佐野政言

黄表紙に描かれた佐野政言が田沼意知に斬りかかる場面/国立国会図書館蔵

江戸時代 べらぼう

佐野政言は世直し大明神どころかテロリスト 田沼意知を殺した理由は嫉妬から?

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江戸っ子が佐野ブームを盛り上げてゆく

商売上手の文人たちも、佐野政言のブームに飛びつきます。

蔦屋重三郎と親しく、江戸で大人気の戯作者である山東京伝は、意知殺害事件をもととした『時代世話二挺鼓』を書きあげました。

舞台は平安時代、【平将門の乱】を題材にし、斬首される平将門を意知。

その平定者である藤原秀郷を佐野に見立てたのです。

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なぜ佐野政言は田沼意知に斬りかかったのか?

幕府の公式見解は「乱心」ですが、誰もそんなこと信じておらず、現在まで動機は確定されていません。

「斬奸状(ざんかんじょう・奸悪な相手を切り付ける動機を記す書状)」の『佐野善左衛門宿所へ差し置き十七ヶ条』には、以下のような動機が記されております。

田沼意次こそ罪があるけれども、将軍の寵臣を殺すには障りがある。

だから代わりに子を狙ったのだ――。

それを読んでなお「こんな理由で、殿中で切り付けるものだろうか?」となれば、「乱心」に落ち着くわけで、大河ドラマ『べらぼう』ではどのように描かれるか。楽しみですね。

劇中でどこまで取り上げられるか不明ながら、私怨として以下のような理由が流布しています。

◆系図や家紋を盗まれた

血筋では佐野のほうが田沼より上。

だからでしょうか、田沼意次は捏造を思いつく。先祖を辿ると藤姓足利氏流佐野家にたどり着ける系図を借りて返さず、粉飾に使ったというのです。

さらには七曜紋も、本来は佐野家伝来のものであったのに、田沼家が騙して盗んだとするものすらあります。

◆大明神の祟り

佐野家の領地にある佐野大明神を田沼が乗っ取り、田沼大明神にしてしまった。

◆賄賂を送ったのに出世できない

本来、田沼は佐野の家来筋。その縁もあり、佐野は田沼に贈賄までして出世したいと頼み込んだのに、断られてしまったというものです。

こうした動機は偽書に記されたものとして、信憑性は低い。

江戸時代は、明智光秀織田信長を討った動機としても、さまざまな私怨が考え出されたものです。

辛いことがあれば、つい乱心してしまうよなァ……といった同情を感じさせます。

系図盗難説からは、佐野が田沼に嫉妬することは当然だと思われていたこともうかがえました。

 


蘭学者たちも佐野乱心説を信じていなかった

そんな江戸っ子に対し、田沼意次と親しい蘭学者は別の動機を語り合っていました。

田沼政治は先進的すぎる。

保守的で、血筋ばかりを語る幕閣に理解できるとも思えない。

意次よりも若い意知を殺すことで、その流れを止めようとした。

佐野は誰かに焚き付けられたのだろう。

確かに田沼政治に反発する者は少なくなかったことでしょう。

しかし、暗殺できるほど接近できるとなれば、実行犯になれる者は絞られます。

よりにもよってそれを番士が狙ったものだからこそ、この暗殺は成功した――そんな謀略説だと語りあい、彼らは悲観しました。

日本を変える改革は頓挫し、これからは暗い時代になると嘆いたのです。

そしてそれは現実のものとなります。

田沼時代の終焉と共に、蘭学者受難の時代が到来。

改革を嫌い、質素倹約を声高に掲げる松平定信の時代は、江戸っ子から娯楽を奪い、彼らを苦しめることになりました。

そこまで考えると、佐野は大明神どころか、災厄の先触れのようにも思える。

そしてその災厄と対峙する江戸の人々の姿こそ、『べらぼう』が描いていくものなのでしょう。

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テロリストを美化することの是非

重大なルール違反を犯し、罪のない田沼意知を突如殺害した佐野政言。

そんなテロリストが「世直し大明神」と呼ばれ、死後、参拝者が絶えない状況になるとは何事なのか?

しかも、現実に世直しなどは起きず、結局は松平定信の圧政により自分たちが苦しめられることになる……不幸に便乗して儲けようとした版元も、戯作者も、あまりに下劣じゃないか!

理不尽さに不快感がこみ上げてもおかしくない状況は、現代社会にも通じる病理があるように思えてきませんか?

人間はテロリストを礼賛するものである――。

そう言われたら、そんなバカな!と即座に否定したくなるでしょう。

しかし、歴史にはそうした先例がいくつもあります。

『史記』「刺客列伝」に名を連ねる、始皇帝の命を狙った荊軻(けいか)はその典型といえます。今に至るまで彼をモチーフとした作品は作り続けられています。

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あるいはフランス革命の最中、マラーを暗殺したシャルロット・コルデーもそうでしょう。

病気で重篤な症状が出て先は長くない。かつ人情も備え、人気者であったマラーを殺すことには、さしたる意義など見出せない。

それでも裁判で見せた、可憐な穢れなきシャルロット・コルデーの姿は、人びとの心を掴みました。

斬首された彼女の首を叩いた男は、盛大なブーイングを浴びたほどでした。

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日本史にもその例は見られます。

世界的に見れば、逆恨みで老人を寄ってたかって殺すクレイジーな『忠臣蔵』。

あれも「徳川綱吉の政治に対する不満」という世論を読み解かねば、喝采を受ける理由はわかりにくいものです。

そのためか、かつては絶大な人気を誇った作品ながら、今ではすっかり忘れられているとすら言われてしまいます。

たとえ映画化されるにせよ、相当ヒネッた展開にされるのは、史実に則した展開のままでは観客が納得できないからでしょう。

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幕末から明治にかけ、日本では政治家暗殺が熱狂的なまでに流行しました。

そもそも明治維新が軍事クーデターです。政治家の多くが志士出身であるからには、暗殺を恐れることは臆病だという意識すらありました。

伊藤博文が安重根に暗殺されたときの、日本人の反応も驚くべきものでした。

志士らしい死に方だ。因果応報かもしれぬ。相手にもそれ相応の理由はある、義士である――当時はそんな意見が噴出したのです。

日本人が「テロリストを美化するな」と言う際には、歴史を振り返る必要はあるのです。

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そしてついに佐野政言も表舞台に登場。

大河ドラマで扱われることにより、この不可解な一例である「世直し大明神」も有名となることでしょう。

被害者である田沼意知を叩いて喜ぶ江戸の民。

加害者を崇める江戸の民。

そのとき視聴者たちは何を思うのでしょうか。今も変わらないと困惑するのか、人類の普遍性を見出してしまうのか。

歴史を学ぶ意義とは、面白さを味わうだけでなく、人類の嫌な側面を見て苦さを噛み締めることにもあると思えます。

『べらぼう』前半に阿鼻叫喚をもたらす、大明神の姿を心して待ちましょう。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
藤田覚『ミネルヴァ日本評伝選 田沼意次』(→amazon

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