絵・小久ヒロ

「待てあわてるな」日本人は天才軍師・諸葛亮をどんな目で見てきた?

三国志』関連の人物伝を執筆する――そのとき別格扱いにしつつ、かつ最初に取り組むべき人物として、以下二名が頭に浮かびました。

曹操

諸葛亮

この二人だけは、長くなる。
今にして思えば、曹操はもっとテーマ別に分割すべきでした。

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その反省をふまえて、諸葛亮は分割して考えたいと思います。

通常の人物であれば、武将、政治家、思想家、文学者……そういった像でだいたいが分析できます。

が、曹操と諸葛亮はその姿が多く複雑です。

この二人を別格とみなす考え方は私独自でもありません。吉川英治氏の『三国志』においても前半部の主役が曹操、後半部の主役が諸葛亮とされておりました。

前置きはこれぐらいにして、諸葛亮の日本での受容について、振り返ってゆきたいと思います。

※本稿、文中敬称略

 

「諸葛亮の何がそんなにすごいの?」

呉の人物を記すのは、誤解を恐れずに言えば割と楽。
魏の大半の人物もそうです。

「過小評価されているから『演義』のことは考えずにいきましょう」

以下、周瑜の記事もそうでした。

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これが魏での曹操、晋を建国する司馬懿となると、複雑ではあります。

「『演義』で悪辣さを割り増ししてあるけれども、史実の時点でそういう要素はあります」

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一番ややこしいのが、蜀の人物。
正史について振り返りつつ、『演義』はじめフィクションの味付けを分析する必要があります。

中でも関羽は、神格化されただけに受容を別テーマにする必要があります。

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他ならぬ諸葛亮もそう。人気が別格であるがゆえに、いろいろとややこしいのです。

そういうアンタはどうなんだ、諸葛亮が好きなのか、そういう疑問はあるかもしれません。

正直に言います。
ひねくれていると前置きしまして、あまり好きでもなかった。

なんだかアイツだけ、忙しいところで楽をしているような。気取ってマウントしているような。性格もよろしくないと思える。

義だなんだというけれども、それはあくまで味方に対してだけ。さんざん周瑜や王朗を煽り死に追いやり、藤甲兵でバーベキューをする姿は、根性が悪いとすら思えてしまいました。

 

実は、これが自分一人でもなかったとわかって、驚いた記憶があります。

 

武士「やはり関羽でござる」

三国志演義』は、日本人が漢籍を輸入できるようになると、むさぼり読んだもの。武士階級では、あるべき義士の心得を学ぶ教養として楽しまれ、全国各地の藩校でテキストに採用されました。

中でも薩摩藩士たちは『三国志演義』等のテキストを輪読して、英気を養う行事があったほどです。

ただ、日本の武士にとって諸葛亮のような軍師はどう受容されたのか?
ここが難しいところではあるのです。

そもそも軍師とは何でしょうか?

代表的なところでは黒田官兵衛竹中半兵衛あたりでしょうか。

他にも

本多正信
直江兼続
片倉小十郎景綱
山本勘助
小早川隆景
真田昌幸


こういうメンツを見ると「戦国時代の軍師だなぁ」となるわけですが、当時、軍師という概念が実在したかどうか、ここは考えどころです。

軍師イメージの源流ともされる「軍配者」は、気象予報、占術、儀式の担当者であり、参謀役である軍師像とは異なります。

軍師像は『三国志演義』や『水滸伝』といった大陸由来のフィクションから膨らませた――そんなイメージ借用の形跡があります。

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日本の武士は、中国大陸や朝鮮半島の将とは求められる資質が違います。

ここで挙げた「軍師」たちは「賢い、あるいは補佐役を務めた武将」であり、例えば太原雪斎のような僧侶ならば軍師に近いとはいえます。

しかし、武士は「弓馬の道」が「武士の道」と同意であるとされるほど、日本では個人的な武勇が重視される。諸葛亮のように、車に乗って移動する姿は、何か違うわけです。

大谷吉継のように、病気によって歩行困難となれば仕方ないにせよ、はじめから馬に乗れないほど脆弱では武士とは言えない。

日本以外の東アジアでは、科挙合格者が武科挙(実技のある軍人登用制度)よりも上の階級につくこともしばしばありました。名将に求められる条件も異なります。

個人的武勇をそこまで問われず、むしろ知略を駆使して、勝てる戦術と戦略を巧みに組み立てる。そのことこそが重視されるのです。

日本の武士の理想像と、それ以外の東アジアの将に求められるものは異なることを、ご理解いただければと思います。

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そうなりますと、武士の理想もむしろ武勇があって義を尽くす、関羽に求められるのも無理のないところ。江戸時代まで、武士の間でも諸葛亮は関羽ほど人気ではありませんでした。

『三国志』のファンだった少年時代の近藤勇は「関羽はまだ生きているの?」と語っていたそうです。これも、関羽人気の一例でしょう。

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江戸っ子「大掃除をやらねえ諸葛孔明、感じ悪ィ〜」

武士はさておき、庶民は?

庶民にまでブームが及んだのは、江戸・元禄2年(1689年)初期に湖南文山が『通俗三国志』を出版して以来とされています。

庶民が興奮しながら読み、講談を聞き、刺青のモチーフにする――ならば、きっとみんな諸葛亮が好きだったんだろうと思いますよね。

と、これが結構冷静だったようで、こんな川柳も残されています。

煤掃すすはらい 孔明は 子を抱いて居る

合戦を大掃除に例えているわけです。

関羽やら張飛やらがあくせくと箒を動かしている間、あいつは子守をしているだけじゃねえか! そんなストレートな揶揄がそこにはありました。

確かに、車に乗って甲冑もつけずに羽扇を降っている姿は、楽をしているように見えなくもありません。

人気は関羽や張飛のような、元気ハツラツとした武将に集中しておりました。

火事と喧嘩にいきりたつ。そんな江戸っ子が、しらけきった諸葛亮を愛さないのは仕方ないところでしょう。

侠客や火消しが好んだ刺青のモチーフに、諸葛亮は「なんか違うよな……」となってしまうのもわかりますよね。

 

明治から戦前 土井晩翠「星落秋風五丈原」に泣く

冷静な見方であった、日本人の諸葛亮への目線――その変貌の決定打が、明治31年(1898年)にありました。

土井晩翠の長篇詩「星落秋風五丈原」です。

明治の文人は、漢文が当然のように読めます。江戸時代の教育の名残があるのですから、当然のことです。

夏目漱石『薤露行かいろこう』はイギリス史を扱いながらもタイトルは漢詩の定番を使う。文体も拡張高い漢文調。

幸田露伴『運命』は【靖難せいなんの変】を描く、これまた壮大な傑作。

文明開化だ。
これからは西洋だ。
そう盛り上がる一方で、漢文を学んできた江戸以前の伝統を愛してゆきたい! そんな思いが彼らにはありました。

土井晩翠は『三国志』の大ファンであり、自らの推す諸葛亮の人生を振り返りました。

推しキャラへの愛を語るにせよ、当時の文人ともなれば極めて拡張高く詠み上げてしまう。そんな傑作です。
傑作ではあるのですが、作者の推しへの愛が強すぎて、テンションは無茶苦茶高いとは思います。

どの辺がと言いますと、リピートがくどいこれですね。

丞相病篤かりき

推しが死ぬ!
推しが死にそう!
あ〜、しんどい……。

現代のオタクならば、そうまとめられる。そういう悲痛感のある詩句が入りまくる。

そっか、推しが死にそうなんだね……そこから始まって読み進めると、諸葛亮の人生がまとめられてゆきます。

土井晩翠が詠みあげた諸葛亮は「尊すぎてもう死ぬ……」となりかねない情熱が見えてきます。要するに、鑑賞者をダイレクトに直撃すると。

江戸っ子が皮肉っていたような、自分だけ楽をする軍師像はもう消えている。

魯迅が「『演義』の諸葛孔明像って誇張しすぎ。もう気持ち悪い。こんなもんミュータント状態じゃないスか」と皮肉った、そんな姿も消えている。

そこにあるのは、死にそうなのに忠義を尽くす、清廉潔白なひとりの人間像。全日本が号泣し、流行歌となり、諸葛亮推しが爆発的に増えたのです。

 

土井晩翠の、オタクの推しプッシュめいた諸葛亮像。それだけが転機でもありません。

明治30年(1897年)には、内藤湖南が冷静に諸葛亮を分析した『諸葛武侯』を刊行しております。

江戸時代には、教養ある武士も関羽、庶民も関羽推しでしたよね。

それが明治末。
内藤湖南を読むようなインテリ層も、流行歌を聴いている庶民層も、諸葛孔明推しになった。

これは重要な点なのです。

こうした悲壮感を帯びた諸葛亮像は、吉川英治『三国志』にも継承されてゆきます。

吉川英治『三国志』は、「横光三国志」こと横山光輝『三国志』もかなり近い。
劉備が母親のためにお茶を買う導入部は、『三国志演義』にはなく、吉川英治の創作です。

これを受け継いでいる点でも、近接しているということはご承知いただければと思います。
『人形劇三国志』も、吉川版の影響大です。

ちなみに『三国志演義』の日本語翻訳版には「お茶を買う場面がないぞ!」というクレームが入ったそうです。

それほどまでに、吉川英治版は重要。本当に大傑作ですので、未読の方は是非ともお読みいただければと思います。

なお、後漢末、ああいう風にお茶を飲んでいたかというと、時代考証的には黒に近いグレーゾーンです……おもしろければいいんだよ!

茶の湯(侘び茶)は室町に始まり戦国で開花~そして江戸の茶道へ

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そしてここで、私がどうして諸葛亮が苦手であったのか、理解できてきました。

五丈原で死ぬ。
そういう推しへの重い愛が漂う、悲壮感、暗さが苦手だったのです。

そこを解明しれば、嫌悪感は不思議と消えてゆきました。土井晩翠には申し訳ありませんけれども。

 

戦後から現在 諸葛亮は、作品と人の数だけあっていい

さて、戦後ですが。

陳舜臣、北方謙三らをはじめ、小説における諸葛亮像は更新されました。戦前のような、悲壮感あふれる忠臣像とは異なる、様々な描写がなされております。

先走って言及してしまった「横光三国志」の影響は大きいものがあります。同作品では、ノリノリで藤甲兵を焼く諸葛亮像が悩んでいる等、細かいところで修正がなされております。子供たちに読ませる上で、配慮をしているのでしょう。

諸葛亮本人ではなく、司馬懿が口にするこんなセリフは、印象的な作画ともどもすっかり定着しました。

「待てあわてるなこれは孔明の罠だ」

横山光輝本人が、諸葛亮像を狡猾なだけにしたくないアレンジをしたというのに……皮肉にも「孔明の罠」が定着してしまったのです。

印象的であった日本経済新聞電子版広告、そしてLINEスタンプでも配信され、すっかり現代人にも愛されております。

◆‪むむむ、なんというスタンプ! 横山光輝『三国志』のカスタムスタンプがLINEに登場

人形劇『三国志』。
あの諸葛亮の姿は、神々しいほどの美しさがありました。まさに力作でしたね。

漫画でも、『蒼天航路』ではエロかったり。
『一騎当千』や『DRAGONSISTER』では美少女だったり。
『鋼鉄三国志』では陸遜に慕われていたり。

ゲームやアニメは、もはや自由自在です。
ガンダムにされたり、はわわと言わされたり、巨大ロボを操ったり、妖怪にされたり、乙女ゲーで天気予報したり。

ビームを飛ばしたり。スーツ着たイケメンにされたり。

もうなんでもありですよ!

 

BL(『私説三国志 天の華・地の風』等)は、責任をもって各自お調べください。

2020年、最新の諸葛亮漫画と思われる『パリピ孔明』もおすすめです。

‪◆諸葛亮孔明が現代日本に転生するマンガ『パリピ孔明』が爆誕! 出オチかと思いきや「予想外に面白い」と話題に

時代とともに、移り変わってきた諸葛亮像。
日本国外でも、当然のことながら様々な受容がなされております。

 

諸葛亮の像は、あなたの中にもある

諸葛亮の姿は変貌してきました。

沸騰したファンは、時に暴走します。諸葛亮の実像をよく知っていた陳寿が、正史においてこう記したばかりに、こんな理不尽なバッシングを受けたほど。

「臨機応変の軍略はあまり得意でなかったんでしょうね」

「は? 陳寿、こいつはね、自分の父が諸葛亮に罰則くらったから、貶めているんですわ」

「陳寿って、卑劣な奴だったらしいよ。だから諸葛亮をディスるわけ」

陳寿の名誉のために断っておきますが、そんなことはありません。むしろ陳寿は諸葛亮を敬愛しているとうかがえます。

曹操あたりの記述は、

「まあ、魏の武帝ですもんね。褒めますよ、ハイハイ……」

と褒めつつも、人としては近づきたくない、そんな嫌悪感を漂わせております。

一方、諸葛亮については、こんな思いが漏れています。

「ん〜、素晴らしい、いい人です。人格高潔で、賢くて。でも! 軍略がちょっと落ちるのは残念なんだよな〜!」

むしろ、玉に瑕だと惜しむニュアンスなんですよ。

陳寿は歴史書を真面目に書く、そういう使命があるから、なかなか好悪は出せません。それでも己の家が仕えた蜀への愛惜はあるのです。

陳寿から学べることは何でしょうか?

それは、諸葛亮の人気が絶大であるだけに、どう描写しようと万人を満足させられないということです。

ましてや、異世界や現代社会にいるとなれば、もう自由自在といえます。
大掃除で真面目じゃない――そういう諸葛亮像は江戸時代からあり、もはやそういう伝統だと思えてきますよね。

大事なことは、そこまで日本人にとっても重要かつ愛すべき人物であるということでしょう。

変遷を辿りながら、自由な諸葛亮を見出してゆく。それも『三国志』受容の伝統なのです。

今日も、明日も、これからも。
諸葛亮の像は新たに生まれてゆくのでしょう。

受容はここまでとしまして、歴史から辿れる実像については、別稿で考えてゆきたいと思います。

文:小檜山青
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【参考文献】
『正史三国志(ちくま文庫)』(→amazon
『三国志曼荼羅(筑摩書房)』(→amazon
『三国志 演義から正史、そして史実へ(中公新書)』(→amazon

※曹操記事の参考文献欄もご覧ください

 



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