伊藤博文

左から……長州五傑時代(上段右)/志士時代/高杉晋作と共に映る伊藤博文(右)/wikipediaより引用

幕末・維新

伊藤博文が秀吉ばりの超出世で足軽から総理大臣へ~実は幕末の生き様も凄い!

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二度の戦争

明治25年(1892年)。

政党結成は断念しつつも、第二次伊藤内閣が結成。

日清戦争と条約改正という困難を乗り越えてゆきます。

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彼は挙国一致内閣を目指しました。

自由党の板垣退助と改進党・大隈重信を加えた内閣を目論んだのですが、板垣のみにとどまり、大隈は拒否。

明治31年(1898年)での第三次伊藤内閣では、挙国一致内閣の目標をさらに追いかけます。

新党結成に意欲を燃やし、結局は、山県有朋の反対で挫折します。

明治34年(1900年)9月。

立憲政友会が結成されると、伊藤が総裁に就任し、同会を率いた伊藤は、実に四度目の四次伊藤内閣を組織します。

が、山縣有朋とその派閥により苦境にたたされ、わずか7ヶ月の短命内閣。伊藤は党の組織化に苦しみ、彼の手から離れていきますが、大正デモクラシーではその存在感を発揮しています。

日本政府は、外交面で難しい立場に立たされておりました。

日英同盟推進か日露協商打診か?

意見が対立し、伊藤はアメリカとヨーロッパに渡って、ロシアに日露協商を打診したのです。

が、政府は日英同盟交渉を進行しており、伊藤の目論見は失敗に終わります。

明治36年(1902年)7月、伊藤は枢密院議長となり、政友会総裁辞任を余儀なくされます。

が、このころから、伊藤は慎重にロシアとの交渉、そして開戦にあたる決定を、他の政府首脳とともに行いました。

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暗殺

明治38年(1904年)から明治42年(1906年)にかけての三年半、伊藤は初代韓国統監として韓国の併合に立ち会います。

伊藤は当初、必ずしも併合に賛同していたわけではありませんでしたが、独立を目指す義兵運動が高まる中で、それもやむなしと考え方を変えてゆきました。

韓国併合はその地に住む人にとっては、痛みを伴うものでもあったのです。

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統監を辞した後、極東問題についてロシアと協議するため、伊藤は満州に赴きます。

そして明治42年(1908年)10月26日。

ハルピン駅において、韓国人の安重根が伊藤を狙撃。凶弾に倒れ、伊藤は世を去りました。享年69。

死去に際しては従一位に叙せられ、国葬をもって見送られています。

大韓帝国皇太子李垠と伊藤/wikipediaより引用

維新志士から初代内閣総理大臣となった伊藤博文。その国際性は、吉田松陰のみならず来原良蔵という師匠がいたことも大きかったといえましょう。

明治日本を導いた人物でした。

 

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文:小檜山青

【参考文献】
『伊藤博文 近代日本を創った男 (講談社学術文庫)』(→amazon
国史大辞典

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