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当時の尾張国内はどんな勢力図だった?
まずは岩倉城(現・愛知県岩倉市)の主・織田信安が、義龍方について信長に敵意を表します。
信安は尾張上四郡の守護代である、織田伊勢守家という系統の武将です。
尾張下四郡の守護代が、この時点では既に信長らによって滅ぼされていた織田大和守家で、信長の織田弾正忠家はもともと大和守家の家臣。
ということは、信安は建前上、信長の目上に近い感じになります。
ちょっとややこしくなってきたので、当時の尾張における上下関係をマトメておきましょう。
実力とは噛み合っていないのがミソです。
尾張守護:斯波義銀(よしかね/幼名・岩龍丸)
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尾張上四郡守護代:織田伊勢守家(織田信安)
尾張下四郡守護代:織田大和守家(織田信友・この時点で故人)―織田弾正忠家(織田信長)
斯波義銀とは、15話で斯波義統(よしむね)が殺された際、信長のもとへ逃げてきていた人です。
この後も少しだけ出てきます。
実際には、大和守家が信長によって滅ぼされていますので、下四郡の守護代は不在。
公式に認められてはいないものの、実力的には信長がその立ち位置でした。
互いに近隣の村を焼き討ちして
正式な守護代である織田信安からすると、信長はこうなりましょう。
「家臣だったくせに、自分の同僚(みたいな人物)をブッコロしたいけ好かないヤツ。いつか自分のことも殺しに来るに違いない。やられる前にやってやれ!」
まぁ、戦国時代においては戦を始める理由になりますね。
そんなわけで、信安勢は清州城の近くにあった村を焼き討ちしました。

どう見てもケンカ売ってますね。
当然、信長も腹を立てます。
直ちに岩倉方面へ兵を向け、お返しとばかりに火を放ちましたが、この時点ではすぐに引き上げました。
「このくらいで済ませてやるうちに、敵対するのをやめろ」という含みを持たせていたのでしょうか。
残念ながら、そうはなりませんでした。
そしてここからしばらく、信長はまた尾張国内の敵と戦うことになります。
その中には、血を分けた兄弟も含まれていました。
詳細はまた後日。
なお、長良川の戦いは以下の記事に詳細がございます。
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参考文献
- 国史大辞典編集委員会編『国史大辞典』(全15巻17冊, 吉川弘文館, 1979年3月1日〜1997年4月1日, ISBN-13: 978-4642091244)
書誌・デジタル版案内: JapanKnowledge Lib(吉川弘文館『国史大辞典』コンテンツ案内) - 太田牛一(著)・中川太古(訳)『現代語訳 信長公記(新人物文庫 お-11-1)』(KADOKAWA, 2013年10月9日, ISBN-13: 978-4046000019)
出版社: KADOKAWA公式サイト(書誌情報) |
Amazon: 文庫版商品ページ - 日本史史料研究会編『信長研究の最前線――ここまでわかった「革新者」の実像(歴史新書y 049)』(洋泉社, 2014年10月, ISBN-13: 978-4800305084)
書誌: 版元ドットコム(洋泉社・書誌情報) |
Amazon: 新書版商品ページ - 谷口克広『織田信長合戦全録――桶狭間から本能寺まで(中公新書 1625)』(中央公論新社, 2002年1月25日, ISBN-13: 978-4121016256)
出版社: 中央公論新社公式サイト(中公新書・書誌情報) |
Amazon: 新書版商品ページ - 谷口克広『信長と消えた家臣たち――失脚・粛清・謀反(中公新書 1907)』(中央公論新社, 2007年7月25日, ISBN-13: 978-4121019073)
出版社: 中央公論新社・中公eブックス(作品紹介) |
Amazon: 新書版商品ページ - 谷口克広『織田信長家臣人名辞典(第2版)』(吉川弘文館, 2010年11月, ISBN-13: 978-4642014571)
書誌: 吉川弘文館(商品公式ページ) |
Amazon: 商品ページ - 峰岸純夫・片桐昭彦(編)『戦国武将合戦事典』(吉川弘文館, 2005年3月1日, ISBN-13: 978-4642013437)
書誌: 吉川弘文館(商品公式ページ) |
Amazon: 商品ページ





