と勘違いされるだけで、彼女らは真面目に捜索すらされません。
遊女の死亡率は高く、平均寿命も短いとされています。当時は社会全体が貧しく、乳幼児死亡率も高い。
貧しい食事、過酷な労働、病気があり……若い命は散って当然でした。
遊女を弔う寺は「投げ込み寺」と称されました。無縁仏のようにして、遺骸が無造作に投げ込まれるのです。
遊女の命はそれだけ軽いものでした。
遊郭編とは、命が軽いものたちが、命を輝かせて戦う場面ともいえます。
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軽い命の重さを感じること
命が軽い場所にこそ、“鬼”はひそんでいる――。
これこそ『鬼滅の刃』の大きな意義であると同時に、実は海外だと吸血鬼もののお約束設定とも言えます。
アメリカの吸血鬼ものは、南部が舞台の作品が多い。
理由として、南部は黒人差別、奴隷制度を擁護してきた歴史的な背景があるからです。
もしも白人が死んだら?
大騒ぎになる。
でも黒人奴隷がいなくなろうが、死んでいようが、そうそう気にしない。そうなれば吸血鬼暗躍にはもってこいなのです。
以下の二作品は
ジョージ・R・R・マーティン『フィーバードリーム』(『ゲーム・オブ・スローンズ』原作者)
セス・グレアム=スミス『ヴァンパイアハンター・リンカーン』(映画版『リンカーン/秘密の書』)
そうした典型例となります。
大統領が吸血鬼根絶を目指すにせよ、それはリンカーンでなければならないのです。
日本でそういうことはできないか?
敢えて提案させていただくのであれば、遊郭を狙う鬼と戦う柳原白蓮とその仲間たち、あるいは鬼と結託しアイヌを搾取する松前藩撲滅を誓う松浦武四郎あたりではいかがでしょうか。
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吸血鬼フィクションは、搾取された人間が吸血鬼となることにより、歴史の暴虐を告発する仕組みも取り入れました。
アン・ライス『ヴァンパイア・クロニクルズ』では、吸血鬼になったことで女性の規範から解かれる人物の喜びも生々と描かれます。
HBOでのドラマシリーズが大人気であったシャーレイン・ハリス原作『トゥルー・ブラッド』では、吸血鬼設定を用いた社会批判が持ち味のシリーズです。
リメイクが進んでいる理由も納得できます。
Amazonプライムがアメコミヒーローを皮肉った『ザ・ボーイズ』を打ち出したからには、HBOも黙ってはいられません。
吸血鬼ものこそ、実はポリティカル・コレクトネス最前線に立てるのです。
◆米HBO『トゥルーブラッド』リブート版、『リバーデイル』クリエイターによって製作(→link)
『鬼滅の刃』のテーマとは?
『鬼滅の刃』の時代背景は、大正時代である意味がないと言われたりします。
しかし、そうでしょうか。
この時代は『進撃の巨人』、スチームパンク作品等と同じで第一次世界大戦の前夜。
科学革命、フランス革命、帝国主義、植民地主義……と人々の間に科学や人権が芽生える一方で、強い者が支配する難しい時代でした。
福祉に目覚めつつありながら、定着してはいない。
だからこそ、ひどい倫理も通ってしまう。
そんな倫理に疑念を抱き、「人が人を守る大切さ」を掲げていることそのものが『鬼滅の刃』のテーマではないでしょうか。
なぜ遊郭編なのか?
それは命が軽い過去と歴史を見せることで、その命の軽さを解消し、今がどれだけ進化したか確認するため、今後もよりよい社会にしていくため。
子どもに遊郭編について学んで欲しいという、元子どもだちの意見には深く頷くところではあります。
けれども学ぶべきなのは、子どもだけでしょうか。
昔子どもだった大人たちも、いろいろ学べることはあるはず。
学びを続け、命が軽く扱われることの是非を問うていきたい。
私はそう考えています。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
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『鬼滅の刃 遊郭編』公式サイト(→link)